日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

それでも謳うレシピ

2018-01-13 | リブレリア
良質な料理のレシピ本というのは,食事のある風景が切り取られた写真集でもあるし,歴史や文化、風土までも飲み込んだ読み物としても一級品である。
手順の確認だけでない、活字中毒の欲をもみたすもの。

こんな食材の取り合わせあるかと驚いてみたり、味を想像したり、手順の指示書だけではない五感を刺激するドキドキ感がある
もちろんこのドキドキ感というのはレシピや写真に垣間見えるシズル感であったり、ライブ感だったりするわけで、目の前にある一皿だけではないその周りの何かの気配を含めてのことだといえる。

気配、そう気配

包丁を持つ手に感情をこめ、鍋を火にかける時間をかけがえのない特別なものにすると、いつもの卵のトマトソース煮は、卵のトマトソース煮ではなくなり精神をはぐくむ糧となりえる

葡萄酒はわたしの血
パンはわたしの体
最後の晩餐の一場面のような。

かつてこんな本が存在したであろうか詩集であり、料理のレシピ集ともいえるこんな一冊が。
長田 弘 「食卓一期一会」



活字馬鹿、レシピ本狂、ピュアフーディーが味わうべき本
みなれた単語の羅列に新鮮な言葉をふりかけるとそれは見事に化けていく。
梶井基次郎のレモンは爆弾だ。

では詩人 長田弘による卵のトマトソース煮はどうであろうか

日がくれたら、
トマトの皮をむこう。
トマトは乱切りに玉葱は薄切りに。
厚手鍋で、オリーブ油を熱くする。
玉葱を炒めて切ったトマトをくわえる。
塩と胡椒とトマトピューレをくわえる。
弱火で煮込む。
トマトソースはミケランジェロより偉大だ。
それなしで長靴の国の歴史はなかった。

すぐれたものはありふれたものだ。
黙って、卵を一コずつ割り落とす。ほんのすこしのあいだ煮込む。
ねえ、古いテーブルに
新しいテーブル掛けを掛けてくれないか。
「疲れた」ではじまる話はよそう。
ぼくらの一日にひつようなのは
お喋りじゃない。
ミケランジェロの注意を忘れてはいけない、
語るなら、
声低く語ること。


食卓一期一会 「卵のトマトソース煮のつくりかた」より


この本について語るなら、
ミケランジェロと詩人の注意のように
声低く語ること。
レシピは手順確認だけではない抑揚豊かな物語であり、ドラマチックな詩であるからして。

 

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