日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

眼光 鋭く、目は語る

2007-05-14 | ギャラリー

昨日は母の日でしたね。
皆は何かハハにサプライズを用意しましたでしょうか?

出来れば毎日でも感謝を伝えられればそれに越した事はない。
ちょっとした「感謝の言葉」だったり小さな思いやりだったり・・
そういう何気ないモノが当たり前のように出来ればいいのだけど。
なかなか・・・
母の愛情は時にめんどくさかったり、うっとうしかったりで・・・
「当たり前」のように気にかけてもらっているものだからそのありがたみを忘れてしまうのよね。

だからその「愛情」を思い起こすのもそして照れくささを封印して感謝をするというのは大切ですね。

という訳であたくしは久しぶりにハハと二人ででかけて参りました。
リクエストにより出かけた先は「ashes and snow」。

そう先日のブログでも行きたい!と書いた、グレゴリー コルベールのアートプロジェクトです。

いやあやっぱり行ってよかった!大正解でした。
写真展だと思ったら否。
写真作品と展示会場そして映像が渾然一体となって迫ってきます。

どうやって撮ったのだろうという写真の数々。
映像を見ればなにかしらのヒントや種明かしがあるのだろうとおもっていたら謎は深まるばかり。
象と横たわる少年。オラウータンに導かれるように手を握り合う女性。
ヒョウによりそう子供。象と泳ぐ男性。
水が流れ空気が止まりそこにあるのはまさしく生命と生命のつながりのみ。
セピアと琥珀色で表現される世界は神々しいまでに無垢で清らかでした。

その映像や写真の中でなによりの印象と衝撃は動物たちの「目」。
視線はあくまでも鋭く、清々しくそして柔らかで。
力強さと繊細さが同居するというのはまさにこういう事をいうのだなと。
逆にその動物によりそう人間の目は閉じられています。

間違いなく「目」は口ほどにモノを言うのです。
そこにいる人間が目を閉じているからこそ動物は襲い掛かることなく寄り添ってくるのでしょう。
もしその目に恐怖や不安、敵意が浮かんでいたら弱く、繊細な動物は近寄っては来ない。
逆に獰猛な動物は猛然と向ってきてしまう。

目をつぶるからこそお互いの恐怖心をなくし心で通い会うことができるのかもしれません。
人は「心眼」で気配をさとり寄り添う事により体温で暖かみと安らぎを感じるのですね。

反対に「目」を見るからこそ伝わる思いもあるのではないのかと。
やさしや・憂い・寂しさ・安心感・・・・・
もっと親の顔を見に行かなくては。
その「目」を見て話せることも考える事も沢山あるはずですからね。

 

しかし写真集とか高かったよな。
もっと「目」で楽しみたかったのに・・
あまりに高価で買えませんでした。
なので見てきた作品を「心眼」で楽しむことにします。
写真集のサンプルをみたらすごくいい「紙」をつかってました。
装丁も凝っているしね。
入場時にもらえるブックレットも簡単には捨てられないほどのしっかりとしたつくりになっております。
あ~だから入場料も高いのかな・・・・ちょっと不満。

コメント
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