晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

海堂尊 『ナイチンゲールの沈黙』

2009-11-30 | 日本人作家 か
ちょっとここ最近忙しいということもあり、あまり本が読めて
おらず、さらに今月になって読んだ本がどうにも時間のかか
る本というか、あまり内容に引き込まれることがなく、ただ
黙々とそこに書かれている文字を読み進む、といった味気
ない作業となってしまった、のですが、海堂尊『ナイチンゲ
ールの沈黙』を読み始めると、すいすいと頁が進み、物語
に没頭。

デビュー作『チームバチスタの栄光』の続編となるこの作品
は、続編とはいいながらも、あまり前作からの話を継続して
いるわけではありません。
基本設定である、地方都市の大学付属病院にある《不定愁
訴外来》の医師である田口が主人公で、厚生労働省の厄介
者の白鳥とコンビ(田口はこのコンビを望んでない)が、この
大学病院内で起きた事件あるいはゴタゴタを解決します。

《不定愁訴外来》とは、ひらたく言えば、患者の愚痴をただ黙
って聞くというストレス発散のような特別外来。
院内の同僚医師や看護士からは、「タグチ」と「愚痴」をかけて
「愚痴外来」と呼びます。
病院長はこの外来をことのほか大事にしているのですが、病院
にとってはそんなに重要な存在ではなく、前作ではバチスタ手術
の連続術式失敗のナゾを解明する任務に就いたのです。

そして『ナイチンゲールの沈黙』では、ある人気女性シンガーが
大学病院に緊急入院します。
そして、この女性シンガーとそのマネージャーに歌の上手さを見初
められた同病院勤務の看護士が受け持つ小児科の患者の父親が
殺されてしまいます。
この父親は俗に言うネグレクト(養育放棄)で、息子の病状を気に
とめず、手術費は払わない始末。

そこで、警察はこのセンセーショナルな事件を表ざたにする前に
病院内で事件を解決させようと、病院側に要請、院長は九か月
前のバチスタ事件解決の立役者である田口と白鳥に問題解決を・・・

女性シンガーと看護士の持つ、歌に秘められた特殊な能力が
患者の父親殺害事件と意外な話のつながりを見せて、複雑に
絡まりあった糸がきれいにほぐれていくような物語の進行は、
とても読みやすく、医療専門用語のオンパレードなのですが、
くどくないように、かといって不親切ではない程度に説明が入り、
全体的に雰囲気がどことなくコミカルで、それがシリアスな場面
をより引き立たせるという、小説の構成というよりかは、演劇の
演出のような印象です。



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ディーン・クーンツ 『コールド・ファイア』

2009-11-27 | 海外作家 カ
本に付いていた帯には「これまでのクーンツ作品と変わった」
とかそういうニュアンスの文が載っていて、いよいよクーンツ
ハッピーエンドじゃない作品を書いたのか、と読んだのですが、
良くも悪くも変わらず大団円で終わり。じゃあどこが「変わった」
のかというと、微妙なニュアンスというか(訳者の功績でもある)
登場人物の心情や情景描写の際に「○○のように~」という例
えのチョイスのセンスが良いというか、破顔まではいかなくとも
ちょっと心がくすぐられるユーモアがあるのです。

あと印象に残ったそれまでの作品との違いというと、『コールド・
ファイア』は、どちらかというとじっくり読ませるタイプ。
クーンツは、読み始めたら止まらない、展開の速さと構成の巧さ
で文中にぐいぐい引き込まれる作品が多いのですが、この作品
は一頁一頁をしっかりと心に刻むように読ませます。

オレゴン在住の新聞記者ホリーは、ある日、取材の帰りに驚くべ
き出来事を目の当たりにします。それは男が突然道路に飛び出し
車に轢かれそうな少年を救うのです。まるで、これから事故が起こ
ることを予見していたかのように。
ホリーは少年を助けた男に取材を試みようとしますが、男はジム
と名乗るだけで、南カリフォルニア在住という以外は素性を明かし
てくれません。

ジムは、いつものように頭の中に何者かが「命綱(ライフライン)」
と語りかけてきて、出かけてゆきます。今度の行き先はモハヴェ
砂漠。ジムが到着したときには、車内に男が銃で撃たれて瀕死
状態で、最後の力を振り絞り、妻と娘の名前を口にします。
砂漠を通る道路を急ぐと、一台のキャンピングカーが停まってい
ます。ジムは、さきほどの男の口にした妻と娘がその中にいる
ことを知っていて、誘拐した暴漢を撃ち殺し、ふたりを助け出します。

一方ホリーはジムのことが頭から離れず、南カリフォルニアまで
探しに行きます。家を見つけたのですが、ジムは出かけるところ
で、向かった先は空港。後をつけていたホリーもジムと同じ便に
乗ります。ジムはホリーの一列前の親子に親しげに話しかけ、
親子をジムの席の近くに移動させようとしたときにホリーと目が合
います。
ホリーはジムに問い詰めると、ジムは、この飛行機は墜落するので
この親子を救いに来たというのですが・・・

ジムとホリーは不気味な夢を、しかも同じ夢を見るようになり、それが
ジムの予知能力と関係があるらしいのですが、一体なにが夢に現れ
るのか・・・

サスペンス、SF、ファンタジー、家族愛、ロマンス、どのジャンル
も網羅されていて、それでいて話が複雑にはならないあたりが
進行の上手さとでもいうのでしょうか。
これにマイクル・クライトンのような現代社会に警鐘を鳴らす問題
提起でもあればさらに重厚感が増すのですが。
ただ、そうすると良くも悪くもクーンツ作品のライトタッチな読みや
すさが無くなるんですよねえ・・・

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末浦広海 『訣別の森』

2009-11-20 | 日本人作家 さ
『訣別の森』は、第54回江戸川乱歩賞受賞作品で、芥川・直木賞
はベテランや売れっ子作家にも門戸を拡げてもはや名誉賞となりつ
つある感がありますが、乱歩賞は推理小説という縛りこそあれ、新
人の登竜門としては最高峰なのでは。

元自衛隊ヘリコプターパイロットの槇村は、現在は民間会社で、北
海道の東部、北見市の総合病院にあるドクターヘリのパイロットとし
て働いており、いつものように出動要請があり、現場に急行するも、
バイクで転倒事故を起こし、意識不明の重体であった傷病者はすぐ
に意識が戻り、キャンセルとなってしまいます。
何事もなく帰還することとなったヘリですが、帰途に同乗していたド
クターは、山中にヘリコプターが墜落しているのを発見します。

事故機の付近に着陸し、そのヘリコプターは地元新聞社所有だと
判明、生存者の確認に急ぎます。
中には、軽装の男性と、フライトスーツの女性の二名が血まみれで
倒れており、機体から出して、応急処置をしますが、槇村の目に入
った女性パイロットは自衛隊時代のかつての部下だったのです。

ここから、このパイロットが失踪、そして槇村の上司も突然会社を
辞職、さらに物語の合間に書かれている謎のアウトロー的な人たち
の不気味な会話・・・。
正直いって、物語の途中まで、槇村という主人公を三人称的視点で
描いているのですが、槇村の心情を描いていると思いきや別の登場
人物の心情描写であったりして、ちょっと混乱してしまいました。
が、読み進めていくうちにどんどん内容に引き込まれました。

乱歩賞受賞作品のもうひとつの楽しみは、うしろにある選考委員の
選評を読むこと。プロの作家である五名の委員は、どの部分を評価
して、どの部分にダメ出しをしているのかが大変興味深く、さすがプ
ロだなあと敬服、舌を巻くこともあり、また自分なりの評価が選考委
員と近かったときにちょっとほくそえんでみたり。

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T・ジェファーソン・パーカー 『ブラックウォーター』

2009-11-17 | 海外作家 ハ
作家や作品の前情報が無い場合、表紙裏に簡単にあらすじや
作者の経歴(受賞歴)などが掲載されていて、『ブラックウォータ
ー』の著者T・ジェファーソン・パーカーは、デビュー作『サイレント
・ジョー』という作品でアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞しており、
最新傑作だと書かれているのでさっそく読んでみたのですが、な
んだか後味すっきりとしないというか、構成が破綻してるんじゃな
いのと訝ってみたり。

というのも、文中に出てくる「一年前の事件(出来事)」の詳細は
結局最後まで出てこないし、主人公の巡査部長マーシの亡夫の
話題も曖昧なまま。
で、読み終わって、うしろの訳者あとがきを読んでようやく気づい
たのですが、『ブラックウォーター』はシリーズ三作目なんだそう
で、しかもこの作品が初版された時点では、シリーズ一作目と
二作目はまだ日本で発売されていなかったのです。
そんなばかな、道理でわかりづらいはずだわ、と独りごちて、あと
がきに書かれていた前作、前々作のあらすじを読んでようやく判然
としなかったいろいろな部分が納得。

アメリカ、カリフォルニア州オレンジ郡の保安官補、アーチーは妻の
グウェンとともに帰宅、睡眠中に下の階からガラスの割れる音がし、
心配する妻をよそにアーチーは調べに向かいます。
こぶし大の石が窓ガラスを破って室内に転がっており、どうせ近所の
悪ガキか、前に逮捕して自分に恨みを持った輩の仕業だろうと思い、
庭に出てみると、アーチーはオレンジの眩しい光に目が眩み・・・

オレンジ郡保安官事務所殺人課巡査部長のマーシのもとに、アーチー
と妻が自宅で撃たれているとの情報が入り、現場に駆けつけます。
妻はバスルームで銃弾をあびて死亡、アーチーは頭を撃たれて、庭で
倒れていて意識不明の重体。
現場検証と妻の死体の検死の結果、アーチーが妻を銃殺したあとに
庭に出て自分で頭を撃って自殺という線が濃厚に。
しかしアーチーは自殺などするような男ではないとマーシは思い、
相棒のポールとともに事件の真相を調べます。

検察は夫の妻殺害そして自殺説で起訴したがっており、マスコミも
保安官の失態を報道したくて真相を知りたがります。
そもそも一年前、ある売春婦が殺害されたことに端を発し、芋づる
式にスキャンダルが発覚し、信頼は失墜。しかもそれを暴いたのが
マーシで、同僚の中にはマーシを敵視する者も多いのです。

そんな中、アーチーの意識が戻るのですが、事件当日の記憶は曖昧。
しかも自分が妻殺害の容疑がかけられていると知り、アーチーは容態
がある程度良くなるや、勝手に退院し、行方をくらませてしまい…

悲しい過去に心が支配されるも、家族の愛に支えられ、かろうじて日々
を送るマーシ。痛々しいほどです。
息子がとても愛嬌のあるキャラクターで、陰惨な事件のなかで一服の
清涼感を与えてくれます。
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津原泰水 『ブラバン』

2009-11-12 | 日本人作家 た
テレビのコマーシャルなどで、よく80’年代の洋楽がBGM
として使われたりするのが多いのですが、たとえば自動車
といった高額商品のメイン購買層が、この年代に青春時代
を過ごし、食いつきがいいというか、少なくとも「若いころに
よく聴いてた曲のCM」という印象を持ってもらい、有利な展
開となる、と。

『ブラバン』という小説も、舞台こそ広島県で共通意識はあり
ませんが、80’年代の洋楽ファンには「あー、そうそう」みたい
な気持ちになれるし、さらにクラシック音楽ファンにも(なにせ
タイトルからして吹奏楽部の話)楽器のあれこれの話や、有名
な楽曲についての話などが出てきて楽しめます。

物語は、1980年に広島県の高校に入学した他片等という
少年の一人称視点で進み、そしてそれから25年後に、当時
の吹奏楽部のメンバーのひとりの結婚式に余興として、吹奏
楽部の再結成を画策するといった話。
単純に2部構成となっているわけではなく、25年後の大人に
なった「僕」の近況(流行らない飲み屋の店長)から突然タイム
スリップ的に高校時代の話に飛び、ちょっとはじめのうちこそ
混同しますが、すぐに慣れて、音楽用語を使うならば「クロス
フェイド」(前の音をしだいに小さくしていく時に重なるように次の
音をしだいに大きくする)のような構成。

高校の吹奏楽部のメンバーは、まるで個性のデパートのような
さまざまな性格の生徒が集まっていて、ひとつひとつのエピソ
ードが面白く、全部紹介したいところですがそうもいかないので、
とにかくみんな面白い。
コンクールや体育祭での楽曲選考にあたり、顧問と生徒との意
見のぶつかり合いがあったり、楽器パート別に思惑があったり、
ちょっとした「ウラ話」的な要素が、吹奏楽部をよく知らない読者
にとっては興味のそそるところ。

こういった青春群像ものは、あの時代は良かった、あの頃に戻り
たい、といった懐古趣味に走りがちですが、そこは作者が、主人
公の「僕」をフィルターにして歯止めをかけているなあ、と思う文章
だったり台詞がちらほらあって、バランスの取れた、そして特筆す
べきは、専門用語の解説がとても親切に文中に挿し込まれていて、
丁寧な仕上がりとなっております。
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ジュディス・クランツ 『スクループルズ』

2009-11-09 | 海外作家 カ
小説のジャンルによっては、面白い面白くないは別にして、
向き不向きがあって、ようやく読み終えた『スクループルズ』
という、ロマンス系は自分には向いてないのかなあと。
というのも、上下巻あわせて800ページ弱の文庫本だったら
せいぜい2,3日もあれば読み終わるのですが、遅々として
進まず、途中で「読むのやめようかな」と脳裏によぎること数
回。
しかし、読了のスッキリ感こそちょっと物足りないものの、なん
だかんだいって、けっこう面白かったのです。

ボストンの旧家、といっても名前だけで末端の家系で、裕福と
は縁のない家に生まれたウィルヘルミーナ・ハンネンウェル・
ウィンスロップ(幼少時のあだ名はハニー)は、幼くして母を失
い、父は医学の研究者でほとんど家には帰らず、家政婦に思
いきり甘やかされて、醜く太ってしまいます。
一応、名門ウィンスロップ家の一員ということもあり、世話焼き
の叔母は親戚と合わせますが、内気で会話のすべを知らない
ハニーは浮いてしまいます。
やがてはニーは18歳になり、フランスに渡ります。伯爵夫人
の家にホームステイしますが、はじめは言葉も通じず、食事も
貧相。しかしそれが功を奏しハニーはみるみる痩せてゆき、も
ともと得意だったフランス語はみるみる上達し、それまで内気
だった性格も積極的になり、醜いカバ(フランスの伯爵夫人が
ハニーを見た第一印象)が、どこにでも連れて歩きたいスタイル
の良い美人へと変貌を遂げたのです。

ハニーはそれまでの過去の自分を捨てて、ビリーと名乗ることに。
ニューヨークの秘書養成学校に通い、ある大企業の秘書として
働きはじめます。そこで最初の夫となる社長エリス・アイクホーン
と出会います。
年の差50歳近くのエリスと結婚したビリーは大金持ちの社長夫人
となり、世界中に別荘を持ち、何不自由なく暮らしますが、突然エリ
スが病気になり、長年の介護もむなしく死んでしまうのです。

未亡人となったビリーは、はじめ暇つぶしの道楽的にはじめた
「スクループルズ」という名のブティックをビバリーヒルズに開店
させますが、まったく流行らず、ある日、スパイダーという男と、
ヴァレンタインという女を雇うことになるのですが、スパイダーの
大規模なイメージチェンジとヴァレンタインの注文服が評判となり
スクループルズはビバリーヒルズで流行のブティックとなります。

そしてビリーは2番目の伴侶となる映画プロデューサーのヴィトー・
オルシー二と出会うのですが・・・

とりあえずビリーの半生だけを紹介しましたが、物語はスパイダー
とヴァレンタイン、その他登場人物の背景もしっかりと描いていて、
さながら大河ドラマのよう。
ファッション業界、さらに映画業界に渦巻くさまざまな人間模様が
とても興味深く、金や複雑な恋愛事情(ファッション業界はゲイの
巣窟とのこと)が絡んできて、なんとも混沌とした世界は、渦中に
はいたくないですが他人事としては面白いですね。

ラストはオルシー二の映画がアカデミー賞にノミネートされ、授賞式
にのぞむビリーと夫、というシーンで終わるのですが、なんともオシ
ャレな締めくくり。
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ジェームズ・レッドフィールド 『聖なる予言』

2009-11-05 | 海外作家 ラ・ワ
『聖なる予言』は、いわゆるスピリチュアルを扱う小説として
アメリカで大ベストセラーとなりました。
たんに、こうすればあなたは幸せになる、のような説教主体
ではなく、海外で騒動に巻き込まれる主人公が順番に予言
を知ることになる冒険物語ぽくなっており、アクションもあり、
そういった「読みやすさ」を考えてか、スピリチュアルにあり
がちな胡散臭さはあまり感じられません。

主人公である「わたし」は、独り身でほぼ隠遁生活のような
状態を過ごしていたある日、元恋人から連絡が入ります。
それは、南米ペルーの山奥で古代文書が発見され、そこに
は人間社会が大きな変化をきたすことを予言していることが
書かれており、ペルー政府はどうやらその写本を隠滅させよ
うという動きがあるのです。

この話に心が動かされ、ペルーに向かうことになった「わたし」
は、道中でさまざまな人たちと出会うことになり、写本にある
第一の知恵から第九の知恵までを探します。
しかし、行く手には政府軍やペルーの教会関係がこの写本が
海外に流出することを拒み、写本を研究するグループの活動
を妨害していきます。

はたして「わたし」は無事に第九の知恵まで辿りつくことがで
きるのか・・・

知恵の内容に関しては詳しく書きませんが、要は「偶然の一
致を見逃すな」ということでしょうか。
この世はすべてなんらかの関係性で繋がっていて、そこには
偶然ではなく必然なのだと。
あとは、自分自身をよく見直し、他人との関係も見直し、そう
することによってこの世から争いごとは無くなり、平和になる
といったプロセスがこの写本には書かれていて、読む人によ
っては現代の宗教否定ともとれるので、この物語では、教会の
枢機卿が陣頭指揮でこの写本を隠滅しようとしています。

スピリチュアルとは関係ありませんが、顔の整形手術に賛否
の意見があります。しかし、それまで他人から心ない悪口雑言
を叩きつけられて、自信を無くし、うつむいて生きるだけだった
のが、整形手術によって、前向きで明るく生きる喜びを得て、
満面の笑みになるのは悪いこととは思えません。

不幸に甘んじるよりは幸せに向かって歩き出そう、ということ
でしょうかね。まあなにごとも行き過ぎはいけませんけど。
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桐野夏生 『グロテスク』

2009-11-01 | 日本人作家 か
以前、笑い話で、「天は人の上に人を・・・」でお馴染みの
福沢諭吉が、彼のお嬢さんの恋人に「身分違いだ」といって
別れさせたというエピソードを聞いて、そのなんともやりきれ
なさと軽い矛盾に笑ってしまったのですが、後によく調べて
みると、「学問ノススメ」の「天は人の上に・・・」の真意は、
天上では人に上下や優劣は無いけれど、地上では歴然として
存在しており、だからこそ勉強をして上位に優位に立つのだぞ、
という教えなんだそうです。

『グロテスク』という作品、べつにエイリアンだのバタリアンだの
グチャグチャのスプラッタのホラーではなく、人間の奥にひそむ
残虐性、残忍性、それがどんなに表面は美しくとも頭脳明晰で
あろうとも、表裏一体で心に巣食うグロテスクな一面を、これで
もかと描ききった、あるエリート女性OLが昼は一流企業で働き、
夜は娼婦をしていて殺された事件をモチーフにしている、読後に
肩がこってしまうほどの力作。

この話の司会進行的な、一人称で語られる「私」は、都内の某区
でアルバイトをしているアラフォー独身女性。彼女はスイス人と日
本人のハーフで残念ながら容姿はあまり良くなく、しかし彼女の
妹は、目を見張るほどの美人で、それがあまりにも整いすぎてい
るために、幼い頃から妹を気味悪がります。

そんな妹はその後、娼婦になって、30代半ばにして客の男に殺さ
れてしまいます。
さらに、「私」の高校の同級生で、名門大学卒の一流建設会社で
働いている和恵という女も殺されるのです。
和恵は、昼は一流企業のOL、夜は娼婦という二重生活をしており、
世間は彼女がなぜ娼婦なんかに、という興味で盛り上ります。

物語は、「私」の近況と、幼少時代からの出来事が綴られて、それに
付随するように、妹の人生、和恵の人生、そして二人を殺した犯人の
半生が描かれ、特に妹と和恵がのちに娼婦になってしまう素因ともい
うべき高校時代のエピソードが、濃厚に描かれております。

この高校は、東京のエリートが集まる、俗にいうエスカレーター学校で
歴然と序列や階級が存在する場所。選民意識があり、排他的。
「私」は、この学校で、目立たないという方法で周りからの攻撃を回避
しますが、和恵は高校からの外部入学者で、付属中からの進学生に
溶け込もうとしますが空回りし、嘲笑の的となります。

高校に入学してしばらく過ぎたある日、スイスに住む母が自殺したと
連絡が入ります。しかし「私」は、両親と妹がスイスに移住した時点
で家族の縁は切ったも同然とみなし、葬式には行きません。
しかも「私」にとって都合の悪いことに、妹が日本に帰りたいというの
です。常に比較され、注目される妹の影で姉は闇にならなければな
らなかった、そんな不都合な存在がようやくいない生活を手に入れた
のに、よりによって妹は、姉の高校の中等部に編入するのです。

その他さまざまな出来事が複雑に絡まって、最終的に妹と和恵は娼
婦となり殺されてしまいます。
さらにこの物語にもう一品添えられている「ミツル」という、姉と和恵の
高校の同級生で秀才、東大医学部に進学し医者になるも、夫とふたり
でカルト教団に入信、大量殺人事件の被告と成り果てる女性が幾つか
のエピソードの鍵というか重要人物として関わってきます。

巷で流行っている「草食系男子」の急増問題。
あまりにも頼りない最近の男に辟易し、女性が力強い男性像を求める
傾向にあるというのですが、男女雇用均等法から20年以上過ぎ、結果
男女平等はいまだ遠い目標でしかなく、依然として男性上位がまかり
通るので、要は女性が疲れちゃったんでしょうね。

あらゆる男性上位の世界で、女性の存在とは何か。
できることなら目を背けたくなる、話題にはしたくないような話をきちん
と構成し、読ませきってしまう桐野夏生という作家の筆力は「OUT」
「柔らかな頬」を過去に読んで、じゅうぶん知っていたつもりでしたが、
『グロテスク』を読み終えた今、打ちのめされた気分です。
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