今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

白地図ではなく地形図で日本を見よう

2024年01月18日 | 時事

日本の人口分布の地域差などを論じる場合、白地図ではなく地形図をベースにしないと、

とんだ誤りを犯す。

小学校の時から部屋に日本の地形図を貼っていた私は、頭の中の日本地図は地形図になっている。

地形図とは、少なくとも山地と平野が色分けされていて、河川も記されているもの。

その地形図で描かれる日本は、ほとんどが山地で平野は海沿いにごく限られていることが一目瞭然。
とりわけ北海道の中央部・東北・中部地方の内陸・紀伊半島・中国・四国・九州はほとんどが山地。
そして数少ない平野の中でひときわ目立つのは関東平野。

江戸時代までの人のように、自給自足の生活ができれば山の中でも住める(「ポツンと一軒家」のように)。
ところが、現代的生活を求めるなら、舗装道路・水道・ガス・電気・通信のインフラが必要なので、それらを個人宅に引き寄せるためには山地は断然不利になる。
生活基盤としての経済活動も、これらインフラを前提とした場所が必要。
なので、近代以降は、人はインフラの構築が簡単な平野部に集まり、そこに住みやすい都市が形成される。

地形図で一眼でわかるように、日本の国土の70%以上は山地で、それらは全て現代生活を送るには不利な場所。
さらに山地は、河川の増水・土砂災害という傾斜部固有の危険を背負っている(他に雪崩、噴火)。

残った数少ない平野は、大河川の洪水(そもそも平野は洪水によって作られた)の危険があったが、江戸時代からの大規模な河川改修で、その危険が除去されると、豊富になった水が(農業・工業・生活)用水を満たし、ますます人口集中を可能にする。
※:関東平野の江戸に開府した徳川幕府は、江戸湾に注ぐ関東一の大河・利根川を太平洋に流れるよう流路を変えて江戸を洪水の危機から守り、また木曽三川の流路を制御することで日本第二の濃尾平野を潤沢にし、尾張・名古屋を守った。
ちなみに関東平野の中心部は茨城県の古河付近だが、そこに都市ができなかったのは、その地が利根川・渡瀬川・鬼怒川の集合地で洪水の頻繁地だったから(木曽三川沿いに都市がないのと同じ)。なので現在そうしているように、関東平野中央の平地は広大な遊水池にするしかない。

平野は地面が平だから、住宅・工場・鉄道などの大規模設備も作りやすい。

以上の理由から、人口が、山地では少なく平野に多いという”偏り”は至極当然、いや必然なのだ(そして日本で一番広い関東平野に一番集まることも)。

地形図では一目瞭然のこの真理が、白地図では不可視になる。
白地図を元に日本国内の”偏り”を論じるがここにある。

国レベルだけでなく、同じ東京でも、西部の西多摩郡(奥多摩町・檜原村)の人口が極端に少ないのは、地理情報のない白地図では説明つかないが、地形図ではそこ一帯が奥多摩の山地だからと一目でわかる(人口が北部に集中している奈良県、中央部に集中している山梨県も同じ)。