晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

新田次郎『孤高の人』

2018-10-06 | 日本人作家 な
先月は2回しか投稿できませんでした。
誰に謝ってるのかわかりませんが、とにかくすみ
ません。
ここから見苦しい言い訳。先月の中頃ぐらいから
でしょうか、関東南部では最高気温が真夏日に届
かなくなって夜も熱帯夜から解放され、そうなる
と眠りも深くなって、1日の読書タイムは寝る前
の1時間ほどなのですが、ベッドに入るといつの
間にか朝になっててビックリです。

それはさておき、新田次郎さん。「新田次郎文学
賞」という、時代小説や自然分野の小説に贈られ
る賞だそうですが、日本の山岳小説の第一人者な
のだそうな。

なぜこの本を読もうと思ったのか。NHKのBS
でやってる「グレートトラバース」という番組が
ありまして、プロアドベンチャーレーサーの田中
陽希さんという方が、作家で登山家の深田久弥の
本「日本百名山」の全山を徒歩と海はカヤックの
みで一筆書きのように移動しながら踏破するとい
うのがあるのですが、朝の6時から再放送をやっ
てまして、犬の散歩に行ってきて朝ごはんを食べ
ながらぼーっと見てたらいつの間にかハマってし
まい、といっても登山に行ったりはしませんが、
でその「日本百名山」を本屋で探したんですが見
つからず、代わりに何か探していると文庫の表紙
の槍ヶ岳の写真とピッケルを見て「おお、これは」
と思い買ったというわけ。

さて、この小説は、加藤文太郎という戦前に実在
した登山家の物語です。
明治になって欧米から登山という文化が入ってき
たのですが、登山は上流階級の独壇場で当時は高
価で揃えるのも大変だった登山グッズに身を包み、
複数人でパーティーを編成して山に詳しい案内人
を雇って、というものでした。そして主流は関東。
そこに、難しいとされている山を次々と登頂して
いく、しかも単独でという人物がいるという話が
山岳界で拡まります。神戸在住の加藤という工員
で、格好はナッパ服(作業着)に地下足袋、しか
も恐ろしいほどのスピードで歩くので、はじめこ
そ「そんなのは登山じゃない」と受け入れられな
かったのですが、やがて専門誌に取り上げられて
有名になります。

加藤は、兵庫県の日本海側に生まれ、高等小学校
を卒業すると、神戸の造船所の技術研修生になり
ます。加藤はよく六甲の山に登って故郷の方角を
見たりしていたのですが、そこで研修所の教官で
造船所の技師である外山三郎と出会います。外山
は神戸の山岳会に所属していて、加藤が六甲の山
を平地と同じ感覚で歩くその脚力に着目し山岳会
に誘いますが、加藤は「別に山登りは好きではあ
りません」と断ります。しかし外山は加藤に地図
の見方を教えたりと彼のよき相談役になります。

もともとそんなに社交的ではなかった加藤ですが、
研修所時代に影山という陰険な教官に目をつけら
れたり、仲の良かった同期の研修生が政治活動に
熱心になって警察にマークされて加藤が尋問され
たりということがあって人間嫌いになります。
じつは加藤、愛想笑いをしようとするのですが、
引きつった(ニヤリ)という顔になって、周りか
らは「バカにされてる」と思われたりして、まあ
なにかと損ではあります。
そんな加藤に外山は山の魅力を教え、山岳会の人
と引き合わせたりして、やがて登山にのめり込ん
でゆくのです。

まだこの当時、世界最高峰のエベレストに登頂し
た人はいなく、加藤は自分が人類初のエベレスト
登頂をするんだと少ない給料から「ヒマラヤ貯金」
と称してコツコツ金を貯め始めます。
そして、ヒマラヤに行く(訓練)として、冬の日
本アルプスに単独で行くようになります。
寒さになれるため、神戸の家でも冬に庭で寝たり、
食糧難を想定して、甘納豆と揚げた小魚だけを持
参し、雪を溶かしてお湯にして飲むという苦行者
のようなことをします。
冬季の槍ヶ岳単独登頂や北アルプスの単独縦走と
いう、この当時では考えられないような偉業をつ
ぎつぎと達成し、この頃から「単独行の加藤」や
「不死身の加藤」さらに「地下足袋の加藤」など
と噂になります。しかし一部の山岳愛好家からは
命知らずや無謀といって加藤をバッシング。

そんな加藤ですが、冬山にいると孤独感に襲われ、
人嫌いなのですが無性に誰かと話をしたくなって
ある登山パーティーに仲間に入れてくれとお願い
しますが断られます。
それでも毎年冬になると会社の休暇日と有給を使
って山に登ります。加藤は「なぜ山に登るのか」
の答えを見つけようしますがこれという正解は見
つかりません。

加藤の日常生活に大きな変化が。なんと結婚する
のです。相手は故郷の幼なじみ。まあこれにはい
ろいろと複雑な事情もあったりするのですが、そ
れはともかく、これからは独身時代のように登山
を優先というわけにもいかなくなります。
「独身最後の登山」といって結婚式当日に山に登
ってたら式に遅刻するというなかなかアレな加藤
ですが、やがて子も生まれ、それまで有給を限界
まで使う代わりに残業も率先していたのですが、
終業時間になると真っ先に家に帰るようになった
ことを会社で揶揄われたりしても照れ笑いを返し
たりと人間が変わったようになります。そして唯
一の生き甲斐といってよかった「山に登りたい」
という欲も薄れてきます。

そんな中、加藤を敬愛してやまない宮村という友
人から「いっしょに北鎌尾根に登ってほしい」と
頼まれるのですが・・・

新田次郎さんは、中央気象台(現在の気象庁)の
職員で富士山観測所で勤務しているとき、富士山
を単独で登山していた加藤文太郎にお会いしたそ
うです。

山で吹雪に会ったり大変な目に遭ったときに、だ
いたいの人は「こんちくしょう」とか「なにくそ」
と思ったりしますが、加藤は「そういう目に遭う
のは山に悪態をつくからだ」と思うようになりま
す。勝手に登って勝手に危ない目に遭って悪態つ
かれたら山だってたまったものではありません。

ストーリーとは直接関係ないのですが文中でよく
「ルックザック」という文字が出てきて、おそら
くリュックサックのことだろうな、きっとこの時
代はそう呼んでたんだろうと思ったのですが、調
べましたらなんてことはない、リュックサックの
ドイツ語読みがルックザックですって。

にしても文庫上下巻で計1,000ページにおよ
ぶ長編。疲れました。
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中山七里 『連続殺人鬼カエル男』

2014-01-27 | 日本人作家 な
この作品は、このミステリーがすごい!大賞の最終選考に残った作品で、
ちなみにこの年の受賞作は同じ作家の「さよならドビュッシー」。
これをお蔵入りさせるのはもったいない、ということで出版となった
ようですね。

埼玉県の某市にある高層マンションで、口にフックをかけられて宙吊り
状態になっている女性の死体が発見されます。

現場には、拙い文章の犯行声明分が。これは猟奇的犯行なのか、はたまた
怨恨による犯行か、埼玉県警捜査一課の古手川は先輩の渡瀬と捜査に出ます。

しかし、被害者と生前に交際していたという男が見つかるのですが、怪しい
そぶりはあるものの、犯人ではありません。

そのうちに、第2の犯行が。

今度は、廃車工場で、プレスされる車の中に老人の死体が・・・

またも、拙い文章の犯行声明分が出てきます。

次々と起こる殺人事件。犯人を捕まえられない警察に対して、次第に市民から
怒りの声が上がるように。

すると、第3の犯行が起こって、この一連の事件には、ある”法則”があるのでは、
と気づいた渡瀬ですが、あまりにも幼稚な発想で、一旦はその自説を引っ込めます
が、記者会見の場で、ある記者にそこをズバリ予想され、それが記事になるや、
街はパニックに陥ってしまうのです・・・

連続殺人の”法則”とは、それによって次の犯行の被害者になるのは誰か。
警察は頼りにならないと自警団を作る市民。一部の過激な団体は、犯人は過去に
心神喪失か心神耗弱で減刑されたことのある人だと決めつけます。

そして、とうとう市民の怒りは頂点に達して、警察に殴りこみに・・・

先に「さよならドビュッシー」を読んでしまったので、2転3転のどんでん返し
の展開になるだろうなあ、と予想してたら、その通りでした。

市民がパニックになるという話は過去にも読んだことがありますが、いずれも
その原因というのは振り返ってみれば些細なもので、しかし、この話の中に出て
くる、市民が警察署を襲うシーンなどは、先の震災で、よく海外のニュース映像
で見るような市民がスーパーに入って商品を強奪したりするようなことは起こら
なかったことを考えると、日本人はそこまでモラルの崩壊は早くないんじゃない
かな、なんて思ったりして、フィクションとは分かっていても、うーん、という
変な感じが残りました。

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中山七里 『おやすみラフマニノフ』

2013-11-03 | 日本人作家 な
「このミステリーがすごい!大賞」の受賞作品はほぼ読んでるのですが、
もちろん大賞受賞作は数多くの候補の中から選ばれているだけあって
(賞金額も国内トップですから選ぶ方もプレッシャー凄そう)クォリティ
は高くてどれも読み応えあります。

が、2作目を読みたいかどうか、となると、これがどうにも。

デビュー作「おやすみドビュッシー」を読み終わって、ああもう次の作品
が読みたくていてもたってもいられない、なんて気持ちになったのは、「この
ミス」受賞作では久しぶり、というか海堂尊以来。

前作で見事に事件を解決した新進気鋭の若手ピアニストの岬洋介が、今作では
名古屋にある音楽大学の臨時講師として登場します。

物語は、この音大で、時価2億円といわれるチェロが、侵入不可能の密室(防音
の練習部屋」から消えた、というところから始まります。

主人公は貧乏音大生の城戸晶。城戸は学費滞納で前期分を納めなければ学籍抹消
させられてしまいます。ぶっちゃけ音大なんて卒業してもプロになれるのは国内
や海外のコンクールで優勝したりできるひと握りの人たち、あるいは特別なコネ
のある人。教職で音楽の先生も狭き門。そんな中で音大中退なんて、苦労して
学費を工面してくれた母親に申し訳ありません。
トンカツ屋で夜遅くまでバイトをしていますが、店長から「良かったら社員に」
なんて言われて、嬉しい半面、音楽家としての自分の進路が見えない自分に苛立ち
ます。

さて、この音大ですが、学長は国内トップピアニストの柘植彰良。学長の孫の初音
もこの音大に通っていて城戸とは仲良し。
年に1回、定期演奏会が開催されるのですが、もう高齢で現在はコンサートで弾いたり
しない柘植学長が演奏会で弾くとあって注目度が高く、この演奏会に選ばれる学生は、
卒業後にプロの楽団に就職できたりするのです。

さらに城戸にとってはありがたいことに、ここに選ばれれば学費免除という特典が。

バイトで練習時間もありませんがオーディションを受け、なんと第一ヴァイオリンに
合格。さらにコンサートマスターに選ばれます。

ところが、定期演奏会の練習がはじまろうかというときに、チェロが紛失したのです・・・

犯人の目的は金か、あるいは定期演奏会を妨害しようとしているのか。学校側は警察には
届けず、学校内に調査委員会を作るというのです。というのも、初音がいうには、祖父の
柘植彰良は芸術院に入ることが確定していて、変なスキャンダルは起こしたくない、との
こと。

演奏会のオーケストラの指揮をする教授は調査委員会に入ってしまい、代わりに来たのは
嫌われ者の准教授。これによってオケの雰囲気は最悪、仲間同士でもいがみ合い。
コンマスとして城戸はなんとかしようと、音楽講師の岬洋介と犯人探しをしようとしますが、
第2の事件が学内で起きて・・・

文庫のあとがき解説でプロも認めるほど、この作品の演奏描写は息を呑むほど臨場感に
あふれてグッと引き込まれます。

そして、岬洋介の素性も明らかに。3作目はどこか舞台でどんな事件が起こるのか。
はやく読みたい、と思ったら今年の1月に「いつまでもショパン」という作品が出てる
ではありませんか。わー。


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中山七里 『さよならドビュッシー』

2013-05-21 | 日本人作家 な
とりあえず、気になる文学賞の受賞作品は読んでおこうとは思うのですが、
いざ本屋へ行くと、他にも気になる本があったりして、それらを優先した
りして、どうにも追いつきません。
直木賞はもちろんのこと、ほかには山本周五郎賞、江戸川乱歩賞、本屋大賞、
そして、このミステリーがすごい!大賞、といったところ。

『さよならドビュッシー』は、このミステリーがすごい!大賞受賞作で、
映画化もされましたね。あ、今上映中でしたっけ。

ピアニストを目指す香月遥は、春から音楽科のある高校に通うことになって
いて、今日もピアノ教室で先生のキツイ指導を受けています。一緒に教室に
通っている片桐ルシアは、遥にとっては従姉妹。ルシアはインドネシア生まれ
で、両親はスマトラ沖地震で亡くなり、孤児となったルシアは香月家に来て、
遥の親はルシアを養子縁組したいと思っているのですが、日本国籍ではない
ルシアを、ましてや震災でゴタゴタしているインドネシア政府も確認は後回し
にしている状態で、なかなか正式に養子にはできません。

さて、ルシアもピアノの腕前はなかなかのもので、そんなある日、ピアノ教室
にお客さんが。なんと、期待の新鋭ピアニストの岬洋介ではありませんか。
遥は緊張してしまいます。

レッスンも終わって家に帰り、一緒に住んでいる祖父に、今日ピアノ教室に
岬洋介という有名なピアニストが来たんだよ、と告げると、なんと祖父は
「その男ならお前たちが出かけたあとにここに来た」と言うのです。
祖父の持ってる賃貸物件に引っ越してくることになり、その挨拶に来たとの
こと。

ところで、遥の祖父は、会社を経営している資産家で、脳梗塞で今は車椅子
での生活となり、母屋の横にバリアフリーの離れを建ててそこで寝起きして、
介護士のみち子さんがほぼ毎日お手伝いに来ています。

この家に暮らしているのは、遥、遥の両親、ルシア、そして研三叔父さん。
研三は遥の父の弟で、漫画家になる夢を追い続けて、仕事をしていません。

ある日のこと、両親が法事で出かけて、研三叔父さんもどこかへ出かけたので、
遥とルシアは、夜はお爺ちゃんの離れにある客間で寝ることに。
その夜、遥は苦しくなって目覚めます。あたりは煙。急いで部屋から出ようと
しますが、廊下は炎に包まれていて、やがて轟音とともに・・・

それから、どのくらい時間が経ったかわかりませんが、意識が戻ります。
お腹の皮膚になにか感じます。誰かが、指でお腹をなぞって、字を書いている
よう。そこで、全身大火傷で病院に運ばれて、皮膚移植手術で一命をとりとめ
たことが分かります。
それから数日、耳の鼓膜まで損傷は無かったらしく、包帯を緩めてもらい、
お医者さんの「聞こえるか?」という音が。そして「遥?お母さんの声が聞こ
える?」という懐かしい声も。

そこで、お爺ちゃんとルシアは残念ながら助からなかった、と聞かされて、
ショックに。

そこから懸命にリハビリに励み、家に戻れるようになってからも、祖父の介護
をしていたみち子さんが介護をしてくれることに。
それから数日、家に祖父の顧問弁護士がやってきます。遺産相続の話で、遺言
によると、総遺産の十二億円の半額は遥に、残りの二分の一は祖父の息子、
つまり遥の父と研三叔父さんに、みち子さんには三百万円が支払われる、と
書かれてあった、と弁護士。
ですが、遥と研三の遺産に関しては、信託財産に入るように指定されていて、
自由に使えないようになっています。

遥は全身包帯で松葉杖という状態で、遅れて高校の入学式に。しかし学校側
からは、推薦で入ったからには、他の生徒と例外なく、出席日数、そして
高校在学中にコンクールに出場して賞をとらないと、特待生資格が失われる、
と告げられます。

しかし、遥は、ピアノをあきらめないと誓います。が、リハビリの成果で
多少は腕が動くようになったものの、以前のようにピアノを弾けるまでは
回復できていません。ピアノ教室の先生は、教えるのは無理と言いますが、
そこに「遥さんのレッスンは僕に任せてもらえませんか」と、岬洋介が・・・

そこから、まさに血の滲むようなレッスンがはじまります。といっても
強烈なシゴキなどではなく、岬洋介の指導はとても理にかなっていて、遥
の上達はとても早く、これには学校側も、そして病院の先生も驚きます。
なんと遥は、まだ包帯も取れず松葉杖での歩行なのに、有名な学生ピアノ
コンクールに、学校推薦で出場することに。

ですが、そんな遥につきまとう根性の腐った同級生が数人いて・・・

遥は、回復はしたといっても、全力でピアノを弾けるのは5分が精いっぱい。
コンクールの課題曲、自由曲は高度なテクニックを要する難曲で、しかも
5分を超えます。しかし諦めてはいられず、岬先生と特訓します。

ところが、そんな練習も気が入らなくなる事態が。遥が家の階段を登ろうと
したら、滑り止めがはがれて、危うく頭から転倒するところ。
そして今度は、松葉杖に細工がしてあったのか、留め具が外れて、またも
転倒しそうに。
遥は岬先生に相談します。犯人は家の中にいるはずだ、と。遺産の分配に
納得のいっていない研三叔父さんなのか、たった三百万しかもらえなかった
介護士のみち子さんか、それとも、まさか両親が・・・

やがて、この一家の中で殺人事件まで起こってしまいます。が、岬先生は
何か分かっている様子で・・・

ひょっとしてあの火事はただの事故ではなかったのか。香月家に起きた
殺人事件の犯人とは。そして、それらの謎を解く岬洋介は、ただのピアニ
ストなのか。

最後の最後の大どんでん返しで、思わずうなってしまいました。

登場人物の描写、キャラ設定、相関なども見事で、文も読みやすく、
読み終わるやいなや、続編の「おやすみラフマニノフ」を買ってきて
しまいました。
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楡周平 『骨の記憶』

2012-11-20 | 日本人作家 な
今までに読んだ楡修平の作品は、ハードボイルド、アクション的な、
ページをめくる手がとまらないスピーディー感といったようなもの
でしたが、『骨の記憶』は、じっくりと読んでいく、ページを遅く
めくる、そこに書かれている一文字一文字を噛み締めて、といった
感じ。

年老いた清枝は、夫の入院する病院にでかけます。今までは大きな
街の大学病院に入っていたのですが、お金を切り詰めなければばらず、
また夫も、かつて父が世話になった地元の病院がいいということに。

夫の弘明は、末期の状態で、余命はあとわずか。入院費や生活費は、
家が持ってる土地や山を売ってくれ、と言うのですが、じつは清枝
は、それらをとっくに売り払っていたのです。

かつては地元の名士だった曽我の家。しかし、大きな屋敷は今では
荒んだ状態。しばらく放っておいたので掃除をしなければ、とため息
をつく清枝。そこに宅配便が。

送り主は「長沢一郎」とあります。長沢は、清枝と弘明の中学の同級生
で、中学を卒業して東京に就職し、わずか一年で火事で死亡しています。
そんな長沢からどうして今さら荷物が?

タチの悪いいたずらと思い、箱を開けてみると、中には人骨が。

手紙も入っていて、そこには、「この骨は、50年前に失踪した、あなたの
父、杉下良治氏のご遺骨です」とあります。そして、50年前の失踪事件の
真実が書かれていて・・・

ここから、東北の片田舎に暮らす少年、長沢一郎と曽我弘明の話にタイム
スリップ。
一郎の家は貧しい農家で、毎日食べていくのがやっと。もう小学5年生の一郎
は大事な「働き手」なのですが、曽我の弘明と遊ぶといえば、家の手伝いから
解放されます。
というのもこの地域では曽我といえば大地主で篤志家、地元の名士で、近々、
製材所を建てるので、そこで働かせてもらいたいので、いわば一郎と曽我の
息子を「顔つなぎ」させておく、という腹積もり。

そんな一郎と弘明ですが、他人にはどうしても言えない”秘密”があります。
それは、小学校の杉下先生が、キノコ狩りに出かけるといったまま行方不明
になった事件の”真相”だったのです。
杉下先生の娘で、美人の優等生、杉下清枝は、父の失踪のあと、仙台に引っ越
します。
”秘密”は中学の卒業までしっかり守られ、やがて一郎は集団就職で東京し、
弘明は仙台の私立高校に進学、と別々の道に。

一郎は、都内のラーメン屋で働きはじめますが、食べ物屋なら食いっぱぐれが
無いという甘い考えが吹っ飛ぶような劣悪な職場環境。くわえて地理も分からず
出前は遅刻、行く先々で訛りをバカにされます。
しかし、そんな中でも一つ上の先輩、幸介はいろいろ気を使ってくれ、時には
悪い遊びも幸介に教えてもらったりします。

ところが、幸介が店の帳簿をごまかして金をちょろまかしていたことが発覚、
幸介は即刻クビ、そしていつも一緒にいた一郎も疑いの目が。
そして、ふだんは無口な先輩から、はやくこの店を辞めて別の仕事を探した
ほうがいいよ、とアドバイスされますが、しかし行くあてがありません。

その日の夜、一郎の寮に遊びに来た幸介。いざとなったら俺が仕事先を紹介
してやるとデカイ口を叩いて酔って寝てしまいます。
一度実家に帰って、それから身の振り方を考えようとする一郎。

上野から電車に乗り、福島の郡山に着いたあたりで、持ってきた雑嚢を開くと、
その雑嚢はなんと幸介のものだったのです。
この当時、幸介や一郎の父親世代はもれなく徴兵に行っていて、そこで支給され
た雑嚢は同じ規格のものなの。
中には、幸介の話していた、戦死した父親の恩給の証明書、そして田舎の土地の
権利書、さらに少ないながら現金も。
これはいけないと思って上野に戻る一郎。

そして、寮の最寄駅に着くと、その寮がある方面が騒がしく、消防車や野次馬が。
寮は全焼していました。怖くなって、その夜は上野の安宿に泊まり、翌朝、新聞
を見てみると、寮が漏電で全焼し、ふたりの焼死体が発見された、とあります。
ひとりは、となりの部屋の若いお医者さんで、もうひとりは「長沢一郎」・・・

ちょうど背格好、年齢もさほど違わず、同じ男性で、一郎の部屋から発見された
ことで、幸介の遺体は一郎ということになってしまいます。

今まで、ろくな人生じゃなかった、もしかしてこれは何かのチャンスなのでは、
これからは「松木幸介」として生きていく・・・

さて、一郎は、これから幸介となるわけですが、幸運なことに幸介の身寄りは
いなく、顔バレするとすればかつての職場のラーメン屋か、彼の地元くらい。
さっそく、運送屋に面接にいくと、あっさりと採用されます。時はおりしも、
まもなく開催されるオリンピックのおかげで好景気。

それから一郎は、「棚ぼた」で手にした金と、もともと持っていた(ラーメン屋
では発揮できなかった)才覚で、どんどん出世して、やがては関東でもそこそこ
大手の運送会社の社長になります。

一郎(幸介)の出世ストーリーはさながら昭和の東京を舞台にした経済小説。
ところが、彼の少年時代に犯した”罪”は、まるで彼につきまとうように・・・

別人に成り変わって生きる、というのは昔からよくある話ではありますが、
そこにまたちょっと隠し味があったりして、最後はちょっと恐ろしいです。

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楡周平 『フェイク』

2012-08-16 | 日本人作家 な
楡周平といえば、ハードなアクションエンタテインメント小説でおなじみ
ですが、この『フェイク』は、ソフトな路線。

主人公、陽一は、田舎で生まれ育ち、大学入学のため上京。大学といっても
名乗るのが恥ずかしいような偏差値最底辺の大学で、就職活動も悲惨な状況
で、かろうじて内定をもらったところが、飲食関係の会社。

といえば聞こえはいいのですが、ようはクラブのボーイ。といってもそこら辺
の安キャバクラなどではなく、いちおう銀座の一流クラブ。しかし安月給。

ある日、下半身に違和感があって、病院に行ったら性病といわれ、高い薬代
を払い、大学時代の友人で、実家の酒屋(歌舞伎町にある)で働く謙介に
借りる始末。

さて、そんなカツカツな生活を送る陽一ですが、よそのクラブから引き抜かれ
てきた新しい摩耶というママの専属運転手をすることに。なんとボーイの月給
とは別に日当がもらえるとあって、陽一は大喜び。この摩耶ママ、少人数の太い
客(来店のたびに大金を落としてくれる上客)を引っ張ってきて、年収はなんと
一億近くというから驚き。
さらに、ひとりの上客の愛人をしていて、高級マンションに住んでいます。

そんな摩耶ママの送迎をするようになって懐具合もよくなり、大学時代からお
付き合いをしている彼女、さくらとデート。
急に羽振りのよくなった陽一から、ホステス業についてあれこれ聞くさくら。
なんでも、実家の印刷工場が大変らしく、ホステスになりたいというのですが、
陽一は反対します。するとさくらは、じゃあ風俗をやる、と言い出します。
仕方なく、摩耶ママに話だけはすると約束することに。

なんと、摩耶ママはさくらを気に入って、ママの妹分ということで採用。

しかも、実家の印刷工場の話を聞いて、ママの上客のひとりから、印刷の仕事
を回してもらうことに。

ママとはプライベートな話や悩みなども聞くようになる陽一ですが、送迎の
ほかに、もう”ひと仕事”があるんだけどやらない?というお誘いが。

それは、さくらの印刷工場に仕事を回した、ワインの貿易をしている社長が、
とある事情で安いワインを大量に仕入れてしまい、それを捌くために、陽一
の働いてるクラブに置いてあるワインとすり替えてほしい、というのです・・・

そもそも、ディスカウントショップにいけば数千円で売られているものを
数万~数十万で売る銀座のお店で、それを”見栄”だけで払うような客に
ワインの味など分かるはずもない、と怖気づく陽一にはっぱをかけるママ。

さくらの実家に仕事が回り、社長も無駄になるはずだったワインが捌け、その
おかげで陽一には臨時収入が入り、ママも大助かり。
しかも、うっかり謙介に話をしてしまい、歌舞伎町のホストクラブにワインを
卸しているということもあって、その”ビジネス”に乗せてくれ、ということで
謙介も加わることに。

ところが、そうそうウマイ話が続くはずもなく、謙介は大金を手にして調子に
乗って、ノミ屋で競輪をやって大借金をこしらえて、ワインの裏仕事を頼んだ
社長は買い付け先の海外で脳梗塞で倒れ、さらに追い討ちをかけるように、
ママの妹分としてホステスのイロハをママから教わっていたさくらが店を
移るというのです。しかも摩耶ママの愛人だった上客を寝取って・・・

ヤクザに追われる謙介、ワインの仕事はいったん無かったことになり、摩耶ママ
は悲しいやら怒りやら、そこで摩耶ママは、なんとか”元”愛人をギャフンと
いわせたいと、ある策略を計画するのですが・・・

いわゆる「コン・ゲーム」とよばれる詐欺小説。詐欺といっても、騙されるほうに
救いようのない悲劇が訪れることはなく、痛快さがあって、楽しめました。

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夏目漱石 『草枕』

2012-06-07 | 日本人作家 な
国語のテストで、有名な小説の冒頭だけ出して、さて、このタイトルは
なんでしょう、という今にして思えば意味不明な問題がありましたね。
読んでもいない小説の冒頭1行を「覚えている」ことが国語の能力とどう
関係があるのか・・・

まあ漱石でいえば「吾輩は猫である」「坊ちゃん」の冒頭はあまりにも
有名ですが、『草枕』の冒頭「智に働けば角が立つ、情に棹させば流され
る・・・」も知られています。

明治時代の小説は、それまでのわかりやすい、例えば勧善懲悪といった
シンプルな、ときに物語を面白くする流れ上、ちょっと無理があるんじゃ
ないの、という展開を否定するといったムーブメントがあって、それら
の多くはヨーロッパで主流だった自然主義に傾倒していったのですが、
漱石はその流れに乗らず、周りの「主流」な小説家、批評家たちは漱石
の小説を貶していたりしていました。

かといって漱石も負けじと批判していたかというとそうでもなく、逆に
物語性や人物描写を重視する「分かりやすい」小説を書き続けることに
よって、自分なりのスタンスを保っていたように思います。もっとも、
後世の評価によると、当時の自然主義作品よりも漱石の小説のほうが
よほど「自然主義」だ、ということらしいですが。

さて、『草枕』ですが、「自然派、西洋文学の現実主義へのアンチテーゼ
を込めてその対極にある東洋趣味を高唱」ということで、物語性があるには
あるのですが、ところどころ破綻があったりします。なんといいますか、
主人公の「心情」がときに物語の進行をジャマするくらいに長々と描かれて
います。

基本的な筋としては、東京に住む若い画家(文中では「画工」)が地方の
山奥にある温泉に向かい、そこの宿屋にいる那美という女性に惹かれて、
そこに住む人々との交流などがありますが、画工がいっこうに絵を描こう
とせず、那美を描きたいと思い、「これ」という一瞬の表情を待ち・・・

といった、これだけ見ると「普通の小説」のようですが、前述のように、
物語はところどころで途切れて、漢詩や俳句はしょっちゅう登場、ここまで
敢えて心情をこれでもかと描くのはデフォルメしているようです。

そして、初期~中期の漱石の作品にしばしば登場する、房総半島の一周旅行
が『草枕』の中でも出てきます。よほど忘れられない旅だったのでしょう。


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楡周平 『クーデター』

2012-05-15 | 日本人作家 な
もしも、この「平和ボケ」した日本に、いきなりどこかの国が攻めてきたら・・・
という小説は前に読んだことがありましたが、その「どこかの国」もトップが
死去して3代目が就任してというゴタゴタはありましたが、まだ現実にはなって
いないので、まあ良かったといいますか。

『クーデター』の中で、北陸地方にある原子力発電所が出てくるのですが、
今まさに再稼働問題に揺れていますね。そこがもしも武装集団に狙われたら・・・
文中にも出てきますが、もし爆発なんてことにいなれば放射能が漏れ出して、
ここは人が住めなくなってしまう、と。

CIAがモスクワからあるメッセージを受け取ります。それは、マフィアが武器
を日本人に売った、というもの。しばしばヤクザが拳銃を密輸していますが、今回
の取引はそうでもなさそう。

日本海上で武器を受け取ったのは、元自衛隊員という肩書きの男と他数人。
彼らは何者なのか。

またもやCIAはロシアマフィアが密輸をしようとしているという情報をつかみます。
どうやら北朝鮮が絡んでいるらしく、たまたま日本海を航海していたアメリカ海軍の
潜水艦に、密輸をしている貨物船の爆破を命令。
しかし、潜水艦が魚雷を発射する前に、貨物船は自爆して、潜水艦は貨物船の真下に
いたために沈没してきた残骸に激突、緊急浮上しますが、その場所は日本と北朝鮮の
海の国境線すぐ近く・・・

戦地から戻ってきた戦場カメラマンの雅彦は、久しぶりに恋人でキャスターの由紀と
再会しますが、由紀はちょうど北陸の原発の取材で出かけます。
そんな中、飛び込んできたのが、潜水艦が国境沿いに浮上したというニュース。

そして、その日の夜、武装集団が原発の近くにいると警察に電話があり、現場にかけ
つけた警官、警察車両や機動隊が攻撃されます。
武器に期間中や追撃砲を使っていて、これは北朝鮮の軍が攻めてきたのか・・・

しかし、それにしては、どこか出来過ぎの感があると思う雅彦。この武装集団は
何者なのか考えているときに、なんと由紀が、現場に行ってレポートするという
のです・・・

そのあとにも、アメリカ大使館に車が突っ込んだり、国会に青酸爆弾が仕掛けられ
たり・・・

こんな状況でもありながら、政府はちんたらぽんたらと、責任問題だの、次の選挙
だの、どうでもいいことで自衛隊の発動に二の足を踏みます。
はたして首相は発動の許可を出すのか。

派手で血なまぐさいシーンもありながら、戦場カメラマンとキャスターの話もあり、
このふたつのストーリーをバランス良く織り交ぜていてどちらの邪魔もせず、見事。


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野沢尚 『深紅』

2011-12-09 | 日本人作家 な
野沢尚の作品は、出版された順こそバラバラですが、けっこう
読んでます。ちなみに初期の「恋愛時代」は、今までに読んだ
恋愛小説の中でナンバーワン。

それはそうと、この『深紅』は、吉川英治文学新人賞を受賞した
のですが、選考では、前半の盛り上がりに比べて後半のが弱い、
という指摘があったそうですが、なるほど読んでみると、その感
は否めないんですけど、読み終わってみると、これはこれで絶妙
なバランスで構成されているなあ、と。

まず、第一章で、修学旅行中の小学生、奏子が旅館で眠っている
と、先生が部屋に来て、家族が事故にあったので東京に帰る、と
告げられます。
長野から、先生と奏子はタクシーに乗って東京へ。車中、先生との
会話の中で、これは「ただの事故」ではないと奏子は悟ります。
この道中、高速のパーキングでトイレに入ったときに見かけた、酔
っ払いの女性、東京に入って道に迷っった長野の運転手にキレる
先生など、こういったひとつひとつの細かい描写が、あとで何かに
絡んでくる布石か?と感じさせる(実際は特に絡んできませんが)
くらい、ドキュメンタリー的にゾクゾクしてきます。
(監察医務院)に向かってると知り、病院ではない名前のところに
家族がいると思うと、奏子の心の中にあった(もう家族は全員死ん
でるんだ)という予感はいよいよ確信に。
そこで叔母さんと会い、小学生には聞かせられないようなショック
な出来事は伏せられて、ただ死んだ事実だけ聞かされるのです。
それから年月は過ぎて、叔母の家で暮らすようになり、奏子は大学
生に。

そして第二章。秋葉家に浸入して、夫婦と幼い男の子ふたりを殺し、
顔をハンマーで潰したという事件の犯人、都築の上申書が書かれて
います。それによると都築と秋葉由紀彦(奏子の父)は仕事上の
付き合いがあり、契約のトラブルで秋葉に騙されて大金を失い、さら
に妻も病死し、都築は一家を皆殺し・・・
これがマスコミで発表されるや、すでに死刑判決が出ている都築の
言い訳だなんだとバッシング。
この日に修学旅行で家にはいなかった“おかげ”で生き残った奏子
は、自分ひとりが生き残ってしまったことに対する罪悪感のような
感情が植え付けられてしまい、カウンセリングに通って、その心理
療法も終わり、大学では友達も恋人もできて、といった中で、都築
が「なぜお父さんとお母さんと2人の弟を殺した」のか、その動機、
経緯を知り、さらに、都築には事件当時11歳の娘がいたことも知り、
ふと奏子は、その娘に会いたくなります。

都築の娘に会いたい理由、それは復讐なのか、それとも・・・

前半に比べて後半が弱い、というのは、正直いって「ミステリやサスペ
ンスの定石」に比べて、ということだと思うのです。
何でしょうね、野球でもサッカーでもいいですけど、前半早々に、思わず
飛び跳ねたくなるような素晴らしいプレーで得点が入って、それから試合
終了までその虎の子の1点を守る側、攻め続ける側、ロースコアで終わった
としても、これは歴史に残るゲームだった、というのはあるわけで、バカスカ
点の取り合い、あるいは9回裏の逆転サヨナラホームランだけが感動では
ない、ということですね。

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乃南アサ 『鍵』

2011-11-25 | 日本人作家 な
乃南アサの作品を読むのは、直木賞受賞作の「凍える牙」以来
2作目でして、この作家さんの特徴みたいなものはよく掴めて
いないのですが、まあひとつ言えるのは、昔こそ“女流作家”
というカテゴリーは確かにあったとは思いますが、もはや男女
による違いというのは無いのではないかと、乃南アサや高村薫
、服部真澄などを読むたびにそう感じるわけであります。

さて、この『鍵』という作品、まずタイトルのシンプルさから
想像するに、ヒッチコック的な匂いが。
ミステリー要素はあるにはあるのですが、それよりも、主人公
の高校生、麻里子と家族、その周辺の人たちの物語を主軸にし
ていて、人間ドラマが描けているミステリー、というよりは、
ミステリーが描けている人間ドラマ、こちらが正しいかと。

生まれつき耳が不自由で、補聴器をつけてかろうじて聞き取る
ことができる麻里子。母が亡くなり、あとを追うように一年後、
父が他界。残された兄の俊太郎と姉の秀子はこれから麻里子の
父代わり母代わりとなっていこうと思うものの、一家は麻里子
のことを気にかけてばかりで、俊太郎は、母はそのせいで死期
を早めてしまったと思うように。この上、自分も犠牲になりた
くはないと考えてしまい、妹につい冷たく接してしまいます。
それを嗜める秀子なのですが、やはり自分の幸せをおろそかに
しています。

こんな3人をよく知る俊太郎の友人で新聞記者の有作は、この
家の近くで若い女性が引ったくりに遭う事件が多発していると
言います。そんな時、俊太郎が家庭教師をしている麻里子の友
達が帰宅途中に、後ろからいきなり鞄を取られて・・・

この事件で奇妙なのは、鞄が違う場所で発見され、しかし必ず
切られているのです。中には現金は取られずにあったものも。

麻里子は、俊太郎と有作に、何かを伝えたいのですが、しかし
父の葬式以降、なぜか自分に対して冷たくあたる兄には言い出
せずにいます。
その「何か」というのは、下校中、電車の中で、知らない男が
麻里子にぶつかってきて、持っていた鞄に鍵を入れて、そのまま
走り去っていったのです。その男は誰かに追われているようで、
その鍵が何なのか分からず、しかし一連の事件は、若い女性の
鞄を狙った犯行で、これは関係あるのでは、と思うのですが・・・

そしてこの事件はとうとう殺人事件にまで発展。

自分の体が不自由なことでどこか引け目を感じながら生きてきた
麻里子。このままではいけないと思い、行動を起こします。

登場人物の感情が複雑に絡まりあって、その縺れを解く役割に
なるのが殺人事件と麻里子の持っている鍵、つまりミステリー
の要素。
どちらもおろそかにせず、ちょっと均衡を崩すとどっちつかず
の半端な内容になるところを、良い按配で一冊で二面の楽しみに。

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