ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

always 続・3丁目の夕日

2007年11月05日 | 映画の話
            キバナコスモス
           (武庫川河川敷)
          キバナコスモスだけは
        一つのコーナーに咲いていた

今日は久し振りに主人も一緒に映画を見に神戸に行った。何時もは大阪か伊丹に行くのだが、両方とも時間が早いので、一番遅いミント神戸にした。初めて行く映画館だった。

初めてのビルだけに、映画館に行く入り口が何処にあるかもわからない。前を行く人たちが、映画を見に行く感じだったのでついていった。エスカレーターを上っていく、何だか入り口があるような感じがして私達も付いていく。
だけどなかった。丁度、警備員の人が居たので「映画館に行きたいのですが、何処から行けばいいのですか?」「1階まで下りて頂くとエレベーターがありますので、9階に行ってください」踵を返すと、私達が後を付いていった人たちも下りエスカレーターに乗るところだった。

人の後を付いて行って違う場所に行って仕舞った事が以前にもあった。マイカーで白浜に行った帰り、如何した事か道を間違った事に気が付いた。今のようにカー・ナビがあるわけではなく、地図を頼りの走行である。一応北に進んでみようかと走っていると、目の前に「神戸ナンバー」が来た。「この車の後に付いて行けば帰れるで~」とばかりに、必死でその車の後を走った。所がその車は「和歌山駅」で人を下ろすと引き返してしまったのである。車に乗り初めで、「神戸ナンバー」だから神戸の住民だとは限らないという事を知らなかった為の失敗です。

今流行の8館のシネコンである。今日入ったのはその中でも最大308席、縦長で通路が両側にしかないのが一寸不便かなと言う気がした。予告編がもう始まっている時間に着いたため、場内は暗く、気も急いていたので周りを余り見なかったので、映画が終わって、場内が明るくなった時驚いた。何時も一番の上映時間と言えば、20人、多くて40人ぐらいなのに、308席9割は入っていたと思う。

二年前の「3丁目の夕日」は日本アカデミー賞、他数多くの賞を貰った。「続」を望む声に推されて作られたそうだ。この「続」の時代は昭和34年春だそうだ。
昭和34年春といえば私達が結婚した時期である。東京タワーは33年に建ったのですね。結婚後だと思っていました。懐かしい、厳つい「こだま」も出てきました。初めて「こだま」に乗ったのは親子4人で名古屋まででした。我家の経済では運賃が高かったのですが、子供たちを乗せてやりたくて「名古屋」まで行きました。

お話としては何でもない、何処にでもある状態なんですが、今と違って、五月蝿い時もあるが、何時も助け合うご町内の話でもある。町内ばかりではない、主人公の鈴木家にも親戚の女の子を預かるという助け合いがある。裕福に育った、気位の高いその女子は初めは貧しい鈴木家の全てを嫌うが、母親を早くになくしたその子を鈴木家のお母さんが優しく躾けていく。人の愛に包まれて生活する内に素直ないい子になる。これも一つの主な話かしら。

終わって配役などが流れる時、主題歌パンプの「花の名」が流れる。監督がパンプのファンで熱烈に頼み込んで書いてもらったそうだ。その歌の中のフレーズに「会いたい人がいる 待ってる人がいる」と言う言葉がありました。とても心に響いた言葉だったのです。其れもそのはず、私は気付きませんでしたが、ポスターのコピーにも使われているそうです。

特別にいう事もない話なのですが、良い映画でした。
                          (550回)
                        
コメント (2)
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