更来贈謌二首
標訓 更に来贈(おこ)せる謌二首
依迎驛使事、今月十五日、到来部下加賀郡境。面蔭見見射水之郷、戀緒結深海之村。身異胡馬、心悲北風。乗月徘徊、曽無所為。稍開来對、其辞云者、先所奉書、返畏度疑歟。僕作嘱羅、且悩使君。夫、乞水得酒、従来能口。論時合理、何題強吏乎。尋誦針袋詠、詞泉酌不渇、抱膝獨咲、能蠲旅愁。陶然遣日、何慮何思。短筆不宣
勝寶元年十二月十五日 徴物下司 謹上 不伏使君 記室
別奉云々謌二首
標訓 驛使(はゆまつかひ)を迎ふる事に依りて、今月十五日に、部下の加賀郡の境に到来る。面蔭(おもかげ)を見、射水(いみず)の郷(さと)を見て、戀緒(れんしょ)は深海(ふかみ)の村に結ぶ。身は胡馬(こま)に異れど、心は北風を悲しぶ。月に乗りて徘徊(たもとほ)り、かつて為す所なし。稍(ようや)く對(ふう)の来たるを開き、其の辞(ことば)に云ふは「先に奉りし書の、返の疑に度(わた)れるかを畏(おそ)る」と。僕は嘱羅(しょくら)を作(な)し、且(かつ)、使君(しくん)を悩す。夫(それ)、水を乞ひて酒を得るは、従来より能口(のうく)なり。時を論じ理(ことはり)に合はば、何ぞ強吏(がんり)を題(しる)さむや。針袋の詠(うた)を尋ね誦(うた)ひ、詞(ことば)の泉を酌みて渇(かつ)せず、膝を抱きて獨り咲(わら)ひ、能く旅の愁ひを蠲(のぞ)く。陶然として日を遣り、何かを慮(はか)らみ何かを思ふ。短筆(たんひつ)不宣(ふせん)
勝寶元年十二月十五日に、物を徴(はた)りし下司(げし) 謹上 不伏使君 記室
別(べち)に奉る云々(しかしか)の謌二首
標訳 駅使を迎えるために、今月十五日に部下の治める加賀郡の国境にやって来ました。駅使に会い、射水の郷を眺めて、貴方を慕う気持ちは深海村の言葉ではありませんが、深い海の底のように深く思っています。自身は胡馬ではありませんが、気持ちは貴方がいらっしゃる北からの風を求めて悲しみます。月に誘われてさまよい、どうして良いのか判りません。早速、手紙が来たのを開き、その言葉に云うには「先にお送りした手紙に対して、貴方からの返書に誤解があるのを恐れます」とあります。私は言葉の罠を作って、そうして、貴方を悩ませます。それは、まるで水を願って酒を得て、いっそうに口を滑らかにするように。時節を論じ、道理に合えば、どうして、悪い官吏と呼びましょうか。貴方からの針袋の詩の返しを朗詠し、詞の泉を酌んで心の渇きを覚えず、膝を抱えて独り堪能して、十分に、旅の愁いを除くことが出来ました。うっとりとして、日々を送り、何を考え、何を思いましょう。短筆不宣(漢文常用句)
勝寶元年十二月十五日に、御物を乞うた下司 謹上 不伏使君 記室(漢文常用句)
別にお贈りして云う謌二首として、
注意 集歌4128の歌の前置書簡文に呼応しているため、一般の訳文と趣旨が違っています。
集歌4132 多々佐尓毛 可尓母与己佐母 夜都故等曽 安礼婆安利家流 奴之能等能度尓
訓読 縦(たた)様(さ)にもかにも横(よこ)様(さ)も奴(やつこ)とぞ吾(あれ)はありける主(ぬし)の殿門(とのと)に
私訳 縦から見ても、それから横から見ても下僕だと、私は存じます。主人の御門前に。
裏歌
試訓 佇(たた)さにもかにも邪(よ)さも奴(やつこ)とぞ彼(あれ)はありける主(ぬし)の宿所(とのと)に
試訳 ぼんやりしているもの、このように気が利かないのも下僕だからです。そのようにあいつはそうしています。貴方の宿直で。
集歌4133 波里夫久路 己礼波多婆利奴 須理夫久路 伊麻波衣天之可 於吉奈佐備勢牟
表歌
訓読 針袋(はりふくろ)これは賜りぬ摺(す)り袋今は得てしか翁(おきな)さびせむ
私訳 針と針を入れる袋、これはもう頂きました。頭を包む摺り染めた袋を今度は頂いた。すっかり、老人らしくなりました。
裏歌
試訓 針袋(はりふくろ)これは戯(たば)りぬ摺(す)り袋今は得てしか置(お)き為(な)さびせむ
試訳 針袋、この題材では、もう戯れました。頭を包む摺り染めた袋を、今度は得ました。この題材で戯れましょう。
宴席詠雪月梅花謌一首
標訓 宴席に雪、月、梅の花を詠める謌一首
集歌4134 由吉能宇倍尓 天礼流都久欲尓 烏梅能播奈 乎理天於久良牟 波之伎故毛我母
訓読 雪の上に照れる月夜(つくよ)に梅の花折りて送らむはしき子もがも
私訳 雪の上に月光が輝いている月夜に、梅の花を手折りて贈る、そのような愛しい娘女がほしいものです。
集歌4135 和我勢故我 許登等流奈倍尓 都祢比登能 伊布奈宜吉思毛 伊夜之伎麻須毛
訓読 吾(わ)が背子が琴(こと)取るなへに常人(つねひと)の云ふ嘆(なげ)きしもいや重(し)き益(ま)すも
私訳 私の大切な貴方が琴を奏でる度に、世間の人が云う、その嘆きが、より一層に募ります。
右一首、少目秦伊美吉石竹舘宴、守大伴宿祢家持作
注訓 右の一首は、少目(せうさくわん)秦伊美吉石竹の舘の宴(うたげ)の、守大伴宿祢家持の作
天平勝寶二年正月二日、於國廳給饗諸郡司等謌一首
標訓 天平勝寶二年正月二日に、國廳(こくちょう)に饗(あへ)を諸(もろもろの)郡司(ぐんし)等(たち)に給へる謌一首
集歌4136 安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等里天 可射之都良久波 知等世保久等曽
訓読 あしひきの山の木末(こぬれ)の寄生木(はよ)取りて插頭(かざ)しつらくは千代(ちとよ)寿(ほ)くとぞ
私訳 葦や檜の生える山の梢の寄生木を取って、かざしにするのは、千代の寿を祝ってのことです。
右一首、守大伴宿祢家持作
注訓 右の一首は、守大伴宿祢家持の作
標訓 更に来贈(おこ)せる謌二首
依迎驛使事、今月十五日、到来部下加賀郡境。面蔭見見射水之郷、戀緒結深海之村。身異胡馬、心悲北風。乗月徘徊、曽無所為。稍開来對、其辞云者、先所奉書、返畏度疑歟。僕作嘱羅、且悩使君。夫、乞水得酒、従来能口。論時合理、何題強吏乎。尋誦針袋詠、詞泉酌不渇、抱膝獨咲、能蠲旅愁。陶然遣日、何慮何思。短筆不宣
勝寶元年十二月十五日 徴物下司 謹上 不伏使君 記室
別奉云々謌二首
標訓 驛使(はゆまつかひ)を迎ふる事に依りて、今月十五日に、部下の加賀郡の境に到来る。面蔭(おもかげ)を見、射水(いみず)の郷(さと)を見て、戀緒(れんしょ)は深海(ふかみ)の村に結ぶ。身は胡馬(こま)に異れど、心は北風を悲しぶ。月に乗りて徘徊(たもとほ)り、かつて為す所なし。稍(ようや)く對(ふう)の来たるを開き、其の辞(ことば)に云ふは「先に奉りし書の、返の疑に度(わた)れるかを畏(おそ)る」と。僕は嘱羅(しょくら)を作(な)し、且(かつ)、使君(しくん)を悩す。夫(それ)、水を乞ひて酒を得るは、従来より能口(のうく)なり。時を論じ理(ことはり)に合はば、何ぞ強吏(がんり)を題(しる)さむや。針袋の詠(うた)を尋ね誦(うた)ひ、詞(ことば)の泉を酌みて渇(かつ)せず、膝を抱きて獨り咲(わら)ひ、能く旅の愁ひを蠲(のぞ)く。陶然として日を遣り、何かを慮(はか)らみ何かを思ふ。短筆(たんひつ)不宣(ふせん)
勝寶元年十二月十五日に、物を徴(はた)りし下司(げし) 謹上 不伏使君 記室
別(べち)に奉る云々(しかしか)の謌二首
標訳 駅使を迎えるために、今月十五日に部下の治める加賀郡の国境にやって来ました。駅使に会い、射水の郷を眺めて、貴方を慕う気持ちは深海村の言葉ではありませんが、深い海の底のように深く思っています。自身は胡馬ではありませんが、気持ちは貴方がいらっしゃる北からの風を求めて悲しみます。月に誘われてさまよい、どうして良いのか判りません。早速、手紙が来たのを開き、その言葉に云うには「先にお送りした手紙に対して、貴方からの返書に誤解があるのを恐れます」とあります。私は言葉の罠を作って、そうして、貴方を悩ませます。それは、まるで水を願って酒を得て、いっそうに口を滑らかにするように。時節を論じ、道理に合えば、どうして、悪い官吏と呼びましょうか。貴方からの針袋の詩の返しを朗詠し、詞の泉を酌んで心の渇きを覚えず、膝を抱えて独り堪能して、十分に、旅の愁いを除くことが出来ました。うっとりとして、日々を送り、何を考え、何を思いましょう。短筆不宣(漢文常用句)
勝寶元年十二月十五日に、御物を乞うた下司 謹上 不伏使君 記室(漢文常用句)
別にお贈りして云う謌二首として、
注意 集歌4128の歌の前置書簡文に呼応しているため、一般の訳文と趣旨が違っています。
集歌4132 多々佐尓毛 可尓母与己佐母 夜都故等曽 安礼婆安利家流 奴之能等能度尓
訓読 縦(たた)様(さ)にもかにも横(よこ)様(さ)も奴(やつこ)とぞ吾(あれ)はありける主(ぬし)の殿門(とのと)に
私訳 縦から見ても、それから横から見ても下僕だと、私は存じます。主人の御門前に。
裏歌
試訓 佇(たた)さにもかにも邪(よ)さも奴(やつこ)とぞ彼(あれ)はありける主(ぬし)の宿所(とのと)に
試訳 ぼんやりしているもの、このように気が利かないのも下僕だからです。そのようにあいつはそうしています。貴方の宿直で。
集歌4133 波里夫久路 己礼波多婆利奴 須理夫久路 伊麻波衣天之可 於吉奈佐備勢牟
表歌
訓読 針袋(はりふくろ)これは賜りぬ摺(す)り袋今は得てしか翁(おきな)さびせむ
私訳 針と針を入れる袋、これはもう頂きました。頭を包む摺り染めた袋を今度は頂いた。すっかり、老人らしくなりました。
裏歌
試訓 針袋(はりふくろ)これは戯(たば)りぬ摺(す)り袋今は得てしか置(お)き為(な)さびせむ
試訳 針袋、この題材では、もう戯れました。頭を包む摺り染めた袋を、今度は得ました。この題材で戯れましょう。
宴席詠雪月梅花謌一首
標訓 宴席に雪、月、梅の花を詠める謌一首
集歌4134 由吉能宇倍尓 天礼流都久欲尓 烏梅能播奈 乎理天於久良牟 波之伎故毛我母
訓読 雪の上に照れる月夜(つくよ)に梅の花折りて送らむはしき子もがも
私訳 雪の上に月光が輝いている月夜に、梅の花を手折りて贈る、そのような愛しい娘女がほしいものです。
集歌4135 和我勢故我 許登等流奈倍尓 都祢比登能 伊布奈宜吉思毛 伊夜之伎麻須毛
訓読 吾(わ)が背子が琴(こと)取るなへに常人(つねひと)の云ふ嘆(なげ)きしもいや重(し)き益(ま)すも
私訳 私の大切な貴方が琴を奏でる度に、世間の人が云う、その嘆きが、より一層に募ります。
右一首、少目秦伊美吉石竹舘宴、守大伴宿祢家持作
注訓 右の一首は、少目(せうさくわん)秦伊美吉石竹の舘の宴(うたげ)の、守大伴宿祢家持の作
天平勝寶二年正月二日、於國廳給饗諸郡司等謌一首
標訓 天平勝寶二年正月二日に、國廳(こくちょう)に饗(あへ)を諸(もろもろの)郡司(ぐんし)等(たち)に給へる謌一首
集歌4136 安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等里天 可射之都良久波 知等世保久等曽
訓読 あしひきの山の木末(こぬれ)の寄生木(はよ)取りて插頭(かざ)しつらくは千代(ちとよ)寿(ほ)くとぞ
私訳 葦や檜の生える山の梢の寄生木を取って、かざしにするのは、千代の寿を祝ってのことです。
右一首、守大伴宿祢家持作
注訓 右の一首は、守大伴宿祢家持の作
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます