晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

奥田英朗 『オリンピックの身代金』

2013-07-22 | 日本人作家 あ
物語の舞台は東京オリンピック開催目前の昭和39年夏の東京。タイトル
からして、オリンピック妨害を目論む何者かが脅迫した、と想像できます
が、史実(50年くらい前を”史実”というとなんか違和感ありますが)では
何事もなく東京オリンピックは開催されましたね。

身代金とは違いますが、東京の次の次に開催されたミュンヘンでは事件が
起こってしまいましたが。

「もはや戦後ではない」という言葉のとおり、焼け野原から奇跡の復活を
遂げた首都、東京でオリンピックが開催されることになり、急ピッチで
工事が進められています。

テレビ局勤務の須賀忠は、彼女と神宮の花火大会を見ることに。須賀の
実家は千駄ヶ谷の一等地、父親は警察キャリア、兄は官僚という絵に書いた
ような「名家」ですが、東大は出たもののテレビ局に入社した忠は「一家の
鼻つまみもの」的扱い。

そこで偶然、忠の東大時代の同級生とばったり出会います。その同級生、島崎
と一言二言くらい会話してお座なりな挨拶で別れます。その直後、花火とは
違う音が聞こえ、忠は実家が燃えてると気づきます。

数日後、工場の事務社員、小林良子は、友達と中野に洋裁を習いにでかける途中、
家の古本屋によく来る客の島崎を見かけます。良子は島崎に話しかけますが、
前に見た島崎は色白で女性的であったのに、今は色黒で精悍になっていて、良子
は少し驚きますが、世間話程度で別れます。
すると友人が「爆発した瞬間をみちゃった」と。中野駅の北側が燃えてるのを
確認します。その方面には警察学校があったはず・・・

ところが、家に帰った良子が家族に中野の火事(爆発?)の話をしても、テレビ
でニュースになっておらず、弟からは「姉ちゃん寝ぼけてたんじゃないの」と
からかわれる始末。

忠も、実家が燃えたのにまったくニュースにならないことを不思議に思います。
ところが、それを問いただすや、なんと父親から勘当を言い渡されます。
意味が分からない忠。しかたなく彼女のマンションに転がり込むことに。

話は変わって、警視庁捜査一課の落合は、引越しの手伝いに来てくれた後輩、
岩村から、中野の警察学校と警務部長の須賀警視監の家で火事があったのに、
なぜかその日のうちに箝口令がしかれた、という話を聞きます。
須賀警視監といえば、東京オリンピックの最高警備本部の幕僚長。

翌日、落合が警視庁に着くと、捜査一課の同僚に岩村から聞いた話を聞いて
みた途端に同僚の顔色が変わります。中野と千駄ヶ谷の火事は事実らしいの
ですがその同僚も詳しくは知らないらしく、しかも公安部が出てきて捜査課
は蚊帳の外に置かれたとのこと。
それから、落合と他数人は半蔵門会館に呼ばれます。そこで、「草加次郎」
からオリンピック開催の妨害をします、との脅迫文が届いたことを知ります。
「草加次郎」とは、まだ捕まっていない爆弾魔で、去年まで頻繁に活動して
いたのですが、また出てきたのか。

そして、上層部判断として、2件の爆発は公表しないことに。落合ら捜査一課
は、極秘任務として「草加次郎」の捜査をすることになったのですが、捜査の
指揮は公安部が握っていて、始まる前から不穏な空気に。

ここから島崎の話に。秋田の貧農の家に生まれた島崎は東大進学のため上京。
年の離れた兄は東京の工事現場に出稼ぎしていますが、その兄が急死したと
いう知らせが。
現場に行って遺体を確認、かんたんな葬儀をすませて遺骨を秋田の実家まで
運ぶことに。そのとき、会社から、今後一切の賠償その他請求は受けないとの
念書に判子を押すことに、島崎は暗澹たる気持ちに。
飯場の同僚たちに「弟は東大なんだぞ」と自慢していた兄。

夜行列車で遺骨を持って秋田まで帰る島崎でしたが、車内で行商の老人と会話
を交わしつつ、駅に降りると、その老人が島崎の香典をスっていたのです。
金は無事戻ってきましたが、なんと老人はその場から逃げます。

「草加次郎」の捜査が続いてる中、第3の爆発が。現場は羽田モノレールの橋脚
がダイナマイトで爆破され・・・

島崎は東京に戻り、兄に苦労をかけた償いという気持ちもあり、また学費を
自分で稼がなければいけないと思い、兄の働いてた現場で働くことに。
しかし、それまで大学の研究室で過ごしてきた島崎にとってそこは過酷の一言。
華やかな東京を謳歌する層と、搾取される労働者の現状を知り、島崎の心に湧い
てきたものとは。

ここらへんの、日本が駆け上がってる感の「光」と、一方、蟹工船のときと
状況は変わってない側の「陰」の対比が実に濃密に描かれていてますね。

捜査一課と公安は「草加次郎」を捕まえることができるのか。一方、忠も独自に
島崎を探しますが、見つけることができるのか。

はじめは、時系列がごっちゃになっていて、中盤くらいに「ああそういうことか」
と気づいてから文にのめり込んで一気読み。

結果は史実のとおり、東京オリンピック開会式の日に爆発事件は起こらなかった
のですが、ラストの描写の切なさは、ひとりの戦死した青年をフィーチャーした
「西部戦線異状なし」を彷彿させます。

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2 コメント

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トラバありがとうございました。 (こに)
2013-07-23 15:36:19
自分の中では奥田さんベスト3に入る一冊です。
これ以降、インパクトのある長編が出ていないのが残念です。
返信する
Unknown (ロビタ)
2013-07-25 10:31:09
こにさん>

コメントいただきありがとうございます。
「空中ブランコ」みたいなコメディ満載も良かったですけど、終始シリアスも面白くて、この作家の幅の広さに敬服ですね。
返信する

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