伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

欠片の瓦版 16/01/25

2016年01月25日 | エッセー

■ SMAP解散騒動
 お隣さんでもないし、ましてやメンバーに親戚はいないのでどうでもいいことだ。ただ、「国民的アイドル」だのなんだのと騒ぎ立てるのがなんともしっくりこない。香取クンは38だがアラフォーと括れば、みんな40を超えたいいオッサンさんだ。なにが“アイドル”であろうか。まったく『一億総ガキ化』極まれりだ。これについては10年11月の拙稿「『一億総ガキ』化」で、精神科医の片田珠美氏の著作『一億総ガキ社会』を引いて述べた。いまだに病膏肓に入るのままとみえる。
 「四十にして惑わず」という。人間40に至れば、道理を体し迷いが消え不惑となる──通途にはそう解されている。だが、古典の泰斗橋本 治氏は大いに違う。それまでの学びを終え「三十にして」現実社会に「立つ」と、孔子は大いに迷ったという。「三十代の間ずっと迷っていて、四十になった途端、『もうこれきりにしよう』と『不惑』宣言」をした。迷った挙句に、「四十になって『もう迷うのはやめよう』と決断」したというのだ。いわば強制的にシャットアウトを宣したわけだ。それはさんざ悩んできたからこその決断で、40で自動的に不惑になるという道理ではない。そう泰斗はいう(新潮新書「いつまでも若いと思うなよ」から)。「でもそう簡単に収まるはずはないから、四十代一杯『もう迷わない、迷わない』と言い続けていたんだろう」と揣摩する。だから、「不惑の年だが、一向に煩悩は収まらないな」という使い方は、「三十代の間に悩んでないから、『悩みを吐き出して四十歳に至る』ということが出来ないためだ」と容赦ない。
 してみると、この騒動は「『悩みを吐き出して四十歳に至る』ということが出来」なかったためだといえるし、悩んだ末の「四十になって『もう迷うのはやめよう』と決断」したともいえる。さて、どちらか。後者ならオッサンだし、ガキなら前者だろう。

■ DAIGOとベッキー
 DAIGOはロッカーというよりバラタレだし、ベッキーもアイドルというよりバラタレだ。DAIGOは英語で書くが、ベッキーは日本語で書く。DAIGOは日本語というよりDAI語なる英語擬きを使うし、ベッキーは混血児というよりネイティヴな日本人だ。DAIGOはああ見えて育ちと人品の良さを感じさせるが、ベッキーはああ見えてそうでもなかったことが判った。DAIGOは年は食ったが良縁に恵まれそうだし、ベッキーは中年増になって揉めているようだ。DAIGOは電撃発表したが、ベッキーは電撃暴露された。DAIGOにマスコミが殺到したが、ベッキーにもマスコミが殺到した。DAIGOは挨拶のお辞儀をし、ベッキーは深くて長いお辞儀を何度も繰り返した。DAIGOは祝福を寄せられたが、ベッキーは人びとを引かせた。
 2人は似ているようで似てないし、似ていないようで似ている。でも、どちらもテレビには相変わらず出ている。DAIGOは照れながら、ベッキーは何食わぬ顔で。

■ 琴奨菊 優勝
 場所後、白鵬は「(自分が)10年間、35回優勝して角界を引っ張ってきた」と語ったそうだ。かねてより白鵬には華がないと言ってきたが、つまりはこういうことである。
 中学よりのライバルで唯一の土を付けた豊ノ島は、千秋楽の花道で出迎え握手しハグした。「ずっと一緒に戦ってきて……。一番優勝して嬉しくて、一番優勝されて悔しい相手です」と語ったそうだ。これが華だ。優勝という“菊”の大輪といっしょに花道にも“豊”潤な花が咲いた。刹那、目が潤み言葉を失った。
 平安の宮中行事で、力士は神聖なる結界である土俵へ髷に造花を付けて入場した。「花道」の来由である。きのう見た花を造花というなら、逆境と辛抱が入念に造り上げた花といわねばならない。
 加うるに解説の北の富士も吐露したように、琴奨菊を優勝候補に挙げた者は1人としていなかった。完全に予想外の優勝であった。これも快事である。
「真に新しいものはつねに思いもかけないところから登場する」
 内田 樹氏が大瀧詠一の名言として紹介したフレーズである。だとすれば、今年のデジャブのようでなんだかわくわくしてきた。 □