晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

宮部みゆき 『蒲生邸事件』

2009-10-28 | 日本人作家 ま
ゲーテの有名な「三千年の時を知るすべをしらないものは
闇の中、未熟なまま、その日その日を生きる」という言葉
があり、過去を軽視あるいは無視するような人はかえって
未来を見ることに鈍感とでもいいましょうか、思い切り助走
をとらなければ、より前にジャンプはできないのです。

『蒲生邸事件』でも、主人公の浪人生が語るように、日本史
の授業では、早くても太平洋戦争の手前、遅ければ明治維
新の後くらいまでしか教えず、あとは各自で見ておくように、
という投げやりな指導。
授業時間が足りないので、原始時代から始めると近代史は
無理なんて理屈はおかしいもので、歴史は継続だから、直近
の大事件である先の戦争を教えないということは、ちゃんと
継続して歴史をとらえる視点が育たず、ひいては未来を見通
す感性を持たない近視眼的な人間になってしまうのです。

大学受験に失敗し、東京の予備校の試験を受けに上京した
孝史は、受験のときと同じ都心にある平河町一番ホテルに
宿泊。そのホテル内で、薄気味悪い男がいるのを見つけ、
どうにも気になった孝史は、男が2回の非常口から突然消え
たのを見てしまいます。
しかし次に男を見たときには平然とエレベーターの中にいて、
孝史は思わず声をかけますが、返事はありません。

フロントの従業員に、このホテルには幽霊がいると話すと、
従業員は否定するどころか、軍人の幽霊を見たというのです。
じつはこのホテルは、かつて陸軍大将の家の跡地に建てられ、
エレベーター横には陸軍大将、蒲生憲之の写真と説明文が
掲げられていたのです。

夜、孝史はテレビをつけると、二・二六事件の特集をやっている
のをぼーっと見ます。その日は2月25日。事件の前日です。
そして見つつもウトウトとして眠り、起きた時には、部屋の中は
煙が充満、外に出ると廊下は炎に包まれていました。
遠のく意識のなか、さきほど見かけた薄気味悪い男が孝史の
腕をつかみ、どこかへと消えて、やがて意識が戻ったのですが、
辺りは雪景色。男に訊くと、孝史が連れてこられたのは、昭和
十一年の同日の蒲生邸。事態が飲み込めない孝史に、男は、
私は時間旅行者だと告げるのです・・・

ここから、男は平田と名乗る蒲生邸の使用人という身分でこの
時代におり、孝史は当面、平田の甥として蒲生邸で働くことに
なります。一度、どうしても未来に帰してくれと男に頼んだので
すが、タイムスリップした先は、20年の5月、東京大空襲の最
中でした。タイムスリップは体力を消耗し、平田は動けなくなっ
てしまうのです。

そして、時は2月26日。青年将校たちがクーデターを起こし、
閣僚たちを殺害。都心の一部は封鎖されてしまいます。
そんな中、蒲生大将の部屋から銃声が・・・・・・

この物語で重要なところは、孝史がこの時代の歴史について
まったく無知であるということにあります。
戦後の平和を享受する世代の思考と、この時代を生きる人間
の思考が摩擦したり衝突したり、相容れない構図が、物語の
進行と「対等な関係」に大きな役割を果たしています。
なまじこの時代の知識があると、ともすれば未来から来た側は
優越感に浸ることになってしまいます。

そしてもうひとつ重要な部分は、歴史は帳尻を合わす、という
こと。赤ん坊のヒトラーを殺したところで、別のヒトラーが出てき
て、結局ユダヤ人の悲劇は起こってしまう。
この前読んだディーン・クーンツの「ライトニング」という小説でも
同じようなことが説明されていました。
『蒲生邸事件』をすでに読んだ方はぜひ「ライトニング」を読んで
ほしいですね。両方まだという方は、両方読んでください。
コメント (2)
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