皆さんは底なし沼というのをご存知でしょうか。実は、これからお話しするのは、その底なし沼に纏(まつ)わる不思議な出来事なんですがね。まあ、信じる信じないは、あなたの勝手、私は語るだけ語って退散しようと…思ってるようなことでね。なにせ、これだけ暑けりゃ、早く退散したくもなるってもんで…。
かつて私が住んでおりました田舎は山村でして、今では廃村になっております。近年、この手の過疎化はどこでも見られる訳で、別に珍しい話でもなんでもないんですが…。しかし、私の村が廃村になった訳というのには、実は別の理由があったんですよ。と、申しますのは、もう随分と前、そう…私が赤ん坊の頃のお話なんです。過疎化とかが問題になるような時代では決してございませんでした。かく申します理由といいますのは、そう! 最初に申しました沼に起因するんでございます。
私の村には昔から語り伝えられる話がございました。それは、いつの日か必ず田畑が窪(くぼ)み、そこが底なし沼となって村人を誘うから、そうなったときは村を棄(す)てて逃げよ! という俄(にわ)かには信じられないような言い伝えなんですよ。私がまだ乳飲み子の頃、地が揺れ、ぽっかりと田畑が陥没したらしいんですよ。これもね、今なら地震の陥没だろ? と冷静に訊(き)かれると思うんですが、それがそうとも思えなかったんです。といいますのは、わずか十日ほどで水が溜(た)まって小さな池に、そして半月ほどで水が引くと、言い伝えの沼が出来たんです。まあ、村の者達も、すぐには言い伝えの沼とは誰もが思わなかったんですがね。
そんなことがありまして、あるとき、一人の村の若い者(もん)が、怖いもの見たさで近づいた訳です。すると、どう見ても底なし沼には見えない。なにせ、水が引いてますから、表面はまだ湿ってますが普通の地面に見えた訳です。で、向こう見ずだったんでしょうね。裸足(はだし)になると、どんなもんだとばかりに、ひと足ふた足と入ってみた。別になんともない。これは大丈夫だと思ったんでしょうね。さらに足を進めた途端、…もうお分かりと思うんですがね。そうなんですよ。その男、ズブズブ…っと跡形もなく沼に飲み込まれたんですよ。いや、私はそう聞かされただけで、見た訳じゃないんですが…。えっ? なぜ分かっていたってですか? それは、その男が自慢たらたら他の若い者に吹聴(ふいちょう)していたからなんですよ。で、男を助けに数人の男が沼に近づいた。村では帰りを待ったんですがね。その男達も帰ってこなかったんです。そうなると、村人も気味悪くなり、他の村へ出ていく者が出始めました。私の家もその一軒でしてね。なんでも、二十軒ばかりあった村は、その後しばらくして村人がいなくなり、廃村になったようなことらしいんです。いえ、これは諄(くど)いようですが私が親から聞いた話でしてね。乳飲み子の私が断言できる訳がございません。作り話か、どうなのか…。真偽のほどを明確にすべく、私は、いつやらその田舎へ行ってみました。…沼らしきものは確かにありました。私は怖くなり、すぐさま駅へ、とって返しました。
THE END
代役アンドロイド 水本爽涼
(第261回)
速度も当然、猛スピードで、図書館司書は初めて見た生物のように沙耶の姿を追った。小一時間が経過し、沙耶はほぼ立ち読みを終えようとしていた。すべての本は沙耶の記憶回路へインプットされ、処理を終えていた。図書館を平然と出ていく沙耶を図書館司書を含むすべての人々が手を止めて見送った。図書館にいる一般人でさえ、もの珍しげに沙耶を見ていた訳である。少し目立ったわね…と、沙耶は、ほんの少し反省した。
その頃、三井も暇(ひま)を見つけては機械技術の知識習得に時を費やしていた。ただ、沙耶と違ったのは、彼? の場合、実技主体で、両指を不器用に使って技術力を高めていた点である。いわば、三井は実技優先で、沙耶は知識優先だということだが、毎週木曜正午の電話ミーティングでは、そのことまでは互いに連絡しなかった。
「おう! 保からの手紙だと、飛行車なるものの模型が完成したそうじゃぞ、三井よ」
『飛行車? でございますか。はて先生、それはいかなるものなのでございましょう?』
「ほっほっほっ…、字のとおりじゃよ、字のとおり。飛行をする車、早い話、空飛ぶ車の模型よ」
『セスナとかの小型飛行機のように? そ! それは、発明ではございませんか!』
「そうじゃ、発明だのう…。ただ、保が付いておる山盛教授は、世間にしばらく公表せぬ腹積もりらしいぞ」
『…左様でしたか』
三井はそれ以上、深く訊(たず)ねず頷(うなず)いた。