夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

ある日ポックリと亡くなった時、私の遺(のこ)されたブログはどうなるの・・。

2013-08-22 12:23:28 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市の片隅に住む年金生活の68歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に築後35年を迎えた古ぼけた一軒屋に住み、
お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

私は中小業の民間会社に35年近く勤め、2004〈平成16〉年の秋に定年退職となり、
私の半生は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれ、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたく、その直後から年金生活をしている・・。

そして自主的に日常の買物担当となり、殆ど毎日のように独りでスーパーなどに行ったりしている。
こうした時に、住宅街の中の道を歩いたりし、
その後は川沿いの遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。

私の日常の大半は、随筆、ノンフィクション、小説、現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。。

そして、ときたま小庭を手入れをしたり、気の許せる悪友と居酒屋で談笑をしながら呑んだり、
或いは家内との共通趣味の国内旅行をして、その地の風土、文化などを学んだりしている。

このような年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを心の発露の表現手段として、
パソコンの故障とか国内旅行で不在でない限り、
このブログのサイトに毎日投稿し、生きがいのひとつとなっている。
          
            
私は定年の5年前の55歳に、定年後の60代の10年間だけは五体満足に生かしてくれ、
その後の70代以降の残された歳月は、余生であると漠然ながらと思ったりしてきた。

もとより高齢者の方は齢を重ねれば、認知症、痴呆症、寝たきりなどの確立は増すし、
私自身は衰えた体力で日常生活のふるまいの中で、確かな言葉を発言しているうちに、
いつの日にかポックリと死ねたら、と念願しているひとりである。

まして自身が意識なく植物人間のようになって、
生き続けるのは当人はもとより、家族の人たちまでが不幸であると思っている。

                     
このような私なりの深い思いが根底にあったが、
過ぎし2010年8月下旬の頃に、医学博士で病院長の帯津良一(おびつ・りょういち)氏の本を購読したら、
《・・ 私の理想は、「達者でポックリ」逝くことです。
死ぬ直前まで自分の足で歩き、自分の口で食べ、自分の頭で考えることができる。
「寝たきり」とは180度対照的な死に方が、「達者でポックリ」だと言えるでしょう。
・・
人生は生老病死・・つまり死も含めて、丸ごと自分の人生なのだから、
「死に時」も「死に方」も自分らしくありたいという考えが基本です。・・》

この一節にめぐり逢えて、そうですよねぇ、と私は深く同意させられた。
          

私が平素何よりも恐れていることは、痴呆症となり、自身が正常に自覚をできないことである。
私は親戚の方、知人の方とか、本などで痴呆症の悲惨さを少しばかり学んだりし、
たとえば私が痴呆症となり、介護をしてくれる家内の身を案じるとたまらないのである。
或いは逆に家内は痴呆症となり、私が看病する場合も同様である。

痴呆症の本人は介護して下さる方も解らず、
何よりも介護する方は、看病する張り合いがないと思われるからである。

このような私の思いから、痴呆症になる前に、ポックリとこの世と別れを告げたい、
と思ったりしている。
         

過ぎし日の一昨年の晩秋ある日、私の自宅の近くの川沿いの遊歩道を歩いていた時、
この遊歩道は片側が帯状に小公園となり700メートル前後あり、
樹木、草花が四季それぞれに彩(いろ)っている場所で、私の散策の好きなひとつのコースでもある。
      
そして、いつものように木のベンチに私は座り、煙草を喫いながら、少し休息をした・・。

この時に、どうした思いか解らないが、いつの日にか命が果てる時は、
晩秋の午前のやわらかな陽射しの中、
ポックリと死を迎えられたら本望である、と脳裏をかすめたりした。

この遊歩道で、独りで歩き、桜(サクラ)、モミジ、ドウタン躑躅(ツツジ)等の朱色を誉(ほ)めたり、
白梅、公孫樹(イチョウ)、コナラ等の黄葉の彩(いろど)る錦繍の中、
木漏れ陽を受け、ときおり舞い散る葉を眺め、
好きな本を抱(かか)えて、突然に命が果てる、といった状況を願ったりしたのである。


或いはいつの日にか身体の変調を感じて、自宅で寝ていて数日し、悪化する中、
布団の中でオシッコを一度だけ漏らしたりして、死去後のことなどを家内に伝言する。
やがて救急車で病院に運ばれて、入院して数日後に死去する。

そして『一週間前の頃は・・いつものように買い物に行ったり、散歩もしていたの・・』
と家内が心の中で感じてくれれば充分である。
          

このように思ったりしている私は、昨日の昼下がり、私がポックリとこの世と別れた時の場合、
私の書き散らしたブログの投稿文は、どうなるのかしら、
と余計なことを考えて微苦笑したりした・・。

私がブログを綴っていることは、家内は知っているが、
お互いの個々の趣味は、干渉もしないので、
家内は私のブログサイト名、具体的な内容はもとより、
ましてURL(私の場合 http://blog.goo.ne.jp/yumede-ai)も知らない。

その上、家内はパソコンの入力方法も覚束ないので、ブログサイトの解約などの手の打ちようがないのである。
私の数多くの投稿文は、銀河の彼方に彷徨(さまよ)うようになるのかしら、
と苦笑したりした。

しかし現実的には、私が加入している『gooブログ』の管理元は、
NTTグループのNTTレゾナントであり、この会社が運営しているサーバーの中で、
永久冬眠かしら、と詮無き事(せんなきこと)思い浮かべたりした。

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2 コメント

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余生は平均寿命から (放念の翁)
2013-08-22 18:43:37
先日はありがとうございました。
毎日暑い日が続きます、そちらは如何でしょうか。

余生の思いを書きつづられておられますが、私は今年が平均寿命(79歳)になりました。
80歳以上が800万人を超えたとか、高齢者とは80歳になって、そういう概念でこれまで過ごしてきました。

75歳から敬老会の案内が届きますが、私は老人ではないと案内状を返戻をしてきています。

私は母の認知症を女房と一緒に第二の職場を放り出して家庭で5年介護、その後4年は老人施設で。
母を見送って数年は夫婦の時間を取り戻しましたが、女房が腎臓疾患になり、1年の3分の1は入退院の繰り返しで、10年来は週3日の通院(人工透析)、このため専業主夫の日々でもあります。

だからとて、こうした暮らしを楽しんでしまおうと、アホなことを考え、ご覧のようなガハハなブログを書き込んでおります。
そんな話題を提供をしてくれる友人、知人にも恵まれているからです。

ご自分の死についても考えられておられるようですが、何か切ない気もいたします。
ご夫婦ともご健康のご様子ですので、おおらかにお暮らしになられては、余計なお節介でご免なさい。
返信する
ときには漠然として、考えさせられまして・・。 (夢逢人)
2013-08-22 21:48:21
放念の翁さま。

貴兄より真摯な人生の根幹のお便りを頂き、恐縮しながら拝読致しました。

私は昭和19年の9月に農家の三男坊として生を受けました。
そして私が小学2年生の時に、肝臓を悪化していた父に病死され、
この時の父は42歳の若さでした。

私が50代の時、私は音楽業界の会社でサラリーマンをしていましたが、
業界の不況が始まり、リストラ烈風となりました。

こうした中で私は出向となった時、この間に同期の方が自裁されたり、病死された方もあり、
私は漠然として、過労死で亡くなることも考えさせられまして、
せめて60代は五体満足に生かして欲しい・・その後は余生かしら、
と思った次第です。

定年後の年金生活の中で、同僚だった方が62歳の若さで病死されたり、
私より3歳先輩の方が脳梗塞で死去されたりしました。

こうした時期を過ごしていますと、ときには漠然ながら、
70代のいつの日にか、命を果てるのかしら、と思ったりする時もあります。

今回、貴兄より《・・余生は平均寿命から・・》と励まされて、
貴兄の確かなここ10数年の人生航路を教示され、
私は人生の苦楽も少ししか解らないまだまだ青二才だ、と実感させられ、そして感謝した次第です。

本年は特に残暑厳しい時、貴兄、そして奥様共々、
お身体をご自愛してお過ごしして下さいますように・・。

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