生ある者の再生と、生なき者の救済と。
観る前にどの程度の情報を持つことが正しいのか。これは映画人生の永遠のテーマである。
本作について知っていたのは次の二つ。何かの原作のスピンオフ作品であること。そして、主人公が生と死の狭間の世界に迷い込む話であること。
天間荘はその狭間の世界・三ツ瀬に建つ旅館。やって来るお客は現実の世界では瀕死の状態にあり、この旅館に滞在する間に生き返るのかあの世へ旅立つのかを自分で決めなければならない。
ある日、天間荘へ連れてこられた主人公・たまえ。彼女は実は天間荘で働く若女将・のぞみと、その妹で近所の水族館で働くかなえの、腹違いの妹であった。
物語の前半は、右も左も分からない世界に連れてこられながらも素直な心で奮闘するたまえと、突然知らない親族が客としてやって来て戸惑いながらも、たまえの純粋さに心境の変化を見せる姉たちを中心に進む。
この時点で本作の世界のルールは分からない。ただ確実なのは、この旅館の宿泊客が相当な「訳あり」であることであった。
1か月も滞在している財前さんは気難しく、大女将や若女将の言うことを聞かなかったが、たまえのことは気に入って次第に笑顔を見せるようになる。
たまえと姉たちが決定的に異なっている点、そしてこの世界が生まれた謎が、後半に怒涛のように描かれる。
日本人は無宗教者が多いと言われるが、それは決して信心がないとか欠けているとかいうわけではなく、おそらく我々の多くは他国の人たち以上にスピリチュアルなものへの関心が高い。
それはこの国が豊かな自然を有する一方で、災害の危険性と常に隣り合って生活しているからにほかならない。だから、個人としての神を信仰するのではなく、もっと大きな括りでの祈りを捧げるのである。
長い歴史の中で何度も大きな自然災害に遭ってきた我々は、この世界がときどき理不尽なことを起こすのを知っている。それでも打ち負かされる度に立ち上がってでき上がったのが、いまのこの国なのである。
三ツ瀬に暮らす人たちの何が違うのか。なぜのぞみたちが財前さんとそりが合わなかったのか。それは彼女たちがある種の諦めを抱いていて、その空気感が伝わったからではないのかと感じた。
現実を見ずに安住の地に居ることは楽かもしれない。しかしそれでは前へは進めない。
生きているとままならないことがたくさんある。むしろ上手くいくことの方が少ないかもしれない。でも、生まれた意味はきっとある、自分の役割はきっとあると思えば、この世界も案外悪くないと思えるようになるのではないか。
エンディングで流れる玉置浩二と絢香の曲。ただ綺麗なのではなく、昼の日差しも夜の闇も、夏の暑さも冬の寒さも、すべてを湛えるから世界は美しいのである。
主題歌もそうだが、配役がとにかく豪華。ほぼテアトル系専属だったのんが座長の作品に、カメオ出演を含めてこれだけの俳優陣が集まったことに感動した。
ただ、この舞台装置だったら、主人公をのんが演じるのは必然としか言いようがない。宮城県人にはとにかく刺さる。中村雅俊や高橋ジョージは県人枠というところか。
(90点)
観る前にどの程度の情報を持つことが正しいのか。これは映画人生の永遠のテーマである。
本作について知っていたのは次の二つ。何かの原作のスピンオフ作品であること。そして、主人公が生と死の狭間の世界に迷い込む話であること。
天間荘はその狭間の世界・三ツ瀬に建つ旅館。やって来るお客は現実の世界では瀕死の状態にあり、この旅館に滞在する間に生き返るのかあの世へ旅立つのかを自分で決めなければならない。
ある日、天間荘へ連れてこられた主人公・たまえ。彼女は実は天間荘で働く若女将・のぞみと、その妹で近所の水族館で働くかなえの、腹違いの妹であった。
物語の前半は、右も左も分からない世界に連れてこられながらも素直な心で奮闘するたまえと、突然知らない親族が客としてやって来て戸惑いながらも、たまえの純粋さに心境の変化を見せる姉たちを中心に進む。
この時点で本作の世界のルールは分からない。ただ確実なのは、この旅館の宿泊客が相当な「訳あり」であることであった。
1か月も滞在している財前さんは気難しく、大女将や若女将の言うことを聞かなかったが、たまえのことは気に入って次第に笑顔を見せるようになる。
たまえと姉たちが決定的に異なっている点、そしてこの世界が生まれた謎が、後半に怒涛のように描かれる。
日本人は無宗教者が多いと言われるが、それは決して信心がないとか欠けているとかいうわけではなく、おそらく我々の多くは他国の人たち以上にスピリチュアルなものへの関心が高い。
それはこの国が豊かな自然を有する一方で、災害の危険性と常に隣り合って生活しているからにほかならない。だから、個人としての神を信仰するのではなく、もっと大きな括りでの祈りを捧げるのである。
長い歴史の中で何度も大きな自然災害に遭ってきた我々は、この世界がときどき理不尽なことを起こすのを知っている。それでも打ち負かされる度に立ち上がってでき上がったのが、いまのこの国なのである。
三ツ瀬に暮らす人たちの何が違うのか。なぜのぞみたちが財前さんとそりが合わなかったのか。それは彼女たちがある種の諦めを抱いていて、その空気感が伝わったからではないのかと感じた。
現実を見ずに安住の地に居ることは楽かもしれない。しかしそれでは前へは進めない。
生きているとままならないことがたくさんある。むしろ上手くいくことの方が少ないかもしれない。でも、生まれた意味はきっとある、自分の役割はきっとあると思えば、この世界も案外悪くないと思えるようになるのではないか。
エンディングで流れる玉置浩二と絢香の曲。ただ綺麗なのではなく、昼の日差しも夜の闇も、夏の暑さも冬の寒さも、すべてを湛えるから世界は美しいのである。
主題歌もそうだが、配役がとにかく豪華。ほぼテアトル系専属だったのんが座長の作品に、カメオ出演を含めてこれだけの俳優陣が集まったことに感動した。
ただ、この舞台装置だったら、主人公をのんが演じるのは必然としか言いようがない。宮城県人にはとにかく刺さる。中村雅俊や高橋ジョージは県人枠というところか。
(90点)
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