昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「女の回廊」(7)浅草・鷲神社の酉の市での奥さんとボク

2019-05-20 05:26:00 | 小説「女の回廊」
 浅草・鷲(おおとり)神社の狭い入り口は、すでに参拝客が大通りまではみ出してあふれていた。
 

 すでに夜のとばりが辺りを覆っていたが、境内には熊手を売るテント小屋が、空を覆うように立ち並んでいた。
 
 拝殿に向かう通路の両側からせり出すテントの合間からのぞく曇り空を背景に、その張りを付けたテントの先まで飾り付けられた大小の熊手が、たくさんの裸電球に照らされて、赤や黄色に彩られ、宝石のようにキラキラと輝いている。
 ・・・落ち葉をかき集めるような熊手に宝船に乗った七福神とか、大小小判、松竹梅、おかめの面とか、招き猫を飾ったものもある・・・ 

 酉の市も当初は実用的な熊手が売られていたらしい。発祥は江戸時代らしいが、収穫祭みたいなもので、実用的な農機具や古着などと一緒に熊手も売られていたのだ。
 それが、「運を書き込む」「金銭をかき集める」道具みたいにみなされて、縁起物として売られるようになったということらしい。


 人混みの中を押されるままに、ボクと奥さんは行きつ戻りつしながら進んだ。
 茶髪、金髪、白い肌の突出して目立つ一団がいた。
 真ん中にいるひときわ背の高い外人が8ミリカメラを四方に向けている。
 車いすのお年寄りを守るように家族のかたまりがそろりそろりと動いていく。
 何人かの人が、買った熊手を傷つけないように高く掲げながら、流れに逆らって出口に向かって、身体をひねって横になって歩いている。

「お客さんいかがですか・・・」
「どうぞご覧になってください」
 売り子の声が交錯し、ところどころでは商売成立の「よおっ!」という掛け声と、チャチャチャという手拍子が勢いよく上がる。
 ますます周囲は込み合ってきて思わずよろけそうになる。

 とつぜん奥さんがボクの腰に手をまわし「きゃあ、怖い! 助けて!」と言いながらしがみついてきた。
 
 奥さんの柔らかい胸がわき腹を押して、ボクの心臓は飛び出しそうになった。
 このとき、後ろから怒涛のような圧力がボクを押した。

 押さば押せ、ボクは波のまにまに翻弄される魚のように身をまかせた。
「きゃーっ・・・」
 奥さんのからだが、着物を通してにもかかわらず、肉の感触を持って、しかも何らかの意思を伴ってボクに伝わってきた。
 ・・・奥さんを守らなければ・・・
 外側から押し寄せる力に抗するように足を踏ん張った。
 彼女の温かい体温がボクに同化するようにじわーっとしみ込んできた。
 しかし、それはボクにとって一時(いっとき)の優越だった。

 その時急に、一方向の圧力が解放された。
 たたらを踏んでとどまったところで、
「いらっしゃい。さあ、おやすくておきます」
 若い、威勢のいい女子軍団の甲高い、そろった声に迎えられた。

「はい、お待ちしておりました・・・」
 野太い男の声が追い打ちをかけてきて、その男に奥さんの目が合い、取り込まれた。
「・・・万円ですが、2割引きとします!」
 豪華な熊手を掲げ、男は決め言葉のようにそう付け加えた。

「じゃあ、その分はご祝儀・・・」
 奥さんは、姿勢を正し、気風よく反応した。
 そして取引が完成した。
 これで、お客さんは大名気分に、熊手屋さんはもうかった気分に・・・。
 両方が満足したところで、
「さあ、それでは気合を込めて、ご家族、会社のいや栄を記念してお手を拝借!」
 親方が怒鳴った。
 そして店員総出の手締めを受けた。

 奥さんが買った熊手はかなり大ぶりなものだった。
 
「じゃあ、お願いね・・・」
 奥さんは色っぽい声をボクに投げかけた。
 そしてボクがそれを持たされる羽目になった。

 ・・・ああ、これが今日のボクの役割だったのだ・・・
 そいうう思いがとつぜん腑に落ちた。

 ─続く─
   

 




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