伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

大阪高裁に拍手!

2009年03月12日 | エッセー
 まずは今月4日の報道を引きたい。(asahi.com から)

〓〓「浮浪」容疑逮捕、違法捜査認定 覚せい剤使用に無罪  
 軽犯罪法違反(浮浪)の疑いで奈良県警に現行犯逮捕され、勾留(こうりゅう)中の尿検査の結果から覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴された住所不定、無職の男性(43)の控訴審で、大阪高裁は3日、逆転無罪の判決を言い渡した。古川博裁判長は浮浪容疑での逮捕について「要件を満たしておらず違法」と判断。「違法な別件逮捕中の採尿にもとづく鑑定には証拠能力はない」と述べ、懲役3年の実刑とした昨年10月の一審・奈良地裁判決を破棄した。
 浮浪は軽犯罪法が列挙する罪の一つで、「働く能力がありながら職業に就く意思を持たず、一定の住居を持たずに諸方をうろついたもの」と規定され、ほかの罪とともに「該当する者は拘留または科料に処する」とされている。警察庁の07年の犯罪統計によると、同法違反の摘発件数1万8478件のうち浮浪の適用は6件。弁護人によると勾留されたケースは異例。
 判決は、男性の生活実態について、男性が乗っていた車の中に求人情報誌や求人票があり、就職活動中だった。又マンションを賃借していた、と認定。浮浪容疑での逮捕は誤っていたと判断した。そのうえで、軽犯罪法が適用上の注意として「国民の権利を不当に侵害しないように留意し、本来の目的を逸脱して他の目的のために乱用してはならない」と定めている点に触れ、県警の捜査について「定めに反する判断で、落ち度にほかならない」と非難した。
 判決によると、男性は07年10月7日、奈良県生駒市のパチンコ店駐車場にいたところを奈良県警の警察官に職務質問され、浮浪の疑いで現行犯逮捕された。強制で行われた尿検査で覚せい剤反応があり、翌8日にいったん釈放された後、覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕・起訴された。
 判決について弁護人は「捜査に疑いを持って、事実を真正面からみた内容だ」と評価した。〓〓

 極めて澄明で良質の判決である。30数年前「ストリーキング」が話題になった折、軽犯罪法を読んでみたことがある。第1条第4号が目に留まった。

■ 生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの

 「浮浪」の定めである。となると当時、駅構内に屯していた「浮浪者」はすべて取り締まりの対象になる。自ら望んでその境涯に甘んじているわけではなかろうに、と割り切れない憤りを覚えた記憶がある。
 いまは主に公園に「居」を移し、ホームレスと呼ばれる。が、実態は同じであろう。この法律を四角四面に適用すれば、「塀」の中はたちまち溢れる。
 同法ができたのは、昭和23年。第1条には、「各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する」とあり、30数項が列挙されている。
 「拘留」とは1日以上30日未満で「禁固」より短いが、身体の自由を奪う自由刑である。かつ執行猶予なしの実刑である。「科料」とは千円以上1万円未満で「罰金」より少額ではあるが、財産の強制的徴収である。双方とも歴(レッキ)とした刑罰であり、前科となる。戸籍に記載されることはないが、検察庁の前科調書には記録が残る。
 同法で罪とされる行為の中からいくつか挙げてみる。

■ 廃屋にたむろする行為
■ 威勢を示して汽車、電車、乗合自動車、船舶その他の公共の乗物、演劇その他の催し若しくは割当物資の配給を待ち、若しくはこれらの乗物若しくは催しの切符を買い、若しくは割当物資の配給に関する証票を得るため待つている公衆の列に割り込み、若しくはその列を乱した者
―― 「廃屋」「割当物資」「配給」、終戦直後の灰神楽の中から生まれた言葉だ。ただ、廃屋は各地でまた現れつつあるが。

■ 変事非協力の罪  目の前で事件が起きているのに警察官や消防士、自衛官などの協力要請を無視した場合
―― 至極当たり前のことを法定化せねばならなかった背景とは何だろう。象徴的な事件があったのか。それとも、戦後の解放感が権力行使に過剰に敏感になっていたのか。浅学、寡聞ゆえに詳らかにできない。

■ 官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称し、又は資格がないのにかかわらず、法令により定められた制服若しくは勲章、記章その他の標章若しくはこれらに似せて作った物を用いた者
―― コスプレには注意が必要だ。警備員の服装や道具類もこの号に抵触しないようさまざまな規制を設けている。

■ 自己の占有する場所内に、老幼、不具若しくは傷病のため扶助を必要とする者又は人の死体若しくは死胎のあることを知りながら、速やかにこれを公務員に申し出なかつた者
■ 人畜に対して犬その他の動物をけしかけ、又は馬若しくは牛を驚かせて逃げ走らせた者
―― この二つは一体、どういう状況を想定しているのだろうか。とてつもないアナクロニズムのようでもあり、きょうの社会面に載っていてもおかしくはなさそうでもあり、想像力を大層くすぐる。

■ 公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者    
―― 「ストリーキング」はこれだ。ほかに刑法174条の公然猥褻罪や各都道府県条例が適用されることもある。しかし、いまではその出現をまったく聞かない。年に一二度、海外ニュースで報じられる程度だ。なにやら淋しい気もするのはわたしだけか。

■ 公私の儀式に対して悪戯などでこれを妨害した者
―― 荒れる成人式はこれに該当すだろう。テレビのドッキリものでこれに触れるのがありはしないか。だとしても、「笑って、許して」なのか。餌食にされるのがお笑いタレントだから、頃合いのバッファになるのか。 

 さて、本題に戻ろう。この控訴審判決だ。軽犯罪法はとかく別件逮捕に利用される。だから、同法には歯止めが明記されている。引用の報道の中にもあった第4条の使用上の注意、乱用防止の規程である。これを適用し、捜査に瑕疵を認めた。つまり、デュー・プロセスの原則を貫いた。「浮浪」を的確に解釈した点もさることながら、この意義は大きい。大阪高裁に拍手だ。
  ―― 裁判は被告人ではなく、検察官を裁くものである ―― との原理を際立たせた極めて澄明で良質の判決である。この原理については、別に稿を立てるつもりだ。

 今月10日、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、ホームレスの社会復帰支援活動の第一人者である奥田知志氏を取り上げていた。「ホームレスを支援しているのではない。田中さんであり、山田さんというその人を支援しているんです」との言葉が印象的だった。浮浪と言おうとホームレスと呼ぼうと、烙印に変わりはない。規矩準縄で括って落着できるほど、事はたやすくない。「生計の途」が奪われていく社会にどう立ち向かうのか。「職業に就く意思」を阻喪した人をどうエンカレッジしていくか。空蝉の奈落で苦闘する『戦士』に頭が下がった。 □


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