ツトムさん家の写真日記。

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第366回 福島県二本松市 奥州安達ヶ原 鬼婆伝説と黒塚。

2008-10-22 22:22:22 | 旅行

2008 10 04(土)

智恵子の生家を見学し、高村光太郎著・智恵子抄でホロリとしながら、次なる二本松の名所へ・・・。

二本松市の郊外にあるテーマパーク“安達ヶ原ふるさと村”の近くの観世寺を訪問。
この天台宗真弓山観世寺奥州安達ヶ原鬼婆伝説で有名な霊場です。
拝観料300円を払って山門を通って境内へ。
 
山門の正面にしっかりとした本堂五重塔が見えてきました。
お寺に人に尋ねると、五重塔はテーマパークのものだとか・・まるで、この寺のものみたい、借景にピッタリでした。

本堂への石畳の脇には巨大な怪石奇岩がゴロゴロです。

巨石の手前に「松尾芭蕉正岡子規 参詣の地」なる立て札も・・・。
「涼しさや 聞けば昔は 鬼の家」正岡子規。

巨石の周囲に“鬼婆供養石”なる小さな石塚。
 
さらに進むと、“出刃洗い池”と言う物騒な名前の池が在りました。
奥州安達ヶ原の鬼婆が人を殺めたとき使った出刃包丁をこの池で洗ったそうです。

行基菩薩が彫ったという白真弓如意輪観世音がある観音堂(鬼婆を白真弓につがえた金剛の矢で射殺した如意輪観音を祀る)の後方にも巨大な岩石が・・・。
 
60年に一度の御開帳秘仏・白真弓如意輪観音の前立て観音を拝んでから、鬼の棲家と云われ、存在感充分の巨石に圧倒されながら怖いもの見たさで近寄ってみました。

鯨の頭のような形の“蛇石”。 昔は沢山の白蛇が棲み付き白真弓如意輪観音の化身と崇められ、観音の守護石だそうです。
また、参詣人の道中無事の祈り石としても祀られています。


白真弓如意輪観音堂の裏側にも巨大な怪石が・・・。

奇妙なバランスで大きな岩が屋根の庇のような格好でのっています。

下の巨石は“祈り石”と名付けられていました。
説明文には「行者・東光坊祐慶が鬼婆の居室を覗くと死体が散乱。恐怖に駆られて逃げ出すと、鬼婆が追いかけるが追いつけず。祐慶がそれ以上に進めないよう鬼婆はこの石に封殺の祈りを込めた呪い釘を打ち込んでから追いかけた」と記されていました。
 
巨岩の上にずり落ちそうにのった、ヒビ割れた亀の甲羅のような岩は“甲羅石”。

屋根状態にのっているのは“笠石”、鬼婆が住んでいたという岩屋です。
 
石のお地蔵様が安置され鬼婆の霊を鎮めているのでしょうか?
鬼の岩屋”は後に鬼婆となる岩手(婆の名前)が棲んでいた怖い伝説の地です。

更に奥に進みますと岩が重なっって出来た空間の“胎内くぐり石”が在りました。

太古の昔には、この巨石に人々が住み着いて住居として生活していたとか。

巨石怪石の傍らに南無阿弥陀仏と彫られた“安堵石”。
この石に悩み事や心の憂さなどを投げかけると気持ちがスッキリとするとか・・・。
癒し系のセラピー石です、昔の人もストレスが多かったんですね。
 
地面に半ば埋まった苔生した石は“夜泣き石”です。
夜半に旅人が通るとこの石から赤ん坊の泣き声が聞こえたと云われている。
鬼婆に殺された赤子の泣き声として、“夜泣き石”と名付けられました。

真弓山観世寺山門を出て右に見える堤防を越えると鬼婆を埋葬して弔った“黒塚”が阿武隈川の河川敷にありました。
昔はこの一帯を”奥州安達ヶ原”と呼ばれて鬱蒼とした森林地帯が続きホラー物語の舞台となった場所です。
 
白塀で囲まれた“黒塚”。真ん中から杉の巨木がすくすくと・・・。
東光坊祐慶の祈りが叶い、如意輪観音の破魔の白真弓で鬼婆は退治され、この地に埋葬されたそうです。

平 兼盛が詠む「みちのくの 安達が原の黒塚に 鬼こもれると 聞くはまことか」

我が娘(恋衣・こいぎぬ)の腹を裂き、孫の生き肝を取り出した怖くも悲しい鬼婆伝説。
歌舞伎や謡曲などでお馴染みの奥州安達ヶ原鬼婆物語の舞台を見聞し、次なる観光地・二本松霞ヶ城の菊人形展へ・・・。

2008 10 22(水)記。    前橋市  最高気温23℃