原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

左都子 も昔は 左利き♪

2011年02月07日 | その他オピニオン
 私のペンネーム 「原左都子」 (はら さとこ) の“左”の字は決して“左利き”から取った訳ではないのだが、私は幼い頃どうやら“左利き”だったようだ。
 (参考のため、原左都子の“左”の漢字は「右に倣え」「右向け右」などと他者から指示された場合、“左”を向きたくなる我が“天邪鬼”気質等々を表現したものであります。)


 幼き頃の私は、親が私の自由にさせると何をするにも必ずや左手を使っていたらしい。

 “箸”に関しては、親がそれを最初から右手に持つよう矯正したとのことだ。 (その矯正によほどの無理があったのか、未だに“箸”を上手に持てず人前で恥を晒している私である。)

 クレヨンに関しては、苦い思い出がある。
 私自身にはその思い出に関して一部分を覗き明瞭な記憶がなく、後に母より伝達されたエピソードの範囲内なのだが、以下に我が幼き日の失敗談を紹介しよう。
 未だ幼稚園へも入園していない幼児(おそらく3歳頃)であった私は、親の知り合いの新築家屋落成記念会合に一家で招待された。 1階で飲み食いしつつ盛り上がる大人達が子供は2階で遊ぶように指示し、私もその子供の一人として2階で遊んでいたようだ。 会合も終焉に近づいた頃、子供達の様子を見ようと2階に上がった新築家屋の奥方が真っ青になって1階に戻り我が母に訴えたそうなのだ!
 「お宅の○○ちゃん(私のこと)が、クレヨンで部屋一杯に落書きした!!」と。

 それを聞いた母は「うちの○○はおとなしいいい子で、そんな事をするはずはないのだけど…」と弁解しつつ2階に上がって仰天したのだと言う。
 なぜならば、新築2階の部屋の壁や床一面に私の氏名がひらがなで多数書き込まれ、左手にクレヨンを持った私がそこに存在したからである。 
 当時の我が母としては用意した紙に“お絵かき”でもさせるつもりだったのが、幼き私は2階の部屋全体を“キャンバス”と履き違えたようだ。 新しい畳そして白くてまっさらで綺麗な壁に私が書きたかったのは絵ではなく文字であったということである。(当時まっさらな新築家屋の“キャンバス”に感激した記憶は、私にも僅かながら残っている。)
 その落書きを見て別の意味で一番驚いたのは我が母であったようだ。 新築家屋の主に平謝りしながら床や壁を拭きつつ、親が知らない間に我が子が既に自分の氏名をひらがなで書けるまでに成長していて、しかもわずが3歳にして左手で書いたその字は実に正確で美しかったのだと言う。
 その“事件”をきっかけに今後私が幼稚園へ入園するに先立って、クレヨンを右手に持たせる矯正に乗り出した我が母であるようだ。
 (今尚、右手で字が綺麗に書けない私なのだが、やはり当時の無理な矯正がたたっているのであろうか??  その分両手を使うキーボード入力は俄然得意な原左都子であるよ。♪)

 それから、今に至って尚顕著なのが“雑巾しぼり”である。 
 さすがにそこまで矯正の面倒が見切れなかった母であろうが、私の雑巾しぼりは“逆回転”で特異的であるぞ。 へっへっ 

 その他の事例として私の記憶にあるのは、小学生低学年の頃“かぎ針編み”という編み物に挑戦したことに関してである。
 自然体で取り組んだ私は、やはり左手にかぎ針を持っていたのである。 そして器用に私が編む姿を見た母から「よくまあ左手でそんなに上手に編めるね!」と指摘されて初めて、私は左手で編んでいたことに気付いたものだ。(これもその後右手に直したのだけどね…)


 それにしても、私は今となっては左手はまったく利き手ではない。 握力も高校生の頃から右手が勝っていて左手の握力など実に乏しいのだ… 
 「左利き」の人の中には両手が器用に使えるという話も耳にすると、どうして我が親は両手共に器用な人間に育ててくれなかったのかと不満をぶつけたくもなると言うものだ。
 (ついでに言うと、原左都子が「右に倣え」とか「右向け右」と指示されて「左」に向きたいのは持って生まれた“左利き”気質とも考察できないだろうか?? それとも社会のシステムに迎合するために“左利き”を無理やり矯正された事の怨念によるものか???  などと推測してみても、それは単なる冗談の範囲内なのだけどね…… )


 今回、原左都子が“左利き”関連の記事を綴ったのは、朝日新聞2月5日付別刷「be」のサザエさん漫画関連の記事によるのだ。
 その記事においても、今の時代「左利き」とは矯正するべきなのかを主たるテーマとして話を展開していた。 この記事の結論とも言える最後の箇所で大学教授が以下のような論評をしている。
 「無理に変えない方がいいが、幼児期に子供が強い嫌悪を示す場合を除いて右利きへの変更を試行してもいいのでは」
 この論評は、今の時代の右利き社会に適合するべく子供を育てる観点からはごもっともな指摘であろう。

 ただ、原左都子はやはり子供個々が持って生まれた特質に任せて欲しい思いが強い。
 なぜならば幼き子供とは言えども千差万別であるからだ。 周囲の指導により“子供が右手への強い嫌悪感を示す”かどうかに関してさえ、大いに子供の個性によるのだ。  私など、幼き頃から周囲への客観性の配慮にばかり焦点を置いていた記憶があるのだが、この種の子供とは我が意に反して親や教育者の指導に従順とならざるを得ないのだ。 すなわち、親や指導者が「右手を使え」と指示したならば、自分の不快感を押し殺してでもそれに素直に従う道を自ずと選択して、後々内面にストレスを溜め込んでしまうのである。


 朝日新聞の上記記事によると、何を基準として“左利き”を判断するかも困難であるとのことである。 これに関しては、医学経験のある原左都子にも十分理解可能である。
 そしてそれを踏まえた上での単純な判断によると、世の“左利き”とは1割の確率であるそうだ。

 そんなことを言えば、血液型におけるAB型だって日本人の1割にしか過ぎないよなあ~~。  原左都子はそのAB型でもあるのだが、まさかそれで差別されることもないなら、各人の器用な手が右であっても左であってもいいのは当然であるし、本来ならば両者が共存し得る社会が築かれるべきだけど… 
 (とは言え、どうしても近代社会のシステムや論理とは多数派が尊重されてしまうのが辛いところだよね。) 
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6 Comments

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左利きでも良いが・・・ (ゴチ)
2011-02-08 00:26:48
仰るように左利きは矯正されなくても良いと思います。しかし、「文字の書き方」は右手に矯正して正解であったように思います。右利きの人が右手で書くように作られているからです。左利きの人が書いた綺麗な文字は見たことがありません。その他は、箸、ラケット、バットなど利き手で成功を納めた人が多いです。
「右向け右」で左を向くのは「天邪鬼」って言いますね。現在の原さんがそうである筈はありませんが、数十年前の原さんの事は知る由もありません。そうでなかったと言う証拠を私は知りません。左利き、AB型・・・旋毛はどちらに巻いているのでしょうか。失礼致しました。
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ゴチさん、おそらく“左巻き”です。 (原左都子)
2011-02-08 08:18:53
頭の外はともかく、中は明らかに“左巻き”ですよ。(左都子の“左”には、その意味合いも込めているんだぞ。へっへ)

この朝日新聞記事にも書かれていましたが、鉛筆は左手で持っても、習字は右手が多いようです。「とめ」「はね」など確かに左手では困難かもしれません。
その点、アルファベットはどちらの手で書いてもさほどの不都合ななさそうです。 欧米人が左手で文字を書く姿をよく見ますね。
(我が姉が大学でアラビア語を専攻していましたが)アラビア文字など右から左へ書きますから、左利きの人の方が書き易そうです。

“左巻き”に“左党(酒好き)”の左都子は、今後も“天邪鬼”人生をまっしぐらです!?!?
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娘は突然・・・ (ドカドン)
2011-02-08 18:09:27
実は、娘が左利きです。
矯正するつもりはありませんが、習字を慣わしていますが、習字は右です。

友人で、左利きはいましたが、それはそれは個性的な、書き方です。
左手のペン先を覗き込む様な、少々不自然な書き方でした。

世の中は、右利き中心に出来ている。
はさみは、左で使うと刃が邪魔で、切取り線が見えないのです。

わが小1の娘、大きくなると、原さんの様に「天邪鬼」になるのかも?
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Unknown (matsuyama)
2011-02-08 19:58:45
こんばんは。ご無沙汰しております。
今の世の中、右利きが多いのは確かですから、PCのマウスの設置位置、カメラのシャッターボタン位置、携帯電話の番号ボタンの並び順など右利き用に配慮されてますよね。左利きの方でも慣れれば支障ないんでしょうけど。今は左利き用に改良されてるのもあるそうですが。
左利きが不利なんてのは一昔前のことで、野球でいえば王選手や松井選手の左利きで大成してるかたもいます。もっとも日常生活での利き腕はしりませんが。
左利きは数少ないだけに、貴重な存在ですね。
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ドカドンさんの娘さんは大丈夫です! (原左都子)
2011-02-09 08:08:42
ドカドンさんが愛情込めて大事に育てていらっしゃる娘さんは、決して「天邪鬼」にはならないでしょう。 (とは言いつつ、「天邪鬼」観点も人間たまには必要かとも思う私です。)

私も幼稚園の頃、当初はさみも左手で使っていました。(すぐに矯正されましたが。) あれは切れませんね。 今や左手用はさみも販売されているようですが。

やはり人間は「自然体」であるべきで、左利きを無理やり右に矯正させると下手な“苦手意識”を植え付けると共に、両手共に不器用になってしまうように思います。
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matsuyamaさん、少数派とは貴重な存在ですね。 (原左都子)
2011-02-09 08:20:54
matsuyamaさん、コメント欄ではご無沙汰致しておりました。 コメントをいただきましてありがとうございます。

matsuyamaさんがおっしゃる通り、スポーツ界では“左利き”人材が大活躍ですね! 確かに彼らが日常生活でどちらの腕が利き腕なのかは私も知りませんが。

この新聞記事の中に、駅の自動改札が右利き用に作られている記述がありました。1台くらい左利き用を設置しても損は無いと私は思うのですが、“混雑している時に混乱を来たす”との理由で未だ実現していないようです。
左利き用であることを大きく明示する、あるいはたまには右利きの人にも不便を覚悟してもらう等、少し発想の転換をすれば容易に解決できそうなのですが、どうも少数派の存在を軽視する社会のシステムが気になります。

少数派とは貴重な存在ですのにね。
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