怪談には、ちょっと季節外れの話なんですがね。その日の朝は雪が降りしきる寒い朝でした。私は、いつものように起きますと顔を洗い、それから歯を磨きました。前の日と何も変わらない平凡な日だな…と、思うでもなく縁側の廊下を歩いておりました。日本家屋でしたから、廊下の向こうはガラス戸を通して庭が見える訳です。カーテンを開けますと、当然、雪明りで明るくパァ~! っと目が眩(くら)む一面の銀世界が広がっています。おお、積もったなぁ~と、しばし見ておりますと、なんか風情があるんですよね。深々と雪は降っております。ふと、いつもの手入れしております盆栽鉢がどうなっているだろう…と、なにげなく置かれた辺りに目を遣(や)った訳です。すると、たぶん私の目の錯覚だろうと最初は思ったんですがね。いや、これは今考えても私の目の錯覚だったんでしょうが…。といいますのは、あまりにも常識では考えられない大きさの透き通った黄色い蜘蛛が一匹、その盆栽鉢の上に乗っていたんです。動くでもなく、ただじっとして乗っている訳です。先ほども申しましたように、朝起きたばかりですから身体(からだ)は次第に冷えきっていきます。しかし、妙なもので全然、寒くないんですよ。そりゃ、そうですよね。常識ではこの世に存在しない大きさの蜘蛛を目の当たりにしている訳ですからね。で、私は、もう一度、ジッとその大きな蜘蛛を見ました。すると、やはりいます。私も少しずつ気味悪くなってきましてね、その場を離れて台所へ入った訳です。そのとき、妻が台所から出てきて、「どうかしたの?」って訊(き)くもんですから、「いや~別に…」と暈(ぼか)しました。すると、「そう? 顔色悪いからさ… 大丈夫?」って、また訊き返すんですよ。「余り寝れなかったからだろ…」って、誤魔化すしか私は出来ませんでした。原因は分かってましたが、妻に話す訳にもいきませんしね。で、妻が「そう…」と訝(いぶか)りながら台所へ戻ったあと、もう一度、縁側の廊下へ戻りました。そして、先ほどの盆栽鉢へ目を遣りますと、あの蜘蛛はもう跡形もなく消え去っていました。しかも不思議なことに、その乗っていた痕跡がまったくないんですよ。普通は重みで足跡とか残りますよね。それがまったくない訳です。しかしまあ、深々と雪は降り積もっていますから、その足跡を隠したんだろう…とは考えました。それで、もう一度、顔を近づけて目を凝らしましたが、不思議なことにその痕跡がないんです。といいますのは、雪が降り積もっているとしても、妻と話していたのは、ほんのわずかですから、そうは積もっていないですよね。あとが隠れた場合でも、少しは跡の部分が凹んで分かるはずなんです。それがなかったんです。フワッ! と山のように積もった形がそこにはあったんです。なんか、信じられない話なんですが、これは本当にあったお話です。こういう科学では説明できないことって…あるんですよね。
THE END
代役アンドロイド 水本爽涼
(第260回)
その後、順調に組立は進んでいったのだが、設計の大半は実際のところ沙耶がキャド(コンピュータ設計支援ツール)で図面化したものだった。それを保が三人にアドバイスをし、設計図面を完成させたのである。
その頃、沙耶はマンション近くのブックストアで手当たり次第、技術専門書を読み漁っていた。販売員はよく見る客がまたいる…とばかりに変な顔で沙耶を見た。そんなことにはお構いなしの沙耶は棚の本を次から次へと立ち読んでいく。その速度は尋常ではなく、販売員が変な顔をするのも頷(うなず)けた。
『あの…この本よりもっと詳しいの、ありません?』
沙耶が一冊の機械工学専門書を手にしてレジへ来た。レジ係は沙耶の差し出した本を手にした。
「ああ…これですか。これ以上の本はうちでは…。あのう、図書館で探された方がいいんじゃないですか?」
レジ係は、いつも一冊すら買わない沙耶へ嫌味を込めて、そう言った。
『あらっ! そうだったわ! 私としたことが…。有難う、これ返します』
沙耶は、あっけらかんとそう放つと、反転して出口へ向かった。レジ係はその本を手に呆然と立ち尽くした。その30分後、沙耶の姿は区立図書館にあった。ブックストアと同様、図書館司書が訝(いぶか)しげに沙耶を横目で見ていた。それもそのはずで、やはり沙耶は書棚の専門書を次から次へと立ち読んでいたのである。