スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

マイルグランプリ&イブン・エズラ

2015-11-07 20:05:01 | 地方競馬
 4日の第22回マイルグランプリ
 好発はソルテ。リアライズリンクスが外から主張して上がっていきましたが,コーナーワークでソルテが譲らず,ソルテが逃げてリアライズリンクスが2番手からのレースに。やや競り合ったので一時的に開いた3番手はハーキュリーズとムサシキングオーの併走。1馬身差でトーセンアドミラル,半馬身差でインフォーマーが続きました。前半の800mは49秒2のミドルペース。
 3コーナーでソルテ,リアライズリンクス,ムサシキングオーが雁行に。この後のコーナーでリアライズリンクスは後退し,捲るように追い上げてきたのがインフォーマーとグランディオーソ。ソルテはずっと手応えに余裕があり,コーナーからは差をまた開いていき,逃げ切って楽勝。ムサシキングオーが3馬身半差で2着。直線で一旦は外のグランディオーソに出られたインフォーマーが差し返して3馬身差の3着。
 優勝したソルテは7月のサンタアニタトロフィーを勝った後で放牧に出されここが復帰初戦。南関東重賞4連勝で6勝目。1600mの南関東重賞だと相手になる馬がいません。能力的にはリアライズリンクスは対抗できると思いますが,逃げてこそ。ハナを譲らなかったのは鞍上の好判断だったと思います。この距離は手ごろな重賞がないのですが,南関東重賞ばかり使うのは少しもったいない気もします。僕は1400mより1800mの方がいいと考えているので,1400mに出走の場合は,別の馬を狙ってみるのも馬券上はありだと思っています。父はタイムパラドックス。祖母のはとこに2003年の新潟ジャンプステークスを勝ったマルゴウィッシュ。Sorteはイタリア語で運命。
 騎乗した金沢の吉原寛人騎手はサンタアニタトロフィー以来の南関東重賞制覇。マイルグランプリは初勝利。管理している大井の寺田新太郎調教師もマイルグランプリ初勝利。

 『ある哲学者の人生』には,1668年にクールバッハ兄弟の兄,アドリアンが出版した『百花繚乱の園』の内容が断片的に紹介されています。
                         
 その中でまず注目に値するのは,アドリアンが旧約聖書に関して,神が起源であるということを否定し,人間がなしたことであったとしている点です。これは現代では驚くような主張ではないでしょうが,聖書の神的起源を否定することは、当時としては大胆な主張であったかもしれません。そしてアドリアンは,それが人間の仕事であったというとき,多くの著述をひとりの人間が編纂したものだと主張しています。その人物の名前がエスドラスとされていて,これはイブン・エズラという人物の呼び名のひとつなのだそうです。
 『神学・政治論』の第八章では,旧約聖書のうちのモーセ五書,ヨシュア記,士師記,ルツ記,サムエル記,列王記の起源が探求されていて,これが本人の著作ではないということが,それらの記述内容を参照することによって示されています。そしてスピノザはこれらの著者はひとりだけであったとし,その人物として,もしもそれを聖書の中に求めるのであれば,イブン・エズラ以外にはだれもいないと結論しています。明らかにアドリアンとスピノザが同じ主張をしていると解してよいでしょう。
 『百花繚乱の園』が出版されたのは1668年で,『神学・政治論』が世に出たのはその2年後の1670年のことです。つまりアドリアンは匿名で出版された『神学・政治論』を参照して,旧約聖書の編纂がイブン・エズラの仕事であったと主張したのではありません。したがって,アドリアンとスピノザの間には,神学に関してかなり深い議論があったと考えておくのが妥当でしょう。もちろん有能な研究者が別個に研究して同一の結論に至るということはあり得ることではありますが,この当時の旧約聖書の研究について,たまたま同時期に,しかも知り合いであったふたりが個別に研究して同一の結論を導出するというのは,可能性としてきわめて薄いといえると思います。
 こうした議論があったことは,『百花繚乱の園』の別の部分からも類推することが可能です。

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