本日のエッセイは、2025.06.07付朝日新聞「耕論 『頑張る と言う前に』」より 社会学者 大川清丈氏による「能力平等観 報われぬ社会」から題材を得よう。
それでは早速、当該記事を以下に要約引用しよう。
「頑張る」との辞書的な意味は、忍耐と努力の要素がある。 ここに誰でもやればできるという「能力平等観」が関係している。 生まれつきの能力はあまり違わないという見方だ。 差があっても後から挽回でき、結果は「頑張り」次第、となる。 (中略)
平等も、「頑張り」を生む一つの条件になる。 不平等だとあまり頑張る気がしないが、平等だと頑張る気になる。 (中略)
そんな「頑張り」は高度成長期に浸透していく。 会社のために頑張ればそれだけ年収が増える時代だった。 その流れが変わったのはバブル期だろう。濡れ手にあわのようにかね儲けができると、まじめに働いても馬鹿を見ると感じる。 さらにバブル期崩壊後、今度は頑張っても報われなくなった。 いわゆる格差社会だ。 ますます「頑張り」の基盤が掘り崩されていく。
1995年の阪神・淡路大震災では「がんばろう神戸」が合言葉となったが、被災者に「頑張れ」は心無い言葉だ、と言われるようになった。 97年頃から、金融機関が破綻する中、「頑張らない」というスローガンが出て来る。
2000年には著書「がんばらない」もヒットした。 当時の「スローライフ」、令和の「親ガチャ」にも通じる流れだろう。
とはいえ、「頑張り」という言葉は、今でもしぶとく残っていると思う。 「頑張ります」など、皆があいさつのように言い、一種の空気を読むような言葉として使われ続けている。 これだけ価値観が多様化しても、社会を辛うじてつなぎとめる言葉の一つと考えられるかもしれない。
(以上、朝日新聞「耕論」より一部を引用したもの。)
原左都子の私事に入ろう。
私の場合 学校現場ではともかく、職場に置いて「頑張り競争」を強いられたことがほとんどなかったような記憶がある。
と言うのも、私が就いた職種が「医学」であり「教育」であったことが功を奏したとも考え得る。
両者共々その業務をこなすに当たり、「国家資格」や「免許制度」によりその専門資格・免許を取得していることが条件であったために、当然ながらそれらをゲットしての就業だった故だ。
まあそれでも当然ながら、その職務能力とは個々人間で多少の差があるものだが。 最低限その仕事を成就できない人材は資格ゲットがままならないであろうし、その業務に就けないのが常識的である職種ばかりだった故に 特段何らの違和感なく、私は日々仕事に励めたものだ。
特に40代半ば頃になって医学業務を単独でこなす立場の仕事に就いた暁には、まさに私の独壇場として仕事に日々励めたお陰で。
何らの障壁も無く、自身の専門の能力が活かせる日々だった。
特にそのような、専門力を要する業務を「単独」でこなす日々を送るべくの医学業務の日々の中で。
当然ながら、その業務は「頑張る!」に決まっているが。
表題の如く、その能力を周囲に「認めろ!」などと要求する必要がまるでないというのか。
その仕事が単独で完璧に出来て当然との「採用条件」の元にこの私が採用され、日々その業務をこなす訳であり。
そのような勤務実態が、この私に大いにマッチしていて。
よくぞまあ私をこの仕事に採用してもらえたものだと、感謝の日々でもあった。
結論を書くと。
とにかく何の職種であれ自身の専門能力をとことん磨いて(特に国家資格等が必要な職種の場合はそれを必ずやゲットした上で、)その業務に臨んだならば。
自身の仕事の「頑張り力」を、周囲に認めてもらう事を焦る必要など何ら無く。
自身の「業務達成の実態」が自ずと表面化して。
日々、自身の仕事に集中できるのではあるまいか?!??