ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

病院のマナー

2007年11月26日 | 思い出話
              もみじ
            (香嵐渓の秋)
       影絵の様な一時 一幅の絵画のよう

今日は何となくうつらうつらと過ごしてしまった。風邪薬の所為と思うが、頭の中がぼ~とした感じ、夢うつつ。

曽野綾子さんが「楽しい入院生活」をおくるために 
死ぬまで紳士を貫く って書いておられる。

曽野さんの年(私より少し先輩)になると配偶者が入院している人も珍しくない。男性なら紳士的な人は、病院でも看護婦さんに受けが良いと言う。紳士的と言うのは難しいようだが、第一は性的に淫らでない事。ユーモアはあったほうがいいが下品な駄洒落は敬遠される。教養も何処かで現れる。

他人に対して無礼でなく、良く感謝をし、明るい顔をしている事。ようは心がけ一つだ。

これってとても簡単なように見えて、とても難しいことを言っていると思われます。

症状の重い時は、論外であるが、快方に向かった時の事だろうと思が・・・。

性的に淫らでない事。これは実行犯は稀だと思う。唯、口害に依るセクハラのことだと思うのだが、生涯持って生まれた気質は変わらず。同室で、気の利いたユーモアで看護師さんたちとの会話も弾んでいる人を見ると、自分も仲間に入って、楽しく病院生活を送りたいと、ついつい下品な駄洒落を言ってしまう。このパターンが多いのかもしれない。

これは飲んべ~えさんに多いかもしれない。夜の町で通じた、下品な駄洒落がついつい口から飛び出す。夜の町は、心の中で顔をしかめていても、外見はニコニコと受け答えしてくれる。其れは生活費を稼ぐ為のものなのに、男達は自分のウイットは天才的と勘違いするようだ。

我宿六も過っては夜の町派だったので、短い入院生活を二度ばかりした時に私は注意をしたことがあった。「性的に関係あることを言ってはいけない」って。口下手な方だから、言葉が重く、相手に軽く伝わらない。「夜の町の人とは違うからね」って。あながち私の注意は間違っていなかったと言う事になる。

他人事ではなく、自分に関しては如何だろうか。曽野さんは言う「物腰の綺麗な女性であるべきなのだ」と。上品な物腰、言葉遣いと言うことだろうか・・・。

実際に入院生活を送った事のない私には想像がつかない。経験のない今の考えでは「そんな事容易いやん」と思っている。でも体の何所かが病んでいて、相手(看護師さん)の受け取り方まで考えて物が言えるのだろうか? 全くの未知数である。

同じ入院生活を送るなら気持ちよく送りたいとは思うが、「ど~にかなるさ。ケ・セラセラ」と思ってしまう。

其れより、現実的に緊急入院の為の品を用意をしておいたほうがいいかな?と思ったりする。でも今は寝巻きもお仕着せの病院の方が多いようだし、下着の新品だけは供えてあるので、それで充分かなと思っています。

其れより、入院中の主人を見舞った時に感じたことがある。相部屋の場合、夫々の家庭の事情で、家族の来る回数に差がある。つい主人に持って行く為のお八つなど、同室の人の分まで考えがちだ。此方は良かれとしたことが相手に心に負担を掛けている事もあるようだ。一回目は個室だったのが、二度目は4人の相部屋だったので、実際に経験した。相手も喜んでくれていると思ったのが、自個満足にしか過ぎなかったと言う事を。其れを知った時、相手を思いやることの難しさを感じたし、今でもこうして、私の心の底に沈んでいる。

☆ 明日11月27日から11月30日までお休みいたします。



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