水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第十二回)

2012年05月07日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第十二回

 初めて早智子の方から声をかけられたとき、直助は正直いって狼狽した。
「川端康成ですか?」
「ええ…」
「それなら、そこにある文庫本だけです、申し訳ないんですが…。なんでしたらお取り寄せしましょうか? A6版ぐらいのを」
「出来れば、そうして戴けると…」
「分かりました。ここに住所とお名前を書いておいて下さい。あっ! それから、連絡先の電話番号もお願いします」
 商売調にしゃべると、割合すんなり話せるのだ。今まで胸の内で燻っていたモヤモヤが嘘のように消えていった。
 早智子は指し示された紙にスラスラと流暢に書き終え、直助に渡した。なかなかの達筆である。
「会社の電話なんですが、それでよろしいでしょうか?」
「はっ? ええ…結構ですよ。そうですか、和田倉商事にお勤めで…」
「ええ、まあ…」
 和田倉商事といえば、中堅企業として、かなり有名である。


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