序 章 初めて越後湯沢に訪れることになり
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳となった身であるが、
ときおり家内との共通趣味の国内旅行をし、私たち夫婦は四季折々各地を訪れたりしてきた。
過ぎし4月の初め頃、家内は近くて源泉掛け流しの温泉地でゆっくり過ごしたいわ、
と私に言ったりした。
まもなく家内は、ある有力な通販の旅行会社より、定期雑誌が郵送され、
この中の旅行企画のひとつとして、
《 源泉掛け流しの老舗旅館
源泉卵の湯『雪国の宿 高半』4日間 》
と題された越後湯沢の旅館に宿泊する団体温泉滞在型が掲載され、思案したりした。
そして私たちはネットで、この旅館、周辺の観光地を調べたりした。
私たち夫婦は、新潟の寺泊、瀬波温泉とか佐渡の旅の時などに、
越後湯沢の地を新幹線、観光バスの車窓から眺めたりしたが、越後湯沢を訪れるのは初めてである。
この時節は、長き雪の舞い降る冬が過ぎ、そして雪解けの中で辛夷(こぶし)の純白の花が咲き、
やがて山櫻も咲く時節と思われる。
果たしてどのような情景を観せてくれるかは、未知数であるが、
齢ばかり重ねた私でも、初めて訪れる旅先に想像力を膨らまし、その地に思い馳せたりしてきた。
第一章 越後湯沢の地にお見合いして
私たち夫婦は、団体温泉滞在型の旅に参加し、東京駅の指定場所で、
集合したのは5月6日の午前11時半であった。
そして私たち一行20名は、上越新幹線を利用して、東京駅を11時52分発の『たにがわ409号』に乗車し、
越後湯沢駅に到着したのは、午後1時21分であった。
そして小雨降る中、宿泊する旅館の送迎のマイクロバスに私たち一行は乗車したが、
五分足らずで『雪国の宿 高半』に到着し、
案内員の方より、館内説明を受けた後、私たち夫婦は指定された四階の一室に入室した後、
私はベランダで出て、景観を眺めたりした。
右手には大きなヒマラヤ杉が見え、下方には上越新幹線の線路を観おろし、
その前方に越後湯沢駅が観えたりした。
そして新幹線の下方には在来線の線路も見えたりした、
左手には、関越自動車道の高速道路、そして併行するように大きな川が流れ、
正面は越後湯沢の街並みが拡がり、
遥か彼方の遠方には雄大な三国連峰の山なみが観え、頂上付近は雪、そして山裾まで大半が雪筋となっていた。
私は過日の大型連休の時に、日本海から急激に低気圧となり、北アルプスなどが季節外れの烈風と雪となり、
遭難死もされたニュースをテレビで視聴したりしてきたので、
この遠方に聳え立つ雄大な連峰も雪が降ったのかしら、とぼんやりと思ったりした。
この後、私は部屋で煎茶を淹れて家内に手渡した後、大浴場に行った。
湯舟に身をゆだて、窓辺から里山の新緑を眺めたりし、
東京駅からたった2時間足らずで、越後湯沢の湯に入っていることに、
改めて驚きながら、微笑んだりした。
部屋に戻った後、家内が入浴している間、旅先でいつものように地酒を吞む習性のある私は、
一階にある売店で、4合瓶を買い求めた。
私は新潟県の地酒に関しては、ここ10年ばかり『八海山』の純米吟醸を吞んでいるが、
これ以外は余り知らないので、とりあえず旅のスタートとして、単純馬鹿の私は、この地酒とした。
そして部屋の窓辺の椅子に座り、茶碗のひとつには煎茶、
もうひとつの茶碗には、この地酒を注(そぞ)ぎ、少しばかり微笑みながら吞みはじめた・・。
そしてロビーの脇にあった『湯沢』の地方誌を頂きたのを視(み)はじめ、
地酒の広告を見て、『鶴齢(かくれい)』を初めて知った。
日頃の私は、地酒は和菓子と共に、その地の文化のひとつである、
と公言してきた私であるが、
純米大吟醸は拙(つたな)い年金生活の私には程度が余りにも高いので、
やはり純米吟醸が相応しいかしら、と呑兵衛の私は明日でも買い求めよう、
と決意したりした。
そして窓辺から観える景観を眺めたりし、茶碗酒を三杯目を吞んでいた時、
家内が湯から戻り、
『何かしら・・定評の通り、とろりとした肌触りの湯で・・良かったわ』
と家内は微笑みながら私に言った。
《つづく》
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私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳となった身であるが、
ときおり家内との共通趣味の国内旅行をし、私たち夫婦は四季折々各地を訪れたりしてきた。
過ぎし4月の初め頃、家内は近くて源泉掛け流しの温泉地でゆっくり過ごしたいわ、
と私に言ったりした。
まもなく家内は、ある有力な通販の旅行会社より、定期雑誌が郵送され、
この中の旅行企画のひとつとして、
《 源泉掛け流しの老舗旅館
源泉卵の湯『雪国の宿 高半』4日間 》
と題された越後湯沢の旅館に宿泊する団体温泉滞在型が掲載され、思案したりした。
そして私たちはネットで、この旅館、周辺の観光地を調べたりした。
私たち夫婦は、新潟の寺泊、瀬波温泉とか佐渡の旅の時などに、
越後湯沢の地を新幹線、観光バスの車窓から眺めたりしたが、越後湯沢を訪れるのは初めてである。
この時節は、長き雪の舞い降る冬が過ぎ、そして雪解けの中で辛夷(こぶし)の純白の花が咲き、
やがて山櫻も咲く時節と思われる。
果たしてどのような情景を観せてくれるかは、未知数であるが、
齢ばかり重ねた私でも、初めて訪れる旅先に想像力を膨らまし、その地に思い馳せたりしてきた。
第一章 越後湯沢の地にお見合いして
私たち夫婦は、団体温泉滞在型の旅に参加し、東京駅の指定場所で、
集合したのは5月6日の午前11時半であった。
そして私たち一行20名は、上越新幹線を利用して、東京駅を11時52分発の『たにがわ409号』に乗車し、
越後湯沢駅に到着したのは、午後1時21分であった。
そして小雨降る中、宿泊する旅館の送迎のマイクロバスに私たち一行は乗車したが、
五分足らずで『雪国の宿 高半』に到着し、
案内員の方より、館内説明を受けた後、私たち夫婦は指定された四階の一室に入室した後、
私はベランダで出て、景観を眺めたりした。
右手には大きなヒマラヤ杉が見え、下方には上越新幹線の線路を観おろし、
その前方に越後湯沢駅が観えたりした。
そして新幹線の下方には在来線の線路も見えたりした、
左手には、関越自動車道の高速道路、そして併行するように大きな川が流れ、
正面は越後湯沢の街並みが拡がり、
遥か彼方の遠方には雄大な三国連峰の山なみが観え、頂上付近は雪、そして山裾まで大半が雪筋となっていた。
私は過日の大型連休の時に、日本海から急激に低気圧となり、北アルプスなどが季節外れの烈風と雪となり、
遭難死もされたニュースをテレビで視聴したりしてきたので、
この遠方に聳え立つ雄大な連峰も雪が降ったのかしら、とぼんやりと思ったりした。
この後、私は部屋で煎茶を淹れて家内に手渡した後、大浴場に行った。
湯舟に身をゆだて、窓辺から里山の新緑を眺めたりし、
東京駅からたった2時間足らずで、越後湯沢の湯に入っていることに、
改めて驚きながら、微笑んだりした。
部屋に戻った後、家内が入浴している間、旅先でいつものように地酒を吞む習性のある私は、
一階にある売店で、4合瓶を買い求めた。
私は新潟県の地酒に関しては、ここ10年ばかり『八海山』の純米吟醸を吞んでいるが、
これ以外は余り知らないので、とりあえず旅のスタートとして、単純馬鹿の私は、この地酒とした。
そして部屋の窓辺の椅子に座り、茶碗のひとつには煎茶、
もうひとつの茶碗には、この地酒を注(そぞ)ぎ、少しばかり微笑みながら吞みはじめた・・。
そしてロビーの脇にあった『湯沢』の地方誌を頂きたのを視(み)はじめ、
地酒の広告を見て、『鶴齢(かくれい)』を初めて知った。
日頃の私は、地酒は和菓子と共に、その地の文化のひとつである、
と公言してきた私であるが、
純米大吟醸は拙(つたな)い年金生活の私には程度が余りにも高いので、
やはり純米吟醸が相応しいかしら、と呑兵衛の私は明日でも買い求めよう、
と決意したりした。
そして窓辺から観える景観を眺めたりし、茶碗酒を三杯目を吞んでいた時、
家内が湯から戻り、
『何かしら・・定評の通り、とろりとした肌触りの湯で・・良かったわ』
と家内は微笑みながら私に言った。
《つづく》
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