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原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

藪蚊騒動 と ジリオラ・チンクエッティ 「La Pioggia」

2018年12月08日 | 音楽
 (写真は、イタリア人女性歌手ジリオラ・チンクエッティの大ヒット曲「La Pioggia」⦅日本語名「雨」⦆の歌詞の一部をネットより引用したもの。 コピー・印刷共々不能につきパソコン画面より直接転写したため、不明瞭な点お詫びします。)


  まずは、“藪蚊”の話題から始めよう。
  
 当エッセイ集2016.05.05バックナンバー「みなさん、藪蚊にはくれぐれもご用心!」に於いて写真付きで公開したが。
 私はその当時のランニング練習中に、藪蚊に刺されるとの被害に遭っている。
 当時公開した写真をご覧になって頂けると一目瞭然なのだが、藪蚊に刺されたのは右足踵付近の一カ所だけにもかかわらず、右足の踵付近全体が左足の3倍程に腫れあがってしまったのだ。
 その激しい痒みと言えば筆舌に尽くし難く、特に夜中など一晩中右足をかきむしらねばならない状態で、日毎悪化を続けたものだ。 その後1週間程度で腫れは引いたものの、局部の痒さはその後もしばらく続いた記憶がある。

 その厳しい経験の後、屋外でのランニング練習中はとにかく藪蚊には十分な注意を払い、特に脚に関しては夏の暑い時期も足を全部覆うトレーニングスタイルを貫いている。

 さて、今夏の記録的酷暑にともない、どうやら藪蚊(家蚊も含めて)の出現が遅れているとの噂を耳にしたのは、8月終り頃の事だった。 確かに蚊をあまり見かけない今夏だったような気がする。

 今年自宅近くの大規模公園にてのランニング練習中に、藪蚊を発見したのは10月の事だった。 (ははあ、あの噂は当たっていてこれからが藪蚊の活躍時か、十分に気を付けねば。)と思いつつランニング練習に励んだのは11月終りの頃だ。 
 「あっ! 藪蚊がいるいる! さっさと帰ろう。」と思ったものの時既に遅し、だった。
 足は覆っているものの腕は露出していたのが災いして、左腕上部を藪蚊に刺されているのを発見した! ただ、一度目はさほどの痒みが無いと2016年時に刺された際にも認識していた通り、まあ3日程で痒みは収まった。
 
 そして、今週の月曜日(12月3日)の事だが、やはり公園へランニング練習に行った際の気温が23度を記録していた。
 12月にして藪蚊が出現するか!?? との思いも虚しく、今度は右腕上腕部下方を刺されてしまった…
 翌日の火曜日あたりから痒みが激しくなり、案の定右腕が全体的に腫れ始めた。(今回も写真撮影したものの、腕をアップで大写しすると年齢がバレそうなため公開は控える事としたが。
 2016年の悪夢のような激しい痒みも再来する事となり、一時は微熱まで出るわ、夜な夜な腕を掻き続け眠れやしないわ、散々な日々を過ごすことと相成った。 (その間もエッセイ公開は続けたが、右腕をボリボリ掻きつつの執筆だったものだ。)
 本日になって腫れがひき始め、やっと“生きた心地”がしている現在である。

 昨日金曜日は定例のランニング練習の日だったのだが、現在「藪蚊恐怖症」に襲われている身にして、どうしてもそれを避けたく思った。

 ただ外で過ごす予定の日に家に引きこもるのも、我が性質としては絶対に嫌だ!

 そこで思いついたのが、「そうだ! カラオケ行こう!!」 だったのだ。 (どんだけミーハーか、お前は!) と自分でも言いたくなりそうだが…


 実は今現在、音楽スタジオにてのフルート自主練習中に、過去にカラオケで歌った歌や昔好きだった楽曲をユーチューブ等も参照しつつ、自分で譜面化して利用している。
 譜面化とは言えども、あくまでも“簡易なもの”に過ぎないのだが。 我が脳内に記憶されているメロディラインをフルートにて演奏し易い♯♭の無い「ハ長調」や「イ短調」に書き換える作業をしているだけの話だ。

 その中の一曲が、冒頭写真のジリオラ・チンクエッティ氏による「La Pioggia」(日本語名「雨」)である。
 1969年に日本でシングルレコードとして発売されたこの楽曲を最初に聴いたのは、私が中学生の時だった。 とにかく音楽好きの私の耳に、ジリオラ・チンクエッテイ氏の歌声が響き渡った。 それをラジオで何度か聞いているうちに、イタリア語の歌詞を我が耳があくまでも“空耳”で自分勝手に記憶したのだ。
 これが不思議だ。 今尚、そのイタリア語“空耳”デタラメの「La Pioggia」全曲が歌えてしまうのだ。
  
 いや、当時中学生時代には私が好きだった他の名曲(ビートルズ等々)の歌詞もすべて記憶している。 ただ英語の歌詞に関しては既に英語を習っていた立場でもあるし、その歌詞を記憶可能なのはある程度当然でもあろう。
 
 そんな中、当時も今も全く経験の無い「イタリア語」の空耳歌詞記憶がどれだけ正確なのか、あれから50年近くの年月が経過した今知りたくなったのだ。

 そして、私はカラオケ店へ出向いた。
 もちろんの事、他の楽曲も沢山歌った。

 少し面白かったのは、マッシュ・マッカーンによる「霧の中の二人」の歌詞だ。
 これも中学生時代に憶えた英語の歌詞だが、当時は歌詞内容など何ら理解せずして勝手に男女恋愛の曲だろうと考えていた。(“I love you”のフレーズがやたら多い曲である。)
 昨日カラオケ画面で見た英語文字のその歌詞内容は私の勝手な解釈とは大いに異なっていた。 それは単なる男女恋愛を語るものではなく、要するに「愛の普遍性」を語ろうとしたのではないか、と私は初めて理解した。


 最後に、ジリオラ・チンクエッテ氏による「La Pioggia」(日本語名「雨」)に話題を戻そう。

 いやいや、私が中学生時代に“空耳”で憶えた歌詞が今でもほぼその通りで3コーラス歌えたのだ!
 まあ要するにイタリア語とは、日本のローマ字に通じるものがあるのかもしれない。
 それだからこそ、我が中学生時代の“空耳”が50年の年月を超越して生きているのであろう。

 まあ、たまには藪蚊に食われてみるもんだ。
 そんな思いも抱いた、昨日の我が突如の“カラオケエンジョイ”でもあった。
 

左都子コレクション - 音楽カセットテープ編 -

2018年09月27日 | 音楽
 (写真は、未だ書棚に保存してある我が音楽カセットテープのコレクション。)


 昨日いつも通っている音楽スタジオにて、久しぶりに我がフルート演奏の「動画」を自撮りしてきた。

 (「原左都子Facebookページ」に動画4本を公開しておりますので、もしもお暇があれば覗いて下されば嬉しく思います。 何分未だブログに動画か貼れない貧弱能力者につき、悪しからず… 

 昨日撮影したフルート演奏動画の楽曲を紹介すると。
 アルバート・ハモンド「カリフォルニアの青い空」。  マッシュ・マッカーン「霧の中の二人」。 メリー・ホプキン 「悲しき天使」。  そして、中森明菜氏が歌った「スローモーション」。

 いずれも、60年代後半期から70年代にかけてのヒット曲だ。
 「カリフォルニアの青い空」をユーチューブにて確認している時に、「霧の中の二人」と「悲しき天使」を同時発見した。  「スローモーション」に関しては我がカラオケ持ち歌の一曲であり、少し前からフルートで吹いていた。
 今現在の我がフルート練習は、もっぱら我が暗譜に依存している。 脳内に蓄積されている楽曲音階をフルート(及びキーボード)にて再現しながら、難度が高いものは譜面化して演奏練習する形式をとっている。


 最近の事だが、某社会学教授氏が公開されているgooブログ内で「ビートルズ論」が取り上げられていた。
 その記事のコメント欄にお邪魔し、「ビートルズは中学生時代に英語歌詞をほぼ全曲暗譜しました!」なる自慢話を恥ずかしげも無く披露させて頂いた。
 我が音楽経歴とはまさにそうだ。 小学校高学年頃から洋楽に興味を持ち、当時はラジオを中心に音楽を楽しんでいた。 
 中学生になるとブラスバンド部でのフルート練習の傍らに小遣いで洋楽LPレコードを買い、ステレオでそれを聞いては英語歌詞を暗譜していたものだ。 暗譜と言えども決して血眼になった訳ではなく、当時から英語が得意だった私は、何度も歌っているうちに自然と憶えた。 
 “小中学生の魂百まで” という事でもあろう。 当時憶えた英語歌詞が今でも自然と口をついて出て来る。


 冒頭の音楽カセットテープの説明に入るならば。

 おそらくこれらは、上京後に収集したものだ。
 現在の家に引っ越した(16年程前だが)後に、どうしてもこれらのカセットテープを聴きたくて、当時としてはもはや希少価値だった「カセットテープも聴けるCDコンポ」を購入した。(現在では、むしろレコードもカセットも聴けるオーディオ機器が普通に販売されているようだが。)
 その我が機種が未だに自宅のピアノの上に存在するのだが、残念ながらCD機能は既にポシャっている。 にもかかわらずカセットテープは普通に聞けるのは、マニュアル力の偉大さだろう。 と言いつつ、数年前よりカセットも聴かないままに、コンポは放置されているのだが…… 


 冒頭写真のカセットテープをご覧いただければ、そのアーチスト名が判読可能であろう。
 それが読み取りにくいカセットテープは、すべて自分で録音したり、ダビングしてもらったりしたものだ。

 それらのアーチスト名が今となっては音楽ファンの郷愁を誘う程に懐かしいであろうことを勘案して、以下にランダムに列挙して紹介しよう。 (時代、ジャンル共にメチャクチャに混合していることをお詫びします。)

 モンキーズ、 ランナウェイズ、 シカゴ 、エリッククラプトン、
 エジソンライトハウス、 ギルバート・オサリバン、 シルバーコンベンション、
 ビートルズ、 ベイシティローラーズ、 ローリングストーンズ、
 アースウィンド&ファイアー、 ビージーズ、 ビリー・ジョエル、
 エルトン・ジョン、 アバ、 アメリカ、 CCR、
 レッド・チェッペリン、 ディープ・パープル、 キッス、 クイーン、
 イーグルス、 スティービー・ワンダー、 クリーム、 スージー・クワトロ、
 KC&サンシャイン、 フォーリナー、 グローバー・ワシントン・Jr. 、

 その他、“レアもの”としては、我が「エレクトーン演奏曲集」が3本程ある… 


 今回この「左都子コレクション」を綴った事により、今後の我がフルート練習曲が“無限”に存在する事実を再確認出来た思いだ!
 我がフルート演奏趣味の楽しみは、まだまだ今後に続くぞ!

 音楽とは、音楽ファンにとっては実に素晴らしい!!   

我がフルート演奏の目的はその“練習過程”にこそあり

2018年05月31日 | 音楽
 (写真は、現在私がフルート練習を実施している楽曲譜面の一部を撮影したもの。)


 我がフルート練習行脚に於いて個人指導講師を“斬り捨て”、音楽スタジオにての自主練習一本に切り替えた後、早くも2ヶ月近くが経過した。

 その間、フルート練習はより内容を強化しつつ続行している。
 もちろん、日々の練習成果発表の場である「舞台出演」等の機会をまったく欲しないかと言えば、嘘になろう。 ただ理性的に判断するに、下手な演奏を人をかき集め無理やり聴いてもらって何になろうとの虚しさもある。
 私が調査したところ、今の時代、(特に大都会東京に於いては)巷に幾らでも小規模ライブハウスが存在して、素人でも“カネさえ出せば”「演奏披露」の機会を持つことは十分に可能なようだ。 しかも一人で観客集めに難儀せずして、それすら“さくら”観客の人数を揃えるサービスビジネスもあるようだ。
 まあ、もっと上手くなってその気になれば、そんな “いかさま演奏会” でも開き自己満足すればよいのだろうが……


 朝日新聞2018.05.28 夕刊 「音楽・舞台」のページに、そんな現在のフルート練習に対する我が思いと重なるような記事を見つけた。
 早速以下に、大阪市立大学某教授による「二つの音楽 成果か過程か 異なる目的」と題する記述の一部を要約引用しよう。

 2年前から「オヤジバンド」をやっているが、数カ月に一度練習スタジオに入り、ブルースやロックを気ままにセッションする。 メンバーの大半はポピュラー音楽研究者であるが、研究のプロであっても演奏は決してうまいとは言えない。 かつて「鳥類学者の仕事は空を飛ぶ事ではない」と述べた学者がいたそうだが、音楽研究の専門家としては下手な演奏を披露するのも心苦しく、人前で演奏した事は一度も無い。 ただ、練習後のビールは最高にうまい。
 このような、典型的なアマチュア音楽を楽しむ人は多い。 その目的とは「自分たちが楽しむこと」であり、必ずしも音楽的成果を目的とはしない。
 アメリカの某民族音楽学者は、単一の目的を伴う一つの活動として「音楽」を捉える見方を批判する。 彼によれば、音楽とは互いに存在意義や目的が異なる複数の活動により構成される複合文化実践と捉える。 すなわち、演奏の成果よりもその過程の相互コミュニケーションを目的とする参与型パフォーマンスは音を通じた社交形成としての重要な役回りを果たす、と論じている。
 しかし、今日の音楽の社会に於ける使命とは、演奏者が「価値ある音楽」を一方的に提供する上演型パフォーマンスの成果物を指すことがしばしばである。  文化としての音楽とは、そうではなく過程に重きを置く「別の音楽」もまたそこに潜んでいる。
 音楽を考える事とは、音楽活動の成果物について考えることとイコールではない。 故に我々は、ロックな成果を生まないオヤジバンドセッションに熱中し、終わればまたうまいビールを飲むのである。
 (以上、朝日新聞記事より引用したもの。)


 原左都子の私見に入ろう。

 そうか……。 大阪市立大学教授であられる某氏は、素人「オヤジバンド」を楽しんでいるって訳ね。
 その経験に基づき自らの専門である学問としての音楽に関し、「現在の音楽が置かれている“成果か過程か” 異なる目的」に関して論じたということね。

 貴方のオヤジバンドと我がフルート練習とが決定的に異なるのは、そのド素人音楽練習を「集団」でやっているのか「単独」でやっているのかとの点だ。
 貴方の理論の場合、結局そのオヤジバンドの練習を「集団」でやっているからこそ、実り無き下手くそな練習過程であろうが、その後のビールが美味しいということだよねえ。
 そして貴方の理論とは、結局「仲間皆で飲むビールが美味しい」からこそ、音楽に於いて成果ではなく過程も認められてよい、との結論に達するという事だよねえ。

 そう結論付けられてしまうと、我が単独フルート練習は、何に救いを求めればよいのか困惑してしまう。
 ただ私はたとえ単独練習であれ、練習終了後には私なりの“達成感”を得られていると判断している。
 まあ、今後は大学教授である貴方とは異質の、「単独練習」による達成感に関する学説でも我がエッセイ集にて唱えようではないか!


 それにしても今回大阪市立大学教授氏が朝日新聞に記載した文面を読ませて頂いて、分かった事もある。
 私が何故2ヶ月程前にフルート個人レッスン講師を“斬り捨て”るとの決断をしたのかの、一つの理由が判明した。
 当該フルート講師は、こんなド素人の私に対して「自分(講師先生ご自身)の演奏レベルに近づく事」を求めていたのだ。 それは要するに、講師氏が音楽を「過程」ではなく「成果」として捉えていた故だろう。
 
 その「過酷(無茶振り)」とも表現出来る状況から解放され、私は現在音楽スタジオにて単身でマイペースのフルート練習を堪能している。


 昨日は、故・西城秀樹氏の楽曲を何曲か“楽譜無し”で(途中で歌も交えて)フルートで吹いてみた。 いやあ、感慨深いなあ。
 そんな風に私なりにフルートを通して音楽を楽しむ日常が、音楽スタジオにてしばらく繰り返される事だろう。

原左都子が選ぶ 「西城秀樹」 トップ10

2018年05月17日 | 音楽
 歌手 西城秀樹氏の訃報を聞いたのは、本日昼過ぎの事だ。

 その少し前に関東地方で地震があり我が家で震度2の揺れがあった後、NHK連続テレビ小説が始まる前の事だった。
 テレビ画面にニュース速報のテロップが入り氏の訃報を流した後、ドラマの直前にアナウンサーが西城秀樹氏の訃報と地震関連臨時ニュースを直接伝えた。


 偶然だが、昨日のNHKゲストとの対談番組「ごごナマ」のゲストが郷ひろみ氏だった。 (参考だが、私は基本的にはこの番組を視聴しないのだが、昨日はゲストが郷ひろみ氏だったが故に見ただけの話だ。)
 その郷ひろみ氏の談話の中で、西城秀樹氏の話題が出た。 何でも過去に紅白歌合戦に出演した時に舞台で履くブーツを持参し忘れたのだとの事だ。 当時、舞台用のド派手なブーツを持参しているのは他に西城秀樹氏ぐらいしか存在しないため、それを借りたとの談話だった。

 ところで、私は特段 西城秀樹氏、郷ひろみ氏、ついでに野口五郎氏(3人合わせて「新御三家」)のファンという事でもなかった。
 ただ、周囲の女子達が「新御三家」を放っておく訳がない。  私が10代だった頃住んでいた郷里過疎地に於いても、「新御三家」の人気ぶりは物凄いものがあり、周囲の女子達がキャーキャー騒いでいた。
 「新御三家」全盛時代はとにかくテレビの歌謡番組全盛時代でもあり、私もそれを好んで視聴していた。

 この新御三家の3名と私は同学年だ。(特に郷ひろみ氏とは誕生日が1日違い。) 同じ時代を生き抜いている同輩との理由もあり、3名の活躍等々その生きざまをずっと見守って来ている私でもある。


 以下に、ネット情報より西城秀樹氏の訃報に関する記述を紹介しよう。
 「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN」などのヒット曲で知られる歌手の西城秀樹さんが16日午後11時53分、急性心不全のため横浜市内の病院で死去した。 63歳。広島市出身。
 1972年に「恋する季節」でデビュー。 「情熱の嵐」がヒットして人気に火が付き、郷ひろみさん、野口五郎さんと共に「新御三家」と呼ばれてブームに。「YOUNG MAN」は、アルファベットを両手で表す振り付けも話題を集め、大ヒットとなった。
 代表曲は他に「激しい恋」「ブーメラン ストリート」「ギャランドゥ」
 (以上、西城秀樹氏訃報に関するネット情報を引用したもの。)

 西城秀樹氏に関しては、48歳、56歳の時に脳梗塞を2度発症。 右半身のまひや言語障害などの後遺症が残ったが、壮絶なリハビリで回復。 この4月にコンサート出演するなど最後までステージにこだわった。
 同い年の私にとっては、氏の脳梗塞発症は実にショッキングな話題だった。 明日は我が身かとの恐怖心を煽られたものだ。 それでも壮絶なリハビリを乗り越えて来た西城氏だったのに、享年63歳で命を閉じる事になるとは実に無念だ。


 本日西城秀樹氏の訃報に接し、原左都子なりの追悼を如何に実施するか考えた。
 そして思いついたのが、西城秀樹氏ヒット曲を私なりに今一度振り返る事だ。

 それでは本エッセイの最後に、原左都子が選ぶ西城秀樹氏トップ10(及びその歌詞の一部)を高らかに掲げよう。

 1位  「ブーツをぬいで朝食を」
      (帰らなきゃいけないと それがあなたの口癖 …… )

 2位  「ブーメランストリート」
      (銀色のブーツがアスファルトを蹴って あなたが駈けて行く …… )

 3位  「恋する季節」
      (雨の日の日曜は 我慢できなくて つぼみなら柔らかく 抱きしめよう …… )

 4位  「炎」
      (あなたの身体があまりにも冷たくて 心の熱さを探せやしない …… )

 5位  「ギャランドゥ」
      (くやしいけれど あなたに夢中 ギャランドゥ ギャランドゥ …… )

 6位  「情熱の嵐」
      (きみが望むなら!   客席から “ヒデキ!! の大合唱 )

 7位  「激しい恋」 
      (やめろといわれても!   客席から “ヒデキ!! の大合唱 )

 8位  「薔薇の鎖」
      (薔薇の鎖が 二人を結ぶ  ああ ああ  あああ~ああ …… )

 9位  「君よ 抱かれて熱くなれ」
      (おっとっと、メロディラインは思い出すものの歌詞が出ない…… )


 あれれ、トップ10と表題に掲げたのに、残念ながら9曲しか思い出さないなあ。 
 (いえいえ、ヤングマン など直ぐに思い出したけど、何分「集団嫌い」の原左都子故にあれを皆でやらされるのを昔から好まなかったのよ…… スミマセン…… )


 脳梗塞に倒れるなどとの宿命を背負わされたがために、わずか63歳の若さで命を閉じざるを得なかった歌手 西城秀樹氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 貴方が「新御三家」の一人として歌謡音楽界で数々の素晴らしい楽曲に関わった事実は、今後も末永く語り継がれていくことでしょう。  
 

音楽スタジオにてのフルート自主練習記 -vol.2-

2018年05月01日 | 音楽
 (写真は、昨年秋よりフルート自主練習のため通っている防音音楽スタジオの一室。)


 久々の原左都子のフルート練習記だが。
 
 4月に入ってから、私は防音音楽スタジオにてのフルート自主練習を“強化”した。
 それには二つの理由がある。

 その一つは上記音楽スタジオが3月末に実施したキャンペーンにて、スタジオ利用回数券が割引価額にて手に入ったためだ。
 元々当該音楽スタジオは他スタジオに比し利用料が安価だったのが一番の理由で、入会を決意した。  (それに加えて、スタッフがミュージシャンと思しき若きカッコイイ青年達ばかりで、“目の保養”になるとのサプライズもあり…。 この年齢になって随分と得をしたルンルン気分でいつもスタジオに通っている話題は、既にバックナンバーにて公開しているが。
 そのスタッフ青年の一人から、「今回数券を買うと割引になりますよ!」と勧めてもらって、この私が「No!」の返事をする訳も無いではないか! 

 早速買い求めた割引回数券は、スタジオ選択可能とのおまけ付きだ。
 そもそもこのスタジオはロックミュージシャン専用の音楽スタジオであるため、利用者のほとんどがロッカーだ。 ただ、他楽器の個人レッスンをしたい顧客の要望に応え、一室のみある「ピアノ室」をそれら個人レッスン者に充てている。 
 ところがこの割引回数券は、空室ならばどの部屋でも利用可能との特典もあったのだ!

 そして、私は昨日初めてロッカーが利用する大部屋を指定しての練習が叶ったとの訳だ。
 いやいや実際行ってみると、いつものピアノ室よりも実に開放感がある。
 何せ広いし、部屋が大きいためか楽器の音の響きもいつもより素晴らしく聞こえ、何だか急にフルート演奏が上手になった気にすらさせられる。
 そして浮かれ気分になった私は、その防音室で写真撮影をしたとの訳だ。


 話題を変え、私が4月に入ってフルート自主練習を強化した“もう一つの理由”だが……。

 ここでやっと、2018.04.23 に公開したバックナンバー「人間関係を斬り捨て、また斬り捨てる我が人生」 に於いて、非公開としていた事実を語ろう。
 ひとまず、上記バックナンバー冒頭部分を再度以下に引用しよう。
 昨夜、私は現実世界でつい最近までかかわりがあった“ある人物”との人間関係をメールのやり取りにより斬り捨てた。(柔らかく表現すると、終焉させた。) 
 この事件、私本人にとっても“ホット”な出来事であり、これを論評するには未だ冷静さに欠ける段階だ。  そんな状況下で下手に論評をしても公平さの観点から相手の人物に失礼であろうから、今回のエッセイで取り上げるのは慎むべきだろう。
 またの機会に冷静に捉えられる段階に入って以降、エッセイとして綴る事としよう。
 (以上、本エッセイ集バックナンバーより一部を引用したもの。)

 我が推測では、その人物は「原左都子エッセイ集」とはまったく縁が無いと判断しているのだが。 その判断の下に、事実を語ろう。

 私が“斬り捨てた”のは、フルート個人指導講師だった。
 いえいえ、“斬り捨て”などとの物騒な表現をしたが、表向きは丁寧な「個人指導退会手続き」をとったまでの事だ。
 何分お相手は、未だ若き有能な人材であられる。 長年この世を海千山千で渡って来ている私としては、相手女性に対し失礼な言動など取れる訳も無い。 
 それでも、フルート個人指導退会願をメールにて出すに当たり、私も相当迷った。
 ここは、“言い訳論法”でいくべきか? などとの作戦も練った。 そりゃ、幾らでもその手は使える。 実際問題、義母・実母両母の面倒を看ている身にして、ちょうど実母から「手術入院付き添い」嘆願が来たばかりでもあった。

 結果として、私は「正論」を貫いた。
 要するに、「指導者である貴女と生徒である私間での、今後のフルート及び音楽に於いて目指す方向が違い過ぎる」旨を私は正直にメールにて訴えたのだ。
 メール3往復の後、我が個人指導退会が決定した。
 その後、音楽教室へ退会の連絡を私から実行し、若きフルート個人指導先生とは縁が切れた。

 元高校教諭でもある私としては、本音を言えば、若きフルート個人指導先生に“指導の在り方”に関して言いたい事がごまんとあった。
 ただそれは私が言わずして、若きフルート先生ご自身が今後指導者としての年輪を刻まれる程に、自然と身に付けられていくことであろう。 
 何分、フルート演奏力に関しては素晴らしい人材であることには間違いない。 今後のご活躍を影ながら応援しよう。(との我が思いも、メールのやり取り内で丁寧に記載した。)


 まあそういう事で、私は現在フルート指導者不在のままフルート自主練習を続行中との話だ。
 繰り返すが、今後決してプロになりたいとの事でもないし。
 とりあえず私自身が、フルート自主練習計画を立てられる音楽実力もあると心得てもいるし。??
 しばらくは自主練スタジオに通って、イケメンミュージシャンスタッフ青年達の観察でも楽しもうか、と欲してるのだが…。

 えっ??  それ「セクハラにならないよう要注意!」ですって!??  十分に心得ておりまして絶対に彼らには手出ししませんので、ご安心下さいませませ。