晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

大沢在昌 『新宿鮫』

2011-11-29 | 日本人作家 あ
大沢在昌といえば、宮部みゆきファンにとっては同じ事務所の
先輩作家ですね。でもなぜか今まで作品はスルーしてきました。
たいした理由ではないのですが、この『新宿鮫』シリーズはけっ
こう出てまして、なかなか第1弾に出会えなかった、というこ
とで、たまたま本屋にブラッと入っていったら、お目当ての第
1弾があったので、よし、買おう、と。

警視庁の所轄内で1,2を争う過酷な現場、新宿署の刑事、鮫島。
鮫島はひとりで捜査にあたり(通常はふたり一組)、音も立てず
犯人にすっと寄って、サメのごとく食らいつく、いつの間にか、
付いたあだ名が「新宿鮫」。

もともと彼は上級試験に合格して入庁してきた、いわばキャリア組
だったのですが、出世の途中、とある地方県の警察署に出向したと
きに、不正を暴こうとして逆に殺されかけて、さらに、同期で入庁
した人が、警視庁の根幹を揺るがす内部情報を鮫島に託して自殺し
てしまい、幹部クラスにとって都合の悪い情報を鮫島は握ってしま
った、というわけで、キャリアであるにもかかわらず新宿署に飛ば
され、腫れ物を扱うかのように同僚はよりつかず、いつのまにか
遊軍の刑事となってしまったのです。

しかし、検挙率が高く、体よく辞めさせるわけにもいかず、新宿の
犯罪組織から怖れられています。

というバックグラウンドなのですが、第1弾では、新宿で警官が
連続して射殺されるという事件が起こります。犯人は警察に恨みを
持つ何者か。
鮫島は銃の出所を探るためにヤクザに聞きまわるなか、どうやら
銃の密造でつい最近、釈放されたばかりの木津という男が作った
改造銃なのではないかと知り、木津を探します。

そして、この捜査と同時進行で、警察に憧れまくってる男が出てく
るのですが、彼はいわゆるマニアで、ある夜、新宿で殺人事件の現場
に出くわし、興奮して様子を見ています。彼は立ち入り禁止、KEEP
OUTと書かれた黄色いテープの“内側”に入りたいという願望を持っ
ていますが、それなら試験を受けて警察官になればいいのに、でも
なれない理由があるのかどうか。

さらに鮫島の「彼女」、晶というアマチュアバンドのボーカルが
出てくるのですが、三十代後半の鮫島に対し、十歳以上年下で、
年齢の問題を抜きにしても、いみじくも刑事に対して「てめえ」
だの「~すんのかよ」といった口のきき方。この晶も何やかやで
連続警官射殺事件に巻き込まれてしまうのですが・・・

この作品が書かれた時点でシリーズ化されて長く続くことになる
と思っていたのかどうか分かりませんが、顔見せ的に鮫島と周り
の人物の描かれ方が素晴らしく、鮫島を嫌うキャリア官僚、署内
で鮫島の味方になってくれる上司や鑑識などなど。
新宿という雑然に詰め込まれた“箱”も、空気感までが伝わって
くるようです。

もう、はやく第2第3シリーズが読みたくなってきてます。ただ、
こういったシリーズものは回を重ねていくごとに敵もレベルアップ
してきて、最終的に人間じゃないのと闘うようになってしまうとい
うのはありがちですが、まあ新宿に巣食う悪しかり、金や権力の
亡者しかり、もはや“人間”ではないですけど、こういうのと今後、
相対していくんですかね。
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夢枕獏 『陰陽師』

2011-11-27 | 日本人作家 や
今さらですが。まだ読んでなかったもので、前から
気にはなっていました。

まあ、説明も特に必要ないくらい、映画も大ヒット
したことですし、陰陽道もブームになりましたから、
安倍晴明について、ちょこっと説明しますと、平安
時代のけっこう位の高かった貴族、いや、貴族かど
うか微妙なポジションで、この当時は妖怪のたぐい
が実在していると真剣に信じられていた時代で、い
わば「悪魔祓い」という役職が貴族政治の中において
重要だったわけです。

そんな晴明と、彼の親しい友達で武士の源博雅が、
京の都に出没する妖怪(怪しい現象)の諸問題を
解決する、といった話なのですが、ホラーじみて
もなく、ファンタジーに走り過ぎているわけでも
なく、そこは「遠い昔の、この国にあったこと」
と捉えることのできる軽快な文体。

京の都の羅城門で、夜中に琵琶の鳴る音が。博雅
が詳しく聞いてみると、どうやらその音の正体は、
数日前に帝(天皇)が所有していた、玄象という
琵琶の音に間違いがなく、そして、ある歌を歌っ
ていたのです。

その歌とは、歌合せという勝負で、渾身の歌を
披露したのに負けてしまい、それを苦にとうとう
自殺までしてしまった壬生忠見という人の歌で、
忠見は化けて帝の琵琶を盗み、羅城門にこもって
夜な夜な弾いているようで・・・

他にも、女の怨念で口無しになってしまった話、
カワウソに呪われた話など、バリエーション豊か。

妖怪と“共存”していた時代、とはいっても、じつ
は自分にとって都合の悪いことを妖怪のせいにした、
なんていうこともあったでしょうね。
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乃南アサ 『鍵』

2011-11-25 | 日本人作家 な
乃南アサの作品を読むのは、直木賞受賞作の「凍える牙」以来
2作目でして、この作家さんの特徴みたいなものはよく掴めて
いないのですが、まあひとつ言えるのは、昔こそ“女流作家”
というカテゴリーは確かにあったとは思いますが、もはや男女
による違いというのは無いのではないかと、乃南アサや高村薫
、服部真澄などを読むたびにそう感じるわけであります。

さて、この『鍵』という作品、まずタイトルのシンプルさから
想像するに、ヒッチコック的な匂いが。
ミステリー要素はあるにはあるのですが、それよりも、主人公
の高校生、麻里子と家族、その周辺の人たちの物語を主軸にし
ていて、人間ドラマが描けているミステリー、というよりは、
ミステリーが描けている人間ドラマ、こちらが正しいかと。

生まれつき耳が不自由で、補聴器をつけてかろうじて聞き取る
ことができる麻里子。母が亡くなり、あとを追うように一年後、
父が他界。残された兄の俊太郎と姉の秀子はこれから麻里子の
父代わり母代わりとなっていこうと思うものの、一家は麻里子
のことを気にかけてばかりで、俊太郎は、母はそのせいで死期
を早めてしまったと思うように。この上、自分も犠牲になりた
くはないと考えてしまい、妹につい冷たく接してしまいます。
それを嗜める秀子なのですが、やはり自分の幸せをおろそかに
しています。

こんな3人をよく知る俊太郎の友人で新聞記者の有作は、この
家の近くで若い女性が引ったくりに遭う事件が多発していると
言います。そんな時、俊太郎が家庭教師をしている麻里子の友
達が帰宅途中に、後ろからいきなり鞄を取られて・・・

この事件で奇妙なのは、鞄が違う場所で発見され、しかし必ず
切られているのです。中には現金は取られずにあったものも。

麻里子は、俊太郎と有作に、何かを伝えたいのですが、しかし
父の葬式以降、なぜか自分に対して冷たくあたる兄には言い出
せずにいます。
その「何か」というのは、下校中、電車の中で、知らない男が
麻里子にぶつかってきて、持っていた鞄に鍵を入れて、そのまま
走り去っていったのです。その男は誰かに追われているようで、
その鍵が何なのか分からず、しかし一連の事件は、若い女性の
鞄を狙った犯行で、これは関係あるのでは、と思うのですが・・・

そしてこの事件はとうとう殺人事件にまで発展。

自分の体が不自由なことでどこか引け目を感じながら生きてきた
麻里子。このままではいけないと思い、行動を起こします。

登場人物の感情が複雑に絡まりあって、その縺れを解く役割に
なるのが殺人事件と麻里子の持っている鍵、つまりミステリー
の要素。
どちらもおろそかにせず、ちょっと均衡を崩すとどっちつかず
の半端な内容になるところを、良い按配で一冊で二面の楽しみに。

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馳星周 『虚(うつろ)の王』

2011-11-23 | 日本人作家 は
馳星周の作品を読み終わるたびいつも思うことは、また読んでし
まった・・・という軽い後悔といいますか、しかし不思議なもの
で、読んでる最中はぐいぐいと文中に引きつけられて、気がつく
と、また作品を手にして、読んで、軽く後悔、というスパイラル。

たんなる「不愉快な内容」というだけでなく、そこにはきちんとし
た時代と背景が描かれていて、今まで読んだ作品に共通する、主人
公の落ちぶれていく様、そのスピード感が、なんといいますか、読
んでる側なのに「よっしゃ、こっちも乗りかかった船だ、最期まで
見届けてやるよ」という気持ちになってくるのです。

かつて渋谷で最強のチームだった「金狼」のリーダー、新田は、ある
揉め事でヤクザを刺してしまい少年院行きに。出所して、現在は他の
ヤクザのもとで世話になり、覚せい剤の売人に。

そこで、兄貴分から、渋谷で高校生の売春組織がはびこっていて、どう
やらそれを仕切っているのが高校生という噂を耳にして、その高校生を
捕まえて売上げと顧客データを持ってくるように新田に命令。

さっそく、渋谷にある高校生の溜まり場になっているクラブに行くと、
適当なガキを捕まえて、組織を仕切っているエイジという男子高校生
と、ノゾミという女子高校生の連絡先を聞き出します。
どうやら話によるとそのエイジという高校生は誰もが恐れをなしている
ようで、ケンカの腕に自信のある新田は、どれほどのヤツか興味を持ち
ます。

まずはノゾミのほうから攻めてみようということで、探しあてたのですが
、そこには夜の渋谷には似つかわしくない格好をした女性が。潤子はノゾ
ミの高校の先生だったのです。新田は潤子とクラブに入っていきノゾミを
探し出し、外へ連れ出します。

どうやらノゾミもエイジを恐れているらしく、しかし新田は脅しつけて、
エイジと会う約束をとりつけることに。潤子は教師として、いち生徒の
ノゾミの心配をしているというよりは、同性愛的にノゾミに興味があり
そう。それを知ってノゾミは潤子の家に泊まらせてもらうことに。

エイジの住所を聞いた新田は、エイジの家に侵入し、家の中にいたエイジ
の母親を縛り、部屋に行って、エイジのパソコンを盗み出して、パソコン
に詳しい先輩ヤクザにパスワードを解いて中のデータを引き出してもらう
ように頼みます。

新田はエイジとカラオケボックスで会うことになったのですが、そこにいた
エイジの連れたちは、エイジの仲間というよりは、彼を恐れて周りに群れて
いるだけのよう。

なんとエイジは開口一番、自分は新田さんに憧れていると言うのです。しかし
そんなことはお構いなしに新田はエイジを殴る蹴るの暴行、エイジはひたすら
「パソコンを返して」としか言いません。まるで痛みを感じないかのよう。

これ以上殴り続けても無駄で、関わりあいたくないと思い、新田は、パソコン
の解析をお願いしていた先輩のもとに。そもそもこの先輩というのが新田を
毛嫌いしていて、マンションを訪ねた新田はウイスキーの瓶で殴られます。

意識の戻った新田は、先輩ヤクザの愛人からパソコンを受けとると、このまま
自分はヤクザの飼い犬で暮らしていくのが急にばかばかしくなって、パソコン
をエイジに返し、さらにいっしょに組んで金儲けしようと・・・

しかし、そう簡単にヤクザの世界から抜けられるわけもなく、ここからお馴染み
の、ちょっと欲を出して今の絶望的な生活から抜けようと思って、それが逆に
とんでもない事になって追われることに・・・という、まあ自業自得といいますか。

エイジは、一見どこにでもいそうな青年で、進学校に通う、勉強のできる
高校生なのですが、いったい何があって彼は渋谷じゅうの高校生が恐れる
存在になってしまったのか。
ノゾミは、今でいう雑誌の読者モデルのようなことをやり、自分がちやほや
されたいためだけに、通信制の高校にわざわざ通っています。渋谷では「女子
高生」というブランド無しでは歩くこともできないと思っています。
潤子は、そんな自意識だけは立派で中身はカラッポ、幼児性そのままで自我
むきだしの通信制に通う高校生たちを相手にするために教師になったのかと
いえばそうなのかと自問の毎日。
この3人に新田もあわせてそれぞれが家庭に複雑な問題を抱えていて、本来
落ち着ける場所というのがこの人たちには無く、心の中の歪みが修正のきか
ない状態になっているよう。

この世界が狂っていて、自分が一番狂っているから、狂ってる世界じゃ一番
まとも、というエイジの言葉。痛いですね。
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北村薫 『スキップ』

2011-11-18 | 日本人作家 か
この『スキップ』と、「リセット」「ターン」を合わせて
「時と人」3部作というそうで、リセットとターンは先に
読んでしまい、それから2年か3年越しで、だいぶ間をあ
けて、ようやく3部作の読了と相成りました。

というか、この3部作でいちばんはじめに書かれたのが
『スキップ』なんだと知って、相変わらず順番バラバラ。

千葉県の海沿いの町に住む真理子。地元の女子高に通う
2年生、17歳。時代は、昭和の40年代という設定で、
学校の文化祭の準備をしていまして、家に帰って、父親
のオーディオでクラシックのレコードを聴きながら寝て
しまい、目が覚めたら、そこは自分の家ではなく・・・

すると、自分と同じくらいの歳の女の子が「ただいま」と
いって家に入ってきます。そして真理子を見たその女の子
は、衝撃の言葉をかけるのです。

「どうしたの、お母さん・・・?」

真理子は、なんと42歳になっていたのです。私はついさ
っきまで17歳の女子高生だったのよと、目の前にいる、
「私の娘」に説明しても、頭がどうかしてしまったとしか
思われないのですが、その女の子、桜木美也子は、母のあ
まりに真剣な表情に、信じることに。
しかし、真理子の苗字は一の瀬。美也子は桜木。そう、真
理子は桜木という男と結婚して桜木姓になっているという
こと。

そこで、その「夫」が家に帰ってきて・・・

まあ、あらすじしか書けないのですが、タイムスリップ系
の話、といわれればそうなんですけど、「はたして真理子
は17歳に戻れるのか・・・」というわけでもないのです。
42歳の「桜木真理子」は未来なのか、あるいは17歳の
女子高生だった真理子が“過去”なのか。

小説の時系列が複雑だと、途中で混同してしまい読み返す
なんてこともありますが、『スキップ』は時系列などとい
うレベルではなく、違う世界。この頭の中のこんがらがり
具合が、気持ち悪くもあり、面白くもあり。

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伊集院静 『瑠璃を見たひと』

2011-11-16 | 日本人作家 あ
伊集院静さんの作品は、まだ直木賞受賞作の「受け月」しか
読んだことがなく、作家としてというよりは、故・夏目雅子
さんと結婚して、そのあとに篠ひろ子さんと再婚したという
ワイドショーで得たプロフィールしか知らず、あとは、たしか
麻雀が上手い、というくらいですか。

それはさておき、この『瑠璃を見たひと』という作品、いち
おう裏表紙のあらすじには「冒険ファンタジー」とあります
が、ファンタジックかといえばそこまでではなく、かといって
「冒険」というのも、まあ世界各地を飛び回る話ではあります
が、それも、うーんそうかなあ、と。

というのも、そういった範疇では収めきれない、独特な世界が
あるといいますか、多分これを映像化した場合、なんとも捉え
どころの無い、コンセプトの薄い作品になってしまう危険性が
あると思うのです。ところが、文章にしますと、特に時間的に
制約が無い分、余裕を持ってアクションとファンタジーと人間
ドラマとミステリーといった部分の“繋ぎ”を差し込むことで、
それがきちんと形成されるようになるのでしょうね、例えが適
切かどうかわかりませんが、ハンバーグのパン粉のような。

幼いころに中国人の母を亡くし、父も病死、父の生前に、安心
させてあげるために結婚したものの、愛のある夫婦生活を送れ
ていない瑛子は、神戸の自宅から海を眺めています。
ふと、かつて叔父から聞いた、夕暮れの海に、曇り空から薄く
陽が差して、海面を不思議な色に染める光景を「道化師の涙壷」
と教わったことを思い出し、夫の賢一郎と結婚したはいいけど
良妻を演じている自分が道化のように感じ、ふと、このままで
はいけないと思い立って、家を出てしまいます。

父が亡くなる前に、もし瑛子に何かあれば、この人を訪ねなさ
い、と言われており、神戸のしがない普通の洋飾店へ行くと、
マダム・チャンという女性を紹介されるのです。このマダム・
チャンは瑛子の母と知り合いらしく、瑛子が幼いころから知って
いる様子。
家を出てきてしまったと告げると、あとのことは我々にまかせて
と言われ、とりあえず東京のホテルへ。

そこで、マダム・チャンから、あるお願いを頼まれます。それは、
香港へ行って、動物の彫刻の「片割れ」を探してきてほしい、と
いうもの。その彫刻は「タオティエ」という空想上の猫に似た動
物で、一対になっていて、目には翡翠が埋まっていて、その宝石
はこの世にふたつと同じ輝きを持つものは無く、この彫刻を一対
で持つ者には富と権力を手にできる、という伝説があり、世界中
にニセモノが出回っている、というのです。

そんなものを探しに、なぜその日初めて彫刻を見た瑛子が真贋の
判定に香港へ向かうのか判然としないまま、とりあえず瑛子はお供
の男性とふたりで香港へ・・・
そこから、謎の組織に追われることとなり、瑛子は中国の海南島、
いったん日本に戻ってから次にフランス、ベルギーと行くことに
なるのですが、瑛子を待っていたものとは・・・

マダム・チャンはなぜ瑛子にタオティエの本物を探させようとする
のか、追っ手たちの目的とは。

アクション要素はあるのですが、息つまるスリル感はあまり無く、
作者もそこを追求してはいないでしょう。つまり先述したように
範疇に収めてしまうとどうしても「物足りなさ」があるのですが、
いったん頭から取っ払って、文字による表現の微妙な按配という
のを楽しんでみては。


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高村薫 『黄金を抱いて飛べ』

2011-11-13 | 日本人作家 た
高村薫の作品を読むのは久しぶりです。たしか、前に読んだ
のは「リヴィエラを撃て」だったと思います。
「マークスの山」や「レディー・ジョーカー」など、初期の
名作は今でもしっかりとストーリーを思い出すことができま
すね。この『黄金を抱いて飛べ』はデビュー作で、日本推理
サスペンス大賞の受賞作。

物語は、かんたんにいうと、幸田と北川という大学時代の
友人(といっても、完全に心を許しあってるわけではない)
が計画した、金庫破り計画の話。
そこに、元エレベーター技師で、なにやらとんでもない過去
を持ってる「ジイチャン」と、幸田のアパートの近くに住む
大学院生のモモ、それから、北川の知り合いの、ちょっとば
かしチャラい野田、北川の弟、合わせて6人で、大阪市内の
ど真ん中にある住田銀行ビルの地下に眠ってる、総額100
億円相当の金塊を盗もうというのです。

そもそも、幸田は生まれは大阪ですが育ちは関東、北川も、
育ちは関東。なぜこのふたりがどういった経緯で大阪に来る
ことになったのか、そして、このふたりの出会いは、という
バックグラウンドは、説明がありません。読み進めていって、
ようやくちらほらと書かれていて、大学で出会った話に関し
ては、もう終わりのほう。

話はたんなる金庫破りだけにとどまらず、なにやら警察庁の
公安やら北朝鮮やら韓国やらの組織がモモを追ってる様子。
モモはどうやら普通の大学院生ではなさそうです。

さらに「ジイチャン」も、これまた、早朝に道路掃除をして
いる、普通の老人ではなさそう。

幸田の働いてる倉庫に北川の弟も働いているのですが、この弟
というのが、地元の暴走族と揉め事があってめんどくさそう。

幸田は幸田で、思考回路が時たま崩壊。というか、いつも崩壊
寸前な状態。

といった具合に、出てくる人たちはみんな、どこかしら歪んで
います。

そして、高村薫の作品を読んだことがある方ならお分かりかと
思いますが、機械系の描写のスゴイこと。
「照柿」でしたっけ、冒頭の5~6ページに及ぶ、どこかの工場
内の描写は、もう隅っこのホコリにまで焦点をあてて描かれてい
るような、なんとなく執念すら感じます。
なんだったら、いっそ図面におこしてくれれば、なんて思ったり
もしますが、そこはこの作家の「執念」「意地」をご堪能あれ。
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海堂尊 『ブラックペアン1988』

2011-11-11 | 日本人作家 か
この作品は「チームバチスタの栄光」から続いている、東城医大病院
の勤務医、田口と、厚生労働省の白鳥が主軸となるシリーズものから
のスピンオフ的な内容で、「バチスタ」シリーズでは、東城医大病院
の院長である高階が、ここではまだ肩書きは「講師」で、高階はこの
病院にとんでもない”モノ”を持ち込んで、それがちょっとした騒動
から大問題に発展し・・・といった具合。

さらに、まだ学生の田口と、のちに「ジェネラルルージュ」で登場する
速水がちらりと登場し、シリーズで登場する看護士の藤原、猫田なども
出てきたり、なるほど、バチスタ手術の”あの事件”の十年近く前に、
こんなことがあったのか・・・と、ちょっと感慨。

主人公は、世良という研修医なのですが、世良はバチスタシリーズに
出てきたかどうか、ちょっと記憶が定かではありません。この世良が、
東城医大の外科学教室の権威、佐伯教授の下で研修を受けることにな
るのですが、ちょうどそのころ、帝華大から派遣されてきた講師の高階
がアメリカで開発された、自動吻合器「スナイプAZ1988」という
医療器具を使用することで外科学教室は紛糾。

この器具は、非常に困難な食道がんの手術に効果覿面なのですが、佐伯
は、腕の無い若い医師が安易にこういった道具に頼るのは良くないと
使用に否定的。そして教室で、謎の医師、渡海がスナイプAZを使用し
なくても立派に手術ができることを証明することに。

しかし、高階の手術はスナイプ使用で成功実績を挙げ、それを面白くな
い佐伯は、そこまでなら、経験の無い若手医師だけで手術をさせてみろ
と言い出すのです。そして、その手術の助手に任命されたのが研修医の
世良だったのです・・・

医療分野の問題提起という難しいテーマを、人間ドラマも組み合わせて
分かりやすく仕上げる文才は素晴らしいの一言。
渡海という医師は、その後のスピンオフに出てくるのか、ちょっと興味
あります。

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ディーン・R・クーンツ 『ウィスパーズ』

2011-11-09 | 海外作家 カ
文春文庫の青い背表紙のクーンツ作品は、大ヒットして映画化されたり、
クーンツファンでも、一番の名作に挙げる作品が多いのですが、あとがき
を読んだりすると、それ以前にハヤカワなどから日本国内で翻訳出版され
た作品のなかに、「ファントム」と、この『ウィスパーズ』が、傑作、こ
れでクーンツはそれまでのB級ホラーから一段階ステップアップのきっか
けになった、と説明されているのです。

で、「ファントム」は先日読んで、それ以前の「B級」時代の作品をあま
り読んでいないので比較のしようがないのですが、確かに面白かったこと
は面白かったです。
そして、作家クーンツが化けることになった『ウィスパーズ』。

のっけから、ハリウッドの豪邸にひとりで住む、売れっ子女性脚本家が
前に取材に訪れたことのあるワイナリーの経営者に殺されかけます。
脚本家のヒラリーは、家のカギをどこかに落としたことを思い出します。
それは、ワイン工場だったのです。そのカギを、社長のフライが拾って、
ワイン畑のあるカリフォルニアの田舎からハリウッドまでやって来て、
なんとヒラリーを殺そうとするのです。

しかし、ヒラリーにとっては、まったく身に覚えがなく、恨みを買った
記憶もありません。なんとかフライを追い出すことに成功するヒラリー。
さっそく警察に電話をかけます。
ところが、現場に駆けつけたトニーは優しく話を聞いてくれるのですが、
パートナーのフランクは疑いのまなざし。そして、警察から、ナパバレー
にあるワイナリーの経営者、フライ氏は、ヒラリーの襲われた時間には
家にいたと地元保安官は聞いた、というのです・・・

フランクは、狂言だと決めつけますが、トニーはヒラリーに心惹かれて
しまったせいか、まったく嘘とは信じられません。
フランクとトニーは、重罪を犯したのに刑期が軽く、つい最近出所した
ばかりのある凶悪犯の行方を追っていて、その捜査の途中、またヒラリー
が襲われたと・・・

フライは、警察がヒラリー邸から出てからしばらく街中を車で流して、
頃合いをみて、ふたたび襲いに向かったのです。しかし今度は、ヒラリー
の持つナイフでフライは腹を刺されます。
なんとか逃げ出し、道端の公衆電話までたどりつき、フライはどこかへ
電話します。その話し相手とは・・・

ヒラリーが取材をした時には、温厚で紳士的だったフライは、なぜか
金髪の女性を見ると、殺意を覚えるのです。何かトラウマを植え付けられた
女性が、死んでも生き返ってくると脅され、それを信じているフライは、
ヒラリーをその女性の生まれ変わりだと思い、殺そうとするのですが、
はたしてその女性とは・・・
そして、フライの記憶の奥にある「ささやき」とは・・・

ヒラリーの幼少時代の恐怖、刑事、トニーとフランクの過去、これらの
描き方が物語に幅を持たせて、たんなるホラーではない、アクションも
ロマンスもあり、人間ドラマの部分も持っていて、なるほど、のちの
一連のクーンツ作品の特徴といいますか、主筋の邪魔になることなく
話題をほどほどに詰め込んで、かといってスピード感を失わない運び方。


今まで、怖くて夜中ひとりでトイレに行けなくなった、という経験をした
のは、鈴木光司「リング」を読んだときでしたが、『ウィスパーズ』は、
読んでる途中で、何度吐き気を催してきたことか。

フライが金髪の女性を恐れるようになった理由、そしてフライの頭にこび
りつく「ささやき」の正体を知ったら、ちょっと数時間は食欲が失せます。
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宮本輝 『地の星』

2011-11-05 | 日本人作家 ま
『地の星』は、「流転の海」シリーズの第2部、前作では
愛媛から大阪へ出た松坂熊吾が、一代で大きな会社を築き
あげ、房江という女性と結婚し、戦争で故郷の愛媛に引っ
込み、終戦をむかえてふたたび大阪へ戻って、戦後のゴタ
ゴタの中を奔走、伸仁という子供を50歳でさずかって、
さあ、これから、というときに、病弱の子供を心配し、故郷
の愛媛に戻るぞ、というところまで。

第2部では、熊吾、房江、そして伸仁が、愛媛の南宇和へ
戻ってから、ふたたび大阪へ出るまでが描かれていて、まず
冒頭から、5歳になって田舎の野山をはしりまわるように
なった伸仁と熊吾が歩いていると、風体のよろしくない男
が近づいてきて、自分は「わうどうの伊佐男」と名乗ります。
なんでも、熊吾がまだ小さかったとき、広場で相撲をとって
いたとき、隣の地区の伊佐男が熊吾に挑んできて、熊吾に
投げられたはずみに石段から転がり落ちて、それ以来、片足
が不自由になってしまったというのです。
今では、広島や松山ではそこそこ名の通ったやくざ者の伊佐男、
こんなヤツに目をつけられては平穏な田舎生活はたまったもの
ではありません。

さっそくトラブルが。熊吾の義弟の政夫が、借金のカタに、村
一番の牛と闘牛勝負をしようというのです。相手は漁師の網元、
魚茂の牛で、はじめから負けは見えていて、熊吾はこの勝負を
やめさせようと魚茂に話をします。
するとどうやら、この闘牛の話の裏には、政夫が仕組まれたよう
で、伊佐男が絡んでいるというのです。
本音をいうと闘牛をやらせたくない魚茂ですが、牛はすでにニンニク
やら焼酎やらを飲まされ、いきり立って、止めようがなく、熊吾
は猟師から銃を借りてきて、牛を撃ち殺します。

この「事件」が、のちのちまで、熊吾の周囲に波乱を巻き起こす
きっかけとなってしまい・・・

妻の房江もあまり体が良くなかったのですが、田舎で暮らすように
なって元気になり、熊吾のいないところで、川に入って、なんと鮎
を手づかみでキャッチするという評判。

熊吾は熊吾で、いろいろ相談を持ち掛けられては解決に奔走し、
田舎に引っ込んでも事業欲は衰えていないようで、さまざまな
「ビジネス」展開をします。

熊吾の母、妹、妹の夫と子供たち、房江にとっては義理の家族ですが、
こちらの問題にも頭を抱え、田舎ならではの諸問題も噴出。

土地とそこに住む人間の因縁というか、見えない何かに翻弄されて、
不便や理不尽にも思える田舎独特の「暗黙のルール」は、長年に渡り
築かれてきたもので、容易に変わるはずもなく、しかしそれは土地で
生まれた知恵でもあり、優しく、厳しく、意地悪で、それでも人は
それに「従って」生きていくことが最善なのです。

そんな南宇和での生活もそろそろ終わりにして、また都会でひと勝負、
熊吾は房江と伸仁をつれて、ふたたび大阪へ・・・

そして、第3部へと続きます。


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