伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

「保守」を問う

2014年05月13日 | エッセー

 痒いところに手が届くとでもいおうか。実にタイムリーな企画だ。
 『文藝春秋』六月号 超大型企画──安倍総理の「保守」を問う──
 冒頭にはこうある。
〓日本の進路はどこに向いているのか。われらの漠たる不安に百人の叡智が答える
三年間、迷走を重ねた民主党政権。安倍内閣は久々の本格的保守政権として発足した。特定秘密保護法制定、集団的自衛権の行使などを手がけ、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権に対し、国内外から「右傾化」との非難もあがっている。日本はどこに向かうのか。「保守政治の本質」とはなにか。小誌は下記のいずれかにお答えいただきたいと各界の識者に意見を募った。① 日本は右傾化しているのか。 ② 本来の「保守」とはいかなるものか。 ③ 安倍政権の「戦後レジームからの脱却」をどう考えるか。憲法改正、対米・対中外交、歴史認識、靖国参拝から新自由主義政策の是非、ヘイトスピーチに至るまで──百名の論者が多角的な視点から論じ尽くす〓
 全80頁、圧巻である。全員というわけにはいかない。百人のうち、馴染みのある幾人かを紹介したい。関心を引けば、ぜひ当誌に当たっていただきたい。
※肩書きは原文のまま。──部分までは原文から。◇部分はサマリー。◇以降に愚考を少々。

【藤原正彦】数学者、作家
──変な保守が多すぎる
◇戦後レジームを墨守しようとするのは脳天気で、および戦後レジームに異を唱えながら、経済のためなら何でもする守銭奴保守、アメリカ追随だけを信ずる親米ポチ保守、ヘイトスピーチなど過激言動に走るヒステリー保守、といった人々ばかりだ。◇
 まあ、いつもの通りだ。稿者であれば、まっさきにこの御仁を「変な保守」に挙げる。
【磯田道史】静岡文化芸術大学教授
──敵をも愛する豊かな心
◇保守とは何か。一視同仁の心で、この環境風土を愛し守る。この一事に、つきる。日本人の心性は、恐ろしいまでに先進的なものであったと未来人に評価される日が必ず来る。歴史家の私にはそれが見える。この日本人の心性だけは何があっても保守してまいりたい。◇
 さすがに歴史家の眼は永く、深い。
【山折哲雄】宗教学者
──憲法九条にガンディーの精神を
◇われわれの九条を真に保守するためには、この非暴力の魂を吹きこむことが何よりも大切ではないかと、今あらためて思う。◇
 9・11以降の趨勢に「無防備のままの九条保持は絵に描いた餅になりかねない」とし、若者に命賭けの非暴力による政治運動を要求したガンディーに学ぼうとする。
【曾野綾子】作家
──日本が嫌いなら外国にどうぞ
 「言うよね~」だ。ちょっと古いか。でも、この婆さんは苔生すほどに古い。
【伊東四朗】喜劇役者
──戦後民主主義教育の害
【内田裕也】ロックンローラー
──ロックンローラーだって国のことを考えいる! 
 池上某が選ばれなかったのは文藝春秋社の良識であろうが、この二人が登場したのには首を傾げざるを得ない。彼らは果たして「叡智」といえるのか。芸人や“ロッケンローラー”は「智」を押し隠すところにこそ生業の成立要件があるはずだ。たまさか持ち合わせているにせよ、舞台に載せたのでは悪い冗談にもならない。
【香山リカ】精神科医、立教大学教授
──売れ筋は嫌韓嫌中と日本礼賛
◇不安を払拭し現実に適応するために、前向きな物語が必要だ。「東京オリンピック」という物語だけでは弱い、と選ばれようとしているのが「悪いのは中国、韓国、でも世界は日本が大好き」という“大いなる物語”なのではないか。残念なことに、この物語は事実から乖離した錯覚や幻想だ。◇
 鋭い。続けて「このまま”大いなる物語”とともに大海に沈むタイタニック号となるか、それとも現実の難局にしっかり向き合い、再び国際協調への道に歩み出せるか。」と、警鐘を鳴らす。精神科医による日本診断だ。
【中野剛志】評論家
──戦後レジームはいつか終わる
◇肝心の米国が、覇権国家として、世界秩序を維持する力も意欲も失いつつある。米国覇権が終わるなら「戦後レジーム」も終わる。我々は、戦後レジームからの脱却を目指さなくても、強いられるのだ。◇
 持論である「米国派遣」からの論究である。以前触れた『TPP亡国論』と同じコンテクストだ。傾聴に値する。
【齊藤 孝】明治大学教寿
──吉田松陰は保守か、革新か
◇吉田松陰は、保守か革新か。「保守=右翼、革新=左翼」という図式は万能ではなく、時代状況による。「健全な、機能する保守」は「中庸」である。反対に、現実の変化に鈍感で旧態依然として適応を怠る場合は、「不健全な、機能しない保守」といえる。◇
 朝のワイドショーでアンカーをするようになると、お答えまで「中庸」となるか。先生、もっと言ってほしいな。
【柳田邦男】ノンフィクション作家
──重要なのは品格
◇戦後六十九年、この国が築いてきた世界に類例のない平和主義と生命尊重を国是とする国のかたちと精神文化を破壊しかねない政治状況に、人々が慣れ不感症になるのは怖いことだ。◇
 原発避難者の声を受け止めると言いつつ、原発セールスに精を出す。そんな政政治リーダーに品格がないと弾劾する。洞観に敬服する。
【養老孟司】解剖学者
──ホンネとタテマエ
◇いまの日本は右傾化しているか。私がそうだと答えても、さして意味があるとは思えない。理由は以下の通り。◇
 として、「日本の主婦の五割は、言っていることとやっていることが百八十度違う」というインタビュー調査を政治的意見に応用する。
◇本音の結果はつねに五対五。日本人の半分が嘘つきだと、岐路の選択に関する未来の行動予測はつねに五分五分。自分でも信じられない結論だけどね。◇
 齊藤氏の「中庸」も真っ青。木で鼻を括る。まさに養老節、炸裂だ。
【姜 尚中】聖学院大学学長
──アメリカ印の象徴天皇制
◇象徴天皇を第一条に掲げる日本国憲法とそのレジームは、保守の知恵の成果である。逆に天皇主権のもとに戦後レジームからの脱却を唱えることは、本来の保守とは正反対の革新主義であり、かつての官僚や軍部の革新主義が、新たな装いのもとに蘇ろうとしている.◇
 これこそ「叡智」であろう。鋭い知の刃が核心を剔抉する。
【孫崎 享】元外務相国際情報局長
──安倍政権が選んだ米国従属
 靖国参拝に絡み、結局は「米国従属」を選択した安倍政権の本質を突く。
【橋本 治】作家
──今のトップはああいう人
◇「日本を取り戻す」、とか「戦後レジームからの脱却」というのは、空想的なレトロフューチャーだと思う。あまり現実味のないことを、今の日本のトップは「~しようじゃありませんか!」と、一人称複数の命令形を疑問形で呼び掛けて巻き込もうとしているのだが、それに対して熱狂的な歓呼の声が湧き上がっているわけでもないでしょう。現状肯定ばかりでチェック機能が退化していることが日本の問題かと思います。◇
 まことにこの人らしい。茫洋としているようで、肺腑を抉る。「~しようじゃありませんか!」には、膝を痛いほど打った。
【浜 矩子】同志社大学教授
──良きものを断固守り抜く
 昨今の「新保守主義」にオブジェクションを呈する。怖い顔が浮かぶ。
【手嶋龍一】ジャーナリスト
──レーガン大統領なら何を語るか
 原体験をもとに、冷戦を終わらせた大統領に真の保守を見いだす。
【東 浩紀】思想家
──日本の強さがわかっていない
◇排外主義者は中韓の侵入が日本の伝統を壊すと主張する。それに対しては、そんなことで伝統が壊れると思っているおまえたちこそなにも日本の強さがわかっていないのだ、と答えよう。◇
 あるべき保守主義のかたちを説き、「おまえたち」に啖呵を切る。論客だ。

【佐伯啓思】京都大学教授
──世界中で保守が消えた
◇一方では、中国との敵対を想定した上で日米同盟を重要視している。しかし他方では、靖国参拝を行うことこそがいわば保守の証明だとされる。しかし、安倍首相の靖国参拝をアメリカは決して快くは思わないし、中国との対立をアメリカは回避しようとしている。◇
 この人の話はいつもドラスティックだ。
【内田 樹】思想家
──共生より競争が選ばれた
◇人類史的スケールをとると、「変化すること」よりも「存続すること」の方が集団の課題として緊急だった。経済成長や人口増をめざさず、根幹的制度について急激な変化を厭う人々を「保守」と呼ぶのが筋目だろうと思う。その意味では自民党はもはや保守政党ではない。問題は階層下位の人々である。彼らは「社会制度の劇的変化で起死回生をはかる」か「相互扶助的な仕組みを工夫して、貧しさに甘んじる」かの二者択一を迫られている。階層下位の右傾化は、この二者択一では「起死回生」を選ぶ他ないと信じた人たちの結論である。競争に勝つことの重要性については教わったが、共生の作法については何も教えられてこなかった人たちの選んだ結論である。◇
 百人の叡智、最上位にまちがいない。かつて小林秀雄は「人生の教師」と呼ばれた。一時代前までは大学入試の現代文でもっともよく出題された。それを今や、内田氏が襲っている(直近では鷲田清一氏と二分)。やがて、「人生の教師」と冠される日も来るのではないか。
 ともあれ前稿とも通底するのだが、「共生」にこそ人類史的課題は懸かっている。
【寺島実郎】日本総合研究所理事長
──日本人が保つべき正気
◇米国の東アジア戦略の基本は「日中双方に配慮したアジアでの米国の影響力の最大化」である。日本が示す表層の「親米」は「反米」に帰結する虚構であるとの疑念を醸成する。日本人が保つべき正気は、戦後民主主義の価値を主体的に位置づけ直し、一次元高い「浩然の気」を持ってアジアに心を開き向き合うことである。◇
 浩然の“戦略眼”にのみよく写しうる達識である。
【佐藤 優】作家
──ネット右翼のナルシシズム
◇排外的なヘイトスピーチを叫びながらデモをする人々がいるが、この人たちが日本国家を守るために予備自衛官を志願するとか、あるいは右翼思想の研究を行うというような行動をとるわけではない。自分の心情をどう満足させるかだけで、政治的責任感は皆無だ。右傾化と呼ぶに値しない自己陶酔に過ぎない。◇
 氏もまた慧眼の士だ。病症に潜む病根を見逃さない。
【與那覇 潤】愛知県立大学准教授
──戦中派の退場
◇右傾化の最大の背景は「戦中派の退場」だ。戦前すなわち「祖父」の名誉にこだわる人々が、なぜ戦後という「父」の達成は唾棄して省みないのか。父親の不在が過剰なマッチョイズムを生むという逆説が、日本の保守の最大の矛盾だ。◇
 戦争を失敗と捉えた「戦中派」。兵役体験を持たず、戦後の対米従属に割り切れなさを感じる「戦後派」の存在。いつもながらの歴史的分析は異彩を放つ。今回百人のうち、このような俯瞰を提示したのは與那覇氏ただ一人だ。
 この達見は内田氏の以下の洞見を蘇らせる。以前にも援用したが、重複を恐れず再度引く。
◇「戦後民主主義」はある意味では、そういう「戦後民主主義的なもの」の対極にあるようなリアルな経験をした人たち(引用者註・戦前、戦中を生きた人々)が、その悪夢を振り払うために紡ぎ出したもう一つの「夢」なのだと思います。「夢」というと、なんだか何の現実的根拠もない妄想のように思われるかも知れませんが、「戦後民主主義」はそういうものではないと思います。それは、さまざまな政治的幻想の脆さと陰惨さを経験した人たちが、その「トラウマ」から癒えようとして必死に作り出したものです。だから、そこには現実的な経験の裏打ちがあります。貧困や、苦痛や、人間の尊厳の崩壊や、生き死にの極限を生き抜き、さまざまな価値観や体制の崩壊という経験をしてきた人たちですから、人間について基本的なことがおそらく、私たちよりはずっとよく分かっているのです。人間がどれくらいプレッシャーに弱いか、どれくらい付和雷同するか、どれくらい思考停止するか、どれくらい未来予測を誤るか、そういうことを経験的に熟知しているのです。戦後日本の基本のルールを制定したのは、その世代の人たちです。明治二十年代から大正にかけて生まれたその世代、端的に言って、リアリストの世代が社会の第一線からほぼ消えたのが七〇年代です。「戦後」世代の支配が始まるのは、ほんとうはその後なんです。◇(「疲れすぎて眠れぬ夜のために」から) 
 
 団塊の世代にとって「保守」とは日陰者に近かった。「革新」は日向で輝いていた。いま日陰が露わになっている。ネガフイルムのようだ。陽光に変化はないはずだから、何かが動いたとするほかあるまい。それはなにか。この企画はサジェッションに満ちている。 □