伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

我が解を得たり!

2014年05月16日 | エッセー

 鱓の歯軋りとは知りつつ、この四、五年凡愚の頭では解けない疑念がある。
 世界の工場は中国から東南アジアへ、さらにバングラデシュへ、ゆくゆくはアフリカに至るだろう。で、地球を一周したその先はどうなるのか。
 かつて本邦は「エコノミックアニマル」と揶揄されたが、そもそも欲念を駆動力とする資本主義は不健全なのではないか。
 「成長」は美徳ではあるが、経済システムにも至当な徳目といえるのであろうか。
 資本主義は原理的に“自転車操業”を免れないのではないのか。
 世界に先駆けて資本主義爛熟期から衰退に向かう日本のこれからの進路はどうあるべきか。
 “低成長”も成長路線の枠内での発想ではないか。「ロハス」も同類では。
 かといって牧歌的な農本主義が問題の解とは考えがたい。
 ましてや、歴史的検証を終えたコミュニズムに未来はない。
 ……おおよそそんな愚案の類いである。
 そんな矢先、図らずも偶会した達識があった。目から鱗どころか、目がそっくり落ちてしまいそうな知的衝撃であった。我が意を得たりであり、わが“解”を得たりである。「おぉー!」「おぉー!」と、何度雄叫びを放ったことか。アカデミック・ハイに、遂に笑いながら泣いてしまった。
 コピーにはこうある。
〓資本主義の最終局面にいち早く立つ日本。世界史上、極めて稀な長期にわたるゼロ金利が示すものは、資本を投資しても利潤の出ない資本主義の「死」だ。他の先進国でも日本化は進み、近代を支えてきた資本主義というシステムが音を立てて崩れようとしている。
 一六世紀以来、世界を規定してきた資本主義というシステムがついに終焉に向かい、混沌をきわめていく「歴史の危機」。世界経済だけでなく、国民国家をも解体させる大転換期に我々は立っている。五〇〇年ぶりのこの大転換期に日本がなすべきことは? 異常な利子率の低下という「負の条件」をプラスに転換し、新たなシステムを構築するための画期的な書!〓
 おまけに帯の推薦が
〓「資本主義の終わりをどうソフトランディングさせるかの大変クールな分析。グローバル資本主義と民主制の食い合わせが悪いという指摘にも深く納得」──内田 樹(神戸女学院大学名誉教授・思想家)〓
 ときては、読まないでは男が廃る。いや、女も言い訳が立たぬ。
   資本主義の終焉と歴史の危機」
  集英社新書、本年3月刊。著者は水野和夫氏。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)を歴任し、現在日大教授という切れ者だ。
 新書だからといって甘く見てはならない。「新書コーナーは『知性と現代が交錯するライブ空間』なのだ。その存在を知らなければ、知性的にもなれないし、現代も語れない」との齋藤 孝氏の訓を重く受け止めたい。(メディアファクトリー新書「10分あれば書店に行きなさい」から)
 72年、アウレリオ・ペッチェイ氏が会長であったローマクラブが発表した歴史的文書『成長の限界』──人口増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達すると警鐘を鳴らした──に勝るとも劣らない。
 帯の
──金利、ゼロ!! 利潤率ゼロ!! 資本主義の死。 
  それでも成長を追い求めれば、多大な損害が生じるだけ!──
 が、本書の肝である。ミニマムサイズのサマリーだ。前記の疑念にすべて明答を与えてくれる。先日も本ブログで「読んで損はない」と薦めた書籍があったが、こちらは「読まないと損」だ。前者は手にとって、その厚さに驚いた人が幾人かあったやに聞く。だが、そんなことは知ったことではない。推薦した者の責任ではなく、書いた側の責任である。文句はそちらへ。しかし、こちらは214頁。一気に読める。一気飲みはカラダによろしくないが、一気読みはアタマを元気にする。税抜き740円。とってもお手頃だ。集英社と親戚でも遠戚もないが、これは燕石では断じてない。 
 まずは利潤率の低下にフォーカスして、資本主義に死の兆候が顕現していることを解き明かす。併せて、資本主義の本質を「中心/周辺」構造と「蒐集」に求め、その末路を予言。「成長教」にしがみつき続けることが国家の基盤をも危うくすると警告を発する。
 次いで中世の大変革を「長い一六世紀」と捉え、現在のグローバリゼーションとのアナロジーを歴史的に考察。刻下のそれについては、本年3月の拙稿『四つのフロンティア』で四番目のフロンティアとして触れた。同様の着眼に胸をなで下ろす。加えてEUについてはかねてよりの稿者の主張と通底する論攷であり、意を強くした。
 新興国の近代化がもたらすパラドックス、グローバリゼーションが危機を加速する実態を克明に展開。資本主義の矛盾をもっとも体現する日本にこそアドバンテージがあるのに、政府はそれを無効にする愚策を打とうとしていると諫める。そして、ゼロ成長社会へのメルクマールである 「定常状態」を提唱して論を結んでいる。

 一読すればアベノミクス(“アベノミックス”も)がいかに経済的趨勢に、日本の世界史的使命に背を向けているかが腑に落ちる。いかに安直で思慮の足りない愚策であるかが腹に落ちる。稿者の愚蒙を啓いてくれるばかりではない。日本の未来を拓く不刊の書といって過言ではなかろう。安全保障の危機以前に、「歴史の危機」にこそ目を覚ますべきだ。 □