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足助の町並み保全1期

2008-03-23 | 都市計画・まちづくり
足助のまちづくりはユニークで、地域の歴史、文化が継承され全国的にも注目されています。「町並み保全とその後」を考えてみたいと思います。香嵐渓のもみじから1970年の過疎指定までを1期とします。香嵐渓のもみじは1624~43年、香積寺(こうじゃくじ)の参栄禅師が植えたのがはじめです。その後、大正末期から昭和の初期にかけ、多くの住民の奉仕によって、新しい植樹と手入れがされました。町は戦国時代から、足助城の小城下町として形成されました。1775年に大火があり、1836年加茂一揆があり、1882年に大水害、1911年に中央線が開通、1970年に過疎指定となりました。足助は塩や生活物資を運ぶ交通の要地で、陣屋の町、宿場町でもありました。鉄道が開通し衰退しましたが、周辺の山村などの商業的中心地でもあり、在郷町として発展してきました。
 足助の町は山峡にあり、巴川と足助川の合流点にあります。街は川を挟んで、西町、新町、本町、田町、新田町と細長く続きます。「町並みは妻入り、平入りの混在、狭くて屈曲に富む旧道は多くの辻と奥行きを生み出し、視点に変化を与える」(松波)。自然と歴史と文化を継承し、様々な行事が行われているのも特徴です。
 
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