原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

自分の人生が “親力(おやのちから)” によって決定する訳がない!

2021年10月15日 | 自己実現
   今、SNS上のスラング言葉として “親ガチャ” なる俗語があるらしい。

 この種の俗語を日頃より毛嫌いしている原左都子であるため、この言葉をなるべく回避しつつ話を進めさせていただこう。


 朝日新聞2021.10.14付“耕論”のテーマは「親ガチャという『不平等』」だった。
 その前書きを引用すると。
 「親は選べず、親次第で人生が決まってしまう」。そんな人生観を表す「親ガチャ」を巡り論争が沸き起こった。SNSのスラングとされるこの言葉になぜ人々は反応するのか。

 早速、原左都子の私見だが。

 そんなアホらしいことを議論していないで、親が嫌いだったり役に立たないのならば、成人した暁にはとっとと捨て去って独立し、自力でこの世を生き抜きゃ済む話ではないか!
 少なくとも私はそうしてきたぞ。
 その努力をせずしていつまでも親に依存している奴らに、そんな議論をする権利など無いぜ!😠


 まあ少し落ち着いて、その中のひとつ、哲学者 森岡正博氏によるご持論を以下に要約して紹介しよう。

 親ガチャ論の本質は、格差の消えない現実社会で、どういうふうに自分の運命と「和解」して生きていくかにあると思う。
 これは決して「不平等を甘んじて受け入れろ」という諦観ではない。
 予備校の授業をたくさん受けるだけの教育投資力が親になくて、受験では失敗したとしても。 進学先の大学ではさまざまな新しい学びや出会いがあるだろう。 「自分なりに頑張ってきたことが実った」「誰かと心が通じて幸せだ」と感じる瞬間がきっとあるはずだ。
 さて、あなたの人生は本当に「負け」なのだろうか?
 人生には常に、偶然と必然の両面がある。 自らの自由意志で未来を作っていける。これが偶然の側面だ。 一方、現実には未来を思うように切り開けないまま、諦めることも多い。これが必然の側面だ。
 しかし、私たちはこの辛い運命と若いして生きることもできる。
 たしかに個別の局面で勝ち負けはある。 しかし、それらをくぐり抜けて続く「人生の全体」を考えれば、勝ちも負けもない。
 今の日本では、「平等な個人」という理念が風前の灯火になっている。 権力者である政治家の多くが世襲だったり、お金持ちの子どもがお金持ちになったり。
 このままではいけない。どんな親から生まれても、個人の努力で未来を切り開ける社会にする必要がある。 もちろん私たちは、こんな社会を一朝一夕で実現するのが難しいことも知っている。

 (以上、朝日新聞10.14付朝刊“耕論”より一部を要約引用したもの。)



 この議論に対する原左都子の私見は、既に冒頭部分に記している。

 今一度、復唱するならば。

 親が嫌いだったり役に立たないのならば、成人した暁にはとっとと捨て去って独立し、自力でこの世を生き抜きゃ済む話ではないか!
 少なくとも私はそうしてきたぞ。
 その努力をせずしていつまでも親に依存している奴らに、そんな議論をする権利など無いぜ!😠

 それ以上、言うこともないのだが。

 各論的に述べさせていただくと。
 まず大学受験だが、何で予備校へ通わねば受験で負けるのか、私は理解しかねる。
 私自身も、我が娘も、大学受験に関して一切予備校や塾のお世話になっていない故だ。 
 参考だが、娘に関しては親の私が専門ではない“美術系”に関しては予備校のお世話になった。 ところが娘の高3直前期の進路変更により、その後の受験指導は親の私が単独にて実施して、大学公募制推薦入試を一発合格させている。
 あっと、これ純粋な意味での“親力”だね。😜  ただ、娘がこの親力に恵まれたのは、娘本人の素直さ・真面目さ等々の資質によるものだ。 私とて、どうしようもない阿保な子や歪み切った子に対しては、たとえ実の子と言えどもそのフォローをなさなかっただろう。 (それが証拠に、歪み切った人格の米国在住の実姉とは20数年前に絶縁している。)
 そういう意味で、我が娘は十分に本人も努力したと言えよう。

 森岡氏がおっしゃるところの、進学先の大学では様々な学びや出会いがあるとのお言葉。 まさにその通りだ!
 この原左都子など、2度大学(大学院)を経験しているが、両学共々、どれだけ優秀な教授陣に恵まれ続け、良質な学業に励めたことか。
 今尚大学恩師の皆様には感謝し続けていて、未だに年賀状交換が続いている。(残念ながら医学部恩師は4年程前に亡くなったが。)

 とにかく、私自身が一度目の大学卒業後は、郷里も親も捨てて単身上京して現在に至っている身だ。

 “親ガチャ”だと!??
 子ども側からその言葉が出ること自体、未だに子どもこそが親に期待し続けている現状と言えないだろうか?
  
 子ども側こそが、親から本気で自立して独り立ちしてはどうなのか?!?
 運命とは自分自身が造っていくものだ。
 それが理解できてこそ、貴方たちに自由で輝ける未来が待っているはずだ! 
 

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