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Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

君はわが運命

2023年11月07日 | 映画など
山崎貴監督「ゴジラ−1.0」を見る。
たぶん死ぬまでゴジラの新作って
何年かごとに見られるんだろうな。
あと何本見られるんだろう、3本ぐらい?
いやいや10本は見たい。無理か。
と自分の行く末を案じております。
それはともかく本作のゴジラ。実はですね。
生まれて初めてゴジラが怖いと思ったんですよ。はい。


ゴジラはもちろん怪獣だが、
原水爆とか戦争、災害のメタファーになることもあれば、
単なる悪役から子供たちのヒーローにもなる。
作り手がゴジラをどう捉えるかで
映画が変わってくるというか。

そういう意味で、今回のゴジラは
まるっきりスピルバーグだなあ、と。
ゴジラが初めて登場する場面の暴れっぷりは
「ジュラシック・パーク」そのもので、
爬虫類的な怖さというか、
目が合ったら一瞬で喰われそうな感じ。

オンボロ船でゴジラ探索に行く場面は、
これまた「ジョーズ」そのもので、
倒そうとする手段すら同じだったりする。
佐々木蔵之介はロバート・ショウで、
吉岡秀隆はリチャード・ドレイファス。って違うか。

特攻崩れの神木くんが、
ゴジラを倒すことで存在証明を果たす物語で、
すべてはそこに集約されるクライマックス。
ゴジラ自体には何も感情移入できず、
とにかく倒すべき凶悪なものというイメージ。
それとも今回のゴジラって、かつて日本が戦った
米国のメタファーだとするのは考えすぎ? 

と、いろいろ思いながらも興味深く見られたというか。
長い映画が多い今日この頃、
125分という長さもちょうど、いい。
我が脆弱な尻も、なんとか持ちこたえました。

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オブセッションの極み

2023年11月03日 | 映画など
マーティン・スコセッシ監督
「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」を見る。
3時間26分は長い。確かに長いが
それだけの時間をかけて、この胸クソ悪い
陰惨きわまる事件をじっくりと描きたかったということだろう。
長時間座っていたせいでダメージを受けた
腰と尻と太ももをさすりながら、咀嚼、反芻しております。


思えばスコセッシという監督は、
妄想とか妄執。焦燥や固執など、
人間のどうしようもない負の感情を
ずっと描き続けてきた人だと思うわけで。

「タクシードライバー」や
「キング・オブ・コメディ」のデ・ニーロは、
憧れの対象への偏愛から自己が肥大しまくった男だったし、
「デパーテッド」のディカプリオは
囮捜査官としての自分がいつバレるか、
気が気でない表情ばかりしていたし、
「アフター・アワーズ」のグリフィン・ダンも
悪夢のような騒動に巻き込まれ、
全然家に帰れないサラリーマンで、
「沈黙」のアンドリュー・ガーフィールドも
自己の意識深くに信仰を執拗に温めていた。

本作のディカプリオも同様で、
ネイティブアメリカンの妻を愛していながら、
彼女の家族が持つ莫大な財産のためにこっそり毒を盛る。
アンビバレントな状況で葛藤するディカプリオの
身悶えをこれでもかと見せつけられるのだ。

見ているあいだはまったく飽きさせないというか、
どっと疲れると言ったほうがいいかもしれない。
妻のリリー・グラッドストーンが、
凜とした佇まいを崩さないところが唯一の救い。

絵作りの凄さ。セットの豪華さ。
緻密で才気走った演出もある。
ディカプリオに殺しを依頼された男に
語り部が少しだけ切り替わるときの切れ味といったら。

以下、シネフィルの戯れ言です。

ネイティブアメリカンの妻を演じた
リリー・グラッドストーンって
誰かに似てるなと思っていたら、
TwitterというかXでフォローしている人の情報で、
あれは「女相続人」のオリヴィア・デ・ハヴィランドの
オマージュらしい。そうか。そうなのかと
喜ぶアホなシネフィルだったのです。
情報ありがとうございました。
スコセッシはウィリアム・ワイラー監督の
この映画が好きらしい。


確かにハヴィランドと
グラッドストーンは似てる。
髪型とか特に。扇子も持っていたし。

コメント (4)
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目を見開いて生きろ

2023年10月29日 | 映画など
フランチシェク・ブラーチル監督
「マルケータ・ラザロヴァー」を見る。
黒澤明とタルコフスキーとベルイマンと
グラウベル・ローシャをひとつの鍋に入れて、
ぐつぐつ煮込んだような映画、と言っても、
シネフィルな人たちにしか伝わらないぞ。いかんいかん。
つまりですね、わかりやすく言うと、
雪と馬と殺戮と宗教と美少女の映画です。


物語は難解そうに見えて、シンプルだ。
13世紀半ばのボヘミア王国にて、
王家と領主の争いごとが勃発し、
もうひとつの領主が巻き込まれたことから、
それぞれのメンツと野望、
そして憎悪と愛欲みたいなものが
ぐちゃぐちゃとなってスクリーンから立ち上がってくる。

馬が駆け、矢は飛び、砦が燃える。
巻き込まれた領主の娘マルケータは陵辱され
野蛮きわまる光景を目の当たりにする。
映画の終盤、彼女は修道女になろうとするが、
そのことが救いにならないことが示される。
宗教すら救いにならない絶望感。

なんという世界だ。ひどすぎる。
それに引き換え、ああ、今の時代で良かった。
こうやって空調の効いた映画館で、
まったりとスクリーンの向こうにある悲劇を見て、
ああ可哀想だなあと、上から目線で見ていられるのだから。

今は戦争もないし、
って、ウクライナやガザで起こってるじゃんか!
人の悪意や憎悪も飛び交ってないし、
って、ネットでアホみたいに飛び交ってるよ!
と突っ込みをしながら、
この映画が語っていることが、
決して遠い国の遠い昔のものではなく、
いつのまにか自分事としてのしかかってきたという。
優れた映画って、そういうものなのもしれない。

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歌うたいが世界を制覇する

2023年10月13日 | 映画など
岩井俊二監督「キリエのうた」を見る。
かつて大島渚監督は、自身が起用する出演者について、
「一に素人、二に歌うたい」と語った。
稀代の歌うたいアイナ・ジ・エンドを
主役に据えた本作。彼女がスクリーンにどう栄えるか。
世界中のシネフィルが注目するなか、
岩井監督の試みは見事に成功したと思う。

アイナ・ジ・エンド演じるキリエは
歌うことでしかまともに声が出ず、
意思も表示できないストリートミュージシャン。
彼女の人生に絡む人たちとの物語と、
そんなことがあるのか、という驚きの出自が
だんだん明らかになっていく展開に目が離せない。

岩井監督が宮城出身ということもあるのだろう、
東日本大震災で命を落とし、傷つけられた人たちへの
鎮魂の思いが大きなテーマになっている。
そういう意味で本作のアイナ・ジ・エンドは
神とも交信できそうなミューズの
役割を担わされている感じがある。

その証拠に、この世の災厄の受難者とも
言えるような場面が続く。レイプされそうになったり、
下着姿のまま大地震に見舞われたりするアイナ・ジ・エンド。
演技は素人の歌うたいに、よくぞそこまでやらせたというか。
岩井監督、きっと確信犯なんだろうな。

シスターフッド的な立ち位置の広瀬すずや
恋人(正確には異なるが)の松村北斗はただの傍役だ。
それが悪いというわけではなく、あくまで
アイナ・ジ・エンドという歌うたいが体現する
受難の物語を支える役どころなのだろう。

ともあれ、キャストはみんな素晴らしい。
黒木華や村上虹郎はもとより、
北村有起哉、浅田美代子、奥菜恵は
新たな魅力が発揮されていると思う。
さらに演技者としては素人だと思われる、
樋口真嗣、ロバート・キャンベル、大塚愛、
といった面々の適材適所ぶり。というか、
妙なリアリティーをスクリーンに
漂わせるためのキャスティングなのかな、と。

コメント (8)
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思いは交錯するか

2023年09月29日 | 映画など
チョン・ジュリ監督「あしたの少女」を見る。
パワハラきわまるブラック企業に
研修生として入った女子高生に起こった悲劇。
その痛ましい事件を追いかける刑事の執念。
1本の映画で2本見たかのような重量感と、
なんといってもペ・ドゥナの存在感。彼女に尽きる。


前半は就職を控えた女子高校生ソヒの物語。
実習生として働き始めたコールセンターの
パワハラまみれの実態。働き手の労働力を搾取し、
利益に邁進する非人間的なエピソードが連なり、
それはそれは身の凍るような展開。
現状を打破し、抵抗するソヒの姿は美しいが、
たかが一人の女の子の抗いなど、おかまいなしの世の中を
見せつけられ、絶望しかないというか。

そんなソヒの生き様を丁寧に捜査する
刑事ユジンが主人公となる後半。
ほぼ全編無表情のこの刑事。
ソヒに起こった悲劇が明らかになっていくにつれて、
目に怒りの炎が立ちこめてくる。
凍りつくような映画のなかに伝わってくる体温。
そのあたたかみを感じることで、少しの救いがもたらされる。

「吠える犬はかまない」や
「子猫をお願い」「リンダリンダリンダ」などで
世界中のシネフィルを虜にしたペ・ドゥナ。
40歳を過ぎて、第二の全盛期を迎えていると思う。
是枝監督の「ベイビー・ブローカー」と同じく、
静かな芝居のなかに、感情のかたまりのようなものが
湧き上がってくる感じが素晴らしい。

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ファンタジーみつけた

2023年09月24日 | 映画など
山田洋次監督「こんにちは、母さん」を見る。
何度も同じことを書くけれど、
この監督は何本傑作を撮ったら気が済むのだろう。
そして、吉永小百合のあらたな代表作だと断言したい。


傑作である理由はいくつか、ある。

本作の主演は明らかに大泉洋だ。
この俳優さん、受けの芝居がとても上手い。
大組織の論理で親友で同僚のクドカンを
馘首せざえるを得ない苦渋な感じや、
自然体で生きている母親の吉永小百合や
娘の永野芽郁に影響されて、
だんだん人間らしさを取り戻していく感じが、
じつにわかりやすくて、楽しい。
大泉洋が務める大企業の非人間的なオフィスと、
ほぼファンタジーだと思いつつも、
人間的なあたたかみのある向島の街並み。
このふたつのロケーションのコントラストを見せつけ、
どうだ、これが映画なんだ、
という山田監督のドヤ顔が目に浮かぶ。

傑作である理由はもうひとつ。
脇に回った吉永小百合がとてもいいからだ。
もちろん本作は彼女の主演作だと謳われているけれど、
息子である大泉洋からの視点で描かれることで、
こんな可愛らしいおばあちゃんって
もしかしたらいるかもな、というギリギリのリアル感がある。

恋する女としての現役感を入れるのは、
ずっとこれまでの吉永小百合主演作に不可欠だったけれど、
本作ぐらいのさりげなさが、いい。
牧師の寺尾聰もホームレスの田中泯も、
彼女に愛の告白をしようなんて
厚顔無恥なところがまるでないのが
なんとも素敵だなあと。

高倉健と同様、主演しかできないのが
吉永小百合という大スターなのだけど、
本作の吉永さんは、俳優としての可能性を
大いに広げたのではないだろうか。
それが山田監督の狙いだとしたら、
この監督、やっぱり、すげえ。
吉永さん、健さんが到達できなかった境地に行けそうです。

ほんとにそう思いますよ。シネフィル的にも
吉永小百合が凄いと思ったのは
市川崑「細雪」と大林宣彦「女ざかり」以来というか。
だとすると30年ぶりぐらいの傑作なのかも、
と世界中のシネフィルは盛り上がっているのです。

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優しさに射貫かれる前に

2023年09月14日 | 映画など
金子由里奈監督
「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」を見る。
いま撮られ、いま見られるべき映画だと思う。
限りない優しさに溢れながらも、
冷静な視点も入れ込む作り手たちの矜持。


とある京都の大学にある
「ぬいぐるみ」サークル。通称ぬいサー。
ぬいぐるみをつくるのではなく、
ぬいぐるみと語るサークルに集まる学生たちの物語。

メンバーたちが
サークル室にあるぬいぐるみに語りかける。
ただそれだけの描写がいとおしい。
人を傷つけること、そして他人を傷つけることを
極端に恐れる傾向があるのは、今の若者に限らないし、
そのメンタリティーは腑に落ちるところがある。

細田佳央太演じる七森くんは、
恋愛が苦手というか、そもそも恋愛というものが
理解できない男子で、小さい頃からずっと
もやもやしたものを抱えている。
彼は、駒井蓮演じる同級生の
麦戸さんと仲良くなるが恋人というわけではなく、
傷を抱えた仲間同士のような関係性だ。
そんなふたりの間に入り込むのが、新谷ゆづみ演じる白城さん。
ぬるま湯のようなぬいサーに心地良さを感じつつ、
現実はもっと厳しいでしょう、ジェンダーバイアスかかりまくりの
世の中で生きていかなきゃいけないんだからと強がる女の子だ。

白城さんの視点があるからこそ、成り立つ映画というか。
ひたすらぬいぐるみに心情を吐露する
人ばかり出てくるなかで、唯一の傍観者であり、
その視点は、本作を見ている観客と繫がるような気がする。

それにしても、優しい映画だ。
傷つくこと、そこから再生すること。
いや、むしろ再生しなくても生きていけることなど、
新しい生き方が示唆される映画というか。

ぬいぐるみに囲まれた、
ある意味閉鎖された空間がメインでありながら、
登場人物たちが、なにかというと歩き、喋ったり、食べたりする。
日常生活をしっかりとらえたカメラワークが素晴らしい。

最後に戯れ言を。
駒井蓮って、そうか「いとみち」のヒロインだった
引っ込み思案な、津軽三味線を弾いていた女の子か。
新谷ゆづみって、そうか「さよならくちびる」「麻希のいる世界」で
地獄に墜ちかけた女子高生を演じていた、あの子か。
このふたりの若手女優が出ているだけで、
世界中のシネフィルは大喜びしております。

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グロテスクな官能

2023年08月27日 | 映画など
デヴィッド・クローネンバーグ監督
「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」を見る。
おお。まさにぐちゃぐちゃでべちょべちょ。
変態そのものではないか。
やはりクローネンバーグはこうでなくっちゃ。
この監督、齢80を過ぎて、やりたい放題なのが頼もしい。


近未来において、
人間は「痛み」というものから解放された。
そんな世界において、
自らの肉体を文字通り解体して、
己の内臓をさらけ出すパフォーマンスが
持てはやされるようになる。
ヴィゴ・モーテンセン演じる主人公は、
体内にあらたな臓器をつくることができる特異体質の男で、
レア・セドゥ演じるアーティストの手を借りて、
その腹をかっさばき、誰も見たことのない臓器を摘出し、
観客の前でこれでもかと披露する。
内臓をさらけ出すヴィゴ・モーテンセンの恍惚の表情は、
セックスそのものと言っていいだろう。
これはあらたな人類の夜明けなのか。
だとしたら、なんという官能的なディストピア。

変態どもを徹底的に肯定し、ありえない未来を提示して、
こっちにおいでおいで、と観客を挑発することこの上ない。
いっそ、そっちに行っちまった方が楽かなあ。
変なストレス無さそうだし、
文字通り腹を割ってみんなと話せるんじゃないの、
と思うシネフィル(自分、だ)は
どうかしていると思いつつ、傑作だなあと感じ入るわけで。

思えばクローネンバーグという人は、
ホラーの形を取りながら、「スキャナーズ」や
「ビデオドローム」「ザ・フライ」「クラッシュ」などで、
人間の肉体をとことん解体し、
ヒトではないものとの愛の交換を描き
人間の深層心理を暴こうとしてきた監督だと思う。

露骨で下品でありながら、官能的かつ文学と哲学の香り。
お洒落ですらある作風が唯一無二、というか。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」とか
「イースタン・プロミス」といった近作は
クライムものの傑作ではあるけれど、
内臓ぐちゃぐちゃが封印されていて、
寂しい思いをしていた世界中のシネフィル(かつ変態)は、
大いに喜んでいることでしょう。

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奴らに明日はない

2023年08月17日 | 映画など
行定勲監督「リボルバー・リリー」を見る。
確信しました。この夏公開の映画で、
一番見るべき作品だと思います。
「君たちはどう生きるか」や「バービー」、
インディでもトムクルでもなくて、この映画です。はい。


そうか。忘れていた。綾瀬はるかがいたではないか。
肉体を駆使したアクションができ、
ガンファイトもさまになるスター女優が
日本にいることに、我々はもっと誇りを持つべきなのだ。
そして、ライフルを抱えるシシド・カフカの佇まい。
クライマックスにおける長谷川博己の勇姿は
アクション映画らしい興奮を観客にもたらしてくれる。

綾瀬はるかが戦う相手は、大日本帝国陸軍だ。
関東大震災直後の時代設定ではあるけれど、
現在に置き換えると、自衛隊にケンカを売る話となるわけで。
ある意味、体制批判であり反戦映画といってもいいだろう。
自国の軍隊に戦いを挑む映画なんて、ほかにあったかな。
「ランボー」ぐらいしか思いつかないけれど、
誰かシネフィルのひと、教えてくださいな。

香港や韓国ノワール系の
アクション映画を踏襲した感のある行定監督に、
これ以上活劇としてのキレとか
ドライブ感を求めるのは筋が違う。
いくら東映の映画だからといって、
深作欣二も中島貞夫もいないんだから。
それより、綾瀬はるかが助ける少年(羽村仁成)に向かって
「幼い顔して、あんたも男だね」と
詰め寄る古川琴音の艶めかしさにドギマギすべきなのだ。

やり過ぎ感のあるサイコパス軍人役の清水尋也や、
ヤクザの親分を演じた佐藤二朗を見て、
シネフィルだったら片山慎三監督「さがす」と似てるなあ、
とニヤニヤしながら見てしまいそうだ。
綾瀬はるかと少年の関係が繊細に描かれていない、
と批判する人は、あなたはカサヴェテスの「グロリア」だと
思って見ているのかと問いかけたい。

そんな些末なところではなく、
やはり綾瀬はるかを見るべきだ。
クライマックス、彼女はなぜ白いドレスに身を包むのか。
それは白に血の色を染めるためであり、
彼女のドレスの胸のあたりが、
血でまあるく赤く染まっていくのが、
日の丸に見えると言ったら深読みしすぎだろうか。

ともあれ、見どころいっぱいの映画なので、
ぜひ大ヒットしてもらって、
綾瀬はるかのアクションシリーズとして
5本ぐらい続篇を作り続けてほしい。

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わかったような口

2023年08月13日 | 映画など
グレタ・ガーウィグ監督「バービー」を見る。
あのですね。この映画を大傑作だと
絶賛する人のなかで、男性がいたとしたら、
その人のことはあんまり信用しちゃいけねえな、
とずいぶん懐疑的な気分になってしまったという。
かくいう自分も男性、であり、見終わったあとたまらず、
これは傑作と吹聴したくなったけれど。
ちょっと待てよ、と。


言わずと知れたバービー人形。
時代とともに、金髪白人八頭身の女の子だけでなく、
さまざまな職種や人種のバージョンがつくられている。
ポリコレにもダイバーシティにも配慮しているのが、
このバービーの玩具シリーズであり、販売元のマテル社だ。

だからバービーの世界では、
すべて女性が主導権を握っている。
大統領も議員も医者も作家もぜんぶ女性。
バービーには「ケン」という男性の人形がいて、
それは完全にバービーの添え物なので、
本作でも男は完全にお飾り。
バービーたちを引き立てる存在に過ぎない。

でもね。それはバービーの世界だけ。
実際の世界はどうなのさ?
女性が活躍どころか、ずっと抑圧されてるじゃないの。
たしかにバービーはあたいたちに勇気を与えてくれたけど、
まだまだ足りない。いいからあたいにまかせなさいよ!

とグレタ・ガーウィグ監督が言ったかどうかはともかく、
バービーたちを人間に演じさせ、
あくまで架空である女性上位の世界観を現実にぶちこみ、
それをゆるゆるでオフビートな演出で
エンタテインメントとして見せながら、
男たちの馬鹿さ加減と、
抑圧された女性のリアリティーを浮き彫りにする。
冒頭「2001年宇宙の旅」のパロディで
映画を始めるあたりの無邪気さと大胆さに
作り手たちの本気度をみる。本気だけどお馬鹿。
お馬鹿だけど、本気。

男性は見てられないと思う。
だって、ケン役のライアン・ゴスリングなんか、
ほんとアホ丸出しの役柄だし。これでもかと
男社会を笑い飛ばしていく展開に、馬鹿にしやがって、と
パターナリズム(父権主義)に親和性のある人たちは怒るはずだ。

でも、そういう人はまだマシかも。
あっはっは。男って馬鹿だなあ。よくわかるよ。
だって、ボク、リベラルだからさ、という人は信じちゃダメです。

かくいう自分も「リベラルだよん」という顔をしながら、
実際のところ昭和な価値観が染みついているわけで。
見ていて痛快だけど、ここまで男がアホ扱いされると、
自分の中にあるジェンダーバイアスがふつふつと
湧き上がってしまう。でもそれはきっと
監督および映画の作り手の術中にはまったということだろう。
本作でコケにされている男たちの姿は、
現実では女性が置かれている立場だと思い知らされるわけだから。

真のリベラリストなら、絶賛してしかるべき傑作だし、
シネフィルとしても、ずっとグレタ・ガーウィグは
すぐれた監督だと応援してきたわけで、
本作の全米ナンバーワンヒットは嬉しい限り。

ほほお。前から応援してきた監督がついにブレイクか。
んもお。だから言ったじゃないの。
ま、「フランシス・ハ」とか「レディ・バード」の頃から
評価してきたけどね、ほんと昔からだよ。昔。うふふ。
と自慢するシネフィル(自分、です)は
地獄に墜ちることでしょう。

あと、こんな映画をつくるアメリカは凄い。
たとえば日本でリカちゃんの実写映画を
橋本環奈主演で作るなんてできないだろう。
タカラトミーが全面協力なんかするわけないじゃん。
だから日本映画はダメなんだという輩も
ずっとチンボツしたままでいいです。

ともあれ、グレタ・ガーウィグ監督。
とんでもない映画を作ってくれました。
こんなに挑発的にしてくれてありがとうと言いたい。
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