38歳からの百姓志願~実践編。

霊峰・石鎚を仰ぎ、瀬戸内の陽光を望む愛媛県西条市、「有機菜園 藤田家族」無農薬・無化学肥料の野菜と暮らし。

鯒と蕪、対米開戦77年。

2018年12月09日 | 農と暮らしの日記
地の鯒(こち)と畑の蕪のカルパッチョ。
かなり大雑把な姿の仕上がりですが。

鯒はおなじみのトロ箱で、300円+税。
大2(30cm、40cm)、中1、小2のうち、大2を使用。そのアラは畑の大根と潮汁に。

紅白の蕪は薄切りで塩もみしたのをぎっしりと敷き詰めて。
オリーブオイルに醤油とわさびを混ぜた和風で。
緑は蕪の葉。



金・土・日の記録。
木曜の雨のあと、一気に気温が下がって1月上中旬並みとか。朝の最低気温が3~4℃、日中の最高気温が10℃ちょっと。
雲が多いので、霜は降りていない。

金曜、曇り。朝いちで臨時の野菜セット1個を収穫・荷造り。
午前中、千葉から移住先検討中の方が市役所の案内で畑に見学来訪。
午後は主に机仕事。

土曜、曇り一時日差し。対米開戦から77年。
畑に残っていた九条葱の苗を庭先で調製、午後に定植。
小麦の条間中耕、残りの半分も。

日曜、曇り一時日差し。
午前、飯盛会でスポーツ少年団の空き缶拾いのお手伝い。収穫前半。
午後、トンネルをまた1本。空豆の中耕。収穫後半、日没後に明朝出荷分の荷造り。



土曜の夜、鯒と蕪を調理しながら古いカセットを聴いた。
学生時代の終わりか就職したての頃にレンタルレコードから複製したもので、タイプライターで打った演奏日を見ると当時はほぼ新譜のタイミングだったようだ。

その月日がたまたま渚の誕生日と同じだったので、計算すると渚の生まれるわずか11年前だったのに驚いた。
冷静に考えるとそうではないのだけど、学生時代は大昔で、子どもたちが生まれたのは最近のこと、という感覚がある。

ハワイ攻撃は自分の生まれる26年前。
敗戦後、すでに73年が過ぎた。
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