旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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ジュゴン・鰹・鯨。そして、鯉のぼり

2007-05-09 12:01:26 | ノンジャンル
★連載 NO.287

 人間、60才前後にもなると、飲み屋にいてもついつい孫の話になってしまう。
 まして、孫待ち同士が隣り合わせると、完璧なる(爺馬鹿)を発揮する。もちろん、私もそのひとり。
 37年間勤めて教職を2年前に退職した後輩Yと偶然、席を一緒にして一献かたむけることになった。時節がら話はすぐに「こどもの日」「鯉のぼり」になった。

比謝川の鯉のぼりまつり

 ♪甍の波と雲の波 重なる波の中空を 橘薫る潮風に 高く泳ぐや鯉のぼり

 Yは、小学生4年生の孫と「鯉のぼり」を歌って「こどもの日」を祝ったそうな。
 孫との会話は、和やかにはずんだように思えたが、孫の「イラカって何?」のひと言で深刻になってきた。辞書には、
  いらか=甍。①屋根のむね。または棟瓦<むながわら>。②瓦ぶきの屋根。③切り妻屋根の妻の下にある三角形をした壁の部分。
 とあるが、瓦ぶきの家屋・建物が極端に少なくなった今、いかな元教職にあったYをしても、4年生の孫の理解を得るための説明に四苦八苦したという。さらに、

 ♪百瀬の滝を登りなば 忽ち竜になりぬべき わが身に似よや男子ごと 空に躍るや鯉のぼり

 このくだりになると、孫はますます首をかしげた。理解できず(困った)の表情。Yは中国の故事を語り聞かせた。
 「昔、中国の黄河上流の激流地点に<竜門>があって、鯉がこれを登れば<竜>になったそうな。鯉は、竜になるために激流の大滝をも逆上ったと言う。男の子は、その鯉の生命力にあやかって、元気よく育って欲しいと願い、鯉のぼりを揚げるのだよ。登竜門なる言葉も、この故事から出た」
 Yの孫は、この伝説には大いに興味を示したが、またぞろ疑問を投げかけてきた。
 「鯉は竜になるが、ジュゴン・カツオ・クジラは、何になるの?」
 「えっ!」
 孫の疑問には、立派な理由がある。
 「こどもの日」前から、ジュゴンが棲息する海を前にした地域では「ジュゴンのぼり」を掲げて(自然保護)をアピール。鯨が回遊する海峡の島では「クジラのぼり」。また、早々に初鰹が揚がり、シーズンを迎えた港町には「カツオのぼり」が(群れをなして泳いでいる)と、テレビ・ラジオ・新聞は伝えていて、Yの孫はそれを知っていたのだ。

 「行楽地の誘客に、大人の思惑がからんだジュゴン・カツオ・クジラのぼりは、泳ぎ切った後、何に変身するのでしょうね」
 Yは、冗談口調半分、皮肉半分そう問いかけてきた。(うーん)と、うなりをひとついれたものの、話を繋げず、私も困った。

本部のカツオのぼり

 継承されてきた古行事には嘘々実々の由来があり、ロマンを秘めて実施されてきたが、科学万能時代になったせいか、ロマンの部分がすっかり削がれてしまったように思える。
 竜門を目指す鯉の滝(登り)が(幟)になったとしても、鯉がジュゴン・カツオ・クジラに代わったとしても、伝説や故事来歴だけは、子どもたちにロマンをもって渡してやりたいのだが、保守的に過ぎるだろうか。
 某所で見た鯉のぼりの胴体の紋様は、子どもたちが大好きなパンダ、キティーちゃん、アンパンマンになっていた。新種である。また、地域にある企業や商店が保育園などに寄贈した鯉のぼりには、きっちり社名、商品名が入っているのもあった。
それでも、子どもたちは大喜びしているのだから、それはそれでいい。

 ところで。
 「こいのぼり」とタイトルする歌は、♪屋根より高いこいのぼり・・・・と歌いだす歌と♪甍の波と雲の波・・・・の2曲がある。
 後者は、童謡「靴が鳴る」「叱られて」などの作曲で知られる大正期の代表作曲家のひとり弘田龍太郎が、音楽学校在学中に作ったとされている。大正2年<1913>5月「学校唱歌=5年生」に載った文部省唱歌だ。当初は3番まであった歌詞は、戦後・昭和22年<1947>、「5年生の音楽」に掲載されたときに、2番の歌詞が削除されている。その歌詞はこうだ。

 ♪開ける広き其の口に 舟をも呑まん様見えて 豊かに振るう尾鰭には 物に動ぜず姿あり

 戦前の小学校5年生は、よほどの国語力があったとみえる。
 甍。尾鰭。百瀬。忽ち。漢字はもとより、文語体の原詩をいまの子たちは読めるだろうか。

 さてさて。
 初老のふたりは、どうなったかと言えば、サーフーフー<ほろ酔い>が進むにつれて、孫のことはすっかり忘却。身の行く方、国政の有り様、成人病、健康法、色恋ばなしと、10分毎に話題は飛んで(酔いの世界)へさしかかっていた。

次号は2007年5月17日発刊です!

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