日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

迷宮レストランと空想レストラン

2008-02-06 | リブレリア

面白い本をみつけました。

「迷宮レストラン」

NHKの「きょうの料理」に連載されていた会員制不思議料理店を1冊にまとめたもの。
店主(作者)の開店のご挨拶によると

誰にとっても、食べるというのはごく日常的に行われている行為です。
それゆえ、食事に対する考え方は、その人の生まれ育った環境や人生観が無意識に映し出されていくものだと思うのです

そう、考え方は十人十色、食事も千差万別なのです。

そして来客は
クレオパトラ
サンタクロース
玄奘三蔵
源義経
アンデルセン
ガウディ
ナポレオン ・・・など著名な方々。

彼らが何を食べ、食事に何を求めていたかを具体的にしてみようという画期的な内容となっております。

個人的にも「食」に何を求めるかというのは大変、重要な事だと思うのですよ。
生理的欲求だからという人もいれば、食にステータスを求める人もいる。
最大限の関心をはらう人もいれば、興味のない人も。
好き嫌いの多い人、全くない人。
新しいものに果敢にチャレンジする人、見慣れないものにはストライクゾーンが狭い人もいる。

親からどういう「食育」をうけてきたのかによっても然り。
食べ物に対する興味、趣味嗜好というのは人間として根本をなす部分の一部だと思う。
大げさかもしれないけど、大事な事。

あたしが相方の魅力だと思うことのひとつに「食に対する考え方」があるのだ。
毎日を生活していくうえでこの部分に相違が多いと面倒な事も多いはず。
食に対することについては共通点が多い方が圧倒的に有利だとも思うのです。

相方の実家で「カレーライス」を頂いた時に比較的、実家と似たようなカレーがでてきました。
「あっ、この人なら間違いないな」と確信したのも事実。
似たもの夫婦という言葉があるけど、同じものを同じように食べていれば似てくるのは当たり前な訳です。
体をつくっている構成材料が一緒ということですからね。

毎食とはいかないけど、「一緒」に食事を楽しむというのは家族であれ、友人であれ重要なこと。
食事という「時間」を共有し、体の構成材料そして時によっては「考え方」も共有しているのかもしれません。

なんだか大袈裟だな。

そんな事を考えながら読んでいく。

内容はお難くないし、ひたすら面白い(興味深いといったほうが近いかも)


例えば源 義経 のメニューは

にごり酒
ほやと牡蠣の干し貝
梅納豆
鯉こく
玄米ゴハン
粕漬け
銘菓

奥州平泉にほどちかい三陸の食材などを用いての料理。
基本は鎌倉時代の武士の食事にあわせて考慮されております。
時代背景と風土背景に基づいてシェフのオリジナルレシピで用意された食事はあたしも食べてみたいと思わせるもの。

納豆は旅する義経が偶然につくったという言い伝えがあるみたいだし、弁慶の好物が粕汁という話もちゃんとメニューに生かされております。

この本にはレシピもついているし店主が何故その料理を選んだかというのもちゃんと解説されているので説得力があるのです。

誰が何をどのように食べていたのか。
面白い切り口ですよね。
そして誰かのために料理を用意するのは楽しい。

今週末、あたしもレストランを開店します。
人をお招きしてオウチでゴハン。
迷宮レストランならぬ空想レストラン。
空想力で足りないものを補ってもらう予定。

お客様によろこんでもらえますように!




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