晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

山崎豊子 『沈まぬ太陽』

2010-09-29 | 日本人作家 や
日本のナショナル・フラッグ・キャリアとして、戦後の経済発展
で企業戦士たちを世界中に運んだ、まさに日本の誇り日本航空が、
ついに経営破たんとなり、その経営のずさんさが露呈されました。
しかし、かつては半官半民でその後完全民間とはなったものの、
無計画な空港建設で採算の取れない路線を就航させたりして経営を
圧迫させ続けてきたのは政府の失策であったのですが、運輸省や
国土交通省の責任追及はどこかへ消えてしまいました。

この作品を山崎豊子は昭和の終わりに書き上げ、「腐ったままでこの
会社を放置させたら今に潰れるよ」という警鐘だったのかも知れませんが、
よもや20年後に現実になるとは。

『沈まぬ太陽』は、アフリカ編、御巣鷹山編、会長室編の3部構成と
なっており、第一部のアフリカ編では、国民航空社員の恩地が、
自分の意思とは関係なく組合の委員長にさせられ、それまで「御用組合」
と揶揄されるほど馴れ合いだった経営対組合の構図を壊し、社員の待遇
改善、ひいては空の安全のために奮闘しますが、共産系のレッテルを
貼られたばかりか、組合が崩壊、挙句のはてに報復人事で中近東、
アフリカといった僻地に飛ばされます。

通常、こういった「僻地勤務」は2年で帰国と社内規定では決まっている
のですが、国民航空本社では、新しい組合が組織され、なんとそこには
かつて恩地とともに経営陣と戦った行天の名前があり、この新労組の工作
で僻地をたらい回しさせられ、恩地は社長に直談判するも、社長は社長で
政府官僚からの圧力もあり、帰国させることはできません。

気がつけば10年も僻地勤務となり、わずか2百名ばかり残った旧労組
のために恩地はこの差別に屈することなく国民航空社員として働きます。

ここから第二部の御巣鷹山編となります。
ようやく帰国することになった恩地。その間、母の死に目に立ち会えず、
子どもの不登校などで家庭は崩壊寸前、せっかく帰国したものの、まとも
な仕事は与えてもらえません。
その間、新労組のメンバーは社内で磐石体制を築きます。
そして、1985年8月、国民航空一二三便が、群馬長野県境の山中に
墜落し・・・

読めば読むほど、腐りきった体質に辟易し、怒りをおぼえます。そして、
その犠牲となるのは、「まとも」な社員と、そして一般の乗客なのです。
あの事故は人災だ、という言葉は、未だ心の傷が癒えないでいる遺族
の言い分などではなく、会社が墜落させたのだ、と思えてしまいます。

そして第三部の会長室編。墜落事故の責任で新労組系の社長が辞任し、
新しい社長に、関西の紡績会社の社長が就任します。これは当時の総理
大臣直々の要請で、戦争経験者の社長は「人生二度目の召集」といって
引き受けます。

内情を聞くに、はやくも打ちのめされます。国民航空は社員間の差別待遇
を公然と行い、もはや末期癌の体だったのです。
しかし、引き受けたからには、せめて分裂した労組をまとめあげようと、
かつてアカのレッテルを貼られ、僻地をたらい回しさせられた恩地を社長室
勤務とさせます。
ところがこれを聞いて黙っていないのが新労組の面々。社内はゴタゴタの
メッタメタ、ドロドロのグッチョグチョとなります。
ここで印象に残っているシーン。
会長室の同僚が恩地に、会社にもう1着背広を持ってきたほうがいい、その
上着を自分の椅子にかけておけば、今は恩地が社内にいると思い、その間
自由行動できる、というもの。
恩地は行動を完全に監視させられていたのです。

そして、ラスト。ふたたび恩地の身にありえない処遇が。
しかし、それでは終わりません。やはり、正義はかろうじて生きていた、という
場面があり、なんだかホッとさせられます。

子会社のずさん経営の実態を探りに、恩地はニューヨークへ行き、そのさい、
ブロンクスにある動物園へ行きます。園内には、「この世で最も獰猛で残忍な
動物」として、鏡が置かれているのです。その動物とは、人間。

獰猛で残忍で卑しくて下劣でも、人はなんとか軌道修正をはかりながら前進しな
ければならず、時の流れはその修正を望んでいるはずなのです。そうでなければ
ありとあらゆる理不尽に耐えて生き延びてきた先達たちの苦労は無となってしま
います。
恩地と家族、恩地の理解者、仲間は、絶望の中にともる一筋の光明。

久しぶりに、読み終わって、頭がぐわんぐわんしました。
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宮部みゆき 『とり残されて』

2010-09-26 | 日本人作家 ま
「読書の秋」とはよくいったもので、夏場は読むのが億劫だった
のですが、涼しくなってから、読むスピードが速くなり、普段あまり
読まない(どちらかというと読まずぎらいで敬遠してきた)作家の
作品でも読んでみようかな、なんて気になったりします。

宮部みゆきの作品に関しては、当ブログで多分一番多く投稿している
のでは、というくらいたくさん読んでいて、それでもまだ未読の作品
が多く、『とり残されて』もけっこう初期のほうの作品なのですが、
ようやく購入。

短編集です。すべての作品が、どこかホラーチックというか、といっても
恐怖というわけではなく、表題「とり残されて」では、小学校の保健の先生
がある日校舎内で、見たことのない校章をつけた子どもを見かけ、その
子どもの後をついてゆくと、そこに女性の死体が・・・といった具合ですが、
そもそも作者が読者に「怖がらせてやろう」といった仕掛けというか構成に
はなっていません。

その他、原因不明の病気で腕が上がらなくなったプロ野球選手が、ある幽霊
と出会う話、電車内で隣り合わせた女性旅行者の幽霊話を聞くはめになった
会社社長の話、お金が自分に囁いてくる話、女の幽霊が乗り移ってしまった
男の話、などなど。

幽霊が出てこない話としては、友人4人でドライブ中、谷底に転落、唯一
現場から発見されず行方不明の兄を探すため、山奥の村を訪れた女性の話
があって、これはちょっと怖かったですね。なんというか、生の人間の恐怖
というか。

そして、解説で絶賛の「たった一人」という作品。ちょっと不思議な話。
個人運営の調査会社にひとりの女性が訪れます。その女性の依頼内容は、
毎日見る夢に出てくる場所を探し出してほしい、というもの。
そして、この夢を見ると決まって具合が悪くなるのです。
とりあえず調査員は、その夢の情景を絵にしてくれと言い、女は寝起きに
夢で見た覚えている箇所を書き出していくうちに、体の容態は良くなるの
ですが、さらに詳細な夢の段階に入ると、また具合が悪くなります。
この夢で見た、空色の車の話をすると、調査員の顔色が変わり・・・

そして物語の終盤、なにが現実でなにが夢なのかが分からなくなり、読んでる
方も軽いパニックというか、不思議な世界に引き込まれます。

そういえば、スティーヴン・キングを「小説の師匠」と公言されている
宮部みゆきの書く、身の毛もよだつようなホラー小説、というものを
読んでみたいものです。あるのかな。
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フレデリック・フォーサイス 『マンハッタンの怪人』

2010-09-23 | 海外作家 ハ
「オペラ座の怪人」といえば、ミュージカルの不朽の名作、しかしそれは、
天才作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェバーが掘り起こし、泥を洗い落とし、
研磨してできたもので、原作が世に出た1911年、それなりに話題には
なったもののすぐに下火となり、そしてその後、海を渡ってアメリカで
映画として話題になります。ところがその内容はフランケンシュタインや
ドラキュラといった恐怖キャラとしての「怪人」扱いとなり、本筋の悲恋は
脇に追いやられた格好となってしまったのです。

さらに、フォーサイスが「続編」を書くにあたって、原作の「拙い」部分を
幾つか指摘。原作を読んだ方なら、ああ、だから読みづらかったのか、と
よく分かる解説です。

そして、登場人物の設定をやや変更、原作の不足分を補足しつつ、舞台の
本番中に主演の女優を誘拐、オペラ座の地下に連れ去るも、追っ手が迫り、
女優クリスティーヌは怪人からの愛を拒否、怪人エリク・ムルハイムは
まんまと逃げ遂せて・・・からの話の続き。

元オペラ座バレエ監督のアントワネット・ジリー(原作では掃除婦)は、自分
の死期が迫っていると悟り、神父を呼び、懺悔をします。
まだ娘も小さかった頃、見世物小屋で酷い扱いをうけていた少年がいて、
見るにみかねて、夜中にその少年を小屋から連れ出します。ジリーにとっては
正義感の行為であったのですが、じっさいには「商品」を盗んだことになる
のです。
この行為に関しては、神父は罪ではないと赦されます。
顔半分が変形していたこの少年は、ジリーの家で生まれてはじめてという入浴
をさせてもらい、怪我の治療もされ、栄養たっぷりの食べ物も与えられます。
そしてジリーはこの少年をオペラ座へと連れてゆくのですが、ここで少年は
自分の住処を見つけたとばかりに、オペラ座の複雑に入り組んだ地下に住み着く
ことになります。
そこで、オペラに関する蔵書を読みふけり、もともとサーカス団に所属していた
という身軽さと、父親譲りの大工の技術で、地下を少年の帝国へと変えていった
のです。

そう、この少年こそ、その後オペラ座に伝わる「幽霊伝説」つまり怪人の正体
だったのです。
そして、女優と恋人である子爵を誘拐し、逃げ遂せたのは、じつはそこにジリー
が関わっていたのです。
エリクはその後、アメリカへと渡り、さながら無法地帯だったニューヨークで
才覚と知恵でぐんぐんと金持ちへと成長し、そしてついにはマンハッタン指折り
の富豪となります。

ジリーは、手紙をエリクに渡してほしいと弁護士に頼みます。弁護士は地元の
新聞記者と知り合い、エリクの手元に渡ります。それを読み、エリクは衝撃を
受けるのです。

オペラ座の事件から13年が経過、今やヨーロッパじゅうで有名となったクリス
ティーヌ・ド・シャニーは、息子ピエールと大西洋を渡り、ニューヨークの
オペラハウスで公演を行うことに・・・

「ロマンスとスリルを新たに加え、怪人をかくも魅惑的な人物に仕立て上げた」
とアンドリュー・ロイド・ウェバーに言わしめるほどの素晴らしい作品です。

そういえば、ジェームス・ボンドの新シリーズを、ジェフリー・ディーヴァー
が書くことになるというニュースが数ヶ月前に流れてきましたが、うーん、
個人的にはフォーサイスに書いてほしかった・・・
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パトリシア・コーンウェル 『死体農場』

2010-09-20 | 海外作家 カ
タイトルが『死体農場』とは、のっけから恐ろしいですが、
これは、アメリカに実在する研究施設のことで、遺体の腐敗
の進行具合などを調べ、それまであいまいだった死亡時刻を
より詳しくわかるために作られたもの。

森林のなかに、あらゆる状況下で死体が置かれていて、想像
するに「ウッ」となりそうですが、より科学的に「推定」の
域でしかなかった死亡時刻に迫れる、ということで、これは
死者(被害者)に対する、つまりは生きている人にとっての
人権を守るものだ、と文中とあとがきでは説明されています。

バージニア州検屍局長のケイ・スカーぺッタと、リッチモンド市警
の警部ピート・マリーノのコンビが難事件を解決していくシリーズ
の5作目。
前作「真犯人」で、少年殺害の犯人の正体がようやくわかったものの、
すんでのところで犯人を取り逃がし、そして今度は、リッチモンドでは
なく、ノースカロライナの田舎町で、11歳の女の子が殺害されます。
その手口から、少年殺害の容疑者であるゴールトの犯行だとピートは
思うのですが、周りはまだ断定はできないと慎重。

ケイは、FBI科学アカデミーの相談役として、この事件の捜査に加わる
ことに。11歳の女の子エミリーは、教会からの帰り道、何者かに尾けられ、
その何者かが夜、家に侵入、エミリーの母親(父親は病死)を縛り、そして
エミリーを連れ去り、その後、家近くの湖で発見されます。

エミリーの遺体の肩、内腿の肉が切り取られていたことから、リッチモンド
で起きた少年殺害事件の犯行と酷似、ゴールトが小さな田舎町に潜伏している
と大騒ぎになります。

そんな中、この事件の捜査にあたっていた州捜査局の男が、自宅で死んでいる
ところを発見されます。
そして、この局員の家の冷凍庫から、エミリーの切り取った肉片が見つかり・・・

さらに、ケイを悩ます出来事が。大学に通う姪のルーシーはコンピュータの天才
で、FBIの新しいシステム開発の協力を頼まれて、アカデミーの特別なエリア
で働いていたのですが、そのルーシーが、深夜にエリアに侵入、プログラムを
盗んだという疑いが・・・

この作品から読み始めたという人には、あまりに登場人物の相関がごちゃごちゃ
になって、把握できないのでは、というくらい入り組んでます。
ケイに新しい恋の予感があると、ピートは不機嫌になり、ルーシーは前から少し
難しい子ではあったけど、さらに分からなくなって、ルーシーの母(ケイの妹)は
相変わらず無責任、この「内輪揉め」のようなトラブルが、のちにエミリー殺害
事件の解決のきっかけになったというか、複雑化してしまったというか。

5作目と6作目が、前後編のような構成になっているようで、それだったら多少
長くても上下巻とすればよかったのに、と思ったのですが、また次の作品では
また違ったゴタゴタが起こってしまうのでしょうね。
あまり複雑にならないことを願います。

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宮本輝 『花の降る午後』

2010-09-18 | 日本人作家 ま
去年の終わりごろか今年のはじめごろに、はじめて宮本輝の本を
読んでから、たぶん最初に手にしたのは「優駿」だったと思うの
ですが、それから本屋へ行くたびに買うようになり、そして書棚
の1段は宮本輝の作品で埋まるまでになりました。

なにがそんなに面白いのかというと、やたらめったらリアリティを
出そうとして人間の汚い部分だったり、残酷な描写をしたりとする
のではなく、基本、宮本輝の本に登場する人物に、そんなに悪人は
出てきません。
じゃあだからといって不自然なのかというとそうではなく、そこは
筆の力で違和感を思わせないのです。それが「物語」なんだと。

『花の降る午後』は、神戸にある老舗のフランス料理レストランの
オーナー、典子という女性の話。
典子は、若くして癌で夫をなくし、籍を外して実家に戻ることも
考えたのですが、老齢の義母とは良好な関係だったし、そしてなに
より、亡夫の実家であうレストラン「アヴィニョン」が好きだった
こともあって、典子はオーナーとなり、飲食店の経営など素人だった
にもかかわらず、料理長や給仕長の指導や鞭撻で、夫の死後から四年、
なんとかオーナーとして“かたち”にはなってきました。

「アヴィニョン」に飾ってある一枚の絵――(白い家)というタイトル
のその絵は、夫の死期がせまったときに、夫婦で旅行へ出かけたさいに、
立ち寄った喫茶店に飾ってあったのです。
それを見て典子は気に入って、夫にせがんで購入。

この絵の作者を名乗る男から「アヴィニョン」に電話がかかってきます。
なんでも、個展を開きたいのだけれど、作品が少ないので、過去に売った
絵も展示したいとのことで、典子はしぶしぶ、1週間だけならと了承します。

すぐに、画家から電話が。絵を額からはずすと、「典子へ」という題の
手紙が絵の裏から出てきたというのです。その手紙の内容は、夫は典子と
出会う前の学生時代、交際していた女性との間に、ひょっとしたら子供が
できていたのではないか、死期も近くなってきたので、それが確信に変わ
ったのだ、というもので、典子はショックを受けます。

この後の物語の展開としては、未亡人の典子が売れない画家と恋に・・・
といきたいところですが、それはそれとして、「アヴィニョン」の周辺で
なにやらきな臭い動きが起こりはじめます。

得意客の女性とレストランの給仕が不倫をしているという噂が立ち、さらに
それを耳にした別の従業員が、なんとその得意客の夫に金を脅迫するという
事件が。はじめは、内輪もめ程度で収束すると思われていたのですが、その
背後には、「アヴィニョン」乗っ取り買収の計画があったのです・・・

「アヴィニョン」の隣の帽子屋さんでイギリス人のリードさんは典子のよき
相談相手なのですが、そのリードさん家族もこの不穏な計画に関わっている
ようで・・・

そして、神戸在住の華僑の大物が出てきたり、夫の家族の親戚とやらのチンピラ
まがいな男がでてきたり、不気味な謎の夫婦があらわれたり、そんな中、典子は
若い画家との逢瀬を・・・

話の本筋も、別筋もどちらも面白く、読み終わったときには、2本の短編を読んだ
ような気になりました。
「アヴィニョン」の料理長は、けっこう昔気質な人で、料理人たるもの、料理の
ことだけを考えずに、さまざまな娯楽や芸術などの良いものからインスパイア
されるべきで、若い後輩たちには常に本を読め、映画を見ろ、美術館へ行けと
いって煙たがられます。
じっさい料理長の言い分はその通りで、素晴らしい風景でも人口の芸術でも、
それに感化されたりすれば、そのときその人の立ってる位置は前とは違って、
見える景色も変わってるはずなのです。
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フレデリック・フォーサイス 『神の拳』

2010-09-15 | 海外作家 ハ
アフガニスタンで誘拐されていた日本人ジャーナリストが開放
されて、帰国しましたが、そのジャーナリストが、じつは犯行
グループは政府側なのではないか、やたらと「グループはタリバン
だと言え」と強制された、などと、なにやらきな臭い証言をされ
ていました。

2001年9月11日、同時多発テロから9年、頭のアレなアメリカ人
が、その日にイスラムの経典「コーラン」を燃やす、などといった愚行
を予告しました。

政府が腐敗しているのはなにもアラブ・イスラム諸国だけではありませ
んし、さらに、非道な犯罪は大小問わずどこでも起きます。
かんたんにアラブ人あるいはイスラム教を悪魔視することこそ、心に
悪魔が入り込んでいる人のなせる行為なのではないでしょうか。

『神の拳』は、1990年にイラクがクウェートに侵攻し、国連軍が
撤退させる「湾岸戦争」の史実をもとに書かれていて、しかしそこには
歴史の事実には書かれていなかった、イラクは大量破壊兵器をすでに
持っていたのでは・・・そして、なぜ湾岸戦争のさいに、サダム・フセイン
政権を崩壊させなかったのか・・・というフォーサイスの「隠し味」が
加わって、スリル満点の作品に仕上がっています。

ベルギーで、兵器(砲弾)開発の権威である博士が暗殺されます。
この博士は、イラクのロケット兵器開発の技術協力をしていて、
博士の暗殺された前後、ヨーロッパ各地で、イラクに向けてさまざま
な「製品」が輸出されていますが、はたしてそれが何に使われるかは
各国情報機関が調べても「ぴん」とはこなかったのです。

そして、イラクはサダム・フセイン大統領の命令により、産油割当量の問題、
、借金の棒引き、そして、「もともとクウェートはイラクの19番目の
州であった」という大義のもとに、侵攻をはじめます。
あっという間にクウェートはイラク軍の手に落ち、支配がはじまります。

当然、それを黙って見過ごすはずはないのがアメリカ、イギリス。
ただちに国連で平和維持軍の派遣を要請、イラクに、期限をもうけさせて、
クウェートから撤退しないと、こちらも本気で行くぞ、と。
しかし、米英両国は、サダムの真の狙いがよくわからず、また、むやみに
一般市民の犠牲も出したくなく、イギリス政府はアラブに精通する学者に
相談、そして、その学者の兄に、ある「任務」のためにクウェートに潜入
せよ、と白羽の矢が立てられました。

この兄とは、イギリス軍の特殊部隊に所属する少佐、マイク・マーチン。
マイクと弟テリー兄弟はイラク生まれで、幼いころからアラビア語を話し、
そして何より、兄マイクの「顔」は、肉親の血の影響でアラブ人の特徴が
色濃く出ていたのです。

多国籍軍はじわじわとサウジアラビアのクウェート国境に集結、軍備を
整えはじめている中、マイクは一人、クウェートに潜入するのです。

べドウィンという流浪民族に扮装し、クウェート人の富豪や若者を味方
につけ、小規模なレジスタンス運動をはじめます。

そのうち、イラクには「奥の手」があるのではないのか、フセインの余裕
はそれではないのかとの疑問が米英の情報機関または有識者による分析で
分かってきます。
そしてそれは、イラクが所有する「神の拳」という“何か”であるのです
が、一体「神の拳」とは何か・・・

ただちに、マイクはクウェートでの任務を終え、サウジアラビアに帰還、
すぐさま、こんどはイラクに潜入、「神の拳」とは何かを突き止めるべく、
かつてイスラエルがコンタクトしていたスパイで、イラクの政府高官、
あるいは軍部中枢と思われる「ジェリコ」から情報を得るために、バグダッド
へ向かうのですが・・・

この「ジェリコ」は、フセインの会議に出席できる十数名の、イラク政府内
のトップ中のトップで、内部情報はいずれも信用のおけるもので、中には
衝撃的な内容もあり、それと引き換えにアメリカのCIAは大金をオーストリア
のある銀行口座に振り込みます。
その口座から「ジェリコ」は何者なのか、イスラエルの諜報機関「モサド」は
調べようとして・・・

相変わらず、ハラハラドキドキ、衝撃のクライマックス、肉厚な物語構成、
登場人物の個性が際立ち、情景描写も素晴らしく、そして「湾岸戦争」という
じっさいの出来事に沿って進行していくので、リアル感が増します。

湾岸戦争の後、同時多発テロがあり、アメリカはアフガンと戦争、さらに
イラク戦争、ついにサダム・フセインは捕われます。
しかし、そもそもイラク戦争は「大量破壊兵器の保持」のためにアメリカは
戦争をしかけたのに、ふたを開けてみたら、大量破壊兵器は無かったのです。
「持ってるぞ」とはったりで脅しをかけるほうが悪い、査察を認めていれば
よかった、という意見もありますが、では戦争の大義とは何か。それによって
死んでいった兵士、一般市民は何のために命を落としたのか。

終章に書かれた、フォーサイスの言葉が胸をうちます。

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宮部みゆき 『パーフェクト・ブルー』

2010-09-11 | 日本人作家 ま
宮部みゆきの作品は、けっこう読んだつもりでいたのですが、
初期の作品や、そんなに馴染みのない出版社から出している場合
、見逃してるのがけっこうあるのです。

『パーフェクト・ブルー』は、初期も初期、作者の長編デビュー作
で、東京創元社というところから出版されています。
不勉強で申し訳ないのですが、存じ上げなかったです。

この作品の主人公は、引退した警察犬で、現在は探偵事務所に「籍」
を置く、マサという名前の犬。

犬が一人称で「俺」と語り手になっているのは、まあ小説の世界では
さほど珍しくはない(「吾輩は猫である」等)のですが、宮部みゆきの
クリエイティビティはほとばしってるなあと感心、なんと財布が主人公、
という作品もあったりします(「長い長い殺人」)。

東京湾を臨む工場で、警備員は火の手が上がっているのを発見、近くに
駆けつけてみると、それは、人間が燃えていたのです。

被害者は諸岡克彦、東京都内の高校野球の強豪校でエースピッチャー。
高校3年生、最後の夏の甲子園に向けて練習に励んでいた克彦が残忍
な殺され方をしたのはなぜか。

一方、蓮見探偵事務所は、ある人探しを依頼されていました。その少年
の名前は諸岡進也。克彦の弟で、兄とは違い野球はやらず、高校へも
行っておらず、知り合いのバーでアルバイトをさせてもらっています。
探偵事務所の加代子は進也を見つけ、家に連れ帰そうとします。

そしてその帰り、加代子と進也は工場で火災が起きているのを見たのです。
それは、克彦がガソリンをかけられて燃えていた姿だったのです。

ショッキングでセンセーショナルな事件に、報道も加熱。両親と進也は
家にとじこもることに。しかし進也は兄を殺した犯人をなにがなんでも
突き止めようと、探偵事務所の所長はじめ調査員とともに探しだそうと
した矢先、克彦のリトルリーグ時代の良きライバルだった少年が、じつは
この事件に絡んでいるとわかって、山瀬という男の家に行ってみると、
山瀬は書き置きを残し自殺していたのです・・・

このあと話は、じつは某企業が絡んでの隠蔽だの陰謀だのが出てきて、
進也や探偵事務所の人間が捕われたりするのですが、犬のマサがけっこうな
活躍をします。

活躍とはいっても、大人の人間顔負けの行動力かというとそうではなく、
そこはあくまで「犬」として描いていて、無理をさせていないところが
読んでいて安心しました。
というのも、たまに、子どもが主役の場合、明らかに周りの大人が子ども目線
に合わせて行動するような物語展開になってしまい、結果、主要登場人物が
みんな幼く思えてしまう、という作品も少なからずあるからです。

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ジェフリー・ディーヴァー 『エンプティー・チェア』

2010-09-07 | 海外作家 タ
『エンプティー・チェア』は、元ニューヨーク市警の科学捜査部長で、
ある事故が原因で四肢麻痺となり、首から上と片手の一本の指のみが
かろうじて動く、といった状態のリンカーン・ライムと、ニューヨーク
市警の警部でリンカーンの助手の女性、アメリア・サックスのコンビ
が活躍するシリーズの第3作目の作品。

第1作「ボーン・コレクター」の、ニューヨークの連続殺人犯、そして
2作目「コフィン・ダンサー」の、ライムも怖れるほどのプロの殺し屋、
暗殺請負人との対決が手に汗握るスリリングな話で面白かったのですが、
今回は、小さな田舎町で起きた謎の事件を解き明かすという、ちょっと
それまでとは違って、かなり複雑に入り組んでいます。

さらに、前作で恋愛関係に発展したライムとサックス。
ニューヨークから舞台をノースカロライナ州の小さな町に移したのは、
ライムはかすかな希望をたよりに、ノースカロライナにある、脊椎損傷の
手術に定評のある病院で、手術を受けようとやってくるのです。

そこに、ライムの知り合いのニューヨーク市警の「いとこ」というジム・ベル
保安官が訪ねてきます。かねてよりライムの鑑識能力の高さを聞いていたジムは、
自分の管轄する郡の小さな町で起きた事件の解決に、ライムに手を貸してもらい
にお願いにきたのです。

サックスは乗り気ですが、自分の慣れない場所や違う環境での捜査はやりにくく、
それが大きな失敗につながるおそれもあると危惧するライム。

しかし、なんだかんだで捜査に協力することになります。
ある日、大学院生の女性、メアリー・べスが誘拐されます。その現場の傍らには
シャベルで殴られた男の死体が。そして、すでに死亡したとみられるメアリーに
花束を誘拐現場に供えようとした地元の病院に勤務する看護婦、リディアも警察
の見ていない隙に何者かに連れ去られます。
リディアは男に、どこに連れてゆくのか聞きます。すると男は「メアリー・べスの
ところだ」と答えます。

じつは、この事件の犯人は、問題ばかり起こしている16歳の少年、ギャレット
の犯行だと警察は判断していたのです。
数少ない手がかりから、町の北を流れるパケノーク川のさらに北に広がる森の中
へと捜査の手は進み、ようやく、リディアとギャレットが見つかります。
しかし、ギャレットはメアリー・べスを監禁している場所をしゃべろうとしない
ばかりか、自分は悪いやつから彼女を守っていると主張するのです。

そこでライムの神がかり的な鑑識力と洞察力と推理力で、メアリー・べスの監禁
場所を探し出します。
メアリーはようやく見つかりましたが、監禁されていたときにギャレットとは違う
二人組の男に乱暴されかかったとメアリー・べスは言うのです。

メアリー・べスを誘拐するときに男を殺した容疑に関してはギャレットは否認。
殴ったのは事実だけれども、殺してはいない、と。
話を聞いていたサックスは、幼い頃に両親を事故で失い、その後里親
家族を転々とし、問題を起こしてはいたものの、何よりも昆虫に対して愛情を
そそぐギャレットは、この事件の犯人ではないと思い、拘置所からギャレットを
脱走させてしまうのです・・・

ここから、事態はとんでもない方向へと進みます。一難去ってまた一難かと
思いきや、二難、三難というぐあいにライムとサックスは窮地に立たされ、
ふう、ようやく解決、かと思ったら、ものすごい展開に驚かされます。

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スティーヴン・キング 『ファイアスターター』

2010-09-03 | 海外作家 カ
作家の宮部みゆきが「私の小説の師匠」と敬意をはらっているキングの、
かなり初期の作品である『ファイアスターター』は、念力放火(パイロキネ
シス)の能力を持って生まれたある少女の物語なのですが、この念力放火、
宮部みゆきも「燔祭」そして続編の「クロスファイア」で、念力で人や者に
火を放つ能力を持つ人の作品があります。

別に「パクった」がどうの、ということを論じたいわけではなく、これを
テーマにすると、自分の持つ特殊な「能力」は、良いことなのか悪いこと
なのか苦悩する、という点での共通はあるのですが、定石の、この「能力」
を知った“組織”というのが出てくるのですが、これが設定の舞台によって
違ってくるんですね。

アメリカでは、まあこういう場合のヒール(悪い側)は大抵CIAが絡んで
きます。国家の安全を守るためには、数人の市民の犠牲は仕方ない、
とする国家側のスタンスは、すなわち、自分の身は自分で守るとする、
アメリカならではの「描き方」があるのですが、ところが日本の場合、
表立ってこういう諜報や陰の仕事をする存在というのは、いちおう、
内調や公安、あるいは陸幕2部といった、諜報組織があるにはありますが、
これらが主人公の命を狙うような小説は、まったく無いとは断言できません
が、あまり多くはありません。

ですので、「クロスファイア」では、念力放火やその他超能力の持ち主を
探し集めて、ゆくゆくは何かしらを企む「組織」の存在は、ほのめかす程度
で、あまり明らかにはしていません。

ニューヨークの片隅で、歩き続ける父娘。もう疲れたと娘。しかし父親は
足を止めません。この父アンディの銀行口座に入っていた預金は知らない
間に引き出されてしまい、娘チャーリーの居場所が突き止められるのも
時間の問題。
しかし、この父娘は、1年近く逃亡生活を続けて、また逃げる先はどこへ
決めていいものやら分からず、タクシーに乗り込みます。
はじめは空港へ行ってくれと頼むアンディ。いや、やっぱりオールバニー
へやってくれと行き先の変更を要求。
運転手は、そんな遠いところは無理と言うのですが、アンディが運転手の
頭を軽く「押し」て、オールバニーへ向かわせます・・・

アンディは12年前、大学生だったときに、友人の紹介で、ある医療実験の
被験者のアルバイトの話を持ちかけられます。ある薬を注射するだけで、
200ドルがもらえるのです。
そこに同じく被験者として来ていたヴィッキーという女性にアンディは一目ぼれ。
しかしその実験で、注射をされた他の被験者は、自分で自分の眼をくり抜こうと
したり、暴れて飛び降り自殺をしたりと、これはかなり危険な薬物を投与された
とアンディとヴィッキーは不審がりますが、しかし不思議とふたりにはそんな
兆候は見られませんでした。

その後、ふたりは結婚。そして、ひとり娘のチャーリーをもうけます。
そのチャーリーは、物心つかない頃から、ある「現象」を周りに起こすのです。
何かで泣いたりすると、その近辺の物が燃え出すというもので、両親はすぐに
あの実験の後遺症か何かが娘にあると悟ります。
アンディは、他人の意識下に「命令」を送ることができ(これを「押す」とアンディ
は呼んでいる)、そして妻ヴィッキーはというと、遠くの物を動かせる能力を
あの大学での実験後に身に付けてしまったのです。

そして娘チャーリーは、念力放火(パイロキネシス)の能力が、突然変異で備わって
しまったのでした。

それから、ある男たちがこの家族を追いまわします。そして妻ヴィッキーは、
無残な姿で息をしていない状態で発見され・・・
やがて、娘が誘拐されたことを知るアンディ。なんとか追いついて、誘拐した
男を「押し」て、娘を連れ戻し、ここからふたりは追っ手から逃れる生活がはじ
まったのです。

12年前に大学で行った実験は、CIAの下部組織《店(ショップ)》といって、
超能力を極秘開発しようとしていたのです。
被験者のうち、なにも異変の無かったアンディとヴィッキーも、しばらくは
《店》の監視下にあったのですが、このふたりの間に生まれた娘が念力放火の
持ち主であることを知って・・・

そしてラスト。ちょっとだけネタバレですが、娘チャーリーが、国家の悪事を
公にしようと、報道各社に手紙を出そうとして、図書館にいた男に聞いて、ある
会社へと向かうのですが、「ええ、そこ?」と、まあちょっとだけクスリとして
しまいました。

コメント (2)
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