晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

藤原伊織 『シリウスの道』

2012-07-30 | 日本人作家 は
今までに読んだ(といっても少ないですが)江戸川乱歩賞受賞作でいちばん
好きなのが、藤原伊織の「テロリストのパラソル」で、もっとも、直木賞を
同時受賞したということで、そのレベルの高さは衆目の一致するところで
あったわけですが、そんな藤原伊織、作家生活があまり長くはなかった
ために作品も少ないので、ほとんど読んでると思ってたんですけど、この
『シリウスの道』は未読でした。

小説の舞台は広告代理店。業界では中堅の東邦広告の副部長、辰村は、会社で
それなりの実績を残してきたものの、一部の上層部と衝突があったりして、
年齢も30代後半、なんとなく微妙な立場。そんな辰村は、現職の国会議員
の息子で元銀行マンの戸塚の”お守り”を任され、年下の、しかし仕事は抜群
にキレる女性上司の立花らと業務を切り盛り。

そんなある日のこと、立花から、国内の電機メーカーのトップ五指に入る大東
電機が新規の広告のコンペがあるという話が出ます。
しかし、東邦広告では大東電機を担当しているのは銀座の第六営業で、この話
の”ワケあり”とされるのは、大東電機から、辰村のいる京橋第十二営業に
名指しで話が来たのです。

当然、銀座六営にとってはメンツが潰される格好で、しかもここの部長は前
から辰村を嫌っている細川。早くも京橋十二営に嫌がらせを企てているなんて
いう話もちらほら。

しかし、辰村はどうにも乗り気ではありません。コンペの説明会に行っても
”彼”に会わずに済んだ、といった様子。大東電機に、会いたくない知り合い
でもいるのか・・・

こんな広告業界の話と交差するように、辰村の子ども時代の話が。彼は大阪に
住んでいて、義理の父は画家志望で、子どもたちに絵画教室を開いています。
その教室に通う辰村と仲良しの、近所に住む勝哉と明子。
3人の家族とも生活は苦しく、長屋住まい。中でも明子の家は、父親が事故を
おこして運転手をクビになり、それ以来働かず酒びたりという荒んだ状況。
そして、どうやら明子は父から暴力を受けているらしく、勝哉と辰村が明子の
家に行くと様子がおかしく、家の中に飛び込むと、そこには首をしめられて
服がはだけた明子の姿が・・・

そこで辰村と勝哉は、明子の父の殺害計画を立てるのです・・・

さて、画家志望の辰村の義父は自殺して、それからなんやかやあって辰村は
東京に出て、広告代理店に就職。明子は、父親が家の近くの墓地で「足を滑ら
して階段から転落し事故死」したあと親戚のもとに。
それからなんと明子はアイドル歌手になります。
しかし芸能人の期間は短く、某大手電機会社の御曹司と結婚し、引退・・・

そして、その明子の夫、大東電機の常務、半沢から辰村に電話がかかって
きます。電話では話せない、会ってほしいということで、ホテルの一室に
向かう辰村。
そこで半沢から一枚の紙を渡されます。そこには、半沢の妻、明子と亡父
との関係をバラすという脅迫のようなことが書かれていて・・・

この手紙を出したのは誰か。辰村ではないと半沢は確証を得ますが、明子
と父親との関係を知っている残りの一人は勝哉しかいないのですが、しかし
勝哉はこんな卑劣なことをする人間ではなく・・・

文中で描かれている広告業界の世界は、さすが作家になる前は電通マンだった
藤原伊織、表の話からウラの話まで、深く説明されていて、この本を読み終わる
ころには”ちょっとした業界ツウ”気分になってしまいました。

そして、前述の「テロリストのパラソル」の話がちらっと出てきます。
おなじみの、酒のツマミがホットドッグだけのバーも。

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山本一力 『梅咲きぬ』

2012-07-27 | 日本人作家 や
この作品は、山本一力作品にたびたび登場する、深川の料亭「江戸屋」
の4代目女将、秀弥の幼少時代から女将を継いで、という作品。

江戸屋では女将が代々「秀弥」を襲名するならわしで、玉枝(のちの4代目)
の母親は3代目秀弥です。
店の切り盛りが忙しく、娘の玉枝を踊りの師匠のところに預けて、躾や
もろもろを春雅という師匠に教わります。

お正月といっても年明けの夜中に」母と雑煮を急いで食べるだけ、女の子
にとっての一大行事のひな祭りもよその子は着物を着させてもらってお母
さんに手をひいてもらってお参りに行くのを、なんで自分はさせてもらえ
ないのだろうと悲しくなります。

「つらいときは好きなだけ泣いてもいい、でも自分を可哀相といってあわれむ
のはいけない」

と師匠から教わるのですが、まだ小さい玉枝には、同じ泣くでもつらいときと
自分を憐れむの違いがいまひとつ分からないのですが、それでもきつい仕事を
頼まれても泣くのを我慢します。

さて、そんな玉枝も厳しい修行から数年、母の3代目秀弥に連れられてお得意先
まわりに行くように。
まだ8つか9つなのに、4代目としての器量の片鱗を垣間見せたりして、まわり
の大人たちを驚かせます。

ある日、一見さん3人が江戸屋を訪れます。自分は干鰯(ほしか)問屋の者で、江戸
でも有名な干鰯問屋の名前を出し、そこの紹介で来た、というのです。
身なりも口調もしっかりしているし、下足番は店に上げます。
仲居頭も安心して接客をし、こんど30人の寄合をえどやで開きたい、と予約を
承諾します。

が、玉枝だけは、この3人を怪しいと見抜くのですが・・・

冒頭で「すでに四十路をすぎた」とありますが、他の作品でも4代目秀哉は独身。
ですが、ちょっとした恋の話も出てきます。
そのお相手は武家のお侍さんで、料亭の女将と武家ではしょせん叶わぬ恋なので
すが、ちょっとほろ苦いエピソード。

そこでちょっと気になったのが、「損料屋喜八郎」シリーズに出てくる喜八郎と
4代目秀弥は、お互い惹かれあってはいるものの、どっちからもはっきりとした
態度を出さず、まわりをやきもきさせるのですが、『梅咲きぬ』での秀弥と武家
の辛いお別れは寛政二(1789)年となっていて、「赤絵の桜」での、まわりが
ちょっと仕組んで秀弥と喜八郎をくっつけてやろうとする話はその翌年。

ん?秀弥って武家と喜八郎を秤にかけて・・・と、まあちょっと思いましたが。


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パット・コンロイ 『潮流の王者』

2012-07-24 | 海外作家 カ
だいぶ更新が空いてしまいましたが、この『潮流の王者」は(あとがきに
よれば)400字詰め原稿用紙にして1900枚ほどあるそうで、まあつまり
読むのに時間がかかりました。

この作品は、読むまで知らなかったのですが、バーバラ・ストライサンドの
監督、主演作でアカデミー賞7部門受賞の「愛と追憶の彼方」の原作で、
なんと、読み始めてから100ページくらいで、登場人物の構成やら物語のあら
すじやらで、ようやく「この話どっかで見た事ある」と思い出した次第。

アメリカの南部、サウスキャロライナのコレトン郡にあるメルローズという
小さな島に住むトム・ウィンゴが主人公で、トムには双子の姉サヴァナ、兄
ルーク、そして家族に対する愛情を暴力というかたちで表現する小海老漁師の
父ヘンリー、そんな男と結婚したことを悔やみ、自分はこんな貧乏一家の女房
なんかではなく、名士の妻になるはずだったという虚栄心の強い母ライラの
5人家族の物語。

30代後半になったトムはサリーという妻と3人の子という家族がいますが、
高校のフットボールのコーチを首になってからは、仕事をせず妻の収入に頼って
「主夫」になっています。
そんなトムのもとに母ライラから、サヴァナがまた自殺を図ったという知らせが。
しかしこの母と息子の関係性はとても正常とはいえず、とくにトムは実の母を
まるで敵のようにあしらいます。
なんにしても、姉を見舞いにニューヨークへ行くトム。

これが、物語上の「現在」で、それと交互に「過去」つまりウィンゴ家の歴史
が描かれていて、はじめの部分で分かっていることは、トムは南部の地元に
残ったこと、サヴァナは売れっ子の詩人となってニューヨークに住んでいること、
「現在」ではルークはこの世にいないこと、両親は離婚し、ライラは再婚している
、という断片的な情報。ここから、家族それぞれのエピソードがつまびらかにされて
いきます。

サヴァナが自殺を図るのは、高校を卒業したてのころが最初で、それ以前にも自分は
たまに記憶が飛んだりするという悩みがあったのです。
サウスキャロライナという土地、アメリカ南部のすべてを忌み嫌い、ニューヨークで
詩人となって成功を収めますが、心のバランスを崩してしまいます。
3年ぶりに姉と再開するトム。何を話しかけてよいのやら戸惑います。サヴァナの
担当である精神科医のスーザンに話を聞き、原因は家族にあると言われ、そこから
小出しに家族で起きたさまざまな(トムの思い出せる限りの)サヴァナが”こんな”
になってしまった原因、要因を話します。

トムはとりあえずサヴァナのアパートに住むことに。そんなある日、スーザンから
息子のフットボールのコーチをしてほしいと頼まれます。
スーザンの夫は世界的に有名な音楽家で、息子もそうなってほしいと小さい頃から
ヴァイオリンを習わせ、全寮制の名門校に通わせますが、息子が学校でフットボール
をやっている写真を母は見つけます。
しかし厳格な父は当然許すはずもなく、息子に聞けば本気でフットボールをやりたい、と。

妻のサリーから、浮気をしていると突然言われ、離婚をつきつけられているトム。
現実逃避といいますか、そんなこんなで息子のコーチをすることに。

ところが、ニューヨークの公園でスーザンの息子と初めて会ったその時にトムは
「こいつはフットボールなんてやっていない」と見抜くのです。
両親を困らせたいがためにフットボールをやっていると嘘をつく息子。しかし
好きなことだけは本物らしく、学校のチームで一軍に入るのが目標だというので
トムは真剣にコーチをはじめることに・・・

何かというとすぐに妻や子供をぶん殴る父、家庭内で起こる問題にちゃんと対処
しない母、聖金曜日にキリストの苦行を再現し、重い十字架を背負って街を練り歩く
狂信的な祖父や、そんな夫を捨てて都会へ出て行った祖父など、まあどう考えても
良い家庭環境とはいえない状況で子どもたちは育ってゆきます。

サヴァナの心の病気の大きな理由とは何なのか。兄ルークに起きた”あること”とは。
なぜ両親は離婚したのか、その結果、トムは母を心の底から嫌うようのなったのですが
・・・

河や周りの自然の描写は息を呑むほどに美しく、ウィンゴ家の過去と同時に描かれる
当時のアメリカにおける時代背景、第2次大戦、朝鮮戦争、公民権運動、ウーマンリブ
などなど、そして南部の田舎とニューヨークのど真ん中の生活文化の対比、これらを
縦横無尽に(言葉は悪いですがバラバラに)描いている、といった感じで、ちょっと
話の流れがつかみにくいなと思うところもありますが、それもひっくるめて”雑多”
な感じが途中から味わい深いようになってきます。

そして、文中のユーモアも、ともすれば深刻になりがちな話の緩和となっています。
感服したのが、物語後半のトムとFBI捜査官とのやりとり。
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山本一力 『草笛の音次郎』

2012-07-17 | 日本人作家 や
この作品は「股旅もの」で、股旅とはネコの好きな植物ではなく、
縞の合羽に三度笠で諸国を渡り歩く渡世人などを指します。

主人公、音次郎は”恵比須の芳三郎”一家の渡世人。まだ身分は
低いですが、代貸(ナンバー2)の源七は音次郎をことのほか高く
買っています。

そもそも音次郎が任侠の道に入ったのは、働き者の父を事故で早く
に亡くし、母と音次郎とで版刷り職人になります。が、悪いやつに
だまされて暇を出され、ちょうどその時に音次郎は賭場で出会った
源七に自分を売り込んだのです。

まあ、最初から渡世人に憧れてなったというわけではなく、どうも
気が優しいといいますか、言葉も丁寧。

そんな音次郎に、源七は芳三郎の名代(代理)として、千葉の佐原
に住む芳三郎の兄弟分のところに行ってこい、というのです。

今でこそ東京駅から佐原までは電車でピューッ、ですが、徒歩ですと
だいたい2~3日はかかります。

さて、大役を仰せつかった音次郎、まずは股旅の基本中の基本、軒下
三寸を借りての”仁義を切る”練習。
”仁義”とは、「男はつらいよ」でお馴染みの自己紹介の口上ですね
(寅さんの場合はテキヤですが)。

道中、旅籠に泊まる場合はいいのですが、訳あって渡世人の家にお邪魔
することになったら、玄関先で片手を前に出して腰を落として「手前生国
と発しまするところ・・・」と仁義を切ってタダで食事と宿泊ができます。
が、もし出入りなどがあれば、お世話になっている者は真っ先に突撃しな
ければならない、というルールがあるのです。

芳三郎の兄弟分に渡す金と道中の入り用な金、合わせて百両もの大金を
持って、いよいよ旅立ちます。
江戸から佐原までの途中には成田山があり、成田山詣の人たちが大勢いて、
音次郎の旅の最初の宿は船橋だったのですが、隣の部屋で成田山詣の客の
どんちゃん騒ぎで寝不足に。

というわけで、次の宿泊先の佐倉では、成田山詣の泊まらなさそうな辺鄙
な宿にします。が、この選択が音次郎の身に危険が及ぶことに。
夜中、宿に夜盗が入り、客を縛って目隠しをして、金を奪われます。
しかし音次郎は目隠しをそうっと外し、犯人の顔をよく見て覚えます。

翌日、藩の同心、岡野甲子郎が宿に来て捜査。音次郎は渡世人ということ
で真っ先に疑われますが、犯人の顔を見たと言い、似顔絵を描きます。
手配書が迅速にできたことに岡野は音次郎(はじめは疑っていたのですが)
に感謝。

ゴタゴタに巻き込まれた音次郎ですが、佐倉を旅立ち、成田へ向かう
途中にもまた厄介事に遭遇します。
途中、神社の竹やぶから竹を切って水筒を作ろうと、小屋にいた老人に
許可をとったそのとき、神社の境内で喧嘩騒ぎが。
喧嘩というよりも3人の男が1人を袋叩きにしています。
すると小屋にいた老人があっという間に3人の男を倒します。
いったいこの老人は何者なのか・・・

そして、その後の旅の途中、音次郎はある容疑で牢屋に捕われることに。
そこでこの老人からもらった”ある物”が不利な状況に・・・

たかだか3~4日の旅ですが音次郎にさまざまな試練がふりかかります。
それを乗り越えて渡世人として、男としての器量を上げることになるのか・・・

音次郎が高熱を出してしまい、玉子酒を、というシーンで「仁勇」という成田の
地酒が出てきますが、現在もある銘柄で千葉ではけっこう有名です。

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ケン・フォレット 『ペーパー・マネー』

2012-07-15 | 海外作家 ハ
この作品は、フォレットの大出世作「針の眼」の前に書かれたという、
まあ例えると、ハリウッドのスターが「あの作品の前にじつはこんな作品
にも出てたんですよ!」とでもいいましょうか。
まったく関係ありませんが、ニコール・キッドマンがハリウッドで売れる
前に、オーストラリアで学園恋愛映画に出演していて、主役ではなかった
のですが、邦題は「ニコール・キッドマンの何とかかんとか」でした。

あとがきによるとフォレット自身「これまで私が作り出してきたなかで
最も巧妙なプロット」というだけあって、複数のストーリーが複雑に絡み
あって、まるで完成するまで絵柄が分からないジグソーパズルのように
先の読めなさにイライラしつつ、楽しみでもありつつ。

イギリスのエネルギー相、フィッツピーターソンは、朝起きるとベッド
の横に若い女性が。昨晩のパーティーで不思議と意気投合し、妻のいる
身でありながら、彼のフラットに女性を誘ったのです。

ところが新聞社「イブニング・ポスト」の報道部長代理のアーサー・コールの
もとに、「エネルギー相が売春婦と寝ている」とタレコミの電話が。
そこでコールは電話をしますが、フィッツピーターソンは「そんなことはない」と否定。
が、なぜ新聞社がこのことを・・・不思議に思っているところにいきなり
男が乱入。売春したことをバラされたくなかったら、今日の午後に発表され
る、北海油田の採掘権を落札した会社を教えろと脅します。

泣く泣く脅しに屈するフィッツピーターソン。脅した男は、ある”実業家”
に電話で報告。

その採掘権を落札することになっている会社はじつは倒産寸前で、社長は
立て直しをはかろうとしますが、胃潰瘍に悩まされ、妻からは働きすぎと
心配されます。
社長はいっそのこと会社の株を売って引退して、妻とふたりでのんびりと
余生を過ごそうと考えていますが、その妻はというと、ラスキという実業家
と不倫しているのです。
社長は株式仲買人の友人に相談し、会社の株を買ってくれる人を仲介して
もらうことに。なんとその相手とはラスキだったのです・・・

さて、フィッツピーターソンを脅した男、トニー・コックスは、こんどは
別の悪巧みへと走ります。
それは、使い古した紙幣を回収して処分するときに強奪しようというもの。
現金輸送車を襲ったまではよかったのですが、トニーの仲間のひとりが、
警備員の銃で撃たれてしまうのです。

「イブニング・ポスト」のコールのもとに、今度は現金輸送車が襲われた
という情報がタレコミで入ります。

一方、銃で撃たれて病院に運ばれたトニーの仲間ですが、一命はとりとめた
ものの、目が見えなくなってしまいます。

フィッツピーターソンが、「自分は女をダシに脅されて、油田の採掘権を落札した
会社をその男に教えてしまった」と言い残して自殺を図ったという一報が・・・

コールは立て続けに飛び込んでくる情報にひとつずつ取材を続けていくうちに、これら
バラバラと思える事件がひとつの方向に・・・

これが一日のあいだの出来事か、と驚いてしまう目まぐるしい展開、スピード感。
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大沢在昌 『無間人形』

2012-07-11 | 日本人作家 あ
ようやく新宿鮫シリーズの4作目を読み終えました。といっても10作まで
出ているらしいので、まだまだ先は長いです。

この作品は直木賞を受賞していて、なぜ”シリーズもの”の途中で?という
疑問はあるにはあるんですが、まあ、いずれにしても「優れた作品」である
ことは間違いないです。

基本のおさらいとしては、新宿署の刑事、ヤクザも名前を聞けばビビると
いう”鮫島”が主人公で、鮫島は今でこそ所轄の刑事ですが元キャリア。
地方に出向していた先でゴタゴタに巻き込まれ、さらに仲良くしていた
キャリアの同僚が警察上層部のスキャンダルを鮫島に託して自殺。
これによって鮫島は出世の道を経たれ、かといって辞められるのも困る
ので新宿署の刑事に配属させられます。

新宿署では腫れ物扱いで孤立しますが、「マンジュウ」(死体という意味)
こと課長の桃井、鑑識のスペシャリストの藪の2人は鮫島も心を許す存在。

そんな鮫島には10以上年下の恋人、晶がいます。彼女はプロのロックバンド
「フーズ・ハニイ」のボーカルで、口は悪いですが鮫島をとても頼りにしています。

さて、『無間人形』ですが、冒頭、鮫島は張り込みをしています。ここ最近、
渋谷や新宿で急に流行りはじめた「キャンディ」というクスリ。でも実は成分
はシャブで、安価で効き目があるということで、特に若者たちが買っています。

その取引の現場を抑えようと3人の若者を見張っている鮫島。女性にキャンディを
渡したところで追いかけ、一人を捕まえます。

ところがこの若者はキャンディがシャブだと知らず(一般的にシャブは注射で、
若者にはダサいと思われてる)、売人のさらに下っ端というだけで、若者に
キャンディを渡した”先輩”を今度は張り込みますが、ようやく動きを見せた
ところで鮫島の邪魔に入ったのは、厚生省の管轄である麻薬取締官でした。

じつは”麻取”もこの男に目をつけていて、これで解明するルートのひとつ
が潰される形に。しかし鮫島は、キャンディ蔓延の裏には必ずヤクザが絡んで
いるとにらんでいて、なんとか掴んだ情報では、藤野組の角という男が怪しい
というところまでこぎ着けます。

この話と並行して、地方の有力一族の兄弟が出てきます。兄の昇、弟の進の
兄弟は、新宿のヤクザ、藤野組の角という男と取引をします。昇は地元に
残って進が東京に行って角と会うことになっています。進は角をなめてかかって
いますが、これは角の作戦なのか・・・

さて、この地方にはナイトクラブがあり、そこのオーナーの景子は、昇と進の
親戚の有力一族。クラブのバーテンの男は東京でプロのミュージシャンを目指す
も挫折して故郷に戻り、景子に拾ってもらい、愛人関係に。店でたまに演奏も
させてもらいます。
ところがこのバーテンの男は、昔の仲間とつるんで、景子が何か法に触れること
をしているというネタで強請ろうと計画。

そんな中、バーテンの男のもとに、昔の仲間からの電話が。その”仲間”は今では
夢をつかんでプロになり、こんどツアーで近くに寄るので久しぶりに会うことに。
その”仲間”とは、晶だった・・・

登場人物のひとりがクスリに溺れていく様を描いているのですが、はじめは少量
で「ちょっと気分を良くする」ために、ところがジワジワと身体がクスリに支配
されてゆくのは、本当に怖いですね。

まさに「人間やめますか」です。

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山本一力 『辰巳八景』

2012-07-09 | 日本人作家 や
この作品は短編が8作で、いずれも舞台は江戸城からみて”辰巳”の
方角、つまり南東、深川のあたりとなっています。

話それぞれにつながりがあるわけではありませんが、最初の話「永代橋
帰帆」は元禄十六年(1703年)にはじまって、最後の「石場の墓雪」は
天保六年(1835年)というふうに年代順になっています。

そして、話それぞれに描かれている庶民の”職業”がとても興味深く、
ろうそく問屋、せんべい屋、町内鳶、材木商、町医者、芸者、飛脚、戯作者
(小説家)がメインになっていて、他にも畳職人や三味線屋、ぞうり職人など、
どれも「うーん、なるほど」と江戸時代の文化をちょっと学んだような
お得感。

「佃町の晴嵐」では、飛騨高山から江戸に移ってきた新田正純という医者の
話で、正純は深川に医院を開業し、庶民から慕われます。
大川(隅田川)の向こう側にある佃島の住民も正純を頼りにしていますが、
深川から佃町に行くにはちょっと不便で、急患が出たら大変でした。

正純は妻を船の事故でなくし、その弔慰金で深川と佃町を渡す橋を作ることに。
そして完成した橋の名前は「にったばし」。

この「新田橋」というのは実際に現在の佃島にある橋で、この物語の
ベースとなる話もあったようです(大正時代の話らしいですが)。

「石場の墓雪」は、売れない戯作家とぞうり職人の恋の話なのですが、
これがまたなんとも甘酸っぱい切ない、良い話ですね。

よく、環境問題などで「江戸時代の生活に学べ」なんて出てきたりしますが、
山本一力の小説を読むと、学ぶべきことは多そうですが、じゃあハイ明日から
江戸時代の暮らしをしてくださいといわれたら、「生活に学べ」と言い出しっぺ
の人も、一週間どころか2~3日で音を上げるのではないでしょうか。

というくらい、この時代はタフで不自由。というより、外国との貿易もできず、
武家社会ということはつまり「軍事政権」なわけですから、窮屈な暮らしをせざる
を得なかった、が正解ですかね。

そんな不自由な中でもどこかに希望を見出して明るくたくましく生きている人々を
描いているからこその美しい話が成立するんですね。


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ジョン・アーヴィング 『未亡人の一年』

2012-07-06 | 海外作家 ア
アーヴィングの作品は今までけっこう多く映画化されていますが
(まだ「サイダー・ハウス・ルール」しか見たことありませんが)、
監督、というか脚本家は、アーヴィングの作品を2時間とかそれ
くらいでちゃんと内容を抑えて説明出来る、というところが素晴ら
しいと思うのです。
というのも(この『未亡人の一年』も映画化されていますが)正直
この「面白さ」を的確に伝えられるか、と軽く困っております。

あらゆる要素がつまっていて、かといってゴチャゴチャという印象
はなく、話はちゃんと完結しているのに、読み終わったあとに「自分
なりの答え」を探しているといいますか、まあこういうところが(現代
のおとぎ話)と評価される所以なんでしょうが。

ざっと説明しますと、16歳の少年エディが夏休みに、絵本作家のテッド・
コールの手伝いをするために彼の家に住み込みアルバイトをします。
テッドには妻のマリアンと(すごい美人)娘ルース(当時4歳)がいるの
ですが別居状態。
エディはマリアンに夢中になって、マリアンもエディに死んだ息子の面影
を見出して、たちまちふたりは夜をともにします。
が、ある夜、その”時”をルースに見られてしまい・・・

ルースの生まれる前にテッドとマリアンには2人の息子がいました。
その息子たちはエディの高校の先輩にあたり、交通事故でふたりとも
帰らぬ人に。
いまだ悲しみから立ち直れないマリアンは、家中に息子の写真を飾って
います。そのせいかルースに対する愛情はなさそう(あとで、なぜマリアン
はルースを育てるのを放棄したのかの理由は出てくるのですが)。

テッドは違う女性に手を出しまくっていて、エディは複雑な状態に立たされ
ることに。そんな中、マリアンはテッドとルースを置いて家を出てってしま
うのです・・・

ここまでが1958年、夏の話で、次に32年後の1990年に飛びます。
48歳のエディは小説家になっていて、36歳のルースも小説家に(ルースのほうが
評価は高い)。
ルースの朗読会がニューヨークで開催されることになり、エディは招待され、
ふたりは32年ぶりに再会。そこでルースは母について聞きます。

テッドがマリアンに初めて会ったときの歳に近いルースに(母娘だから当たり前
ですがマリアンに似てる)ちょっと惹かれますが、しかしいまだエディの中には
マリアンに対する想いが。

ルースは出版社の社員で彼女のよき理解者と結婚します。が、5年後にルースは
未亡人に。

ルースとエディはマリアンの居場所を探していますが、そのあいだにも、テッドが
亡くなって葬式があったのですがマリアンは姿を見せません。
しかしある日、カナダのミステリ作家の作品が、マリアン自身を描いていると
知ったエディだったのですが・・・

ルースやエディが、あるいは彼らの周りの人たちの思う「小説とは」「作家とは」
の考察が、アーヴィングが彼らに代弁させているようで興味深いですね。

エディの家からテッドの家のある街まではフェリーに乗っていかなければならない
のですが、その船上でエディはハマグリを載せたトラックの運転手と出会います。
ここで(ハマグリトラック)という言葉が、やたら連呼されます。じゃあそんなに
物語のうえでとても重要なシーンかといえばそうでもありません。
こういった、ちょっとは重要だけど振り返ってみればそうでもない、といった部分
が多く、でも最終的にはまとまった話になっている、例えていえば、色も形も違う
ガラスの破片を組み合わせて美しいモザイク絵画を完成させるといいますか。

もっともっともっともっと面白かった部分を書きたいのですが(エディの父親とか
ヴォーンさん家の話とかルースがオランダで遭遇した殺人事件とか)、あまり書き
すぎると最終的にぜんぶ説明しかねないので、とにかく声を大にして(ブログで
「声」ってヘンですが)「読んでほしい!!!」。
文庫本の上下あわせて1000ページ近くありますが、まったく長いと感じさせません。
久しぶりに心がガシガシ揺さぶられた作品です。

泣ける話とは思っていませんでしたが、ラスト、(核心は書きませんが)ルースと
マリアンが再会するシーンのマリアンの一言で号泣してしまいました。
不意打ちで「やられた・・・」という感じ。

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