蝉(せみ)が小忙(こぜわ)しく鳴いている昼過ぎである。夏休みの宿題は先延ばしにしよう…と、堅太(けんた)は猛暑を理由に昼寝を決め込んだ。よ~く考えれば、朝早くか夕方、昆虫観察をすればいい訳なのだが、朝から遊びのスケジュールがぎっしり詰まっている堅太だったから、そういう訳にもいかなかった。なんといっても普段はそう滅多と長時間、遊べないのだから、夏休みは格好のチャンスと健太は考えていた。昼寝は母の瑞枝(みずえ)が小うるさかったから、仕方なく1、2時間は寝たが、3時過ぎには起き出し、家を抜け出る堅太だった。
「堅太! ダメでしょ、こんな時間に!」
この日に限り、健太は抜け出る直前、玄関で瑞枝に遭遇してしまった。このタイミングの悪さに、健太のテンションはすっかり下がってしまった。
「…ああ、そうそう。あとからでいいから、渡り廊下の雑巾(ぞうきん)がけ、お願いね」
輪をかけて瑞枝の注文が舞い込んだ。堅太とすれば最悪である。
「うん…」
不承不承(ふしょうぶしょう)、堅太は頷(うなず)いた。
苦は早く取り除(のぞ)いた方がいい…と健太は考えた。感心なのではなく、あとあとゆっくりとズルができるからだ。
バケツに水を張って雑巾を絞(しぼ)り、何回か廊下を拭いて往復すると、少し綺麗になったような気がした。息が切れたこともあり、バケツに雑巾をかけ、堅太は少し休むことにした。ふと、ガラス戸に映る庭の景色に堅太が目を移したときだった。
『なんだ、堅太君。だらしねぇ~な。もう、根を上げちまったのかい?』
どこからともなく、声がした。堅太は、んっ? と、辺(あた)りを見回したが、なんの気配もない。なんだ空耳(そらみみ)か…と堅太はふと、視線を落とした。すると、少し離れたバケツにかけたはずの濡れ雑巾が堅太が座る廊下の、ほん横にあるではないか。堅太には確かにバケツへかけた記憶があったから、ギクッ! とした。廊下をよく見ると、少し離れた廊下のバケツから堅太のところまで、水が零(こぼ)れ落ちたかのようにびっしょりと濡れていた。
「ギャア~~!」
堅太は猛暑の中、家を飛び出していた。
「困まった子ねぇ~、放るっぽらかして…」
堅太の声に驚きやってきた瑞枝は、水が入ったバケツを片づけようと持ち上げた。廊下は埃(ほこり)を被(かぶ)ったままで、濡れ雑巾はバケツにかかっていた。
完