スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

リーグ戦&認識論的視点

2007-09-15 18:49:21 | NOAH
 GHCジュニアタッグもあったわけですが,NOAHの8~9月シリーズの最大の目玉は,GHCヘビー級の挑戦者を決めるリーグ戦。これは参加選手がABの両リーグに分かれて戦い,各リーグの優勝者が,挑戦権をかけて戦うというもの。全日本プロレス時代は春にチャンピオンカーニバルでシングル,暮れに世界最強タッグ決定リーグと,それぞれ年に2回のリーグ戦が開催されていたのですが,NOAHになってからは,この前の日テレ杯ジュニアタッグのリーグ戦が初めてのリーグ戦。したがって,ヘビー級のリーグ戦,シングルのリーグ戦ともにNOAHでは初の試みとなるもの。またこうしたリーグ戦がありましたので,ジュニアタッグの選手権試合がメインで行われたのが,とくに特筆すべき出来事であったともいえると思います。
 このうちAブロックは先にすべての日程が終了。斎藤彰俊選手と丸藤正道選手が得点6で並んだために,9日の日本武道館大会でこのブロックの優勝者決定戦が行われました。
 リーグの本戦では斎藤選手が丸藤選手を降しています。もしそこで丸藤選手が勝っていれば無条件でAブロック優勝でしたので,丸藤選手にとっては雪辱戦。ただ,実際に勝っているということに伴う自信は大きかったのか,僕には斎藤選手が押している印象でしたし,また試合の展開もよく見えていたように感じました。ただそれが勝負に直結しないというのもまたプロレスの面白さのひとつではあり,事実,この試合も最後はトリッキーな動きから丸藤選手がうまく丸め込んで勝ち,Bブロック優勝者との挑戦者決定戦に駒を進めました。

 全体とその一部を構成するような部分との関係は,全体が部分を限定し,部分の方が全体を限定するということはないということについては,次のような認識論的な視点を導入することによって,さらに明瞭に理解することができるのではないかと思います。
 いま,Yがあって,これがXの一部を構成しているとします。すると,平行論からの帰結として,Yの観念はXの観念のうちにあるということになります。いい換えれば,この場合のYの観念は,Xの観念を有する限りで神のうちにあるということになります。またこのことは,一般にYの本性がXの本性のうちに含まれるという形でXとYが実在するという仮定からも明らかで,この場合はとくに神の観念に関連付けるということをしなくても,一般に知性のうちにYの真の観念がある場合には,この知性は同時にXの真の観念も有していなければならないということから十分に理解できると思います。そもそも,馬の本性が動物の本性に含まれるのであれば,動物の本性を十全に認識せずして馬の本性を十全に認識することは不可能だといえるからです。
 もちろん,一般にある部分の原因となっているものがその全体であるということはできないと僕は思います。したがって,第一部公理四の意味において,部分の認識が全体の認識に依存するということはできないだろうと思います。しかし,平行論に従う限り,部分の認識が全体の認識のうちにあるならば,それを全体と部分という関係において限定するものの認識なしに限定されるものの認識はあり得ないといえると思いますので,やはりこの場合には全体の方が部分を限定するということになると考えます。

投稿可能な状態のときに早めに投稿しておきます。
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竜王戦&全体と部分の関係

2007-09-14 23:01:49 | 将棋
  竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第二局。先週の第一局と入れ替わって佐藤康光二冠の先手。後手の木村一基八段の作戦は一手損角換り。先手が早繰り銀から速攻をかけ,29手目の▲3四歩で△2二銀とへこませてから37手目に▲5六角と打ち,49手目にこの角が▲1二角成と成り込んで香得。歩切れではありますが先手がいいように思えましたが,意外と難しかったようで,僕が観戦を始めた夕食休憩の後あたりから先手が時間を使い,消費時間の差が大きく広がりました。実際,62手目の△7六歩のあたりでは,むしろ後手の方がいいかもしれません。
 72手目に△7七歩成として後手が駒損を解消。▲同銀上では△8五桂で困りそうなので▲同金としたのでしょう。ここで後手が長考。指されたのは角の逃げ場を作る△4四歩。激しくいく順もあったと思いますが,木村八段らしい手という気がしました。
 この後,84手目の△7五歩で後手の銀得に。抑え込まれ加減ではありますがさすがに後手がいいでしょう。ただ直後の86手目の△4五桂はやや不用意だったかもしれません。89手目の▲3一馬まで進むと,後手玉がにわかに危なくなりました。△3六角とできないのでややピンチとも思えましたが△3一金から94手目に△3三角と投入して,優勢を維持しました。
 100手目は△3六桂かと予想していましたが△7八飛。先手に飛車を使わせば自玉がさらに安全になりますのでなるほどという手。ここからは後手の勝ち筋でしょう。114手目の△6八銀成が最終的な決め手。以下先手玉を受けなしに追い詰め,後手玉も詰みませんので後手の勝ちとなりました。
 全般的には,香損でも指せるとみた木村八段の大局観が光った将棋だったのではないかと思います。先手としては,駒得を生かせなかったことより,馬が思ったほど働かなかったことが痛かったのではないかと思います。
 これで1勝1敗。挑戦者が決定する第三局は19日に指されます。

 それではこの動物と馬との関係を利用して,もっと一般的に,全体と部分の関係がどのようになっているのかを考えていくことにします。
 まず,全体は部分ではないという命題ですが,これは明らかに真の命題ですし,また,ここまでに考察してきた事柄からしても,真の命題でなければならないといえると思います。ですからこれはこれでいいでしょう。
 では,部分は全体ではないという命題の方はどうでしょうか。この命題についても僕たちは普通は真の命題であると認識するのではないかと思います。すると,限定と命題文との関係から,全体は部分を,部分は全体を,相互に限定し合うということになります。
 しかし,この結論は誤っているといえます。なぜなら,これをいうためには全体と部分の間に何らかの等価性があるといわなければなりませんが,ある全体とその一部分との間には,そうした等価性がある筈がないからです。
 これらの命題を,共に真の命題であると僕たちが認識するとすれば,その理由は,部分は全体ではないという命題について,僕たちはそれを,部分は全体の一部ではない,とか,部分は全体に含まれる,というようには理解せずに,単純に,部分一般の本性は全体一般の本性ではないというように理解するからではないかと思います。これはちょうど,馬は動物ではないという命題を,馬の本性は動物の本性ではないというように理解するならば,この命題もまた真の命題と理解できるということに同様だといえるのではないでしょうか。したがって,全体と部分の関係においては,全体がその部分を限定し,その部分によって全体が限定されるということはあり得ませんし,そのことは,全体と部分の命題文について,動物と馬との間にあるような仕方で理解すれば,実は命題文からも明らかであるといえると思います。

 今日も何とか。明日以降は分かりませんが。
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戸塚記念&全体と部分

2007-09-13 22:39:16 | 地方競馬
 南関東も馬インフルエンザの影響を受け,大井で1日だけでしたが開催の中止があり,普段は行われている4場間の交流も制限されていました。この影響で5日に大井で行われる予定だったアフター5スター賞が取りやめになったのですが,交流の制限が昨日付けで解除されたことを受け,今日の戸塚記念は実施。現状は馬インフルエンザを発症していなくても,当日の検査で感染していることが分かると出走できませんが,このレースの出走馬はすべて陰性であったようで,無事に14頭でのレースとなりました。
 ミウラリチャードがやや遅れ加減の発走。1枠からイチモンジが逃げ,注目のタキオンスピリットは好位のイン。向正面に入るとブルームテキが3番手まで上昇。さらに外からロイヤルボスが追い上げていくと,タキオンスピリットは内で鞭が入り苦しい状況。ブルームテキが3コーナーで先頭に立つと,ロイヤルボスもそれ以上は追っていけず,ジェイドロボスが外から追い上げていきました。
 直線に入ってもブルームテキが先頭。ジェイドロボスも追いつけず,さらに外から追ってきたロングウェーブとパルパディアが並んで追い掛け,ブルームテキを交わして叩き合いに。結局,ロングウェーブが凌いで優勝。パルパディアが2着でブルームテキが3着でした。
 優勝したロングウェーブは南関東重賞初優勝。今日は展開にやや恵まれ,実績馬が思ったほど走れなかったという面もありますが,この距離に適性があったということはいえるかもしれません。川崎の今野忠成騎手は,先月のサンタアニタトロフィー以来の南関東重賞制覇です。
 ロイヤルボスは前回から川崎から大井に転厩したのですが,どうも以前ほどの状態にないようで,能力ほど走ることができないようです。

 明日は竜王戦挑戦者決定戦三番勝負の第二局。ここまで佐藤康光二冠が5勝,木村一基八段が2勝ということで,意外に対戦が少ないという印象です。

 無限と有限の関係においては,有限であるものは無限ではないという命題が偽の命題でなければ,すなわち,有限なものは無限であるという命題が真の命題でなければなりません。そこでこれがどうしてそうした命題であり得るのかを考えるために,もう一度動物と馬の関係を吟味し,一般に全体とその全体の一部を構成する限りでの部分との関係がどのようになっているのかということを考えてみたいと思います。
 まず,馬は動物ではないという命題は,偽の命題です。つまり,馬は動物であるという命題が真の命題であるわけです。これがなぜ真の命題であるのかといえば,馬が動物の一種である,すなわち,馬の本性は動物の本性に含まれるからです。いい換えれば,僕たちがこの命題が真の命題であると認識する場合には,僕たちはこの命題にそうしたことを含意しているのだといっていいと思います。
 ところで,この命題をそうしたことを考慮せずに,動物と馬それぞれの本性との関係だけで考えてみた場合にはどうでしょう。すると,馬は動物であるという命題は,実は偽の命題であると考えることもできるのではないでしょうか。なぜなら,馬の本性は動物の本性であるという命題は,明らかに偽の命題であると考えられるからです。したがって,馬は動物である,あるいは馬は動物ではないという命題に,どのような内容を含意させるかによって,この命題の真偽は実は変わってくるのだといえます。

 今日は力技で何とか投稿しましたが,明日以降は難しいかもしれません。
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ジュニアタッグ&無限と有限の関係

2007-09-12 20:39:46 | NOAH
 日テレ杯ジュニアタッグリーグをKENTA選手と石森太二選手が優勝,その後のチャンピオンチームに対するマイクアピールを受けて,鈴木鼓太郎選手とリッキー・マルビン選手との選手権試合は,8月31日の広島大会で行われました。
 まず特筆すべきはこの試合がこの日のメインイベントとして行われたこと。全日本プロレスの時代にはジュニアの試合がメインで行われることは絶対にありませんでしたし,NOAHになってからも,シングルではあるいはあったかもしれませんが,タッグではおそらく初めて。それだけこのタイトルも認知されてきたということの証明であり,ひとつ,記念すべき試合になったのではないかと思います。
 この試合は30分を超える大熱戦となり,最後は鈴木選手と石森選手のマッチアップとなり,鈴木選手が石森選手を肩車し,そのまま前方に一回転させて,ちょうどパワーボムの逆のような形で叩きつける技(僕は初めて見ました)からブルーデスティニーに繋ぎ,鈴木選手が石森選手からスリーカウントを奪って防衛に成功。相手は違いますが,前回の日本武道館大会のまずい試合の借りを返しました。
 ただしこの日も僕の目に最も印象に残ったのは石森選手の動き。最後は負けたわけですが,KENTA選手も試合後のインタビューではそれは自分のせいといういい方をしていました。正直,このふたりがタッグチームを結成すると知ったとき,少し意外な気がしたのですが,想像以上にいいチームで,もう少しこのチームで戦っていってほしいと思っています。

 明日は川崎で戸塚記念。全馬が出走できるのか分からないという状況ではありますが,ロイヤルボス◎とジェイドロボス○の実績上位の2頭に4戦全勝のタキオンスピリット▲が挑む構図。ほかではパルパディア△とアルクール△。

 高知ではオールスター競輪が開幕します。5日制のGⅠで,決勝は17日。小嶋選手が欠場ですので山崎選手が中心になりそうです。

 ある有限な事物Xがある場合に,このXが何かほかのものによって限定される場合,それがXを主語あるいは述語とするような命題文との関係がどのようになっているのかということが分かりましたので,これを利用して無限である事物に対する有限による否定についての考察を始めることにします。
 まず,無限であるものは有限ではないという命題ですが,この命題については絶対的に真の命題でなくてはならないと思います。無限であるものは,絶対にかあるいは自己の類においてかに相違はあるものの,それを限定し得るようなあらゆるものによって限定されることがないゆえに無限といわれなければならないのですから,このことはさすがにそれ自体で明白であるといってよいように思います。
 一方,有限であるものは無限であるという,主語と述語とを入れ替えた命題の方はどうでしょうか。仮にこの命題が真の命題であるとするならば,命題文と限定のあり方の関係から,無限は有限を,有限は無限を,相互に限定しあうということになります。しかしこれは,無限なものは有限ではないという命題が絶対的に真の命題でなければならないというのと同じ理由によって不条理であるといえます。いい換えれば,無限であるものは有限ではないという命題が真の命題でなければならないその理由によって,有限であるものは無限であるという命題の方は,真の命題であってはならない,つまり偽の命題でなければならないということが出てくるように僕には思えます。
 しかし,有限であるものは無限ではないという命題は,それ自体でみれば真の命題であるとしか僕には考えられません。一体どのような意味で,この命題が偽の命題であるといい得るのか,これが今回のテーマの最後の問題になりそうです。
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王位戦&命題文との関係

2007-09-11 22:26:34 | 将棋
 王位戦七番勝負第六局
 52手目の羽生善治王位の封じ手は△3七桂成。桂馬を取らせて2筋から逆襲していく狙いと思っていたので,僕にはやや意外な手でした。ここから飛車交換に進展し,後手が飛車と角,先手が飛車を敵陣に打ち込みましたが,先手の4七の金がヒモなしで浮いている分,桂損でも後手が指せる分かれだったかもしれません。
 この後,78手目に△7九金と打ったあたりで羽生王位は優勢を自覚されたようです。この間,先手の深浦康市八段は受け主体の手が多く,駒得もあまり生きませんでした。83手目に▲6一龍としたところで,もう一歩あれば▲2八歩なり▲3八歩と受ける手がありそうですが,一歩しかなければここで使ってしまうと△8六香の王手が厳しくなってしまうようです。
 この後,先手が受けなしとなり,最後の攻撃に出ましたが,後手玉は詰まないので投了。羽生善治王位がカド番からの連勝で3勝3敗の五分に戻しました。終盤は差がついている将棋で,深浦八段にしては不出来だったように思います。
 不思議に思うのは1日目,40手目の△2五桂を▲同飛とすればその時点で桂得であったのに,そうせずに歩でこの桂馬を取りにいった手順。封じ手の時点で先手が指せなかったとは思いませんが,少しばかりちぐはぐな感じもします。
 第七局は25日と26日。少し間が開きますが,この間にこのふたりは日本シリーズでも対戦することになっています。

 ここまでの考察により,Xという有限な事物があって,このXがYによって限定される場合に,この限定がXはYではないという命題文とどういった関係にあるのかということを,一般的に示すことができます。
 XはYではないという命題が真の命題である場合,これはYによるXの否定であるということはできますが,これだけでYによるXの限定であるということはできません。これがYによるXの限定であるかどうかを調べるためには,この命題の主語Xと述語Yを入れ替えた,YはXではないという命題を作り,この命題の真偽についても検証する必要があります。
 もしもYはXではないという命題が偽の命題である場合,これは主語と述語の間に等価性がない場合ですので,これはYによるXの限定であるどころか,むしろXによるYの限定であるということになります。なお,ここでいうXとYは共に任意ですので,XはYではないが偽の命題で,YはXではないが真の命題である場合も,結論は同様で,ただこれはYによるXの限定になるというだけのことです。
 一方,YはXではないという命題が真の命題である場合には,これはYによるXの限定であるといえます。ただしこの場合には,数学の右辺と左辺の間に等価性があるというのと同じ意味で,主語と述語の間に等価性があるということになりますので,これがYによるXの限定であるというなら同時に,XによるYの限定でもあるということになります。原則的にはXはX以外のすべてのものに限定されるということが,事物の本性との関係から明らかになっていて,この結論はそれに合致していると思います。
 なお,一応XはYではないという命題とYはXではないという命題が共に偽の命題である場合についても示しておけば,これはXはYであるという命題とYはXであるという命題が共に真の命題であるという意味になりますので,限定するか限定されるかという関係にあるのではなく,XとYは同一であるということになります。

 今日は一人相撲をとってしまい,パソコンとは関係のないところで苦労してしまいました。
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騎手のブログ&本性との関係

2007-09-10 21:01:41 | 中央競馬
 昨日の続きで今日は騎手によるブログなどを紹介します。ただ,騎手というのは忙しい職業ですから,数も多くありませんし,まめに更新されるというわけでもありません。
 中央競馬所属のジョッキーで僕がチェックしているのはふたりだけで,武豊騎手蛯名正義騎手。これらのふたつは各々の騎手のホームページの中のコンテンツですので,リンク先からほかのコンテンツに行くこともできます。
 地方競馬所属の騎手に関しては,楽天競馬の中に多くのブログがあります。ただし僕は住んでいる地域(横浜)の関係で,どうしても南関東が中心になりますので,チェックしているのは船橋の石崎駿騎手,川崎の酒井忍騎手,浦和の水野貴史騎手,大井の川本裕達騎手になります。このうち川本騎手は現在は短期免許制度を利用中のため,南関東では騎乗しておらず,先日まで高知,今後は北海道で騎乗の予定となっています。その北海道競馬に所属する騎手のうち,五十嵐冬樹騎手山口竜一騎手については,例外的にチェックしています。そのほかの各地の騎手についてもブログがあり,それはこれらのブログから行けますので,チェックしてみてください。
 僕はチェックしていませんが,厩舎関係のサイトというのはわりとあるようです。このうち南関東については,同じ楽天競馬の中で高橋華代子さんが紹介していました。中央競馬についても探せば見つかると思います。なお,これが紹介されているライターブログは,中央の国枝厩舎の奥村調教助手が執筆者のひとりになっています(毎週月曜更新)。

 王位戦七番勝負第六局は,後手の羽生善治王位がごきげん中飛車。深浦康市八段は丸山ワクチンを採用し,後手が向飛車に振り直すというよくある形。封じ手の局面で先手が桂得しにいきましたが,この手が成立しているかどうかが勝敗の鍵になるかもしれません。

 Xという事物があるとき,このXを限定する対象というのは,Xのうちには含まれないようなX以外のすべてのものであるということは,僕は事物の本性という観点から,次のような方法でも説明することができるのではないかと考えています。
 事物の本性の定義である第二部定義二により,事物Xはその本性がなければあることも考えることもできませんが,Xの本性というのも,Xがなければあることも考えることもできません。したがって,事物Xと事物Xの本性というのは,意味の上ではどちらも同じ事柄を指示すると考えることができます。これは当然,事物Yと事物Yの本性の場合にも同様になります。よって,XはYであるという命題自体は,Xの本性はYの本性であるということを含意していると考えてよいのではないかと思います。
 ところが,Xの本性とYの本性は異なります。これは定義二からそれ自体で明らかであるといってよく,もしもそれが同一であれば,それはXとYが同一であるということを示すからです。もちろんことばの上では,同じものが別の名前で呼ばれることはあり得ますが,この場合のXとYは,あくまでも異なるものを意味すると仮定します。
 すると,XとYの関係は,一方の本性がが他方の本性に含まれる場合,つまり動物と馬のような関係を除けば,Xの本性がYの本性を含まないという関係になります。よってこの意味において,XはYによって限定されると考えてよいと思います。つまりこの考え方からも,Xの限定の対象はX以外のすべてのものであるということが出てくると思います。なお,ひとつ注意しておけば,事物が有限であることの定義である第一部定義二により,ここではXとYが同一の属性に属することについてはこれを前提としています。

 ちょっと波乱がありましたが,すぐに立ち直ってくれました。
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競馬サイト&限定の対象

2007-09-09 22:25:18 | 中央競馬
 将棋関係のブログやサイトについて紹介しましたので,今日は競馬関係のサイトで,僕がよく利用しているものを紹介します。
 まず,中央競馬はJRAホームページ。ここはレース結果の検索のために,毎週末は必ずいきます。地方競馬は地方競馬情報サイトなのですが,僕の印象だけかもしれませんがここはあまり使い勝手がよくありません。もっとも,僕の場合,地方競馬は南関東が中心ですので,南関東4競馬場で十分。ライブ中継が無料というのは本当にありがたいです。
 個々の馬の検索に最もよく利用しているのはnetkeiba.com。有料ページもありますが,無料で読めるコラムも充実していますし,配信されているメールマガジンも読んでいます。ただ,まれにやたらと重いときがありまして,そういう場合,yahooの名鑑を利用する場合もあります。こちらは中央競馬のデータだけなのが不満ですが,中央の馬や,騎手,調教師の成績の検索ならこちらの方が便利であるともいえます。また,大レースを勝った馬に限れば,凪的電脳賽馬。これは個人で運営されているサイトではないかと思うのですが,コンパクトにまとまっていて,とにかく便利。僕にとって最も重宝しているサイトといえます。
 競馬関係のニュースに関しては,主催者のサイトで調べればいいわけですが,僕はラジオNIKKEIの競馬実況ホームページをお勧めします。中央・地方に関係なく重要なニュースはほとんど扱われますし,何より情報が早いという印象があります。

 明日から王位戦七番勝負第六局。タイトルに王手を掛けて1勝リードしている状況の深浦八段にとっては,先手番のこの将棋が重要であるといえます。

 動物の限定の対象,馬の限定の対象がそれぞれどういうものであるかが分かりましたので,これらのことから,一般にある事物が有限である場合に,この事物を限定する対象というのがどういうものであるのかということを考えていくことにします。
 この場合,おそらく馬の場合の方を考えるのが簡単だと思います。というのは,馬はまず自らが属するカテゴリーである動物によって,さらに動物以外のすべてのカテゴリーと,そうしたカテゴリーに属するすべてのものに,そして最後に同じカテゴリーに属する馬以外のすべての動物によって限定されると考えられるわけです。しかしちょっと分析してみれば分かるように,実はこれは馬は馬以外のすべてのものによって,もちろんこのすべてのものは,ある実在的なものでなければなりませんが,そういう実在的なすべてのもによって限定されるといっているに等しいのです。
 実は,動物の場合もこれと同じ事情になっていると僕は思います。動物も,動物ではないすべての実在的なものによって限定されるという意味では馬と同じなのであって,ただ,カテゴリーとしては,動物の方が馬を含み,馬より広くわたるというだけのことではないでしょうか。動物が馬によっては限定されず,むしろ馬を限定するという関係は,馬というのがひとつのカテゴリーとして成立すると仮定した場合の話ではありますが,一般的な意味でのそうした馬が,この馬やあの馬といった個々の馬には限定されず,むしろそうした個々の馬を限定するということに同じなのだと思います。

 不安定なところもありますが,今日も投稿には問題なし。この状態が続くだけで十分です。
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二歩&馬の限定の対象

2007-09-08 20:47:44 | 将棋
 テレビ放映されているNHK杯では,二歩を打って反則負けということがありました。もちろんそのまま放送され,動画サイトで探せばあるいは見つけられるのではないかと思います。
 先日,公開対局で行われる日本シリーズの二回戦で,二歩で反則負けというのが生じました。ネット上で無料で棋譜が閲覧できるプロの対局での二歩というのは珍しいケースですので,紹介しておきます。
 これは先週の日曜に石川県の七尾サンライフプラザで指された将棋。昨年の決勝と同じカードで,後手の佐藤康光二冠が一手損角換りから9筋の位を取って四間飛車。これに対して先手の郷田真隆九段が7筋の位を取り,7六に角を据えて位を取られた9筋から逆襲。この端攻めが厳しく優位に立ちました。とくに93手目に▲9二飛と打ったあたりでは必勝形に思えます。ところがここから決め手を逃してしまい,後手の玉が上部に脱出。116手目に△9九角と打たれたところで▲9六歩と王手で二歩を打ってしまい,反則負けになりました。最後は局面も,▲9六金では1枚足りませんし,▲7六銀とも▲7六桂とも取れませんので,後手の勝ちになっているようです。
 面白いもので,勘違いで二歩を打ってしまうことはだれにでもありそうですが,棋士もトップクラスになると絶対といえるほど打たず,郷田九段自身も初めて。打ってしまったことに自分でも驚いたようです。日本シリーズは早指しですのでハプニングが起こりやすいとはいえそうですが,トッププロだけが参加できる棋戦での出来事だけに,観戦されていた方はかなり貴重なシーンを目撃したことになるのではないかと思います。

 動物を限定する対象がどのようなものでなければならないかはこれで明らかになりましたから,次に馬を限定する対象というのがどういうものであるのかを考えてみます。
 まず馬は,動物の一種類であるということによって,動物によって限定されるわけですが,これは,XはYではないという命題が真の命題であり,YはXではないという命題が偽の命題である場合には,YがXによって限定されることになるという,主語と述語との間に等価性がない場合の検討によってすでに明らかにしていますので,ここではこれ以上は扱いません。
 ところで,馬は動物によって限定されるわけですから,あるものが動物を限定するのであれば,そうしたものはまた同時に馬を限定することになるでしょう。これは,動物をひとつの全体とみなし,馬をその一部分であると考えれば,全体を限定しているものが同時にその部分を限定しているという意味になりますから,それ自体で明らかであるといってよいのではないかと思います。
 さらに馬は,動物というカテゴリーを形成する馬以外のものによっても,馬がそうしたものの本性と異なる,あるいは馬の本性にはそうしたものの本性は含まれていないという意味で限定されるといえるでしょう。
 したがって馬は,まず動物によって限定され,次に動物とは異なるカテゴリーそのもの,また,動物とは異なるカテゴリーに属するすべてのものによって限定され,最後に動物のカテゴリーに属する馬以外のすべてのものによっても限定されるということになります。

 安心はできませんが現在程度の状況なら,投稿に問題はありません。
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岐阜記念&動物の限定の対象

2007-09-07 21:05:50 | 競輪
 4日に行われた岐阜記念の決勝(動画)は,まったく予想外のレース展開となった結果,波乱の決着になりました。
 武田選手がSを取ってそのまま前受け。浜口選手が中団を回って後方が坂本選手で周回。残り2周に入り,まず武田選手がピッチを下げて誘導との車間を開けました。バックに入るあたりでようやく坂本選手が発進。打鐘では武田選手を叩いて先行。ここで望月選手が飯嶋選手の後ろから切り替えて外を上がり,4番手に。さらに後方に置かれる形となった浜口選手は内を追い上げ,望月選手の動きに対応できなかった松坂選手に代わって5番手。松坂選手は7番手に入り,武田選手は絶望的な8番手でホームを通過。バックから自力を出したのが望月選手。これに浜口選手が乗る形となり,前を捲りきって優勝争い。結局,浜口選手が望月選手を差して優勝。望月選手が2着で,バック9番手から内を追い上げてきた飯嶋選手が3着に入っています。
 優勝した岐阜の浜口高彰選手は7月のサマーナイトフェスティバルで優勝していて,今年のグレードレース2勝目。記念競輪は昨年10月の千葉記念以来。ホームで望月選手の後ろに入れたこと,しかもその望月選手が自ら動いてくれたことと,ふたつの幸運にも恵まれましたが,見事に地元の記念競輪を優勝しました。
 レースを動かしたのは望月選手。こんな自力が打てるとは思いませんでした。もったいなかったのは松坂選手で,今シリーズの動きは目立っていた選手のひとりでしたので,打鐘で望月選手マークを離さなければ,あるいは優勝というシーンまであったかもしれません。

 主語と述語に等価性がない場合,XはYではないという命題が真の命題である場合でも,XがYによって限定されるということはありません。それでは一般に,否定文の命題が真の命題である場合に,主語と述語の間にどのような関係があれば,主語が述語によって限定されるのかということを考える場合には,XはYではないという命題が真の命題で,YはXではないという命題が偽の命題である場合には,むしろYがXによって限定されるのであるということを,動物と馬との関係から導いた場合のように,具体的に検証して帰納的に考察するのが最も容易な方法であるといえるのではないかと思います。
 そこで同様に,動物の場合と馬の場合で考えてみます。まず,動物の場合,動物というあるカテゴリーが,このカテゴリーに属するものによって限定されることはあり得ません。しかしこのカテゴリーは,別のカテゴリーによっては,そのカテゴリーではないという意味で限定されるでしょうし,また,そうした別のカテゴリーに属するようなあるものによっても,そのものを動物というカテゴリーのうちには含まないという意味で限定されるといえると思います。
 そこで,たとえば,動物は植物という別のカテゴリーによって限定されると考えられ,またその植物というカテゴリーに属するような,たとえば桜によっても限定されるということになるだろうと思います。

 これまでとは別の苦労がありましたが,今日も何とか。
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王座戦&等価性がない場合

2007-09-06 23:25:44 | 将棋
 王座戦五番勝負第一局。第一局ですので振駒。その結果,先手は久保利明八段となり,早石田を目指しました。注目されたのは羽生善治王座の作戦ですが,四間飛車。相振飛車になりました。
 今日は親類の葬式で,帰って5時くらいから観戦できました。この段階では後手の矢倉は矢倉とはいえないような形でしたし,先手の穴熊もほころびのある形でしたので,僕にはどちらがよいのかまったく分かりませんでしたが,検討陣の評判は,先手が有望であったようです。
 夕食休憩を挟み,69手目の▲6四歩の取り込みが指されたところで後手が長考。僕の想像ですが,ここで羽生王座はある程度の目算を立てたのではないかと思います。指された手は攻め合いを目指す△1七歩成。ここから△2七歩成も利かせて,74手目に△4五角と金銀両取りをかけました。控え室の評判も,このあたりでは後手よしになっていて,あるいはここではもう後手の勝ち筋に入っているのかもしれません。
 この後,馬を切って90手目に△3九銀。ここから先手が王手の連続で迫り,97手目に▲6八飛と王手で逃げられるのはドキッとする感じでもありますが,ここで△6七歩が最後の決め手。先手はさらに迫りましたが届かず,羽生王座の先勝となりました。投了以下,▲6三銀△5一玉▲6一馬から盤面の左側に逃げられてしまいます。
 79手目の▲3三馬は,結果的にみると少し緩い手であったように感じられますので,65手目に▲2二角と打って,後手の端攻めの根元の香車を取りにいったのが先手としてはどうだったかという気がします。

 XはYではないという命題が真の命題である場合でも,少なくとも,主語であるXと述語であるYに,数学の左辺と右辺にあるような意味での等価性がない場合には,XがYによって限定されるということがないということは,否定と限定の関係からすでに明らかになったといえると思います。したがってこれを一般的にいうなら,あらゆる限定が否定であるのだとしても,あらゆる否定が限定であるとはいえないということになります。
 それどころかむしろ,この関係は,XはYではないという命題が真の命題であり,逆にYはXではないという偽の命題であるような場合には,Xをあるひとつの全体と考えた場合には,Yはその全体の一部を構成するという関係にあたりますから,むしろ命題においてはYによって否定されているXの方が,同様に命題においてはXによって否定されていないYを限定するという関係になっています。したがって,単にXはYではないという命題が真の命題であるというだけでは,XがYによって限定されるといえないばかりでなく,むしろそれが真の命題であるから,Xの方がYを限定する場合もあると考えなければならないことになります。
 よって,無限は有限ではないという命題が真の命題であるというだけでは,無限に対する有限による否定が成立しているとはいえないということになります。そこで,否定文の命題が真の命題であるとき,どのような場合にそれが主語に対する述語による否定であるのかをもう少し検討してみなくてはなりません。

 今日はなぜか快調に投稿できました。
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女流王位戦&否定と限定の関係

2007-09-05 23:50:20 | 将棋
 女流王位戦の挑戦者決定戦。
 振駒で先手になったのは矢内理絵子女流名人。これに対して石橋幸緒女流四段はごきげん中飛車。先手は丸山ワクチンで対抗しました。
 結果的にいうとこの将棋,序盤の折衝で勝負の大半が決してしまいました。丸山ワクチンに対しては向飛車に振り直すのが後手の常套手段ですが,2筋からの反撃に対して先手が32手目に▲2七歩と受けたところでは早くも作戦負け。感想戦によればさらにこの後,53手目に▲6五歩と仕掛けてでたのも悪く,ここは千日手にするよりなかったそうです。ただ,先手の方から千日手を目指すというのは,指している方ももちろんでしょうが,観戦している方としてもあまり面白いとはいえません。
 この後,先手はまったくよいところがなく,94手目の△5八との局面では後手が金得でと金ができて馬もいるというほぼ必勝の形勢。さらに進んで102手目の△2六歩も慎重な一手で後手の快勝となりました。
 これで石橋四段が挑戦権獲得。矢内名人は名人獲得以降,女流の公式戦ではリーグ戦や番勝負を除くとほとんど負けていませんでしたので,それにストップをかけたという意味でも石橋四段には大きな1勝であったといえるのではないかと思います。

 明日は王座戦五番勝負の第一局。久保利明八段は間違いなく振飛車ですので,戦型の選択権は羽生善治王座にあるといえそうです。

 動物と馬との関係を命題で示せば,動物は馬であるというのが偽の命題で,馬は動物であるというのが真の命題です。したがって,これを否定文の命題で表すと,動物は馬ではないは真の命題となり,馬は動物であるというのは偽の命題であるということになります。
 そこでこれを限定と否定との関係で考えてみれば,あらゆる限定が否定であるということと同様に,あらゆる否定が限定であるということもまた正しいと仮定する限り,動物は馬によって否定されているので,動物が馬によって限定され,馬は動物によっては否定されないので,馬が動物によって限定されるということはないということになります。
 ところが,一見して分かるように,こうしたことを主張するのは明らかに不条理だと思います。なぜなら,馬というのは動物の一種類なのであって,仮に動物というのをひとつのカテゴリーとして概念し,これをある全体とみなすならば,馬はこの全体の中の一部分を占めるわけです。つまり,動物が馬によって限定され,馬は動物によっては限定されないと主張するのは,実に全体がその一部分によって限定され,部分は全体によっては限定されないと主張しているようなものなのです。しかし,全体はその部分の集合ですから,その部分を含み,かつその部分よりも広きにわたります。したがって,部分が全体によって限定されるのが本当であって,全体が部分によって限定されるなどということがあろう筈もありません。よって,否定と限定との関係に関しては,さらに詳しくこれを考察してみる必要があるといえそうです。

 パソコンがかなり不調です。今日は何とか投稿できましたが,明日以降,急に休む可能性もありますのでご了承ください。
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竜王戦&動物と馬

2007-09-04 23:08:58 | 将棋
 竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第一局。振駒の結果,先手となったのは木村一基八段でした。
 佐藤康光二冠の作戦は一手損角換り。先手が1筋の位を取って右玉にし,35手目に▲6六銀と出て8筋を交換させ,39手目に▲4五歩から仕掛けました。
 観戦は夕食休憩の後から。60手目に△3三桂と打ったところで,先手が長考。指されたのは▲5六銀でしたが,ここから進んで76手目に△3二玉と逃げた局面ではどうも有力な攻めが続きそうな局面ではなく,後手が優勢になっていると思われます。
 ここから先手も何とか細い攻めを繋ごうと奮闘したのですが,94手目に△4六香で後手に攻めの手番が回り,ここから一気に押し切って佐藤二冠の先勝となりました。
 結果的にみてみますと,先手の仕掛けが無理だったということなのでしょう。46手目の△3三桂が受けの好手で,どうもこの段階で先手がやや不利であったということなのだと思います。木村八段がやや無理気味の攻めをして,佐藤二冠がそれを丁寧に受け止めて勝つという展開には少々意表をつかれました。
 第二局は14日に指される予定になっています。

 明日は女流王位戦の挑戦者決定戦があります。こちらは一発勝負。石橋幸緒女流四段の方が17勝14敗と,対戦成績では矢内理絵子女流名人をリードしています。

 XはYであるという命題があるとき,XとY,すなわち主語と述語との間に等価性がないとはいっても,それは絶対にないという意味ではなく,もちろん等価性がある場合,すなわち主語と述語を入れ替えた場合にも,それがともに真の命題,あるいは偽の命題として成立するという場合もありますし,あるいはそういう場合の方が多いかもしれません。ただ,ここで重要なのは,こういう文章命題の場合には,数学の左辺と右辺の関係の場合とは異なって,等価性があるということを絶対的な前提として据えることはできないということです。
 それでは,等価性がない場合を具体的に示してみます。馬は動物であるという命題があるとすれば,この命題は明らかに真の命題です。そこでこの命題の主語と述語を入れ替えた,動物は馬であるという命題はどうかといえば,これは,その意味を正しく理解できると仮定すれば,動物一般なるものはすべて馬であるというようにしか理解できません。よってこれは,真の命題か偽の命題かを明らかにできるなら,偽の命題であるということになるでしょう。つまりこの場合,主語と述語との間には等価性がありません。
 これは,否定文の命題で考えても同じです。馬は動物ではないという命題は,明らかに偽の命題であるといえます。しかしこの命題の主語と述語を交換した,動物は馬ではないという命題は,意味としてはすべての動物が馬であるというわけではないというように理解できますから,今度は真の命題であるということになります。そしてこういった関係が,実は限定と否定との関係に,ある問題を生じさせてしまうのです。
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将棋のサイト&等価性

2007-09-03 21:32:47 | 将棋トピック
 ブログについて紹介しましたので,僕がよくいく将棋関係のサイトも紹介します。
 まずは日本将棋連盟。対局結果と今後の対局予定を知るのに便利です。メールマガジンも発行しています。ほかに関西将棋会館も。関西所属の棋士についてはこちらの方が便利かもしれません。
 女流は日本将棋連盟の女流棋士会と新団体である日本女子プロ将棋協会(LPSA)。LPSAもメールマガジンを配信していて,メールマガジンの内容だけでいえば,日本将棋連盟のものより優れていると思います。
 順位戦関係のデータを調べるのであれば将棋順位戦データベースが便利。過去に遡って調べることができます。また,棋士個人の成績を調べたい場合には棋士別成績一覧。実はここが僕が最もよく利用し,それだけ重宝しているサイトです。このサイトからもメールマガジンが発行されています。
 主な対局の結果だけを知りたいのであれば,週刊将棋のDAILY NEWSで十分。対局以外のニュースも掲載されます。
 最後に動画サイトの将棋ニュースプラス。ニュースだけでなく棋譜の解説や様ざまな企画が用意されています。毎週金曜の更新。これはBIGLOBEストリームのコンテンツのひとつで,このストリームの中にはほかにも多くの動画があります。週刊将棋ニュースプラスのページから探せますので,将棋には興味がないという方もどうぞ。

 明日は竜王戦挑戦者決定戦三番勝負第一局。戦型がどうなるかは別にして,佐藤康光二冠と木村一基八段であれば,佐藤二冠が積極的に主導権を握って攻め,木村八段がそれを受け止めるという展開になりそうです。佐藤二冠は早指しとはいえ昨日石川県の七尾で対局(相手の二歩で反則勝ち)でしたので,スケジュールはややタイトです。

 岐阜記念の決勝もあります。並びは武田-飯島の茨城栃木に望月-松坂の南関東,坂本-小野の九州に三宅,地元の浜口は自在戦で,これに和泉田がつけます。武田選手にかなり有利な組合せに思えます。

 限定と否定との関係については,ひとつだけ注意しておかなければならないことがあります。あらゆる限定が否定であるということについてはその通りであるとしても,だからといってあらゆる否定が限定であるということには必ずしもならないということがそれです。
 論理学,あるいは僕が論理学の基礎となるべきであると考えている数学の世界では,もしもX=Yという関係が成立すれば,Y=Xもまた同時に成立します。この場合,XとY,すなわちイコールの左辺と右辺の間には完全な等価性があるからです。ところが最も単純な文法論における文章命題の場合には,このことが成立しません。つまりXはYであるという命題が真であるからといって,YはXであるという命題もまた絶対に真であるということにはならないのです。あらゆる限定は否定であるということが正しくても,あらゆる限定が否定であるということには必ずしもならないということにも,この点が影響していると思います。
 これは文章命題が否定文であっても同様です。つまりXはYではないというのが真の命題であるからといって,YはXではないというのも真の命題であるかといえば,必ずそうであるというわけではありません。つまり,数学の世界の右辺と左辺には等価性があるのですが,文法論においては,XはYであるというときのXとY,すなわち主語と述語との間には,必ずそれと同様の等価性があるというわけではないのです。
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天下布武賞&有限による否定

2007-09-02 22:11:30 | 競輪
 岐阜記念2日目優秀の天下布武賞(動画)。
 前受けになったのは渡部選手。3番手に平原選手,5番手に志智選手,8番手から海老根選手で周回。残り2周のホームから海老根選手が上昇,バックで渡部選手を抑えると,ここを追走してきた平原選手が叩きました。志智選手はこのラインを追走したので3番手,海老根選手が6番手。8番手に置かれる形となった渡部選手が打鐘から仕掛けると,ホームで武田選手の牽制をかいくぐって平原選手を叩いて先行。しかし平原選手はうまく番手の山内選手をどかして番手にはまりました。3番手の外を武田選手と併走となった山内選手がバックで追い上げをみせると,この動きに乗るような感じで志智選手が発進。ごちゃつく先団を尻目に捲りきると,このラインが出きって直線勝負。志智選手が1着,浜口選手が2着,玉木選手が3着と,並びのまま地元岐阜勢の上位独占が決まりました。
 平原選手の先行とみた志智選手がうまくこのラインを追走していったのが上位独占の一番の要因。前が少しもつれたのも幸いしました。
 ほかでは,平原選手を叩いてみせた渡部選手と,叩かれながらもうまく番手に入った平原選手の動きも印象的でした。

 文法論において,XはYではないという否定命題の方をここで中心的に考えてみるのにはある理由があります。それは,まず無限であるものは有限である,あるいは端的に無限は有限であるという命題が,真の命題であるか偽の命題であるかということを考えてみたいからです。
 一見して理解できるように,これは明らかに偽の命題です。これはとくに説明するまでもないことでしょうし,そもそもここでは,自然のうちに実在するものは,無限なものとして実在するか,そうでなければ有限なものとして実在するかのどちらかであるということを前提に,有限ではないものについてはそれを無限であると考えているわけですから,無限なものは有限であるという命題が,真の命題であり得る筈もありません。
 そこでこの命題が偽の命題であるということについてはこれでよいとして,この命題が偽の命題であるならば,この肯定文の命題を否定文にすれば,それは逆に真の命題であるということになります。つまり,無限なものは有限ではない,あるいは単純に無限は有限ではないという命題は,真の命題であるということになります。これについてもおそらく異論はないのではないかと思います。
 ところが,これだと少し困った事態が生じてしまいます。すなわち,限定と否定との関係においては,XはYではないという命題が真の命題であれば,XはYによって否定され,これがXはYによって限定されるということを意味するのです。したがってこれだと,無限は有限によって否定され,限定されることになります。ところが何かほかのものによって限定されるものが無限であるというのは,それ自体で不条理です。この問題が,おそらくこのテーマの最大の問題ではないかと思うのです。
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女流棋士のブログ&文法論

2007-09-01 20:45:35 | 将棋トピック
 昨日の続きで今日は女流棋士のブログで僕が頻繁にチェックしているものを紹介します。
 まず矢内女流名人。これは山崎七段と同じで,厳密にはブログとはいえず,更新の頻度も高くありませんが,文章を読んでいると,棋力だけでなく人柄も第一人者に相応しいものがあると感じます。
 矢内名人と昨年度のレディースオープンで決勝を戦った里見女流初段は,井道女流1級,室田女流1級と3人で。これはこの3人が関西に所属していたためのひとつの企画。それ以前の企画でブログをやっていた村田女流初段は,現在は独自に開設しています。
 新団体の独立に奮闘したのは石橋女流四段。新団体移籍組はほかに中倉彰子女流初段と中倉宏美女流初段の姉妹,北尾女流初段もブログをやっています。
 一方,その独立に際しては残留を目指すグループの中心を担ったのが古河女流二段。残留組ではほかに船戸女流二段,野田澤女流1級,坂東女流2級もブログをやっています。また,安食女流初段には,ともに将棋教室をやっている奨励会員の天野三段との共同ブログがあります。
 僕がチェックしているのはこれくらい。僕の印象ですと女流棋士は男性棋士に比べると,指した将棋の内容について解説することが少ないように思います。

 明日は岐阜記念の2日目優秀の天下布武賞が行われます。並びは平原-武田の関東,海老根-松坂の南関東,志智-浜口-玉木の地元岐阜,山内は地元とは別ラインで渡部の番手で4分戦。ライン強力なのは関東勢ですが2車でどうでしょうか。

 ここまでは事物が無限であるということ,また有限であるということについて,原則的に実在的な観点から考えてきたわけですが,ここからは,やや形式的に考察していくことになります。というのは否定の問題というのは,これはもちろん肯定の場合もそうなのですが,第一義的にはある文法的な問題として僕たちの目前に現れるからです。
 まず基本的に,XはYではないという命題があり,この命題が真であるとき,僕はXがYによって否定されると解釈します。この解釈はさすがに問題がないのではないかと思います。そこで限定と否定との関係からして,これは,XがYによって限定される,あるいはXはYによって有限であるという意味になります。これを逆に考えれば,もしもXはYではないという命題が成立しない場合,いい換えれば,XはYではないという命題が常に偽であるとき,Xは無限であると,文法上は考えられるということになると思います。
 なお,XはYではないという命題が真であるということは,同時にXはYであるという命題が偽であるということを意味しています。よって逆に,XはYではないという命題が偽であるなら,XはYであるという命題が真であるということになります。ここでは限定,すなわち事物が有限であるということと,文法上の否定との関連から考察していきますので,事物が無限であるということと,文法上の肯定との間にある基本的な関係がどのようなものであるかということは示しません。ただ,ここでは自然のうちに実在するもののうち,有限ではないものについてそれを無限であると規定しているのであって,これはちょうど,否定命題が真ではないということが肯定である,つまり肯定命題が真であるということに対応しているという点にはご注意ください。
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