水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

夏の怪奇小説特集 第二話 空蝉[うつせみ](3)

2009年08月10日 00時00分00秒 | #小説

      夏の怪奇小説特集       水本爽涼

    第二話 空蝉[うつせみ](3)        

  こうして私の幸せは続いていった訳でございますが、私だけが何故このような珍事に遭遇したのか? という疑問は消えなかったのでした
 私の家屋の裏に広がります雑木林は、古くから、そう…、私の幼い頃にも当然ありましたが、幼友達と遊び痴れた林でございました。四季折々に木立たちが描く造形の美には、どこか人を和(なご)ます風情というものがございます。そういった自然が織りなす環境の中で育った私でございますから、換言すれば、自然に育(はぐく)まれた私でございますから、悪人になろう筈がございません。と、云いますと、聊(いささ)か誇張には相成りますが…。
 さて、古きよき時代を思い出しつつ、この得体の知れぬ原因の一端を模索(もさく)致しましたが、ひとつだけ心に思い当たる出来事があったのでございます。と、いいますのは、やはり子供時代に遊んでおった記憶なのでございますが、幼友達が何匹もの蝉の幼虫を採って遊んでおった光景でございました。貴方様も、よくご存知だと思いますが、蝉という生き物は、地中で暮らす期間の方が、地上に出て暮らす期間よりも、ずっと長いということでございます。ということは、つまり幼友達が無邪気に採っていた行為は、大人の目で観察を致しますと、蝉に対してかなりの虐待を行っておったと、まあ、こういうことでございます。私はその折り、別段、意味もなく、というより訳も解(わか)っておらず、ただ可哀想と感じたという理由で、友達の籠から蝉を出し、また地中に埋めるという行為をしたようでございます。すると、当然の成り行きで、友達と喧嘩になりますが、事実、その時もそうなったようでございました。
 私の記憶に現在、残っておりますのは、その幼友達に勝ち、結果として蝉達を守ることが出来た、という記憶でございます。
 そんなことで、鶴の恩返し、ではありませんが、このような奇怪(きっかい)な出来事に遭遇しようとは、夢にも思っておらなかったのでございます。しかし現実には遭遇し、生活は幸運に導かれていったということでして、とても貴方様には信じられないことでございましょう。
しかしながら、その幸運かつ順調な生活といいますものは、案外あっけない形で幕を閉じたのでございました。
 人間には様々な欲というものがございます。幕引きの事の発端は、やはり私の欲だったのでございましょうか…。
 ある時…、その時と申しますのは、奇怪(きっかい)な出来事が起こりましてから数年の歳月が流れておったのでございますが、なにせもう、その頃、私の幸運はいろいろな形で現れておったということでございまして、私も少なからず天狗になっておったようなことでございました。今、振り返りますと、それが災いした、としか申し上げようがございません。それで、そのことの発端なのでございますが、私が知己である同僚の教授に、そのことの顛末(てんまつ)を語ったことに始まるのでございます。
                                                          続


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