晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

ジョン・アーヴィング『ガープの世界』

2020-02-24 | 海外作家 ア
前回の投稿から2週間も間隔が開いてしまいました。
言い訳というアレでもないのですが、今月に入ってから、ある勉強をしておりまして、それで読書タイムが減っていたのです。

もう長々と与太話を書き込まずに、とっとと本題。

アーヴィングです。けっこう久しぶり。というよりか、海外小説じたい久しぶり。

過去にも当ブログでアーヴィングの作品をいくつか取り上げておりますが、正直言って難しいです。その、なんというか、どこまで書いていいのかわからなくなるのです。説明が少なすぎたら面白さが伝わらないと思うし、さりとて説明過多だとネタバレになってしまうし、結局のところ「おもしろいから読んで欲しい」としか書けないのです。

素人書評ですので大目に見てもらうとして、抽象的なことをつらつらと書いておもしろさを伝える術といいますか筆力はありませんので、それでも「読むに堪えうる」ブログ記事にはしたいと思っております。

まず、のっけから強烈。主人公の名前はガープ。一応フルネームは「T・S・ガープ」というのですが、その(特別な)生誕からして、当ブログで知るのではなく「読んで欲しい」です。
というのもなんですので、ざっと登場人物紹介。母親は看護師でジェニー・フィールズ。父親は兵士。ガープは父親を知りません。

やがてジェニーは息子と学校に住み込みで暮らし、ガープはその学校に進学し、卒業すると、母と息子は作家になるための修行というか勉強のため、オーストリアのウィーンで暮らし始めます。しかしガープより先にお母さんのジェニーが作家デビューします。

ガープも作家デビューしますが、母の本はベストセラー。のちにジェニー・フィールズは「女性運動家」という肩書がつくようになります。

さてガープですが、学生時代に入っていたレスリング部のコーチの娘へレンと結婚します。ふたりの男の子のパパになるのですが、事故でひとりの息子を失い、新作の小説を発表しますがそれがベストセラーに・・・

この物語で重要なテーマのひとつが「性暴力」。

まだ子どものときに大人の男にとてもひどい目に遭わされた女性が出てくるのですが、その彼女を信望というか崇拝というか、最終的には狂信的になってしまう人たちや、ガープの母ジェニーのもとに集まる女性(性転換した元男性も)たちに、ガープは彼女たちの怒りの導火線に火をつけようとしますが、別にガープはミソジニー(女性嫌悪・蔑視)というわけではありません。ここで重要なポイントになってくるのが、ガープの「誕生秘話」。

アーヴィングの作品を今まで読んできて思うのは、不幸な登場人物を「ことさら不幸」にしないこと。嘲笑うようなニュアンスはなく、温かみのある「ユーモア」で深刻になりがちなテーマを「ふんわり」と軽く描きます。ウィーン在住時代にガープが出会った娼婦や母ジェニーを信望する性転換した元アメフト選手などなど。

さだまさしさんの「関白宣言」という歌がありますが、発売当時、一部の団体が女性蔑視だと問題視されたことがありました。印象に残る歌詞、特にはじめの部分だけを取り上げれば、確かに時代錯誤の男尊女卑思想と取れなくもないですが、最後まで聞くとそんな意図は無いことがわかります。

アーヴィングの作品も、流し読みだけすれば「なんてヒドイ」小説だ、となるのですが、「ちゃんと」読めばその意図は無いことはわかるでしょう。
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池波正太郎 『抜討ち半九郎』

2020-02-08 | 日本人作家 あ
さて、二月。

アカデミー賞にネット配信の作品がノミネートされるようになったのは去年からでしたっけ。今後はそれが話題になる事もなく普通になっていくのでしょうか。しかし一部の映画関係者・過去にアカデミー賞を受賞した映画監督などは反対していますがね。やっぱり銀幕がいいんでしょうか。

数年前、電子書籍にちょっと興味があって、買ってみようかななんて思ったことはあったのですが、相変わらず紙の本を購入しております。
ま、確かに地球の環境を考えればペーパーレスが望ましいんでしょうが、当たり前っちゃ当たり前ですが電子書籍は「ページをめくる」という行為が無いんですね。本を読み始めて、どんどん読み進んでいくと残りのページ数が少なくなっていく、あの名残惜しさもありつつ、達成感、充実感、満足感、なんでもいいですが、それが読書の楽しみでもあるのです。

あとは、この前、オンラインショップで本を買ったときも書いたのですが、本屋に行って、目当ての読みたい本が売ってなくて、書店をうろうろして、知らない作家さんの知らない作品をたまたま手に取って帯や裏表紙の解説を読んで買って見て読んだら面白かった、という「新しい出会い」もあったりするわけでして。

それはさておき『抜討ち半九郎』です。短編集です。

「奸臣」は、上州(現在の群馬県)沼田の城主、沼田家の話。ついこの前「まぼろしの城」という長編を読んだばかりで、その前に書かれた短編バージョン。城主の沼田万鬼斎は郷士の娘を側室にしますが、やがてその側室とに沼田家の家臣に出世した父親に篭絡されて・・・

「霧に消えた影」は、大谷吉継の家臣、蜂谷与助の話。もとは武田家の家臣でしたがその後徳川家へ、しかし大谷吉継は豊臣方。関ヶ原の合戦では徳川方のスパイとして・・・

「妻を売る寵臣」は、五代将軍・徳川綱吉の側用人、牧野成禎の話。綱吉と言えば「犬」でお馴染みですが、なんと家臣である成禎の奥さんを(お手つき)に・・・

「清水一学」は、吉良上野介の家臣で剣の名手、清水一学の話。殿中での刃傷事件から二年ほど過ぎ、上野介や他の家臣たちも旧赤穂藩士たちの復讐からの警戒心が緩んできて茶会を開くと言い出し、その夜、ご存知例のアレ。相手方には同じ道場の門下生が・・・

「番犬の平九郎」は、もとは浪人で、藤代藩十万石の家老、永井主膳の用心棒、鳴海平九郎の話。藩で権勢をふるっていた永井主膳の駕籠が酒巻兄弟に襲われ、酒巻兄弟は山に逃げ込みます。それを追う平九郎ですが・・・

「猿鳴き峠」は、藩主の奥用人が討たれ、その仇討ちに長男の伊織に七人もの助太刀が付いて仇を探しますが、相手の反撃で次々と討たれ、生き残った奥用人の兄弟、つまり伊織の叔父は・・・

表題作「抜き討ち半九郎」は、今では乞食坊主ですが、かつては殺人も厭わない盗賊。十数年前に寺に侵入し奪った獲物で仲間割れをして・・・

それぞれの主人公の共通点といえば「悲しいなあ」ですね。
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井上靖 『天平の甍』

2020-02-03 | 日本人作家 あ
ここんとこ、井上靖ブームが来ています。

でも、まだ本を読むのが(趣味)とは言えないレベル、ようやく本を読む(楽しさ)に気付いた、そんなのころに井上靖さんの作品を読んでいたら、たぶん途中で投げ出していたような気がします。
いや別に文が難解というわけではありません。
なんといいますか、読書が習慣になってない人にはちょっと読みにくいかなあと思うのです。

ま、そこらへんはごくごく個人的な感想ですので、「自分はこどものころに読んだけどすらすら読めたよ!」という方がいらっしゃったらそれはそれで。

そんなことはさておき『天平の甍』です。
遣唐使、奈良の大仏、墾田永年私財法とか、そのあたり。この時代に日本史的に割と、けっこう、いやかなり重要な出来事があります。それは「唐招提寺の創建」。

日本史はもう遠い記憶のかなた、という方は
「ああ唐招提寺、鑑真だっけ」
なんと鑑真さん、5回も日本行きに失敗し、それでも日本行きをあきらめませんでした。
当時は船です。現代でしたら飛行機で来日してJALのハッピ着てタラップ下りて「鑑真がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」なんてことになったんでしょうが。

天平四(西暦732)年、朝廷は第九次遣唐使発遣を発表します。ここに、普照(ふしょう)、栄叡(ようえい)、戒融(かいゆう)、玄朗(げんろう)という四人の留学僧が行くことになります。
話の流れとしては、この当時の日本には、正しい仏教の戒律が無く、自分で勝手に「オレ今日からお坊さんッス」と名乗ることもできたそうで、兵役や納税から逃れるために農民が勝手に名乗るといったケースが各地であり、留学僧に与えられたミッションは、いちはやく伝戒師(僧侶に位を与える人)を連れてこい、というもの。

日本を出発した四艘の船は、三カ月以上かかって、蘇州に漂着します。そして内陸を西へ、洛陽に到着。ここで住まいを与えられ、いろいろ学ぶことに。
ここで普照、先の遣唐使で唐に滞在していたある人に出会います。その人とは下道真備(しもつみちまきび)、そう、のちの吉備真備。

話はそれますが、西日本豪雨で岡山県倉敷市で川の堤防が決壊し浸水被害があったのは記憶に新しいのですが、その被害の大きかった地域が(倉敷市真備町)で、この地名をニュースで見て「吉備真備となにか関係あるのかな」と思い調べたらここ出身で、町名の由来になったそうな。

さらに、真備といっしょに唐にやって来たもうひとりの有名人といえば阿倍仲麻呂。百人一首ですね。

二年が過ぎ、修行僧のひとり、戒融は「托鉢僧になって旅をする」といって出て行きます。残った三人の僧は、長安に移動。ようやく本来の目的である「偉いお坊さんを日本に連れて帰る」という偉いお坊さんに会えるチャンスが。そう、揚州の高僧、鑑真。

揚州へ向かい、いよいよ鑑真に会い、いっしょに日本に行ってくださいとお願いします。鑑真は弟子たちに「この中で日本に行くものはいるか」と聞きますが誰も手を上げず「お前たちが行かないなら私が行く」というではありませんか。これに弟子たちも「じゃあ私が」「いやいや私も」とダチョウ倶楽部状態だったかどうかは知りませんが、とにかく鑑真と十七人の弟子(二十一人という説も)は渡航することに。

ところが、日本に行く準備をしている中、日本から来た僧がじつは海賊の一味だというフェイクニュースがどこからか出て、一行は捕まります。釈放されて、普照らは鑑真のもとを訪ねふたたび日本行きの話をしますが、鑑真は情熱を失っておらず、二度目のチャレンジをすることに。

しかし、今度は洋上で嵐に遭い大陸に戻って来てしまいます。

さて三度目のチャレンジ!と思っていたところに、鑑真の弟子の一人が、師匠を心配するあまり日本行きをやめさせるためにフェイクニュースを流し、一行は捕まってしまい・・・

「はたして普照は鑑真らを日本に連れて行くことができるのか・・・」と書いても、史実上鑑真は日本に来るわけです。
天平勝宝五(西暦754)年、ようやく来日します。南西諸島にどうにか辿り着いて、大宰府、奈良の平城京へと向かいます。

この日本行き計画の途中で、鑑真は失明してしまいます。さらに栄叡は病死。そうそう、普照といっしょに留学した僧に玄朗がいましたが、現地で結婚し子もでき唐に残ります。
鑑真らが日本に着いた一行は四艘の舟で、日本に着かなかった船には阿倍仲麻呂が乗船していました。しかし嵐に遭って唐に逆戻り。
先述の百人一首「「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」はこの時の船上で詠んだものだとか。

普照らがまだ唐にいるときに、先に唐にやって来て勉強していた業行という僧に会います。彼の部屋は薄暗く、部屋中にうず高く積まれているのは経本。もうずいぶん長いこと留学しているのですが、業行はただひたすら写経をしています。というか写経しかしていません。そんな業行、帰国のさいにおそろしい数の経本もいっしょに持ち帰ろうとして、違う船に移るときもこの経本も移動させて船員さんたちから嫌われます。
この業行の経本、全部が日本に着いたわけではなかったのですが、中には密教の経本もあったとかで、のちに空海が持ち帰って日本で広めた密教はもうすこし早く日本に着いていたかも、という考察は面白いですね。

個人的な話ですが、海外留学をしてたとき、文中に登場した業行とはちょっと違いますが、もうずいぶん長く留学しているのにあまり英語も上達してない(そういやいつも日本人といっしょにいましたっけ)、ぶっちゃけ「なにもしてない」という日本人がいたのを思い出しました。
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