晋ちゃんの気ままな散歩道

あっちこっち横道にそれたり休んだりしながら気ままに散歩しています。

12月24日 第51回有馬記念

2006-12-24 19:22:04 | 遊び
 やっぱり強かったディープインパクト!

 中段の馬群から抜け出す

 一気にトップに躍り出る

 トップでゴール

有馬記念は1956年当時日本中央競馬会(JRA)理事長有馬頼寧の発案で世界でもはじめてのファン投票によって出走馬を選ぶ方式で「中山グランプリ」として始まった。
レースの17日後に有馬理事長が急逝、翌年から「有馬記念」と改称された。
ディープインパクトのルーツを辿れば社台ファームを作った初代リーディングブリ-ダー吉田善哉氏に行きつく。
(その辺の話は元NHKワシントン支局長、手嶋龍一著「ライオンと蜘蛛の巣」に詳しい)
ディープインパクトの父親はサンデーサイレンス(1986~2002年)である。
サンデーサイレンスはアメリカ合衆国の競走馬で、生まれた時は足が外側に曲がっていて競走馬としては致命的な欠陥を持っていた。
1歳時のセリで売れ残り厩舎へ戻る途中にトラックが事故を起こし他の馬は全部死んだがサンデーだけは生き残り生産者アーサー・ハンコックの所有馬となった。
しかし3歳時にケンタッキーダービーなどで勝ち最優秀3歳牡馬のタイトルを獲得、4歳時に右前靭帯を痛めて引退した。
サンデーは母方の血統が悪かったためアメリカでは種牡馬として人気がなかった。
そこでアーサー・ハンコック氏から一部所有権を取得していた吉田善哉氏が一千百万ドル(当時で16億五千万円)で100%買取り日本に輸入し幾多の名馬を産出したが2002年蹄葉炎で死んだ。
そのため2003年の産駒が最後の世代になる。
引退を有終の美で飾った2002年産駒ディープインパクトの子供に期待したい。
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12月22日 心斎橋

2006-12-24 13:58:01 | 音楽

大阪淀屋橋、役人天国大阪市役所前の電飾
昨日21日は以前勤めていた会社の忘年会で心斎橋まで「うどんすき」を食べに来たが
今日もまた心斎橋へ来た


心斎橋大丸百貨店


大丸の隣に今年再建なったそごう百貨店(手前は御堂筋)


そごう百貨店14階のそごう劇場でかみさんがオペラに初出演するので観に来た。
第1部は「アマールと夜の訪問者」、足の悪い羊飼いの少年と母親の住む貧しい
家に3人の王様が立ち寄り奇跡が起きると言う子供向けのオペラ。
少年と母親は関西二期会の若いソプラノ歌手、3人の王様と従者も関西二期会の
若手テノール、バリトン歌手。
そこに村人、羊飼い達の役でレディースコーラスのメンバーとして参加。
第2部は若手歌手の歌うクリスマス音楽のバックコーラス。
お客さんは三百人ほど、入場料四千円、かみさん達は無料奉仕、今月になってから
は手弁当で練習に出かけていたが終わってみて楽しかった、あっという間だったと
満足の様子。
良い経験をした一年だったようだ。
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11月20日 クリスマスコンサート

2006-12-24 11:04:18 | 音楽

今夜は我が家から車で5分ほどのところにあるSAYAKAホールへ
サンクスペテルブルグ室内合奏団のクリスマスコンサートを聴きに行った。
十数人の弦楽奏者(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ハープ)
の演奏で「G線上のアリア」「マドンナの宝石」「タイスの瞑想曲」etc.
二人の女性ソプラノ歌手による3大アヴェマリア(バッハーグノー編曲、
カッチーニ、シューベルト)などなど殆どが知っている曲ばかりで楽しい
コンサートだった。
一階だけで一千人入るホールは70%程の入り、子供も多かった。
サンクトペテルブルグといえば以前のレニングラード旧ロシアの首都
であったところだ。
そんなところからこんな田舎まで演奏に来てくれるとはありがたいことだ。
先週大阪のフェスティバルホールでも同じ演奏会があったがそこまで
わざわざ電車賃千数百円を払ってまで聴きに行く気はしなかった。
しかも入場料がこちらの方が5百円安い。
田舎も捨てたものではないと実感した。





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