tyakoの茶の湯往来

日常生活の中から茶道の事を中心に、花の事、旅の事、そして、本や写真の事など、気ままに書いて見ようと思ってます。

夏休みも終り

2011-08-31 18:36:17 | 日常雑感
今日は、台風が近づいている為か、時々生暖かいような風が吹いておりました。長かったような短かったような夏休みが今日で終わりになります。
昨日は意気込みは良かったのですが思いどうりの写真にならず、最後まで残った写真を載せましたが、自分のブログを見て情けなくなってしまいました。気を入れ直して、大好きな花の写真で8月を締めようと思います。


サギ草

今、我家で一番華やいでいる花です。と意気込んでみましたが、やはり上手く撮れません。
こんなところでご容赦いただいて、今月のブログはお仕舞いにいたします。
来月からは、お茶のことなどを少しづつ書いてゆこうと思っております。
コメント (2)

日食のようなひまわり

2011-08-30 18:44:20 | 日常雑感
今日も一日晴れておりましたが、一時のような暑さはなく、秋の訪れを感じさせます。
夏の花の代表はひまわりだと思っておりますが、やはり咲いている花も何とはなしに一時の華やぎがありませんでしたが、何枚か撮って見ました。



逆光に合わせて15枚ほど撮って見ましたが、やはり日食には無理があったようです。試みは良かったと思っておりますが、腕(写真撮影)のが伴なわなかったようです。
次は、もう少し工夫して撮ってみようと思います。
コメント (2)

待望の鷺が飛び始めた

2011-08-29 18:48:50 | 日常雑感
今日は夏の日差しが戻って来ましたが、爽やかな一日でありました。
今朝、何時ものとおり野草棚に水をやりに行くと、可愛い鷺が2羽飛んでおりました。3月に植え込んだサギ草が5ヶ月経ってやっと咲き始めたのです。


見事に咲き始めました

サギ草は北海道、青森を除く日本各地の湿地に自生する野生ランです。
小さな球根から4月下旬頃に地上に芽を出し、早いところでは、7月中旬頃から伸びた茎の先に、写真のように白鷺を思わせる純白の花を数輪咲かせます。


別の鉢のサギ草

そして、今年、花を咲かせた株と球根は、秋にはすべて枯れ、新しい球根が来年再び花を咲かせます。
夏は水さえ忘れずにやっていればそれほど手を掛けることはありませんが、やはり、越冬が難しく、水をやり過ぎて凍らせてしまったり、適度の水を忘れてしまったりして、球根を枯らしてしまったりする事が多いいようです。

サギソウの花言葉は「夢でもあなたを想う」だそうですが・・・。


コメント (2)

禅語「行雲流水」

2011-08-28 18:53:41 | インポート
今日は久しぶりに青空がいっぱいに広がり、夏らしい一日になりました。それでも風向きにより雲に覆われたり、晴れ間に変わったりと、一頃の夏の勢いはなくなって来ているようです。
形を刻々と変えながらゆっくりと動いている雲を見ながら散歩をしている事が好きな私は、禅語の「行雲流水」という語句が大好きで、よく床の間に掛けております。


「行雲流水」

行雲流水は、行く雲のごとく、水の流れのように悠々と自在に場所や形を変え、一処不在、無執着、自由に生きる姿だそうで、修行僧のことを雲水という言葉は、これに由来すそうです。
また、出典は、宋の蘇東坡の「答謝民師書」だそうですが読んだことはありません。

でも、そんな難しい事はさておいて、この軸に出合ったら、網代笠を被ったお坊さんでも、ローカル列車に乗っての一人旅でも、又は、見知らぬ街をぶらぶらとしていたり、そんな事を自由に思い描いて楽しめばそれでいいのではないかと思います。
行雲流水、この軸は目の前を一気に明るく、広やかにしてくれるといつも思っております。
コメント (2)

ミズヒキの咲く頃

2011-08-27 19:04:56 | 徒然日記
家の周りに植えた覚えもないのにミズヒキがたくさん咲いております。


群生しているミズヒキ

この花は、単独では寂しすぎる花ですが、多数の花の中に入れると俄然存在感を発揮する珍しい花です。
日本では、北海道から九州までいたるところの山や丘などの小路に見られますが、他国では、中国やチベットに見られる程度だそうです。



ミズヒキを漢字で書くと水引。
水引とはご存知のとおり、進物用の包紙などを結ぶのに用いる中央で染め分けされた紙糸のことです。祝事などに用いられる紅白のものがお馴染みだと思います。

ミズヒキに水引という名前が付けられたのは、この花が上から見ると赤く、下から見ると白く見えることからの命名だそうです。
先人の観察力に脱帽です。

ミズヒキには、白い花の「ギンミズヒキ」黄色い花の「キンミズヒキ」とありますが、種はそれぞれだそうです。






コメント (2)

夕立は馬の背を分ける

2011-08-26 19:35:32 | 日常雑感
今日も天候が不安定な一日となりました。雲の動きも早く突然暗くなって雨が降り出したり、風を伴なった横殴りの強い雨になったり目まぐるしい日でもありました。


煙突から出ている煙のような雲

晴れていたのに、きゅうに暗くなって来たので庭に出てみると、北から南へ移動している煙のような雲を発見。慌ててカメラを取りに家に飛び込み、そして撮った写真です。(最初に見たのと少し違う)

何枚か撮っている内に、雲の形は見る見る変わって行きます。黒いかたまりになってこちらにやって来るのが分かります。


近づいて来るのが分かります

あたりが暗くなり始めると、ポツポツと当たると痛いような雨が降り出して来たのでたので、家の中に避難しましたが、ホットする間もなく凄い雨が風を伴って家を叩き始めました。
怖いような雨でしたが、10分もしないうちに、降っていたのを忘れてしまうようにパタリとやんでしまいました。

青空がのぞき始めたので散歩に出かけてみると、百メートルも行かない道路が雨の降った様子が全くありません。これには驚きました。
「夕立は、馬の背を分ける」といいますが、あの雲が通ったところだけがあの雨が降ったのではないか、とそんな感じがしております。

コメント

加藤八洲著 「私の旅 花曼陀羅」

2011-08-25 18:45:13 | 本棚の中から
今日は雨模様の一日でありました。ちょっと楽しい本を紹介したいと思います。


加藤八洲著 「私の旅 花曼陀羅」

この本は、版画家であり随筆家でもあった、加藤八洲さんの「旅と花」だけを取り上げた「私の旅 花曼陀羅」です。
加藤八洲さんは、1997年に逝去されるまで、版画家として活躍され、その作品は、ウィーン・ドイツ・オランダ・ニューヨークなど世界中の美術館に所蔵されております。

著者は、この本の中で、出合った人々を的確に捉え、ユニークな表現で文章にしております。

利尻島に行くくだりなど、そこに居る様な錯覚を覚えるほどの名調子で書いております。

大しけに遭い、ドサ廻りの劇団一行と同船になり、待合室を独占しての傍若無人振りを皮肉り、乗船後に、その劇団の人気女優達が派手な小間物店を開いて苦しんだとか、ドサンコの鍛冶屋さえすっかり船酔いで弱っている。といった風に、船旅を実に面白く描いております。

また、アラスカ覚書のところでは、「あてがわれたホテルに篭っていても意味がないので、夕食タイムまでその辺を歩いてみる。放浪するでは物騒だが、逍遥すると書けば文学的になる。」と一人ホテルから抜け出して散策(本では放浪)したことなどを書いております。
そして、雪の旅では、「まだ生きるつもりか春の種をまく」や「寝たきりへ長生きしてねという他人」とこんな句を書いております。

雨で外室もままならない方は、こんな楽しい本を読んで見てはいかがでしょうか。

コメント (3)

山の小さな教会を後にして

2011-08-23 19:45:08 | 徒然日記
山の小さな教会の続きです。
朝食後、教会内にある温泉を楽しんでから帰路につきました。
教会のある、湯の小屋温泉も時代の流れか廃業する旅館や民宿が増えたそうで、放置された家屋が目に入ります。


放置された民家とお墓、そして畑

写真の家も人が離れてからの歳月を物語るかのように、屋根も朽ち果てており、家の周りの畑であったであろうと思われる広い土地は、その様子さえ想像できないほどの「芒が原」と化しておりました。
そして、手前のお墓ですが、お盆を過ぎて尚、草に埋もれている光景は見るに耐える事が出来ないほど悲しいものがあります。

でも、附近には、秋の花々が、墓守をするかのようにたくさん咲いており、墓に眠っている方達を守り、慰めしているような気すら感じてしまいました。


女郎花とノカンゾウ

この附近は冬になると、想像を絶するほどの積雪があり、旅館や民宿を営んでいるところはそれなりの人手が確保されおりますが、独居を強いられている方は、その負担だけでも相当なもので、とても生活をしては行けないそうです。

そんな話を聞くと、何んとなく納得している自分がおりますが、同時に、自分の無力さを痛感させられてもおります。
コメント (2)

小さな山の教会で

2011-08-22 19:44:33 | 徒然日記
昨日から友人のKさんに誘われて、湯の小屋温泉にある小さな山の教会に行って来ました。


山の教会

送られてきたパンフレットを見てビックリです。
世界的なチェロ奏者・ボーマン・ベアンテさんが、その教会に来訪して演奏会を開催するというものでした。

ボーマンさんは、スウェーデン生まれで、12歳からチェロを始め、ストックホルム王立音楽大学を卒業して、スウェーデン国立歌劇場の首席チェロ奏者を務めておりましたが、1980年から活動の場を日本に移し、東京交響管弦楽団客員首席チェロ奏者として活躍されている外に、今回のような伝道コンサートを通じて宣教の働きに携わっております。


演奏される・ボーマン・ベアンテさん

奥様のピアノの伴奏で演奏をされておりましたが、チェロだけでも、部屋の隅々まで響き渡る音色に酔いしれる事ができました。また、演奏された曲もどこかで聴いたような懐かしい曲ばかりでしたのでのなおさらのことです。

演奏が終った後の、コーヒーアワーの時に、ボーマン・ベアンテさんご夫妻を始め、教会の方々、そして、会場の皆さんに持参したお抹茶を差し上げたことは言うまでもありません。
特にボーマンさんはことの外喜ばれ、続けて2服も召し上がっていただきました。翌朝も、ボーマンさんに再び差し上げると、色んな話をした最後に「素晴らしい奉仕です。」と一言。何だか嬉しくなってしまいました。


山道で見つけた栗

帰路に着く途中の道には、たくさんのススキがありましたが、車が通うる度に、右に左にと大きくうねる光景は、秋を感じるには十分過ぎるほどの風景です。
季節は、着実に秋に向っておりました。

コメント (4)

源氏物語をお茶室に

2011-08-20 18:57:12 | 茶の湯
今日も過ごしやすい一日でした。昨日に続いて源氏物語を少し書いてみようと思います。
この物語を図案化したものに、源氏香というものがあります。


源氏香蒔絵棗 胴と蓋に源氏香が描いてあります。

客 お棗は   
主 源氏香蒔絵でございます。
客 お塗りは
主 謹斎でございます。
客 お茶杓のお作は
主 大亀老師の作でございます。
客 ご銘は
主 「昔語」でございます。
客 ありがとうございました。

このような会話から、お茶席の道具組などを想像いたします。このお席は「源氏物語を趣向にしての席だろうな・・」こんな風に、連想ゲームのように思いを巡らせて考えますと、お茶が、もっともっと楽しくなります。

源氏香も組香(数種の香を聞き分ける遊び)から生まれたもので室町時代に、茶道や華道などと同じ頃確立されたそうです。
組香は、和歌や物語などの主題によって香を組むもので、文学との繋がりが非常に強く、それだけに優雅な遊びになったといわれております。中でも、源氏香の人気が高く江戸時代には大変な流行り方だったそうです。

源氏香遊び方
使用される香は5種類で、各5包ずつあり、合計25包を用意します。
(右から左に向かって1.2.3・・・番目の香を表している)焚かれていく香を聞き、同じ種類の香を判断して縦棒同士を、横棒で繋ぎます。
例) 1番目は異香、2番目と3番目が同香、4番目と5番目が同香 → 「松風」になります。
25包の香を5包ずつ聞くので5回繰り返して行われ、こうして出来あがった図案を源氏物語の巻名で答え、正解率を競い合うといったゲームのような遊びです。

                     
                
棗の胴(松風)  棗の蓋(梅枝)  棗の蓋(野分)  棗の蓋(竹河)

例題のようにして行くと、「梅枝」は2番以外は同香ということになります。また、「野分」は、1番目と2番目が同香、3番目は異香、4番目と5番目は同香ということになります。そして、「竹河」はちょっと見え難いですが、1番目と5番目が同香、2番目、3番目、4番目が同香となります。
中々優雅でもあり面白い遊びです。

組み合わせのパターンは52通りあるので源氏物語の54帖のうち、第1巻の「桐壺」と最終巻の「夢浮橋」を除いた52帖の巻名が、それぞれの図案に付けられています。

源氏香の図は、その芸術性の高さから、着物や帯そして棗や茶碗、重箱などの道具類から、中には家紋として使用している家もあるそうです。

明日は泊まりで出かけますのでお休みします。



コメント