世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

「逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録 」(市橋達也)

2011年01月29日 23時19分34秒 | Weblog
「逮捕されるまで 空白の2年7カ月の記録 」(市橋達也)を読んだ。

言い回しや表現に工夫がされていなく、「~だった」の連続で、小説を好んで読む自分には最初、馴染めなかった。
しかし、それをこの本に求めるのが間違いで、「これは報告書なのだ」と思いなおしてからは一気に読破してしまった。

市橋達也は千葉県市川市で2007年、英会話講師の英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し、逃走。2009年11月に沖縄へ出航するフェリーに乗るため、大阪のフェリーターミナルの待合所にいたところを逮捕された。それまでの彼の軌跡がこの本には書かれてある。

働くこともせず、趣味の英語を勉強しながら優雅に暮らしていた青年が罪を犯し、全国各地を逃げ回りながら、食うために初めて仕事をした。逞しいなと思いつつ、リンゼイさんの家族を思うと、やはりそれは不謹慎なことだと感じ、何度も脳内で理性の手綱を引き締めた。いっそ、これがフィクションだったらいいのにとも思った。意図的に一歩引いて読んだ。

彼が潜伏していたオーハ島のことはネットで調べた。
地形や様子。
私はこうやってネットを使えるけれども、彼は主に図書館で島や食べられる動植物を調べていたらしい。頭が良い人なのだろう。
都会で働いてお金が入ると、彼はこの島へ来て、自給自足の生活をしていた。
2度目の渡航のとき。
隣の島からオーハ島へ渡る際、着いてくるネコを見捨てることができず、肩の背中側に引っかけて渡ったと書いてあった。島での潜伏中、このネコがヘビを見つけた。ヘビを殺してぶつ切りにし、焼いてネコと食べたとのこと…。サバイバルだ。この生きる執着心を別のところで使えば良かったのにという意見は多いが、本当にそう思う。

園芸学部出身とのことなので、やはり植物については詳しく書かれていた。ツルアサガオ、ハマユリ、タコ。どれも観たことがないので、ネットで確認しつつ、読んだ。
彼の卒論は「ディズニーランドの植栽」で、逃走中、ディズニーランドにも行ったと書かれてあった。

淡々と書かれている文章の中で、唯一、興奮している内容があった。
逃走中に観た自分に関する番組に対し、物凄く否定している部分だ。
女装している、ゲイの街で体を売っていた、という放送で彼は動揺した。

>いったい、こいつらは何を言ってるんだ!?
 僕はそんなことしていない!
 そんな所に行っていない!
 たとえ生きるためだって、そんなことをするぐらいなら僕はもうとっくに死んでる!
 テレビが放送したことはうそだ。僕はそんなことしていないって言いたかった。でも逃げている僕が電話できるわけがない。やっぱり犯罪者には人権などないんだと思った。逮捕された自分を想像した。こんなデタラメを全国に放送されて、逮捕されれば、人は僕を奇異の目で眺め、さらしものにするだろう。刑務所でどんな目にあわされるかわからない。



どこまで自意識の高い人なのだろうか。
逃走中でもこれである。
焦った中で思いついた病院での整形手術。
これが逮捕のきっかけになった。


本書の最後にはこう記されている。

>本書の出版で印税を得ることがあっても、僕にそれを受け取る気持ちはありません。リンゼイさんの御家族へ。それができなければ、公益のために使っていただければ幸いです。

読了後。
自分はこの本をどう捉えているのか。
私の中ではまだ纏められていない。

お遍路をしてもアスベスト塗れになって働いても、「ひどいことをした」と呟いても、彼が犯した罪は消えない。
リンゼイさんは戻ってこない。

それだけが深く印象に残った。
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