晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

山本一力 『いっぽん桜』

2012-06-29 | 日本人作家 や
なにかと気の滅入るようなニュースばかり目にしますが、別に
現実逃避というわけではないですけど、ほっこりとする時代小説
なんて読んでみるのはいかがでしょうか。

というわけで、山本一力。

表題作『いっぽん桜』のほか、「萩ゆれて」「そこに、すいかずら」
「芒種のあさがお」の4作で、いずれもキーワードは「花」。

『いっぽん桜』は、深川にある口入屋(今でいうところの人材派遣)、
井筒屋の番頭、長兵衛が、主人に料亭に誘われます。
そこで、そろそろ若いものに譲ろうと思うと切り出され、長兵衛に
「身を引いてくれ」と・・・
12歳で丁稚として井筒屋に入ってから40年以上真面目に働き、手代
から番頭まで順調に出世します。妻とひとり娘だけなので長屋でも
じゅうぶんだったのですが、井筒屋番頭の”見栄”もあって、家賃の
高い庭付きの家に住み、娘のためにと桜の木を庭に植えます。
が、この桜の木、よそから移植したのですが、毎年咲かない桜なの
です。
早期退職した長兵衛、井筒屋と同格でライバルの口入屋から誘いが
あって出かけてみると、井筒屋の内情を聞きたいだけ。
そして、ひょんなことから魚屋の会計に再就職するのですが、長兵衛
はなにかと前の職場のしきたりを持ち出して、それが魚屋の奉公人
たちから不興をかうことに。
娘も年頃になって縁談がありますが、相手の男には会いたくない・・・

なんとも切ない話です。が、やがて長兵衛は気づきます。

「萩ゆれて」は、山本一力の作品にしては珍しく、舞台は深川界隈
ではなく土佐。まあ作者は高知県出身ですから不思議はないのですが、
これまで江戸の下町人情話を多く読んできただけに新鮮でした。
父親の不面目で周りから酷い扱いを受けることになる土佐藩下士の
兵庫。湯治に出かけているときに、ひとりの女性と出会います。
りくという女性は道でまむしに噛まれて、それを兵庫が助けます。
りくの兄と父は漁師で、りくも海女をしています。兄の弦太と兵庫
は妙にうまが合い、自分の身の上話を聞いてもらいます。

漁師の生活が気に入り、兵庫は漁師になりたいと告げます。そして
りくと兵庫は結婚し、漁師にはならなかったですが武士を廃業して
城下のはずれで魚屋を営むことに。
兵庫の妹は賛成しますが、母は大反対、親戚からは絶縁。
病弱で寝たきりになった兵庫の母はりくを無視し続け・・・

こちらも最後にはホロリ。

「そこに、すいかずら」では、紀伊国屋文左衛門が登場。この話
では、料亭、常磐屋の娘、秋菜を優しく見守る「いいひと」に
描いています。先日読んだ「深川黄表紙掛取り帖」では豪商で
稀代の”切れ者”として登場しますが、別の一面を見たようです。

「芒種のあさがお」は、品川の酒屋の娘で、男まさりに育った
おてるが、深川の祭りに出かけたときに、江戸で一、二と評判の
あさがお作り職人、茗荷屋の息子と出会う、という話。

「父」「娘」「花」という三題噺(ちょっと長めの)といった感じ。


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ドン・ウィンズロウ 『犬の力』

2012-06-26 | 海外作家 ア
この本が発売されたのは今から数年前ですが、今年になってもタイトルを
ちらほらと目にします。
ところで『犬の力』とは、旧約聖書の中の詩に出てくるそうで、どうにも
日本語で現すと「ワンちゃんのほのぼの物語」と捉えられなくもないと
いいますか、原題の「ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ」のほうがよりビシビシ
と内容が伝わってきます。

アメリカ麻薬取締局(DEA)の特別捜査官、アート・ケラーが、凄惨な
大量殺人の現場で、長年の麻薬戦争のせいで酷い殺され方をした死体を見る
のはもはや”慣れっこ”なっていたのに、それにしても、と耐えられなく
なります。
「わたしの落ち度だ。すまない、ほんとうにすまない」と自分を責めます。
そして、メキシコ人警官のひとりがつぶやくのです。
「犬の力」。

こんなスタート。

もう、読み終わるまで逃れることはできない、そんな心境。

アメリカで大量に出回る麻薬の根源を絶つためメキシコに送り込まれた
DEAのケラー。シナロア州の麻薬組織の元締め、ドン・ペドロにどう
にかして近づいきたいのですが、そうやすやすとは尻尾を掴ませてくれ
ません。
そこでケラーは、州警察の警官で州知事の特別補佐官という”大物”の
ミゲル・アンヘル・パレーラと、DEAを通さずに単独で、ある(取引)
に応じるのです。

しかし、その(取引)の代償は大きく、パレーラは約束どおり、ドン・ペドロ
を捕まえる協力はしてくれたのですが、しかし、ペドロの代わりに元締めに
なったのは、なんとパレーラだったのです。

まんまと一杯くわされたケラー。

そして話は変わって、舞台はニューヨークのヘルズ・キッチン。
アイルランド系のショーン・カランは、友人の揉め事に巻き込まれて、この一帯
を仕切るマフィアに手を出してしまいます。
なんとかしてマフィアの大物に顔をつないでもらい、彼らのために働くことに。
そこでカランは、北アイルランド出身の女性と恋に落ちるのです。
金も手に入れて、カランは足を洗おうと大工に弟子入り。しかしそう簡単に
逃げられるはずもなく、ある大きな”仕事”を頼まれ、そして”殺し屋”へと
変貌を遂げ、カランの組織は麻薬を大々的に取り扱うことに。

またまた話は変わって、劣悪な家庭環境で育ったノーラは、ヘイリーという
高級娼館の女主人にスカウトされ、マナーや勉強を教わり、高級コールガール
になります。このノーラが、のちに長年の麻薬戦争を収束させる大きな役割を
担うことになるのですが・・・

家族に身の危険が及び離れ離れに、のちに離婚を切り出され、部下も殺されて、
味方であるはずのアメリカの組織も”政治的に”守ってはくれず、数少ない仲間
とともに、奇策のような方法で取締を続けています。
なにがなんでもパレーラを捕まえるために。

麻薬組織では裏切り者は死で償うという掟があるのですが、その「殺され方」
がじつにバリエーション豊富で(こんな表現ですみませんが、こうとしか書きよう
がありません)、もう感情移入なんてできず、ただ傍観。

圧倒的です。読み終わってグッタリ。脱力します。呆けてしまいます。

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山本一力 『深川黄表紙掛取り帖』

2012-06-22 | 日本人作家 や
気がついたら、我が家の書棚の「日本人や行」のところに、山本一力の
作品がけっこう増えてました。
特に時代小説好きというわけではありませんが、この人の作品は「時代
小説時代小説してない」といいますか、分かりづらさというものが無い
んですね。

定斎(夏バテに効く薬)売りをしている蔵秀、文師の辰次郎、飾り行灯
師の宗祐、そして絵師の雅乃、この4人が、表向きはそれぞれの仕事を
していますが、人伝てで”依頼”が入ると集結し、問題を解決する、という
話が5編あります。
リーダー格の蔵秀、若手の辰次郎、4人の中では年長でアイデアマンの
宗祐。雅乃は唯一の女性で、美人なのですが身長が高く男っぽい格好を
していて、そのせいか婚期が延び延びに。
雅乃は蔵秀に想いを寄せているのですか蔵秀は知ってか知らずか。

「端午のとうふ」では、豆を扱う大店の丹後屋が、店の手代のミスで、
毎年仕入れる大豆50表を500表と書き間違えてしまい、つまり450
表余計に仕入れて大損してしまいます。そこでこの4人組に大豆を
どうにかさばいてほしい、と依頼するのです。

しかし、一人の手代のミスにしてはどうにも何か裏がありそうな話では
ありますが、とにかくアイデアを考えることに。
その奇想天外のアイデアとは・・・

このアイデアを実行するために蔵秀が力を借りに向かった人物とは、
渡世人の大親分、猪之吉。深川の賭場を仕切っていて、怒るとまるで
膨れあがるように見えるところから「達磨の猪之吉」と恐れられて
います。
この猪之吉、他の作品にもちょくちょく出てくる作者お気に入りの
キャラで、義理と仁義を通す人で(ただし裏切り者は許さない)、
まあ、”古き良きヤクザ”とでもいいましょうか。

「水晴れの渡し」では、なんと雅乃にお見合いの話が。こちらもまた
裏になにかありそうで、見合い相手の油問屋の息子は「行き遅れの
でかい娘をもらってやってもいい」などと暴言を吐きます。

この話を聞いた3人は怒って、傷ついて寝込んでしまった雅乃の仇を
うってやろうと、油問屋を大損させてやろうという計画を・・・

そして「夏負け大尽」「あとの祭り」「そして、さくら湯」では、
この時代のビッグスター、紀伊国屋文左衛門が登場します。
稀代の”切れ者”紀文とどうやり合うのか。

元禄時代、5代将軍綱吉の、綱吉といえば「生類憐れみの令」ですね。
というわけで、”お犬様”にまつわる話も出てきます。

江戸を舞台に繰り広げられるコン・ゲーム(詐欺)。痛快、爽快です。
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北村薫 『鷺と雪』

2012-06-19 | 日本人作家 か
何年前でしたか、北村薫が直木賞受賞というニュースを知って、ええ、
北村薫ってけっこうベテランだよね、なんて思ったものでしたが(天童
荒太のときも思いましたが)、それにしても、いつか読もう読もうと思い
つつも、こんなに経ってしまいました。

短編が3作で、時代は昭和初期、けっこうなお家柄のお嬢様、英子が
ちょっとした”謎解き”をする、といった話で、英子がホームズとすれ
ば、ワトソン役は英子の専属運転手の別宮みつ子という、当時とすれば
かなり珍しい女性運転手。
栄子は親しみをこめて「ベッキーさん」と呼びます。いや、ワトソンは
助手ですが、世間知らずの若い英子にとってベッキーさんは「頼れる大人」
といった存在ですね。

「不在の父」は、大学で文学の勉強をしていますが将来は小説家になりたい
のかどうかよく分からない兄と英子が本屋巡りをして喫茶店で一服してる
ところに、別の席にいた男が声をかけてくるところからはじまります。

男は前に軽井沢で会ってひと言ふた言会話した程度ですが兄妹を覚えて
いました。男は農林省の鳥獣調査をしていて、この度「日本野鳥の会」
というのが発足する、そして、ブッポウソウという珍しい鳥の鳴き声を
ラジオで生中継するという企画があると教えてくれます。

そこで兄は、偶然の出会いということで、とある集まりで滝沢という大学
で植物の研究をしている子爵の話をはじめます。
兄が浅草に行ったときに、その子爵様によく似たルンペンを見た、という
のです。

英子の通う女学校に滝沢家と親戚である道子がいて、彼女に話を聞いてみると、
小父様(滝沢子爵)は、息子に爵位を譲って、引っ越したらしいのです。
病気療養なら見舞いに行きたいということで道子は英子と別宮の運転する車で
小石川にある家に行きますが、お手伝いさんが出てきて不在を告げます。

そこで探りを入れてみてわかったことは、滝沢家は「お家の事情で」兄が
伯爵、弟が子爵になっていて、弟は爵位などいらない、普通の暮らしが
したい、と普段からぼやいていたそうで、ある日、忽然と”消えた”という
のです・・・
英子の兄の見た浅草のルンペンというのは、ほんとうに子爵様なのか。

その他、受験を控えた息子が夜中に上野で補導され、なぜそんな時間に上野
なんぞに行ったのか訪ねても答えてくれない・・・という「獅子と地下鉄」、
能面の展覧会で突然卒倒した英子の同級生、彼女の話を聞くと、その能面は
自分の許嫁に瓜二つで、展覧会で倒れたちょっと前に銀座で撮った写真に、
日本にいるはずのない許嫁が写っていた・・・という表題作「鷺と雪」。

この2作とも英子が別宮のアドバイスをたよりに解決します。

「鷺」というのは、能舞台のとある役。そして「雪」は、昭和12年、雪の
日に起きた大事件。
先述した日本野鳥の会の話もそうですが、能舞台の役だったり、まったく関連性
のなさそうな話題がのちに「そこにつながるのか!」と、そのプロットの面白さに
驚き、また驚きでページをめくる手が止まりませんでした。

しかし、それにしても北村薫の文章の巧さに感嘆しっぱなし。特に、季節が
秋になったという描写「明け方、新鮮な空気を入れようと窓を開くと、思い
がけないほどひんやりとした、見えない手に頬を撫でられ、びっくりする」
もう見事としかいいようがありません。
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アーサー・C・クラーク 『3001年終局への旅』

2012-06-16 | 海外作家 カ
本をよく読むようになってから、はじめて「夢中で読んで気がついたら朝に
なってた」という経験をしたのが「2001年宇宙の旅」でした。

それから、直接の続編ではないという作者の断りはありますが一応シリーズ
もので「2010年」「2061年」と読んできて、そしてとうとう終局。

ざっと説明しますと、「2001年」は、400万年前に地球に降り立った謎の
物体が、のちに人間となる動物に”知恵”を授けるところからスタート。
この物体(モノリス)が、20世紀後半に月の地下から発見されて掘り出す
と電波を放ちます。その電波の方向は木星。

そこで、かの有名なスーパーコンピュータ「HAL2000」を搭載した宇宙船
が木星に向けて出発するのですが、途中でHALが暴走し、乗組員を殺害し
はじめるのです。
そして、唯一生き残ったデイヴィッド・ボウマンは宇宙船から逃げ出し、
宇宙に吸い込まれ・・・

「2010年」は、そのHALを載せた宇宙船を回収に行きます。
ついでに木星の衛星も探査する予定だったのですが、なんと中国の宇宙船
が先に向かっていたのです。
ところがエウロパに着陸しようとして事故、乗組員が無線で「エウロパには
生物がいる」というメッセージを残すのです。
なんとかHALの宇宙船とランデブーしますが、なんと10年前に脱出したボウマン
の影が現れて「エウロパには人間は着陸してはならない」と警告。
そして例のモノリスが分裂して増殖し、木星を覆い、木星はルシファーという
第2の太陽に・・・

「2061年」になると、50年前の乗組員、フロイドがふたたび宇宙へ。
地球に接近してきたハレー彗星の探査をしていると、フロイドの孫が乗って
いる宇宙船がハイジャックされて、「近寄ってはならない」とされている
エウロパに不時着してしまい、フロイドたちは木星へ向かい・・・

さて「3001年」ですが、1000年前にHALに”殺された”フランク・プールが
宇宙空間を漂ってるところを発見されます。
解凍して生き返ったプール。

「スターチャイルド」という存在になったかつての仲間、ボウマンは一体
どうしてそうなったのか、その目的は、モノリスとは何か。

3001年ということで今から990年後の未来の地球を描いていますが、クラーク
の”予言”はけっこう当たっているので、ひょっとしたら上空2000キロメートル
で生活するようになっているのかも。


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ケン・フォレット 『針の眼』

2012-06-14 | 海外作家 ハ
ケン・フォレット作品はこれで2作目。いちばん読みたいのは「大聖堂」
なのですが、なかなか出会えません。まあ大きい書店に行けばあるん
でしょうけど。

まあそれでも『針の眼』はベストセラー、アメリカのMWA賞最優秀長編
賞を受賞、さらに映画化と、ケン・フォレットの名前を一躍世に知らしめた
出世作(その前に3作ほど書いているそうですが)で、「大聖堂」よりも先に
読んでおくのも悪くはない、と言い聞かせます。

時は第2次大戦末期の1944年、猛進を続けていたドイツはその勢いに陰りが
見えてじわじわと弱まり、同盟国のイタリアは降伏、ここにきてイギリス、
アメリカ連合軍がフランスに上陸でもされたらもうおしまい。
そこでヒトラーは”ある男”からの情報を待ちます。それによって上陸を止め
ることができるのですが、男から伝えられたのは総統の期待を裏切るものだった・・・
という話。

ドイツの優秀なスパイ、”針(ディー・ナーデル)”は数年前からロンドンに潜伏、
他のスパイはことごとく捕まりますが”針”はイギリスに溶け込んでいます。
ヘンリー・フェイバーと身分を偽ってフラットに住んでいますが、そこの女主人は
針”ことフェイバーに興味を持ちます。女主人は彼の部屋のドアをノックし、
中に入ろうとすると、何やら喋っている様子。
部屋に招き入れるフェイバー。この女主人は夫を亡くし、自分に色目を向けている
ことを知り、しかも先ほどの「会話」を聞かれた・・・
フェイバーは女主人を殺し、暴行犯の仕業に見せかけて逃亡。

大学教授のゴドリマンは、イギリス陸軍大佐の親戚に頼まれて、イギリスに潜伏
しているというドイツのスパイを探し出すことに。ロンドン警視庁のブロッグス
とともにさまざまな情報を調べていくと、ある男が浮かんできます。
”針”という暗号名を持つスパイは、イギリスのどこにいるのか見当がつきません。

イギリス空軍中尉のデイヴィッドは出征の前にルーシーと結婚、ふたりでドライブ
をしていた時に大事故を起こし、両足を切断してしまいます。
身体と、そしてなによりもデイヴィッドの心の回復のために静養をさせようと、彼
の親の所有するスコットランドの小島へと向かう夫婦。
絶海の孤島のようですが、羊飼いが住んでいます。デイヴィッドとルーシー夫婦は
もう一軒ある家に住み始め、羊飼いの手伝いをすることに。
ふたりはジョーという男の子をもうけます。が、この島に来てから夫婦の関係は
冷え切ったものに。

フェイバーは、アメリカイギリス連合軍がフランスのカレーから上陸すると見せかけて
じつはノルマンディーから上陸するという確かな情報を得て、その写真を撮り、潜水艦
に乗り込んでドイツへ戻ろうと算段。
しかし、その道中、いろいろと足がかりを残してしまい、ブロッグスは”針”のあとを
追いますが、すんでのところで逃げられます。
フェイバーは潜水艦とのランデブー場所であるスコットランドのアバディーン近海まで
船で向いますが、大嵐に遭って船は小さな島に打ち上げられます。
そう、この島とは、デイヴィッドとルーシーの暮らす島なのです・・・

”針”はドイツに情報を運ぶことができるのか、デイヴィッドとルーシーは難破して
流れ着いたフェイバーと名乗る男がじつはドイツのスパイであると気づくのか・・・

もう、とにかく面白いです。そして、感嘆してしまったのが、スコットランドの小島
の描写。

「《荒涼》とはこういう場所のために作られた言葉である。(中略)島の周囲は大半が
冷たい海から切り立つ断崖で、浜と呼べるものはほとんどない。静かに打ち寄せるべき
場所のない波は、その無礼に腹を立て、闇雲な怒りを岩にぶつける。そして島は、一万
年にも及ぶその激発を、大過なく、素知らぬ顔でやり過ごす。」

(絶海の孤島)をここまで美しく表現できるのか、と。

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鷺沢萠 『少年たちの終わらない夏』

2012-06-10 | 日本人作家 さ
「読書家」というほど文学に造詣が深くもなく、まあ「本好き以上読書家未満」
という曖昧なスタンスでこのブログを地味にコツコツと更新しているわけ
ですが、とうとう読みました、鷺沢萠。

ずっと「鷲沢(わしざわ)萌(もえ)」と間違っていました。
ひどい話です。すいません。

まあ、どうりで本屋さんで「ワ」行を探しても見つからなかったわけです。
ちなみに「ワ」行は渡辺淳一の作品がズラーっと。
そこで、「サ」行の棚で探して、2冊あるうちの『少年たちの終わらない夏』
を手にとってみました。

ウィキペディアで調べてみたら、おお、なんという偶然というか幸運、この
作品が初出版みたいですね(その前に新人賞でデビューしていますけど)。

短編4作で、いずれも17~20歳くらいの学生の恋だの友情だの遊びだの
を描いていて、といっても「青春小説」とはちょっと違います。

なにが「ちょっと違う」のかというと、まあ青春時代のボーイズアンドガールズ
といえば、刹那的で排他的で閉鎖的で退廃的ですが、それは当てはまっている
んですけど、甘酸っぱさほろ苦さやを”たまにのぞかせる程度”に描いているよう
な気がしました。

舞台は都会、部活動でのやりとり、だれとだれが付き合ってるだの別れただの、など
と、ここらへんはありふれた高校での日常ですが、放課後になるとどこかのクラブで
パーティーがあって顔を出し、それ終わりで、”行きつけ”のバーへ繰り出す・・・
高校生の”分際”で。

この作品が書かれたのが1980年代後半、ちょうどバブルが始まるか絶頂のちょっと
前くらいですので、そういった時代背景もあるんでしょうけど。

この子たちにとっての「不幸」とは、「おもしろくない」こと、とでもいいましょう
か、でもそれが本当に楽しいのか、面白いのかというと、その中に入ってみて気づい
たことは、実は息苦しさだったりします。

そんな「面白がってる」状態とは、ずっとつま先立ちをしている、つまり分不相応
なわけで、きちんと立って歩いてみたら案外普通で、そして普通に笑い、泣き、苦しみ、
悩みます。
本来はこの時期にちゃんとした「歩き方」を学ぶべきなのですが、歩き方を教わる前に
ラクな移動方法を知っちゃった、ということこそ「不幸」なんですけどね。

作者の生年月日を見ると、この作品を書いていたをときは、登場人物たちと同世代なんですね。
もうちょっと時間を置いて書かれたものかと。というのも、大人が「ユニークな生態系」の
ように若者世代を描くような、なんかそんな感じが文中にちらほら見えました。
自分の経験が多かれ少なかれもとになっているのでしょうが。


4編の中で「ユーロビートじゃ踊れない」が一番好きでした。


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夏目漱石 『草枕』

2012-06-07 | 日本人作家 な
国語のテストで、有名な小説の冒頭だけ出して、さて、このタイトルは
なんでしょう、という今にして思えば意味不明な問題がありましたね。
読んでもいない小説の冒頭1行を「覚えている」ことが国語の能力とどう
関係があるのか・・・

まあ漱石でいえば「吾輩は猫である」「坊ちゃん」の冒頭はあまりにも
有名ですが、『草枕』の冒頭「智に働けば角が立つ、情に棹させば流され
る・・・」も知られています。

明治時代の小説は、それまでのわかりやすい、例えば勧善懲悪といった
シンプルな、ときに物語を面白くする流れ上、ちょっと無理があるんじゃ
ないの、という展開を否定するといったムーブメントがあって、それら
の多くはヨーロッパで主流だった自然主義に傾倒していったのですが、
漱石はその流れに乗らず、周りの「主流」な小説家、批評家たちは漱石
の小説を貶していたりしていました。

かといって漱石も負けじと批判していたかというとそうでもなく、逆に
物語性や人物描写を重視する「分かりやすい」小説を書き続けることに
よって、自分なりのスタンスを保っていたように思います。もっとも、
後世の評価によると、当時の自然主義作品よりも漱石の小説のほうが
よほど「自然主義」だ、ということらしいですが。

さて、『草枕』ですが、「自然派、西洋文学の現実主義へのアンチテーゼ
を込めてその対極にある東洋趣味を高唱」ということで、物語性があるには
あるのですが、ところどころ破綻があったりします。なんといいますか、
主人公の「心情」がときに物語の進行をジャマするくらいに長々と描かれて
います。

基本的な筋としては、東京に住む若い画家(文中では「画工」)が地方の
山奥にある温泉に向かい、そこの宿屋にいる那美という女性に惹かれて、
そこに住む人々との交流などがありますが、画工がいっこうに絵を描こう
とせず、那美を描きたいと思い、「これ」という一瞬の表情を待ち・・・

といった、これだけ見ると「普通の小説」のようですが、前述のように、
物語はところどころで途切れて、漢詩や俳句はしょっちゅう登場、ここまで
敢えて心情をこれでもかと描くのはデフォルメしているようです。

そして、初期~中期の漱石の作品にしばしば登場する、房総半島の一周旅行
が『草枕』の中でも出てきます。よほど忘れられない旅だったのでしょう。


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パトリシア・コーンウェル 『警告』

2012-06-04 | 海外作家 カ
すごくハマってる!というわけではないのですが、検屍官ケイのシリーズを
読み始めてようやく10作目、あとがきによると、このシリーズは10作で終わり
になると作者が話をしていたそうで、でも書店にはこのシリーズは10どころか
20作くらい並んでいるので安心。

前作で、ケイの心の支えになっていた元FBIのベントン・ウェズリーがずっと
追っていた凶悪犯に殺されてしまって、冒頭、ケイ宛てのベントンの遺書から
はじまります。

悲しみに打ちひしがれているなか、ヨーロッパから来た貨物船に死体が発見さ
れて、港に急行します。しかし現場には顔なじみの警察はおらず、いるのは新顔
の女性刑事。
なんでもケイに対して対抗心というか挑発的で、話をきけば、なんとマリーノ
(シリーズ1作目から登場するリッチモンド市警察の警部でケイとともに難事件
に取り組んできたパートナー)は刑事から制服警官へと配属を変えられてしまった
のです。

女性刑事のアンダーソンは、新しく赴任した女性副署長ブレイの覚えめでたく、それを
いいことに態度がでかいのですが仕事はからっきし役立たず。

貨物船の中の死体はほとんど腐っていて、奇妙な刺青、高価な服装、見たことのない
細い毛、そして「狼男」というフランス語が死体の入っていた箱に書かれています。

そこでフランスにあるインターポールに問い合わせてみることに。ところでこの
死体の検屍をしようとしますが、さきほどの女性刑事、アンダーソンがちょっかい
を出してきたり、検屍局のモルグ主任は鬱陶しく、仕事になりません。

なんでも最近の検屍局内では備品の盗難が相次いで起こっていて、なんとひどい
ことに、誰かがケイの名前を騙ってネットのチャットルームであることないこと
書き込んでいるのです。
それを新任のブレイ副署長が問題にして、ケイを追い出そうとしているとの噂が・・・

単なる女性同士のやっかみなのか、あるいは背後にもっと厄介な陰謀があるのか。

「狼男」の正体が依然わからないままでしたが、インターポールから、というよりも、
なぜか上院議員から連絡があり、ケイとマリーノはフランスのインターポール本部へ
向かうことに・・・

シリーズの主要人物であるケイの姪ルーシーは、フロリダで麻薬組織のおとり捜査
という危険な任務に。いよいよ一網打尽、というところで失敗していまい、あろう
ことかルーシーはいっしょに捜査にあたっていた相棒を撃ってしまい・・・
こちらのトラブルもまたケイの悩みの種に。

そしてこの10作目で、ケイに新しいロマンスが・・・?それも曖昧なままで終わって
しまったので、次作へ持ち越しということでしょうか。

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