ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

赤めだか

2010年08月12日 | 読みました

         「百日紅」 とても綺麗な色でした    わが町角で  (10-8-1)


今日は曇りで、とても過ごしやすい一日でした。お盆の時期、今は都会より、
田舎が賑やかなのではないでしょうか。 

我が家では明日お坊さんがこられることになっています。「まだかまだか」
と一日待つ日になりそうです。今の時代、月参りをお願いする家はだんだ
ん減っているそうです。その日を束縛されるのが嫌なんだそうです。知人
もやめました。「あんたとこもやめたらいいのに…」といわれました。体調を
崩せば、逸れも考えなければなりませんが、生まれた家も毎月お坊さんを
迎えておりましたし、この家に来てからもそうですから、私の中では生活の
一部になっております。

といいましても信心深いと言うわけではありません。先日も日蓮宗の伝道
大会(4年に一度)の時も、身延山に行った時も、皆さんがすらすらとお経
を上げられますので、「恥ずかしいな~、一寸は練習(こんな言葉を使う事
自体間違っていますね)しとこか?」と言っていたのですが、二人とも今は
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」状態です。

月一度、良いお経を聞かせてもらうほうが、御先祖さんお喜びでしょう」と
勝手な理屈をつけております。


       赤めだか     立川談春(だんしゅん)

本の帯に『サラリーマンよりらくだと思った。とんでもない、誤算だった。落語
家前座生活を綴った破天荒な名随筆』

私は読みながら「赤めだか」と言う本のタイトルの意味を探しました。読みき
っても見つけることは出来ませんでした。「どういう意味があるのだろう?」考
えましたがわかりませんでした。判らないはずです、意味は無いようです。は
じめは雑誌に連載されていて別の題名でした。本にすることになり「題名は?」
と考えたのがこの題名だったそうです。だから意味は無いようです。

本文の中で師匠談志が談春にこういいます。「己が努力、行動を起こさずに
対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、
これを嫉妬というのです。一緒になって同意してくれる仲間がいれば更に自
分は安定する。本来なら相手に並び、抜く為の行動、生活を送ればそれで
解決するんだ。しかし人間はなかなかそれが出来ない。嫉妬しているほうが
楽だからな。芸人なんぞそういう輩の塊みたいなもんだ。だがそんなことで
状況は何も変わらない。よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、
世の中がおかしいといったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を
理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかと言う原因がある
んだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせな
い奴を俺の基準で馬鹿と言う」

なるほどね~、その通りだわ!と思いました。談志さんは私と同い年、やは
り戦争体験もし戦後の苦しい生活も同じく経験しているでしょう、何となく共
通点も感じます。ちょっと、斜に構えた物言いが反感を買うこともあるので
しょうが、言っていることに間違いはないと思います。

同い年、同学年と言うだけで親近感を覚えるって事ありますでしょう?談志
さんや小沢征治さん(彼とは誕生日も一緒)は大病を乗り越えられたようです
が、いつまでも頑張っていただきたいと思っています。

「談志」と書いて「イエモト」「談春」と書いて「オレ」とルビが符ってありました。

先日、落語家のざこばさんが言っておられましたね「相撲は弟子を取れば一
人に付きいくらかのお金が相撲協会から入ってくるが、落語の場合は、弟子
の費用はみんな師匠もち、よ~さんお金入ります」。落語も日本独特のもの
でしょう?末広がりに成長していって欲しいと思います。

談志さんのように落語協会から飛び出した方は、その苦労も大変でしょうね。



  「ひまわり」ですよね  八重のひまわりって始めてみました  夏本番!の我町で (10-8-1)
    
コメント
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