昨晩の第12回優駿スプリント。
発馬がよかったのはスタースタイル。3頭が追いかけていき,逃げたのはジョーストーリー。スタースタイルが2番手で3番手にエスポワールガイ。4番手にポッドヘイロー。さらに5番手のプライルード,6番手のスティールルージュ,7番手のフィリオデルソルまでは一団で続きました。4馬身差でミゲルとトップアメリカン。2馬身差でブエラプーラ。その後ろにヒストリックノヴァとエミーブレイズの2頭。さらにカプティフとティアラフォーカスが併走で続きその後ろにメンタイマヨ。2馬身差の最後尾にクラサーベルという隊列。前半の600mは34秒7のハイペース。
直線の入口ではジョーストーリーとスタースタイルが雁行。プライルード,道中で追い上げてきたティアラフォーカスの順で追走。ジョーストーリーはすぐに一杯。スタースタイルの外からプライルードが楽々と並び掛けて先頭に。そのまま抜け出したプライルードが快勝。馬群を縫うように追い上げてきたのがエスポワールガイで,外から追撃したのがミゲルとフィリオデルソル。この3頭は2着争いとなり,2馬身差の2着にはエスポワールガイ。フィリオデルソルが半馬身差で3着。ミゲルが4分の3馬身差で4着。
優勝したプライルードはこれが2勝目で南関東重賞初制覇。デビューは北海道。3戦だけで南関東に転入し,兵庫ジュニアグランプリ,全日本2歳優駿と連続で3着。今年はクラシックを目指しましたが羽田盃で大敗を喫し,東京ダービーには進まず,こちらに出走。この結果から,クラシックで苦戦したのは距離の影響だったということになるでしょう。まだそれほどレースを使っているわけではなく,上積みも見込めるでしょうから,スプリンターとしては出世が見込める馬だと思います。父は2015年のJRA賞で最優秀4歳以上牡馬に選出されたラブリーデイでその父はキングカメハメハ。母の父はサクラバクシンオー。ふたつ上の半姉が2019年にローレル賞を勝っている現役のブロンディーヴァでひとつ上の半姉が4月に福島牝馬ステークスを勝った現役のアナザーリリック。
騎乗した船橋の本田正重騎手は川崎マイラーズ以来の南関東重賞14勝目。優駿スプリントは初勝利。管理している藤田輝信調教師は南関東重賞23勝目。第6回以来6年ぶりの優駿スプリント2勝目。
なぜスピノザが倫理の規準として,能動actioと受動passioを規定しているのかということから考えていきます。僕はここにはある目的があったと思っているのです。それは,デカルトRené Descartesの哲学で示されている倫理の規準を否定するためです。
デカルトの哲学の倫理の規準は,精神mensと身体corpus,あるいはこれはデカルトの哲学では同じことを意味するのですが,理性ratioと欲望cupiditasです。精神によって身体を統御すること,理性によって欲望を統御することが,デカルトの哲学の倫理的規準です。したがって,精神によって身体を統御すること,理性によって欲望を統御することが,デカルトの哲学では倫理的に正しいことになるのです。
ところがスピノザの哲学では,これは不可能です。精神が身体を統御するということは,第三部定理二によって不可能です。また理性が欲望を統御すること,直接的に統御するということは,第四部定理七によって不可能です。ですから,たとえきわめて困難で,非現実的であるとしても,人間にとって不可能ではない,可能である倫理的な規準を示す必要があったのです。それが能動と受動なのであって,この点からすれば,スピノザが非現実的な倫理の規準を示したのも,止むを得なかったのではないかと思います。
だからといって,非現実的なものを非現実的なままに放置しておいてよいものではありません。それでは実際には何の規準も示していない,他面からいえば現実的に存在する人間は,倫理的に正しくあることができない,少なくとも事実上できないということをいっているだけであり,倫理について何かを語るということ自体がまったく意味がないこととなってしまうからです。
僕の見解opinioでは,スピノザはこの部分を,倫理的であるということを,倫理的であるようにみえるという観点に移すことによって克服しようとしているのです。簡単にいえば,能動的であるということはきわめて困難で,現実的に存在する人間にそれを要求することは非現実的であるけれど,実際には受動的であっても,あたかも能動的であるかのようであることを要求することは,非現実的なことではないということです。つまり受動の選別が倫理的に要求されるのです。
発馬がよかったのはスタースタイル。3頭が追いかけていき,逃げたのはジョーストーリー。スタースタイルが2番手で3番手にエスポワールガイ。4番手にポッドヘイロー。さらに5番手のプライルード,6番手のスティールルージュ,7番手のフィリオデルソルまでは一団で続きました。4馬身差でミゲルとトップアメリカン。2馬身差でブエラプーラ。その後ろにヒストリックノヴァとエミーブレイズの2頭。さらにカプティフとティアラフォーカスが併走で続きその後ろにメンタイマヨ。2馬身差の最後尾にクラサーベルという隊列。前半の600mは34秒7のハイペース。
直線の入口ではジョーストーリーとスタースタイルが雁行。プライルード,道中で追い上げてきたティアラフォーカスの順で追走。ジョーストーリーはすぐに一杯。スタースタイルの外からプライルードが楽々と並び掛けて先頭に。そのまま抜け出したプライルードが快勝。馬群を縫うように追い上げてきたのがエスポワールガイで,外から追撃したのがミゲルとフィリオデルソル。この3頭は2着争いとなり,2馬身差の2着にはエスポワールガイ。フィリオデルソルが半馬身差で3着。ミゲルが4分の3馬身差で4着。
優勝したプライルードはこれが2勝目で南関東重賞初制覇。デビューは北海道。3戦だけで南関東に転入し,兵庫ジュニアグランプリ,全日本2歳優駿と連続で3着。今年はクラシックを目指しましたが羽田盃で大敗を喫し,東京ダービーには進まず,こちらに出走。この結果から,クラシックで苦戦したのは距離の影響だったということになるでしょう。まだそれほどレースを使っているわけではなく,上積みも見込めるでしょうから,スプリンターとしては出世が見込める馬だと思います。父は2015年のJRA賞で最優秀4歳以上牡馬に選出されたラブリーデイでその父はキングカメハメハ。母の父はサクラバクシンオー。ふたつ上の半姉が2019年にローレル賞を勝っている現役のブロンディーヴァでひとつ上の半姉が4月に福島牝馬ステークスを勝った現役のアナザーリリック。
騎乗した船橋の本田正重騎手は川崎マイラーズ以来の南関東重賞14勝目。優駿スプリントは初勝利。管理している藤田輝信調教師は南関東重賞23勝目。第6回以来6年ぶりの優駿スプリント2勝目。
なぜスピノザが倫理の規準として,能動actioと受動passioを規定しているのかということから考えていきます。僕はここにはある目的があったと思っているのです。それは,デカルトRené Descartesの哲学で示されている倫理の規準を否定するためです。
デカルトの哲学の倫理の規準は,精神mensと身体corpus,あるいはこれはデカルトの哲学では同じことを意味するのですが,理性ratioと欲望cupiditasです。精神によって身体を統御すること,理性によって欲望を統御することが,デカルトの哲学の倫理的規準です。したがって,精神によって身体を統御すること,理性によって欲望を統御することが,デカルトの哲学では倫理的に正しいことになるのです。
ところがスピノザの哲学では,これは不可能です。精神が身体を統御するということは,第三部定理二によって不可能です。また理性が欲望を統御すること,直接的に統御するということは,第四部定理七によって不可能です。ですから,たとえきわめて困難で,非現実的であるとしても,人間にとって不可能ではない,可能である倫理的な規準を示す必要があったのです。それが能動と受動なのであって,この点からすれば,スピノザが非現実的な倫理の規準を示したのも,止むを得なかったのではないかと思います。
だからといって,非現実的なものを非現実的なままに放置しておいてよいものではありません。それでは実際には何の規準も示していない,他面からいえば現実的に存在する人間は,倫理的に正しくあることができない,少なくとも事実上できないということをいっているだけであり,倫理について何かを語るということ自体がまったく意味がないこととなってしまうからです。
僕の見解opinioでは,スピノザはこの部分を,倫理的であるということを,倫理的であるようにみえるという観点に移すことによって克服しようとしているのです。簡単にいえば,能動的であるということはきわめて困難で,現実的に存在する人間にそれを要求することは非現実的であるけれど,実際には受動的であっても,あたかも能動的であるかのようであることを要求することは,非現実的なことではないということです。つまり受動の選別が倫理的に要求されるのです。
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