tyakoの茶の湯往来

日常生活の中から茶道の事を中心に、花の事、旅の事、そして、本や写真の事など、気ままに書いて見ようと思ってます。

ズイナが咲いて・・・

2019-05-20 17:15:41 | 庭の花

5月日20(月)

曇ったり晴れたりと変わりやすいお天気でした。

夕方には、ものすごい風が吹き出しております。

今日は月曜日ですのでストレッチ教室に行ってきました。

 

ハコネウツギ

ハコネウツギが真っ盛りです。

タニウツギ科タニウツギ属の低木で、日本各地の海岸沿いに自生しているそうですが、まだ見たことがありません。

そして何より不思議何が、箱根という名前を冠しているのに箱根にはあまり見られないという面白さです。

 

ズイナ

ユキノシタ科の低落葉木で、若葉をヨメナのように茹でて食べられるところから、ヨメナノキともいうそうです。

何年か前に下北半島を旅したとき、道路沿いに延々とこの木が花を咲かせていたことが印象的です。

 

ズイナ 

食べられると聞きますが、まだ食べたことがありませんので今度試してみようと思います。

我が家のズイナはかなり大株ですので、ひと籠くらいと採れると思います。

でも茹でたら、盗まれたようになってしまうと思います。

一株植えておくと便利に使えると思います。

特に紅葉がきれいですので、椿と会わせると素敵だと思います。

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軽井沢でお茶会を・・・

2019-05-19 18:02:01 | 茶会

5月19日(日)

青空は広がり、萌え出る山々・・・

さわやかな風の心地よさを感じながら、茶友が釜を懸けた軽井沢に行って来ました。

 

茶席へ

係りの方の案内でお茶席へ向かいます。

緑の中での竹の垣根の続く路地は、歩いた人だけが感じることができる期待と緊張が交差するワクワク感は、何物にも代えがたいものがあります。

 

茶席へ

飛び石を一つ一つ踏みしめながら、茶室に進みます。

木々の間から見えていた茶室が現れました。

小さな川を模したようなところに橋が架かりお茶室に着きます。

係りの方が待っていて、茶席の番号札を渡して入席です。

 

床の間

終わってから、一枚だけ撮らせていただきました。

いま、どこの茶席でも、スマホを取り出してパチリパチリと撮っている方が必ずおります。

お断りして承諾を得てからと思いますが、中々・・・

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岡崎宿から池鯉鮒宿まで・・・

2019-05-18 17:16:36 | 東海道五十三次の旅

5月18日(土)

今日も東海道五十三次の旅の備忘録になります。

二泊三日の東海道歩きも最終日になり、岡崎宿から知立宿に向かって歩き始めました。

昨日のゴール地点である八丁味噌の蔵元までバスで送ってもらってスタートです。

 

秀吉伝説

ここの味噌蔵からすぐのところに、矢作川が流れ、秀吉と蜂須賀小六の出会ったといわれる大きな橋が架かっております。

吉川栄治の太閤記では、この橋の上で二人は出会ったとされ、それが真実のように世の中に浸透しておりましたが、史実では、そのころの矢作川には橋が架かっていなかったということが分かっております。

 

雲龍松

街道沿いにある永安寺にひときわ目立つ松がありました。

上に伸びず、横に広がり東西17名m、南北24mという大きさです。立って歩くと頭がぶつかってしまいそうな高さでした。

江戸時代に、重い助郷役に苦しむ人々のために、その免除を願い出て刑死した柴田助太夫を弔うために建立され寺だそうです。

一見の価値あり・・・

 

東海道

松がところどこにポツンと建っている旧街道です。

家は建て替えおり、木曜日の10時ごろでしたがひっそりとしておりました。

 

根上りの松

広重の浮世絵にも登場している根上りの松です。

土手のようなところに生えていたので長年の雨風で土がなくなり根が幹のようになったそうです。

 

八つ橋伝説の公園

この公園は、業平伝説が生き生きと伝えられているところです。

平安時代末期の編まれた「伊勢物語」で有名な「東下り」の話の中に登場している。

三河の国の「八つ橋」という場所に着き休憩したところ、橋のほとりに美しく咲くカキツバタを見て、カキツバタの五文字を各句の頭において、旅の心を読んだと伝えられている場所です。

「から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる たびをしぞ思ふ」

 

在原業平の大きな墓所

この歌が「古今集」に在原業平の作として載せたところから、東下りの主人公は業平本人だと決めつけておりますが、業平が東下りをした事実もなく、八つ橋の場所すら明確でないという事が分かっております。

しかし、この物語を、多くの人々により語り継がれて来た伝承の場所は、ここ以外に当てはまるところがないという事で今に至っているそうです。

 

在原業平の墓

小高いところには業平の墓があり、地域の人たちの中には伝説の業平が生きているようです。

 

在原寺

在原業平の菩提を弔うための業平塚が築かれた折に、その塚を守るために御堂として建立したそうで、ひっそりとしておりました。

 

八つ橋

茶碗や棗などに描かれている八つ橋の光景です。

丁度「カキツバタ祭り」の最中のこともあり、大勢の観光客でごった返しておりました。

 

カキツバタ

この街道歩きで、カキツバタとアヤメの違いがやっと判りました。

花好きな私ですが、この違いが曖昧でしたが、決定的な違いを見つけましたので、もう間違うことはないと思います。

 

在原業平像

ここカキツバタの名所となっているのは、無量寿寺という妙心寺派の寺院です。

昔は、このあたりは湿地帯で小川が流れ、旅人は難儀をしたそうです。

そんな湿地帯に八つの橋を架けたことから八つ橋という名前がついたといわれております。

この地は、東海道から外れ鎌倉街道と呼ばれているとこです。

私たちは、ここを観光するために、寄り道をいた事になります。

 

来迎寺の一里塚

日本橋より84番目の一里塚で、塚の上には榎が植えられることが多いい中、この一里塚は松が植えられている珍しいところだそうです。

そして、この一里塚は街道の左右一対で現存する数少ない一里塚です。

松の元気がよくなかった・・・

 

池鯉鮒

池鯉鮒は、信長や秀吉が活躍する小説にはよく出てくる地名です。

この字を見たとたん、あのころ読んだ小説が懐かしく浮かんできました。

 

知立松並木

比較的きれいに残っている松並木です。

初和34年の伊勢湾台風で大半が倒れてしまいましたが、そのままにはしないで150本ほど補植したそうです。

こうしたところに着くと、誰もが一斉に元気が出ます。

カメラを取り出して、あっちこっち飛び回っておりますが、ナビゲーターは歩く速度を緩めてはくれませんので、シャッータを押しては、駆け足で追いかけて合流・・・こんなことをしながら歩いております。

この並木は、両側に側道があるのが特徴で、側道では馬市が開かれ、たくさんの馬が繋がれていたそうです。

この光景は、広重の浮世絵にも描かれております。

 

池鯉鮒宿

松並木が終わるころ、こんな碑が建っておりました。

 

マンホール

カキツバタのマンホールです。

 

マンホール

業平の和歌がデザインされておりました。

 

日本橋から

日本橋から国道一号線です。

旧東海道は、国道に合流したり離れたりしながら歩いておりますから、もっとキロ数は歩いていると思います。

今回は、この先の広場でゴールとなりました。

待っていたバスに乗って帰路につきました。

歩いた距離50.7キロ

歩いた歩数75.508歩でした。

 

 

 

 

 

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タチバナ草が咲いて・・・

2019-05-17 21:01:10 | 非常勤講師奮闘記

5月17日(金)

初夏のような一日でした。

今日は高等学校へ行ってきました。

授業が終わり家に着いたのが6時過ぎで、クタクタという表現がぴったりでした。

タチバナ草

庭の片隅でタチバナ草が咲いておりました。

橘の花に似ていることからの命名で、聞いたときすぐに納得いたしました。

花に水をやりながら、庭を見渡すのが一日の日課ですが、時々花を見逃しております。

さて、今日の高校の授業ですが、教科書に沿って30分、実技を30分、そして、みんなのお楽しみのお菓子とお茶をいただく時間30分という構成です。

教科書は、本に沿って行けば済みますが、実技は、全くの経験のない生徒たちですので、帛紗のたたみ方、懐へしまい方などです。

訳のわからない子たちに、たった30分で帛紗さばきを教えるのですから・・・何とも疲れます。

夕食を済ませやっと落ち着いたところです。

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大山蓮華が年々変わって・・・

2019-05-16 17:01:29 | 庭の花

5月16日(木)

朝から気持ちの良いほどの青空で、気温もグングンと上がっておりましたが、意を決して庭木の剪定をやりました。

 

大山蓮華

我が家の大山蓮華です。

前にも書きましたが、一重の大山蓮華を買ったのですが、我が家に来て数十年の歳月を重ねるごとに八重咲きの花が見られるようになり、今年は八重咲の花が多いいようです。

接ぎ木をした苗木でしたので、先祖返りという現象かもしれません。

一重の花が楚々としていて好きなんですが・・・

 

お菓子

庭仕事が終わった三時に頂きました。

汗をかき喉もカラカラでしたので、冷たいお菓子は何とも美味しい事。

 

一服

八つ橋の茶碗で一服頂きました。

先日東海道散歩で八つ橋伝説のところに行きましたので、今までと違った目で見られるという不思議さを感じております。

写真や伝承だけでは感じる事のできないものがある事をツクヅク感じております。

小説など書く方々が、現地に赴くというのはそういう事だったのでしょう。

 

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二年生も難関の引柄杓が・・・

2019-05-15 17:57:39 | 大學の稽古

5月14日(水)

青空が広がり、夏日を記録したところもあるとか・・・

今日も大学へ行ってきました。

 

床の間

いつものような、自然の光だけでお稽古をしております。

シルエットのような床の間ですが、花は、昨日と同じで、白花シランとミヤコワスレです。

 

二年生

二年生も引き柄杓ができるようになりました。

風炉のお点前の中で、誰もができずに頭を抱え込むのが引き柄杓ですが、二年生もやっと形になってきました。

 

二年生

小間と広間で同時にお稽古を始めた二人でしたが、どちらも引き柄杓が中々できなったのですが、一生懸命練習をしたお陰でできるようになりました。

後は、回数を重ねるごとに上手くなりますから、ここまで来れば全く心配はありません。

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美味しそうに点てる一服は・・・

2019-05-14 17:49:58 | K大學の稽古

5月14日(火)

朝から雲が広がっておりましたが、何とか降らずに持ちました。

今日は大学へ行ってきました。

 

花は、白花シランと江戸紫という銘の都忘れで、先日の我が家の初風炉と一緒です。

学生たちがしっかりと生けるようになりました。

 

お菓子

練りきりのお菓子で、見れば誰でもわかる「薔薇」だそうです。食べなくとも味がわかるお菓子だと思います。

 

一服

3時に出してくれました。

学生たちは、お茶を細やかに、美味しそうに点てます。

きっと、心の中で「美味しく点ちますように・・・」と念じているのだと思います。

新入生で入って来て、初めてお茶を点てるようになった時、誰にでも必ず言います。

「美味しく点ちますように・・・と、心で祈るように点てるの、決して、乱暴に点てない、怒りながら点てない、これが美味しいお茶を点てる基本です」

学生たちは、守ってくれているようです。

 

 

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藤川宿から岡崎宿まで・・・

2019-05-13 19:01:32 | 東海道五十三次の旅

5月13日(月)

今日も朝から快晴です。

月曜日ですのでストレッチ教室に行ってきました。

東海道散歩以来の運動でしたが気持ちの良い汗を流してきました。

今日も東海道五十三次の旅の備忘録の2日目です。

 

追分

この追分は、左は吉良街道、右が東海道です。吉良街道は塩の道として栄えていたそうです。

 

藤川の松並木

松は寿命が短いらしく、この松並木も植え替えられた若木が多く見られましたが、植え替えてくれるところは良いのですが、交通の妨げになると切り倒してしまう自治体も多かったと聞きました。道幅の広がっているところは、昔松が植えられていたところだと思って間違いありません・・・同行講師の方が力を込めて話しておりました。

この松並木は、1キロ続いておりました。

 

瀬渡

江戸時代は、ここを歩いて渡ったところで、いまでも渡れそうでしたが、「濡れると先が困りますから・・・」というナビゲーターに従いずっと迂回した橋を渡って渡りました。

 

東海道

瀬渡から街道に出ると、こんなのどかな道が続いておりました。

 

日本橋から

歩いてきました。

 

マンホール

「5万石でも岡崎様は、お城下まで船が着く・・・」そんなことを言われるほど有名だったそうで、その歌がマンホールになっております。

 

大岡越前守

講談や映画などでおなじみの大岡忠相の陣屋跡です。

見ると立派ですが、この門が建っているだけで中は何もありません。まるで、映画のセットのようでした。

 

大平の一里塚

日本橋より80番目の一里塚です。

この一里塚は、往時の面影を残しており、私たちのような街道歩きを楽しんでいる人にとってはうれしい光景です。

大岡越前守所領に残っていたというのがとても良いと思います。

 

一里塚

全体を撮ってみました。

中々こうした一里塚は見ることができませんので・・・

 

岡崎宿(レプリカ)

岡崎の宿場に入りました。

ここは家康の生誕の地ですので、どこへ行っても家康一色です。

 

城下町の27曲り

宿に入るとすぐに、27曲がりが始まります。

徳川家康が江戸に入ると、秀吉は、田中吉政を岡崎城に移して、家康に対しての防御策を作らせますが、この27曲がりも攻め上って来る家康軍を想定しての防御道だったそうです。

そんな田中吉政は、関が原の合戦の時には家康方に付、石田三成を捕らえるという皮肉な手柄を立てた人物です。

 

お茶壺道中

徳川家光が制定した御茶壺道中は相当なもので、城下に入ると家老が出迎え接待したそうです。

 

八丁味噌

街道歩きから外れて、八丁味噌蔵の見学に行きました。

味噌のお土産など頂き、小さな袋に入っておりましたが、ずっと背負っているとやはり重い・・・

 

大樹寺

バスに揺られて徳川家の菩提寺大樹寺へ行きました。

初代親氏から家康までのお墓が並んでおりましたが、やはり家康の墓が一番立派でした。

 

家康の墓

 徳川家康のお墓です。

日光東照宮にあるお墓と同じ形をしておりました。

大樹寺山門

この山門から岡崎城が見えます。

大樹寺から岡崎城までを、ビスタラインというそうで、岡崎市の条例では、このライン上では、お城より高いビルを作ってはならないということです。

江戸時代から、そうした事を守り続けている岡崎の人々の気持は、岡崎市民の誇りでもあるのだと思います。

私のカメラではここまでが限度でした。

 

大手門

岡崎城の大手門です。

以前行った時にはなかったですから、まだ最近のものだと思います。

 

家康像

徳川家康の像です。

あちこちに建っております。

 

石垣

こうした古い石垣を見るのが大好きです。

 

岡崎城

江戸時代は5万石のお城だったそうですが、明治になって解体され、そのうえ太平洋戦争では、街全体が壊滅的な空襲を受けたそうです。

このお城は昭和32年の再建で、コンクリート製です。

 

岡崎城

ライトアップです。

レストランからの眺めです。

今日の散歩は、あちこちの見学が多く、街道歩きとはちょっと趣が違っておりましたが、それはそれで楽しいものでした。

街道はあまり歩きませんでしたが、125.8キロ、23.570歩も歩いております。

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赤坂宿から藤川宿まで・・・

2019-05-12 17:05:35 | 東海道五十三次の旅

5月12日(日)

今日も青空が広がっております。

さすがに疲れが溜まって今日はなにもしない日にしました。と思いながら、先日の東海道五十三次散歩の備忘録に取り組んでしまいました。

忘れない内に・・・これが、原動力になっております。

街道歩きは、メモなど取っている時間がありませんので、とにかく気になったところは写真に収め、写真を見ながらまとめるという記憶だけが頼りです。

 

赤坂宿

前回のゴール地点の赤坂宿の見附跡です。

ここまでバスで送ってもらってスタートです。

 

赤坂宿

近年に建てた道標です。

赤坂宿と御油宿の間は短く、16町といいますから1.7kくらいの距離ですので、旅人の争奪戦が繰り広げられていたそうです。

ここ赤坂宿には「留女」が大勢いて、旅人を宿に引き込んだので、赤坂宿は大層にぎやかだったといいます。

 

旅籠大橋屋

大橋屋は江戸時代からの旅籠で平成26年まで旅籠として営業を続けていたそうです。

現当主は19代目だそうです。

 

本宿一里塚

長澤の一里塚は、木でできているのか、ポツンと建っておりました。

日本橋から77番目の一里塚ですが、説明書きなど一切ありませんでした。

 

岡崎市

岡崎市に入りました。

 

最初のマンホール

岡崎に入って最初のマンホールです。

矢作橋とお城です。

 

本宿

本宿は、赤坂宿から1里9丁、およそ5キロあり、次の藤川宿まで4里とほぼ中間に位置しております。

 

法藏寺

徳川家康の先祖松平氏初代親氏が建立した寺で、歴代松平氏の祈願所だったため幕府から、手厚く保護されておりました。

江戸時代は、「門前下馬」の格式を持ち、通行する諸大名は下馬して参詣したといわれております。

 

近藤勇の首塚

板橋で斬首された近藤勇の首は京都に送られ三条河原に晒されましたが、3日目に仲間が持ち去り、ここ法蔵寺の埋葬したと伝えられておりましたが、それは、土饅頭のような粗末なものだったそうです。

近年になり、寺の古文書を整理しましたら、「近藤勇の首をこの寺のどこそこに埋めた」との事が記載された文章が見つかり、その場所を掘り返したら首が出てきたので、改めて塚を作り葬り直したといいます。

 

松平広忠の墓

家康の父親のお墓です。

ここは松平氏の墓所になっており、代々のお墓が並んでおりました。

 

一里塚

本宿一里塚です。

日本橋から78番目の一里塚です。

 

山中八幡宮

松平氏のゆかりの神社で、家康の領内で一向一揆が勃発したときに、命からがら逃げこんだのが、ここの神社だといわれております。

江戸時代は厚遇されていたそうです。

 

鳩ヶ窟

三河国の一向一揆の時に、一揆を起こした宗徒たちに追われて逃げ込んだのが、この神社にある鳩ヶ窟といわれる洞窟です。

追手の宗徒たちが、家康が潜んでいる洞窟の前に来ると、洞窟から鳩が飛び出したので「鳩がいるなら人はいなかろう」と引き上げていったという逸話が残っております。

これ以後、家康は信仰の力を侮ってはいけないことを学び、本願寺を東西に分離したといわれております。

 

大楠

山中八幡宮の入り口にそびえ立っている大楠は樹齢1300年と伝えられております。

 

棒鼻

東棒鼻で、ここから宿に入りますというところで、大名行列は体制を整えて宿に入っていったそうです。

 

藤川宿

ひっそりとした街道です。

 

棒鼻

西棒鼻で宿の出口ともいわれております。

 

一里塚

藤川一里塚です。

日本橋から79番目の一里塚です。

粗末な板で作った標が建っておりました。

 

真っすぐ

名鉄の線路です。

こちらも東海道線と同じく真っすぐです。

写真の左手に見える建物が第1日目のゴールです。

1日目の距離は15.7キロ、歩いた歩数は23.450歩でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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初風炉の茶事は・・・

2019-05-11 16:43:23 | 茶会

5月11日(土)

朝から気持ちの良いほど晴れ上がっておりました。

今日は、私どもの社中の初風炉でした。

 

床の間

床の間飾りです。

初夏らしい雰囲気をと思い取り合わせてみました。

 

軸は、「渓山幽意多」、天龍寺牧翁老大師のご染筆です。

 

香合

舟香合です。

緩やかな川を御舟に乗って、萌えるような新緑を楽しんでいただければと・・・

 

花は、尊式型染付の花入に、白花シランと都忘れです。

都忘れは咲き始めたころから比べると、紫色が濃くなっておりました。

 

点前座

初風炉ですので、さわやかな雰囲気を味わっていただこうと、風炉も雲華を使い涼やかに、水指も大きな手付きの竹の絵です。

 

薄器

薄器は、輪島塗で青楓、茶杓は「一声」です。

私どもは勝手元で相伴でしたが、皆さん楽しそうで時々笑い声が響いてくるような初風炉でした。

これで来週から11月まで、風炉のお稽古が続きます。

 

 

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