旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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雨・歌・蝸牛

2007-05-17 11:44:57 | ノンジャンル
★連載 NO.288

 庭と言うには、お話にならないそれの片隅にチンナン<蝸牛>が生まれているのを見つけた。
 まだ、大豆ほどの大きさで、そっとつままないと潰れてしまいそうなのが7、8匹、身を寄せ合っている。這い出すには、数日を要するだろう。
 「5月21日は、スーマンの節入り。いよいよ今年も雨のシーズンを迎えるか」
 うるじんのころの雨で大地は潤い、草木が一応の大きさに達するという意味の言葉「小満=しょうまん。スーマン」は、梅雨入りを告げる24節気のひとつ。沖縄には「梅雨」に当たる方言がなく「小満」と、6月6日に節入りする「芒種=ぼうしゅ。ボースー」と合わせて「ス-マン・ボースー」と言い、梅雨の代名詞にしている。
 芒種は、芒<ノギ>のある穀物の種を蒔くころのこと。そして、芒はイネ科植物で花を包んでいる箇所の先端にある針状の突起。植物の形態を表わす用語。ノギの有無・形・長短は、植物分類上の特徴だそうな。
 地球温暖化が進む昨今だが、それでも季節はまだまだ順調にめぐっているようで、時を違わず、雨の節に入っていく。晴天・雨天・台風はもちろん、暑さ寒さが暦通りにあるのは、何より(ありがたい)ことではなかろうか。古歌にも詠まれている。

 ♪豊かなる御代ぬしるし表りてぃ 雨露ぬ恵み時ん違がん
 <ゆたかなるみゆぬ しるしあらわりてぃ あみちゆぬみぐみ とぅちんたがん>
 歌意=春夏秋冬。何の異変もなくめぐっているのは、豊かで平和な時代の証である。雨露の恵みが時を違わず、24節気通りのあるのがそのしるし。
 人びとが最も願望するのは、天災地変のない日々の暮らしであろう。異常な旱魃・水害がなければ、作物は豊かに実るのは自然の摂理。この一首も、豊年の歓びと感謝の歌でもあり、毎年そうあってほしいとする願望、祈りの歌とも言えよう。
 (雨露の恵み)とは言っても、季節外れの長雨は困る。いまごろは「五風十雨」が1番いい。5日に1度、さわやかな南風が吹き、10日に1度雨が降る。それも、実労をしている昼間の雨ではなく(夜雨)がいい。気候が時を違わず順調であれば、豊作は約束される。太平を意味する言葉として用いられるのは「五風十雨」に、人びとの願望と祈りが込められているからだろう。
 収穫の秋に行われる豊年祭や綱引きに、参加者の意気を鼓舞する「旗頭=はたがしら」にも「五風十雨」の4文字を見ることができる。
 “この秋は雨か嵐か知らねども 今日のつとめの草を取るなり”


 庭の片隅に生まれたチンナンも、スーマン・ボースーの節入り<しちいり>を待っているに違いない。そのころには、
身を包んだ殻もしっかりして、木の幹や石垣のそこいらを慌てず、騒がず散歩できるからだ。
 少年のころ、雨の日は家の中でチンナンと遊んだ。
 5,6匹のチンナンを捕らえて板の間に並べ、オリンピックの100メートル競技よろしく(這い競争)をさせる「チンナン勝負=すーぶ」だ。しかし、チンナンの走り?は速くない・・・・どころか、人間の足音など多少の振動にも反応して、ツノを引っ込め、身を殻の中に隠してしまう。
 家人がいる日はいざ知らず、ひとり(雨の日の留守番)を言いつかったときの「チンナン勝負」は根気を要した。屋根をたたく雨音しかない家の中で、じっと座ったまま、あるいは、チンナンを這わせた板の間に自分も這い、両手の甲に顎を乗せて、目は離さずレースを判定しなければならない。2回3回と予選レースをしているうちに、彼らの動きに感化されて寝入ってしまうこともしばしばだった。留守番の時間潰しには恰好の「チンナン勝負」ではあったが、彼らのヌメヌメした体液は、板の間に痕跡を残す。ユージュカチ<諸用>から帰ってきたおふくろはそれを見て、ひとり留守番を務めたことをほめる前に、板の間を汚した悪行をとがめ、雑巾がけを命ずるのだった。

 チンナンと遊ぶ時の唱えと言うか、童たちの囃子立てがあった。
 ♪チンナンチンナン 棒振いたー!
  隣のタンメー フリムンどー!孫ぁしかさん 嫁しかち
  <とぅないぬタンメー フリムンどー!んまがぁしかさん ゆみしかち>
 「蝸牛は、棒<ツノ>を振りふりしているが、隣の爺さんバカみたい。孫はあやさず、嫁にちょっかい出して、すかしているッ」
 なんともマセた童。ツノを棒に見立て、タンメーの(男性自身)に重ね合わせて想像をたくましくしたのか。そこまでは考えを深めることもなかろうが、チンナンを自分と同格に唱えたところが(快哉)。

 スーマン・ボースーの節に入ったら、庭先のチンナンを招待して「チンナン勝負」を開催しよう。側近の者に雑巾がけを命じられるのを覚悟の上で・・・・。




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