原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

風俗への入り口

2008年11月21日 | 仕事・就職
 先だって、知人から突拍子もない相談を受けた。
 何でも、大学生の未成年の娘さんが風俗(キャバクラ)でアルバイトをしたいと言うのだがどう思うか、とのことである。
 私の答えは迷うことなく即答で「NO!」なのではあるが、なぜ親の立場としては答えが明白であろうはずのそういう類の相談を、あえて知人は私に持ち出したのかが興味深い。

 知人の相談によると、都会で一人暮らしで大学に通う娘さんは既に複数のアルバイトに励んでいるのだが、風俗(娘さんの場合はキャバクラ希望らしいのだが)は普通のアルバイトと比べて時給が飛び抜けて高いので、短時間で大金が稼げて効率がよい、とのことである。しかも今時風俗は大学生にとって一般的なアルバイトであり、周囲の女の子皆が風俗のアルバイトをしていて、娘さんの大学で風俗にかかわっていないのは自分を入れて3人しかおらず出遅れている。加えて、遊楽費等の出費もかさむためそれを親には迷惑をかけずに自分で稼ぎたい。とにかく体験入店だけでも早くしたい、とのことであった。

 今回相談を受けた知人とは、ご自身は今までの人生においてそういう世界とは一切縁のないお嬢さんタイプの人物である。娘さんの自立心は認めるものの、話の信憑性等に関して自身では判断できないため、長い独身時代に多業種の仕事を経験しつつ、したたかに生きてきている“海千山千”の私に相談を持ちかけたというのが事の次第である。

 この場合の「風俗」とは当然ながら「性風俗」である。すなわち、性的サービスを提供する業務が「風俗業」である。

 知人は、私が30歳代の学生時代にラウンジコンパニオンやパーティコンパニオンを経験していることを引き合いに出して相談する。そこで私は知人に説明した。私が経験した上記コンパニオンの仕事も確かに酒の席で女であることを売り物にしつつ媚を売る仕事ではあるが、“着席”しないことが特徴である点を強調した。“着席”するかしないかには雲泥の差がある。すなわち、体に触れられるか触れられないかの差があることを強調した。(すなわち、私が経験したコンパニオンとはあくまでも“観賞用”なのである。) キャバクラという所は私はまったく未知の世界であるが、おそらく“キャバクラ嬢”とは客席に着席して客に体を触れられることが前提の業務なのであろう。(違いますか?ご存知の殿方、是非お教え下さればと思います。)
 そこでまずは、まだ未成年で将来のある大事な娘さんが、見ず知らずの男性に夜な夜な最低限体を触られることを想像してみるように知人に促した。
 
 知人の娘さんの年齢的な要因も大いに考慮するべきことも指摘した。まだ未成年で人生経験が浅く、判断能力や責任能力もまだまだ未完成状態であろう。
 私は元々職業差別意識はない部類の人間である。風俗であれ何であれその道のプロとして成功しようという意欲が本気であるのならば、ことこん全力でぶつかればよいと思っている。 知人の娘さんの場合、大学卒業後はそれなりの“真っ当な”道に就職する予定とのことで、風俗はあくまでも学生時代のみのアルバイトの位置付けにしたいとのことである。 例えば年齢は若くとも既に複眼的視野を十分に育てていて、事象の客観視や使い分けが自在に出来る能力が備わっているというのならば話は別である。だが、判断能力もないのに甘っちょろくいい加減な意識で風俗の道に足を踏み入れるのは危険性が高過ぎるし、世の中それ程甘くもない点も知人に釘をさした。


 いやはや、一体今時の若い学生は何を考えているのやら。 片や、それを認めている、あるいは見て見ぬ振りをしている、または気付きもしないで放置している保護者の思考回路もアンビリーバブルな世界である。
 学生がアルバイトをする事自体は有意義であり私は賛成である。学業の合間に職業経験を積んだり、自分で収入を得ることを経験する事は若かりし頃の貴重な体験となろう。

 「風俗」ねえ。 その種(誰でもいいから触られたい等?)の特殊な嗜好のある女性(男性も?)には適した楽しい職業であるのかもしれない。 が、若年者が小遣稼ぎを目的に安易に足を踏み入れる場であるのかどうか…。
 社会の荒廃、閉塞化が急激に進んでいる今の時代背景には、こんな女子学生のアルバイト事情も影を潜めていそうである。
     
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