旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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浜下り・チンボーラー・鯉のぼり

2007-05-03 07:48:52 | ノンジャンル
★連載 NO.286

 海水もすっかり温み、雨さえ降らなければ磯遊び、浜遊びが楽しめる時候になった。
 4月19日は旧暦3月3日にあたり、沖縄各地の海浜は「浜下り=はまうり」をする家族連れで賑わった。春の行楽行事「サングァチー」の日だったからである。
 本土の「桃の節句」に例えられる女性中心の行事だが、桃の節句は(女の子)を対象に行われるのに対して、沖縄のサングァチーは、年ごろの娘たちは言うに及ばず、老女にいたるまで、すべての女性の(祭日)である。戦前は、重箱詰めの馳走を持参して浜に下り花筵を敷き、その上でパーランクー<片面の小太鼓>などに合わせて歌い合い、春のまる1日を楽しんだ。
 本来は、海辺の白い砂を素足で踏むことにより、厄を落とす(禊ぎ)の行事だが、いまでは男女問わず参加して行楽をするようになっている。それでも男たちは、その日の一切の主導権を女たちに委ねることは、いまも忘れず変わらない。

 サングァチ・ミッチャ<3月3日>が晴天になると、浅瀬に棲むチンボーラー<巻貝類の総称>が(嘆く)と伝えられる。多くの人が浜下りをして潮干狩りをするからだ。チンボーラーの立場からすれば、雨が降れば人出もなく、捕獲されずに生き延びられるが、晴天の場合はその逆。潮干狩りのいい獲物になってしまう(身の哀れ)を嘆く・・・・。
 しかしこれは、大人たちが「自然保護」「生き物との共存」を子どもたちに教えた俗信。
 3月、4月、5月にかけては、海のあらゆる生き物の成長期。伝統行事とは言え、サングァチーに乱獲することは、生態系を壊すことになる。そのことをチンボーラーの嘆きを通して、子どもたちの自然に対する関心と意識を高めたのである。
 が・・・・。チンボーラーは美味しい。
 もう60年近く前、少年だったボクたちは、新学期が始まり新旧の仲間を得た学校帰りには、連れ立って海浜に遊び、夢中になってチンボーラー狩りをしたものだ。
 獲ったチンボーラーは家に持ち帰って、おふくろに渡す。食糧事情がそう豊ではなかった時代のこと、
 「とうとう、いいウヤギやさ=よし、よし、いい家計の助けだよ」
 おふくろはにこやかに受け取り、海水を切るとともにチンボーラーを鍋に入れて火にかける。ゆがくのである。中身がすっかり茹だるとザルに受けて、しばし冷ます。そして、冷たくなって硬くならないうちに、針でひとつひとつ身を出す。それは早速、野菜と合わせて炒められ(特別なおかずの1品)として、夕餉の食卓に乗った。親父は、孝行息子が獲ってきたチンボーラーの(炒め物)をアテに泡盛1、2合をスーテー<倹約>するように飲む。その日のボクは「とてもいい子」として、両親のやさしい眼差しを身体中に感じて幸せだった。
 チンボーラーの身肉は、炒め物だけではない。アンダンスー<油味噲>の具としても最適。弁当のおかず、ニジリメー<握り飯。イーニジリーとも言う>にも用いて結構、重宝していた。
 ボクたちはまた、春の日曜日や休日は、誰が声を掛けるのでもないのに海辺に集まっていた。家を出るときから携帯するものがあった。適当な空缶、マッチ。米製のフォーク1本。シャツ、ズボンを脱ぎ、おふくろや姉たち手製のサルマタ1丁、あるいはマルバイ<丸張ゐ・一糸まとわず>でひとしきり泳いだ後、チンボーラー狩りをする。フォークが活躍するのはこのときだ。小1時間もすれば豊漁。それを海水とともに空き缶に入れる。アダンの枯れ葉を集めてマッチの火をつけて誘い火にし、そこいらにある枯れ小枝を焚いてチンボーラーをゆがく。茹で上がったそれは、すぐに食することになるが、100個ほどある獲物は、仲間うち(大将)、もしくは1つ2つ年上のものが均等に分けをして(平等の理念)を習得しながら、口に運んだ。
 身肉を出すには、大きめのピンが必要。それは、小中高校の校則により、常時身につけていた名札や帽子の校章止めの安全ピンに役割をあたえた。
 チンボーラーで満腹することはなかったが、塩味の効いたその旨さは、いまでも喉のそこいらに残っている。

 ひと月ほど前から河川や公園、集落、小学校の庭などに(鯉)が泳いでいる。
 5月3日=憲法記念日。4日=みどりの日。5日=こどもの日。6日は日曜日で立夏。連休である。子どもたちの健やかな成長を願って掲揚される「鯉のぼり」を、誘客の目玉にする行楽地・観光地のオトナの思惑も見え隠れするのだが、それはそれで(よし)であろう。

 そして、鯉が百瀬の滝を登り切り(竜)になったころ、沖縄の風は真南から吹いて、長い夏を迎える。5月21日=小満<草木が一応の大きさに達するの意語>。6月6日=芒種<芒・ノギのある穀物の種をまくころ>。すーまん・ぼーすーの節入り。沖縄はひと月ほどの雨の季節を迎えようとしている。




平安座サングヮーチャー


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