靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第二十四回
その後、女性との縁が薄かった直助は、この歳になるまで、ずっと独身を続けている。だから、早智子との出会いが直助の人生で今まで唯一の男対女の縁(えにし)と言えるのだ。忽然と早智子が消えてしまわねば、恐らく直助の妻になっていただろう…とは、飽く迄も希望的観測に過ぎないのだが、そうしたチャンスがなかったと言えないのも事実だ。そんなことで、直助は今日も一人、父譲りの椅子にぽつねんと座り、靫蔓(うつぼかずら)になりきっていた。
季節は巡り、真夏のギラついた日々が去り、すでに扇風機も片づけられた小春日和である。昼過ぎともなれば、陽気のよさに加えて余りの無変化に眠気を催す。それを避ける意味で飲み始めたカフェオレが、最近では病みつきになっている。もちろん、豆から焙煎するなどといった高級な手法ではなく、父の法事か何かで他人様から戴いたチープなネルドリップ式である。習慣とは妙なもので、飲むと睡魔が去るのだから、或る意味、怖い。直助にとってカフェオレは、今や昼間に欠かせないもの、になっていた。同じ商店街の菓子屋”鳥船”の主人、平吉つぁんに頼んでおいて、賞味期限の過ぎたものを安く手に入れる算段はつけてある。市販の半値以下だから、これはもう、儲けの少ない直助にとっては実に有難い。コーヒーに限らず、飲食物の調達方法は、もっぱらこの手を採る直助だ。米は”村川米店”だし、野菜類は勢一つぁんの”八百勢”で、肉類は”河北屋”となる。